1. 西之島の 島は、なにが つくったの?
1. 西之島の新しい島は、何でできたのか
1. 噴火が積み上げた島 ── 西之島の2度の新島
2013年11がつ20日、西之島の 南東の 海で、あたらしい 島が 見つかりました[1]。長い ほうの 長さは 300メートルほど、みじかい ほうは 200メートルほどです。長い ほうは、100メートル走を 3本 つなげた くらいです。
この 島を つくったのは、海の そこの 火山の 噴火です。火山から 出た 溶岩や ふん出物が、海の 中で 少しずつ つもり、やがて 海の 上に 顔を 出しました。
12月26日には、あたらしい 島の 溶岩が むかしからの 西之島と つながって、ひとつの 島に なりました[1]。見つかってから、およそ 5しゅうかんです。
その 後も 溶岩は 流れつづけ、島は 大きく なりました。2016年12月の 計算では、ふんかの 前の 島の およそ 9ばいの 広さです[2]。
火山の 噴火で できる 島は、ほかの 国にも あります。では、海の そこの 火山は、どうして 海の 上まで 出て こられるのでしょう。
島が生まれる瞬間を、人は見ることができるのでしょうか? 西之島の南東約500mの海上で、長径約300m、短径約200mの新しい島が確認されたのは、2013年11月20日のことです。同じ年の12月26日には溶岩流が西之島とつながり、1つの島になりました[1]。見つかってから約5週間のことです。
島をつくったのは、海底火山の噴火です。海中で噴き出した溶岩や噴出物が積み重なり、やがて海面の上に出ました。
西之島が新島を生んだのは、このときだけではありません。1973年にも海底噴火があり、9月11日に直径30〜50mの新島が見つかって、翌1974年6月10日に旧島と結合しています[1]。
その後も溶岩は出つづけました。国土地理院によると、2016年12月20日の時点で面積は2.72km²です。噴火前の旧島(0.29km²)の約9倍にあたります[2]。2.72km²は、一辺が約1.6kmの正方形とほぼ同じ広さです(筆者の計算)。
では、海の底にある火山は、どうして海面を越えて島になれるのでしょうか。
島が生まれる瞬間を、人は自分の目で見届けられるのだろうか? 日本の西之島で、それが起きた。西之島の南東約500mの海上で、長径約300m、短径約200mの新島が確認されたのは、2013年11月20日である。その溶岩流が旧島に達して一体となったのは、12月26日だった[1]。出現から結合までは約5週間で、島の誕生が、人の目で追える速さで進んだことになる。
この島を形づくったのは、海底火山の噴火である。海中に噴出した溶岩や噴出物が積み重なり、海面を越えた。じつは、西之島で新島が生まれたのは、これが初めてではない。前回は1973年の噴火で、9月11日に直径30〜50mの新島が見つかり、1974年6月10日に旧島と結合した[1]。同じ場所で噴火が繰り返されたため、島は新島を取り込むたびに形を変えてきたと言える。
では、2013年の噴火はどれほどの量の溶岩を出したのか。国土地理院は、溶岩の累計体積を約8,801万m³、最高標高を約142mと報告している(2015年12月の参考値)[3]。体積を立方体に直すと一辺は約450mになり(筆者の計算)、縦・横・高さがそれぞれ約450mの岩のかたまりに相当する。それだけの溶岩が海を埋めれば、島の広さも大きく変わる。面積は2016年12月20日時点で2.72km²と測られ、噴火前の旧島(0.29km²)の約9倍になった[2]。ただし倍率は、測量した日と、何を旧島の面積とするかで変わる。
西之島では、2017年以降の噴火で陸地が西へ延びた。それを反映した2019年5月31日の地形図・海図の改版で、日本の管轄海域は約50km²(領海約4km²、排他的経済水域約46km²)広がったとされる[2]。
では、そもそも海底の火山は、どのようにして海面に達するのか。
2. 海の そこの 火山は、どうやって 海の 上に 出るの?
