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なわとびは、いつ、だれが はじめた あそびなの?

縄跳びは、いつ、どこで始まった遊びなのでしょうか

縄跳びの起源は、どこまで分かっているのか:男の子の遊びから、歌、学校体育、ダブルダッチまで

分野:歴史・文化

なわとびを いちばん はじめに した 人は、だれなのでしょう。じつは、いつ、どこで はじまったのか、まだ はっきり わかって いません。

この メモでは、なわとびが 男の子の あそびから 女の子の あそびに かわり、うたと 2本の なわで 大きく なって、日本の 学校に とどくまでが わかります。

縄跳びは、世界中の子どもが知っている遊びなのに、「いつ、だれが、どこで始めたのか」は分かっていません。古代エジプトや中国で始まった、17世紀のオランダ人が米国に持ちこんだ、という話もよく聞きますが、どれも資料でしっかり裏づけられた話ではなく、説や言い伝えの段階です。

では、確かなことは何でしょうか。この記事では、ヨーロッパで男の子の遊びだった縄跳びが、女の子の歌の遊びになり、日本の学校に入り、2本の縄の競技にまで育った道のりが分かります。

縄跳びの起源は、現在も特定されていない。古代エジプト起源説、古代中国起源説、17世紀のオランダ人入植者による米国への伝来説は広く語られるが、いずれも出典つきの確かな記録で支えられているわけではない。では、記録のうえで確かなのは何か。

この記事では、ヨーロッパでは男の子の遊びだった縄跳びが、なぜ女の子の遊びとなり、歌を伴うようになったのか、日本には学校教材としてどう入り、2本の縄の競技にどう変わったのかが分かる。

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1. なわとびの はじまりは、わかって いるの?

1. 「古代エジプトで始まった」は、どこまで言えるのか

1. 起源説は、どこまで資料で支えられるのか

なわとびの いちばん むかしの はじまりは、わかって いません。

エジプトでは、子どもが つるを とんで いる 絵が ある、と いわれます。中国の 石の ほりものに、なわとびの ようすが かかれて いる、とも いわれます。でも、どの ものの ことなのかを しめす しりょうは、見つかって いません。

なわを つくる しょくにんが、なわを よりながら とんだのが はじまり、と いう せつも あります。アメリカには、オランダ人が もちこんだ、と いう はなしも あります。どれも、「そうかも しれない」と いう はなしです。

では、「だれが とんで いたか」が かかれて いる 古い かきものは、いつ ごろの ものでしょう。

英語版のウィキペディアなどでは、縄跳びの最も古い起源は分かっていないと説明されています。古代中国の漢の時代の石の彫刻に縄跳びが描かれているとされ、エジプトでは子どもがつる草を跳んでいる様子が描かれているとされます[1]。ただし、これは百科事典での紹介で、どの石彫や絵なのかまでは示されていません。

縄づくりの職人が縄をよりながら跳んだのが遊びの始まりではないか、という説もあります。ニューヨークの大学のページは、フェニキア、エジプト、中国の縄職人の技術から発展したのかもしれない、と控えめに書いています[2]。

米国の玩具殿堂を運営するストロング博物館は、17世紀にオランダ人の入植者が縄跳びを米国に持ちこんだ、と紹介しています。けれども民俗学者のベレジンは、これを「物語」と呼び、縄跳びはもっと古いかもしれないとみています[4]。

つまり、始まりの時期も場所も、はっきりしません。では、記録に確かに出てくる縄跳びは、いつごろ、だれの遊びだったのでしょうか。

縄跳びは、世界中で通じる遊びでありながら、最初に跳んだ人・場所・時期のいずれも特定できていない。英語圏の百科事典的な説明では、最も古い起源は不明とされ、漢代の石彫に縄跳びが描かれていること、エジプトで子どもがつる草を跳ぶ様子が描かれていることが、「とされる」という形で紹介されている[1]。ただし、石彫や絵の所蔵先・名称が示されておらず、古代起源を裏づける証拠としては使えない。

別の説明は、縄づくりの職人が縄をより合わせながら跳んだのが遊びの始まりだった可能性を挙げる。フェニキア、エジプト、中国の縄職人の技術から発展したのかもしれない、という書き方で、出典も示されておらず、仮説の域を出ない[2]。

よく語られる「17世紀のオランダ人入植者が米国に持ちこんだ」という話も、同じ性格である。米国の玩具殿堂(ストロング博物館)はこれを紹介するが、民俗学者ベレジンはこの話を「物語(tale)」と呼び、縄跳び自体はもっと古い可能性があるとする[4]。したがって、国名や年代がはっきり書かれていても、それだけで事実とは言えない。

起源が分からないなら、確かなのはどこからか。資料が整うのは、起源ではなく、「だれが跳んでいたか」が書かれはじめる時代からである。

2. むかしは 男の子の あそびだった?