2. 水深130mで始まった噴火は、どうやって島になったのか
2. スルツェイ島 ── 海面下約130mから始まった島
アイスランドの 海に、スルツェイ島という 島が あります。この 島は、海の 下、およそ 130メートルの ところで はじまった 噴火が、つくりました[4]。130メートルは、1かい 3メートルの ビルなら 40かいを こえる 高さです。
噴火は つづき、1963年11月14日、とうとう 海面に とどきました。海から 島が あらわれたのです。
噴火は、1967年6月5日まで、3年と 7か月ほど つづきました。島の 大きさは、いちばん 大きい ときで 2.7へいほうキロメートル ほどだったと いわれます[4]。
スルツェイ島では、海の そこで つみあがった ふん出物が、やがて 海面に とどきました。海の 中の 火山は、こうして 海の 上に 顔を 出します。
ところが、島は できたら おわり では ありません。波や 風で けずられ、2012年には 1.3へいほうキロメートルほどに ちぢんだ そうです。もとの 大きさの およそ 半分です。この島は、2008年に 世界遺産に なりました。
火山の 島の まわりでは、また べつの 力が はたらく ことも あります。つぎは、あたたかい 海の 話です。
アイスランド沖のスルツェイ島は、海面下約130mで始まった噴火が1963年11月14日に海面に達して生まれました[4]。1階を3mとすると、40階を超えるビルほどの深さです。噴火は1967年6月5日まで、約3年7か月続きました。
スルツェイ島では、海底で噴出物が積み上がり、やがて海面に達しました。西之島の新島も同じ道すじで、海中で積み上がった火山のかたまりが、海面の上に出たものです。
島はできたあとも変わります。スルツェイ島の面積は最大で約2.7km²でしたが、侵食によって2012年には約1.3km²になったといわれます[4]。ピーク時の半分ほどです。島は2008年に世界遺産に登録されました。
では、火山の島のまわりで、別の力が島を大きく変えることはあるのでしょうか。
スルツェイ島は、海面下約130mで始まった噴火が1963年11月14日に海面に達して誕生した[4]。噴火は1967年6月5日まで約3年7か月続いた。海底に積み上がった噴出物が、それだけの深さを埋めて、ようやく海面に顔を出したのである。
この過程は西之島にも当てはまる。ただし、西之島は1973年と2013年の2度、海面上に新島を出しており、スルツェイ島は一度海面に出たあと、海水と波の力で削られる側に回った点が対照的である。面積は最大約2.7km²から、侵食によって2012年に約1.3km²(約半分)へ縮んだとされる[4]。
世界遺産に登録されたのは2008年である。島を積み上げる火山の力のあとには、削る波の力が続いたことになる。
では、火山でできた島のまわりに、別の力が加わることはあるのか。
3. 火山の まわりで、サンゴが 島を 育てるの?
3. 火山島が沈むと、サンゴの島ができるのか
3. ダーウィンの沈降説 ── 裾礁・堡礁・環礁を結ぶ考え方
南の あたたかい 海には、サンゴが つくる 島が あります。島の 形は、3つの すがたが あります。①火山の 島の すぐ そばに、サンゴの かべが ついた もの。②火山の 島から 少し はなれて、サンゴの かべが ぐるりと かこんだ もの。③まん中の 火山の 島が なくなり、サンゴの かべだけが わの 形に のこった もの、です。
これを ひとつづきの 3つの すがただと 考えたのが、ダーウィンです[5]。火山の 島が 少しずつ しずんでいくと、サンゴは 光を もとめて 上へ 上へと 育ちます。島は 海に きえても、サンゴの かべは 海の 近くに のこる、という 考えです。
ただし、ダーウィンの 考えを、日本の すべての サンゴの 島に あてはめる ことは できません。日本の サンゴの 島の 多くは、島の すぐ そばに できた かべの 形で、なかには、土地ごと 持ち上げられて 海の 上に 出ている ものも あります[5]。
島の でき方には、海の 中の 火山、サンゴ、そして もうひとつ、大きな りくから 切りはなされた 島も あります。
南の海のサンゴ礁には、島の形がいくつかの型に分かれます。火山島の岸にぴったりついてできる「裾礁」、火山島から少し離れ、まわりを取り囲んでできる「堡礁」、火山島が消えたあとに輪の形で残る「環礁」です。
ダーウィンは、ビーグル号の航海でこの3つの礁を見て、別々のものではなく、1つの過程の段階だと考えました[5]。火山島が少しずつ沈んでいくと、サンゴは光を求めて上に育ちます。島の沈む速さとサンゴの伸びる速さがつり合えば、礁は海面近くに保たれます。島が海に消えても、サンゴの輪が環礁として残る、という筋道です。
日本のサンゴ礁の多くは裾礁で、一部は隆起して海面から出ているものもあります[5]。つまり、環礁のように「沈降」でできた島ばかりではありません。サンゴの島は、地盤が沈むか、持ち上がるかで、でき方が変わります。
ここまでの島は、すべて海の中で生まれた島でした。では、もともと陸の一部だった島は、どのようにして島になったのでしょうか。
南の海のサンゴ礁は、島との位置関係から、裾礁・堡礁・環礁の3つに分けられる。ダーウィンはビーグル号の航海で、この3つを別の現象ではなく、一つの過程の異なる段階と考えた[5]。火山島が沈降するとき、サンゴが成長して礁を海面近くに保てるのは、沈降の速さと礁の成長の速さが等しいときである、というのが沈降説の骨組みだ。
注意したいのは、サンゴの島が一つの型だけではないことである。日本のサンゴ礁は多くが裾礁で、隆起によって海面上に出た裾礁もある[5]。そのため、環礁のような「沈降」だけでなく、「隆起」もサンゴの島の成り立ちに関わっていると言える。
ここまでの島は、いずれも海の中の火山や礁から生まれた。では、もともと陸だった土地が島になる場合、何が起こるのか。
4. もともと りくだった 土地が、島に なるのは どんな とき?
4. 陸の一部は、どうして島になったのか
4. 大陸の一部と氷期の陸橋 ── 切り離された島と、海面上昇で生まれた島
3つ目の 島の でき方は、大きな りくの 一部が 切りはなされる ことです。
佐渡島は、その ひとつと いわれます[6]。大昔、大陸の 一部が はなれて、日本海が できました。そのとき 佐渡の 土地は、いったん 海の そこに しずんだと 考えられて います。
そのあと、およそ 300万年前から 土地が 持ち上がり、海の 上に 出て、島に なりました[6]。
もうひとつ、ちがう 道すじも あります。氷の 時代には、海の 水が 氷に なって、海面が 今より ずっと ひくく なりました。そのため、日本は 大陸と つながって いて、ナウマンゾウなどの 大きな 動物が わたって きたと、国立科学はくぶつかんの てんじで しょうかいされて います[7]。
あたたかく なって 海面が 上がると、つながって いた 道は 海に しずみ、日本の 島々は 大陸から はなれました。
こうして 見ると、島は 海から 生まれる 場合も、りくが はなれる 場合も あるのです。
3つ目の道すじは、陸にあった土地が島になる場合です。佐渡島は、その代表例とされます。大陸の一部が切り離されて日本海ができた時代、約1700万〜300万年前にいったん海面下に沈み、約300万年前以降に隆起して海の上に現れたと、佐渡ジオパークは説明しています[6]。
年代には幅があります。「約1600万年前に本州から離れた」と書く資料もあり、島の歴史は、時代や説明の仕方で数字が変わります。
もう1つは、海面の変化です。国立科学博物館の展覧会紹介によると、氷河期の日本列島は大陸と地続きで、ナウマンゾウなどの大型哺乳類が渡ってきて共存していました[7]。その後、温暖化で海面が上がり、陸橋が水没して、列島は大陸から切り離されました。
約2万年前の海面は、現在より100m以上低かったとされます[8]。海が引くと、浅い海が陸になるのです。逆に、海面が上がれば、陸だった道が島のあいだの海になります。
こうして3つの道すじがそろいました。では、日本には島がいくつあるのでしょうか。
3つ目の道すじは、陸の一部が切り離される場合である。佐渡ジオパークの説明では、大陸の一部が切り離されて日本海ができた約1700万〜300万年前の時代に、佐渡島はいったん海面下に沈み、約300万年前以降に隆起して島として現れたとされる[6]。ところが別の資料では、約1600万年前に本州から離れたと書かれるなど、年代には幅がある。切り離し・沈降・隆起は別々の出来事で、資料によって、どの時期を指すかが異なるためだ。
もう一つは、海面の変化による場合である。約2万年前の最終氷期の最盛期、海面は現在より約120〜130m低かったとされる。そのため、水深がそれより浅い海峡では、陸橋ができた可能性がある[8]。国立科学博物館の展覧会紹介は、氷河期の日本列島は大陸と地続きで、ナウマンゾウなどの大型哺乳類が渡来して共存していたと述べる[7]。温暖化による海面上昇で陸橋が水没し、列島が大陸から切り離された。
ただし、水深130mより浅ければ必ず陸続きになる、とは限らない。津軽海峡や対馬海峡の最大水深は約130mとされ、陸橋になったかどうかには議論がある[8]。地殻変動の影響も考える必要があるからだ。
こうして、火山島、サンゴ礁、切り離された島の3つがそろった。では、日本の島は、実際にいくつあるのか。
5. 日本には、島が いくつ あるの?