2. 縄跳びは、もともと男の子の遊びだった

2. 記録に最初に出てくるのは、男の子の遊びとしての縄跳びだった

ヨーロッパの 300年から 500年ほど まえの かきものでは、なわとびは 男の子の あそびと して 出て きます。

女の子が とぶように なったのは、そのあとです。200年ほど まえから ふえて、150年ほど まえの 町では、なわとびは 女の子の あそびと いわれる ほどに なりました。

むかしは、とぶと 足首が 見えると いう わけで、女の子には すすめられなかった、とも いわれます。それでも 女の子たちは とびつづけ、あそびの 中心に なりました。

女の子たちは、この あそびに、あるものを くわえました。それは なんでしょう。

ヨーロッパでは、16〜17世紀の記録から、縄跳びは主に男の子の遊びだったとされます。女の子の遊びとして目立ってくるのは18世紀ごろからで、19世紀の後半には、都市の子どもたちのあいだで女の子が中心になりました[3]。

なぜ、最初は男の子の遊びだったのでしょうか。理由として、昔は女の子が足首を見せて跳びはねることがよくないとされた、という説明があります[3]。時代の習慣が、だれが跳ぶかを決めていたことになります。

ここでの年代は「〜ごろ」というおおよその目安で、国や地域によって差があります。それでも、縄跳びが男の子の遊びから女の子の遊びへ移っていった、という大きな流れは、複数の資料で共通しています。

女の子たちが主役になったとき、遊びにはどんな変化が起きたのでしょうか。

起源が不明でも、「だれが跳んでいたか」は書かれている。遊びの百科事典(SAGE)の記述によると、ヨーロッパでは16〜17世紀の記録から、縄跳びは主に男の子の遊びとされる。女の子の遊びとして目立ちはじめるのは18世紀ごろで、19世紀後半には、都市部で女の子が中心になった[3]。

なぜ、女の子は初めから主役ではなかったのか。資料は、足首が見えることなどを理由に、女の子には勧められなかったと説明する[3]。縄跳びを誰がするかには、当時の社会の見方が関わっていたことになる。

ただし、年代は「〜ごろ」の目安にすぎず、国や地域によって差がある。ここから言えるのは、男の子から女の子へという大きな移りゆきまでである。

女の子が中心になったことは、遊びの中身も変えた。次の章では、その変化を見る。

3. なわとびに、うたが くっついたのは なぜ?

3. 縄跳びに歌がついたのは、なぜでしょうか

3. 女の子の縄跳びに、となえ歌が結びついた理由

女の子たちは、2人が なわを まわし、ほかの 子が とぶ やりかたで あそびました。とびながら、うたを うたう のです。

うたが あると、なわを まわす 人も、とぶ 人も、リズムを そろえやすく なります。つぎに だれが とぶか、じゅんばんを きめる ときにも、うたが つかわれました。

いちばん 古い うたの きろくは、140年あまり まえの ものです。100年ほど まえには、むかしの あそびを しらべる 人たちが、たくさん かきとめました。

では、日本の なわとびは、どこから 来たのでしょう。

女の子たちの縄跳びでは、2人が縄を回す「回し手」になり、ほかの子が順番に跳びこむ遊び方が広がりました。そのとき歌われたのが、となえ歌です。歌は、縄のリズムを合わせるためや、順番を回すために使われたとされます[3]。

となえ歌の最も古い記録は1880年代で、20世紀の前半には、民俗学者たちが多くを書きとめて研究しました[3]。いまから140年あまり前に、すでに女の子たちの歌が文字になっていたことになります。

2人で回して順番に跳ぶ遊びでは、回す人と跳ぶ人が呼吸を合わせる必要があります。歌は、そのための合図になっていたと考えられます。ただし、これは遊び方の説明から読みとれる流れで、資料が理由として書いているわけではありません。

では、縄跳びは日本にいつ、どのように入ってきたのでしょうか。

女の子の縄跳びでは、2人が縄を回す回し手になり、他の子が順に跳びこむ形が定着した。この形では、リズムの共有と順番の受け渡しが必要になる。となえ歌は、そのために使われたとされる[3]。

となえ歌の最も古い記録は、同じ百科事典によれば1880年代である。20世紀前半には民俗学者らが多数を採録して研究対象とした[3]。女の子が中心になった時期のあとに、歌の記録が現れることになる。ただし、両者の因果までは資料が述べていない。

この節で言えるのは、回し手と跳ぶ子の呼吸合わせや順番の受け渡しに、歌が使われたとされること、記録が1880年代から現れることまでである。

ここまでは主に欧米の話だった。日本では、縄跳びはどの経路で入ったのか。

4. 日本の 学校に、いつ はいって きたの?