5. 日本の島は、なぜ6,852から14,125に増えたのか
5. 島の数の倍増 ── 数え方と測量の精度が変えた数字
2023年2月、国土地理院は、日本の 島の 数を 14,125と 発表しました[9]。むかしの 数字、1987年の 6,852の、およそ 2ばいです。
この 30年あまりで 数が ふえたのは、空からの 写真などで 土地を はかる ぎじゅつが すすんで、小さな 島まで 数えなおせた からです[9]。島が 2ばいに うまれた わけでは ありません。
数え方の きまりは、しぜんに できた 島で、海岸線の 長さが 100メートル いじょう、と いう ものです。うめ立てで つくった 人工島は 数に 入れません[9]。
いちばん 島が 多い 県は、ながさきけんの 1,479です。つぎが 北海道の 1,473、かごしまけんの 1,256です。
「島とは なにか」の きめ方を かえれば、数は また かわります。
国土地理院が2023年2月に発表した日本の島の数は、14,125でした[9]。これは、1987年の海上保安庁の6,852から、約2.06倍です(筆者の計算)。
増えた理由は、航空写真などによる測量技術が進み、これまで数えられなかった小さな島を数え直したことです[9]。新しく生まれた島が1万近くあったわけではありません。
数え方の基準は、電子国土基本図(1:25,000地形図のもと)に載る、自然にできた海岸線の長さ100m以上の島です。埋め立てなどの人工島は含まれません。県別では長崎県が1,479、北海道が1,473、鹿児島県が1,256でした[9]。
この数字は「島とは何か」の定義で大きく変わります。大きさを問わなければ、10万を超えるとも報じられました。島の数は、自然がつくった数であると同時に、人が決めた約束の数でもあります。
ここまでの話は、みなさんが自分でも確かめられます。
国土地理院が2023年2月に発表した日本の島の数は、14,125である。これは、1987年に海上保安庁が数えた6,852の約2.06倍にあたる(筆者の計算)。ただし、これは新しい島が増えたことを意味しない。航空写真による測量技術が進み、従来は数えきれなかった小さな島を数え直した結果である[9]。国土の面積自体は変わっていない。
数え方の基準は、電子国土基本図(1:25,000地形図の基になる図)に載る、自然にできた海岸線の長さ100m以上の島である。埋め立てによる人工島は含まれない。県別では長崎県1,479、北海道1,473、鹿児島県1,256だった[9]。
「島」とは何かの定義で、数は大きく変わる。大きさを問わなければ10万を超えるとも報じられた。したがって、14,125という数字は、定義と測量の精度を前提にした「その時点の数え方での数」である。島は火山や礁や陸の変化によって実際に増減するが、統計の数は、それとは別の要因でも動く。
この点を踏まえると、島のでき方は、自然の側の話と、数える側の話の2つに分けて考える必要がある。では、その両方を、自分の手元で確かめるにはどうすればよいか。
6. 家の もので、島の できかたを ためして みよう
6. 洗面器と地図帳で、島を確かめる
6. 水位を変える実験と、地図で海の深さを確かめる方法
やってみよう①。せんめんきか バケツに、すなを 山の ように 2つ、となりあわせに もります。そこへ、2つの 山の 頭が どちらも すこし 出る ところまで、そっと 水を 入れます。頭だけが 出た 山が、島の すがたです。
つぎに、水を 少し 外に 出します。山の 頭が 大きく なり、2つの 山が すなで つながるのが 見えます。海面が 下がると、島が りくつづきに なる、ようすです。水が こぼれないよう、おふろ場など、ぬれても よい ところで やりましょう。
やってみよう②。家の 地図帳で、西之島や 佐渡を さがします。まわりの 海の 色を 見て、深い ところと あさい ところを くらべます。島の すぐ 近くが あさいか、ふかいか、見て みましょう。ほかの 島も さがして、海の 色を くらべると、島ごとに ちがいが 見つかるかも しれません。
やってみよう①:洗面器かバケツに砂の山を2つ並べて盛り、2つの山の頭がどちらも少し出るところまで水を入れます。次に水を少し外へ出すと、頭が大きくなり、2つの山が砂でつながるのが見えます。海面が下がると、島が陸続きになる様子の小さな模型です。水がこぼれてもよい風呂場などで、大人と一緒に行ってください。
やってみよう②:家の地図帳で、西之島や佐渡を探します。まわりの海の色を見て、深い場所と浅い場所を比べます。島のすぐ近くが浅いのか深いのかを見るだけで、島がどんな土地の続きにあるのか、考える手がかりになります。ほかの島も探して、海の色を比べてみてください。
確かめる方法を2つ挙げる。①洗面器などに砂の山を2つ並べて盛り、2つの山の頭がどちらも少し出る位置まで水を入れる。水位を下げると、2つの島が陸続きに変わる。これは海面の高さの変化で「島」と「陸」が入れ替わる様子の縮小模型であり、実際の氷期の海面低下と同じ原理を見るための道具にすぎない。水がこぼれても問題のない場所で行う。
②家の地図帳で、西之島や佐渡を探し、周囲の海の色を比べる。島のまわりが浅いのか、急に深くなるのかは、どのようなでき方をした島かを考える手がかりになる。ただし、色分けから分かるのは水深の大まかな傾向であり、でき方そのものは地質の資料と合わせて考える必要がある。
資料の入口として、気象庁の西之島の火山活動の記録(出典[1])、国土地理院の西之島の面積の発表(出典[2]・[3])、佐渡ジオパークの解説(出典[6])が読みやすい。島の数に関する報道(出典[9])には、数え方の基準も書かれている。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:公的機関(気象庁・国土地理院)、ジオパーク、博物館、百科事典、研究所の解説、報道を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。スルツェイ島の数値は、英語版の百科事典による。
- 気象庁「西之島 有史以降の火山活動」。https://ds.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/326_Nishinoshima/326_history.html (1973年・2013年の新島の出現と結合)
- 国土地理院「西之島の地形図と海図を改版」。https://www.gsi.go.jp/kanri/kanri61003.html (2016年12月の面積、2019年の管轄海域の広がり)
- 国土地理院「西之島の計測結果」(2016年1月発表)。https://www.gsi.go.jp/kanri/kanri60005.html (2015年12月の面積・最高標高・溶岩の体積。参考値)
- Wikipedia英語版「Surtsey」。https://en.wikipedia.org/wiki/Surtsey (スルツェイ島の誕生と面積。百科事典的な資料)
- 海洋政策研究所 Ocean Newsletter(中野義勝)。https://www.spf.org/opri/newsletter/188_3.html (ダーウィンの沈降説、日本のサンゴ礁は裾礁が多いこと)
- 佐渡ジオパーク「佐渡島の成り立ち」。https://sado-geopark.com/about (佐渡島が沈み、のちに隆起して現れたこと)
- 国立科学博物館 展覧会紹介。https://www.museum.or.jp/news/121901 (氷河期の日本が大陸と地続きだったこと)
- 産業技術総合研究所 地質ニュース(氷期の海面低下と陸橋)。https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/89_07_06.pdf (氷期の海面低下の目安)
- nippon.com「日本の島、倍増14,125」。https://www.nippon.com/en/japan-data/h01615/ (国土地理院の発表の報道。島の数え方の基準)
なおした ところ
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