4. 日本の学校に縄跳びが入ってきたのは、いつごろか

4. 日本への導入は、学校体育の教材として始まったのか

日本では、めいじの ころに、学校の たいそうの 中で なわとびが つかわれはじめた、と いわれます。いまから 150年ほど まえです。

めいじ11年(1878年)に、ドイツなどから 先生を よんだ ことが はじまりとも いわれます。ただ、これは「そう 言われる」と いう はなしです。

では、学校の そとの せかいでは、なわとびは どんな あそびに なって いったのでしょう。

日本の縄跳びは、明治時代に、体操や学校の教材として入ってきたとされます。1878年(明治11年)に、体操伝習所(現在の筑波大学の前身)に欧米から教師を招いたことが、導入の始まりともいわれます[6]。ただし、この説明は「とも言われる」という書き方で、断定はされていません。

はっきり言えるのは、縄跳びが「古くからの子どもの遊び」だけでなく、学校の体育の道具として、明治のころに日本へ入ったと説明されている、という点です。

学校の外では、縄跳びは遊びとして、どんな形に育っていったのでしょうか。

日本について、資料が語るのは遊びとしてではなく、体操・学校教材としての導入である。日本語版の百科事典は、1878年(明治11年)に体操伝習所(現在の筑波大学の前身)が欧米から教師を招いたことを導入の始まりとする見方を紹介するが、「とも言われる」という書き方で、断定は避けている[6]。

体育教師を招いたことと、縄跳びが学校で広まったことは、別の事柄である。そのため、「明治11年に日本に縄跳びが入った」と断定する書き方は避けたほうがよい。日本の学校体育に入った時期は、この百科事典の紹介にとどまり、年号まで固めることはできない。

室町時代の童歌に縄を跳ぶ様子を思わせる一節がある、とする一般向けサイトの紹介もある[7]。しかし作品名や出典が示されておらず、史料としてはここでは扱わない。日本の縄跳びの起源を江戸時代以前にさかのぼれるかは、資料の範囲では言えない。

では、学校で教えられたその縄跳びが、遊びとして世界でどう育っていたのか。次の章で、競技の形になった例を見る。

5. せんたくひもが、せかいたいかいの あそびに?

5. 洗濯ひもから生まれた、2本の縄の競技

5. ダブルダッチはなぜ競技になったのか:洗濯ひもから世界大会まで

2本の なわを、ぎゃくの むきに まわして とぶ あそびを、ダブルダッチと いいます。

アメリカの 町の 女の子たちが、70年から 80年ほど まえに、せんたくひもを なわに して あそびはじめた ことから、競技きょうぎに なったと いわれます。

そのあと、1970年代の はじめに、おまわりさんたちが きまりを つくり、1974年には はじめての 大会が ひらかれました。

なまえの もとは、「ちんぷんかんぷん」を 言う ことばから、と いう せつも あります。2025年には、日本の かわさきしで 世界大会が ありました。

2000年には、アメリカの 「おもちゃの でんどう」と いう ところにも、えらばれました。

2本の縄を使うダブルダッチは、1940〜50年代に、米国の都市の黒人コミュニティの女の子たちが、洗濯ひもを縄の代わりにして遊んだことから、競技の形になったとされます[5]。

1970年代のはじめには、ニューヨーク市警のウィリアムズとウォーカーという警察官が規則を整えたとされ、第1回の大会は1974年2月に開かれました[5][2]。規則を整えた人物名は、資料によっては出典が示されていません。

「ダブルダッチ」という名前の由来には、説があります。オランダ人がもたらしたからという説のほかに、英語で「ちんぷんかんぷん」を表す俗語から来たという説明もあります[5]。どちらが正しいのか、決められません。

いま、縄跳びの競技は世界大会が開かれるまでになりました。国際ジャンプロープ連合(IJRU)の世界大会は、2023年に米国で、2025年には日本の川崎市で開かれています[1]。

縄跳びは2000年に米国の「ナショナル・トイ・ホール・オブ・フェイム(玩具殿堂)」にも選ばれました[4]。始まりが分からない遊びが、いまでは世界大会にまで続いています。

2本の縄を逆向きに回して跳ぶダブルダッチが競技になった経緯は、縄跳びの歴史のなかで、起源より新しく、資料も具体的である。英語版の百科事典などによれば、競技としてのダブルダッチは、1940〜50年代の米国で、おもに黒人が多く住む都市の女の子たちが、洗濯ひもを縄の代わりにして遊んだことから始まったとされる[5]。

これが競技となるには、規則が必要だった。1970年代はじめにニューヨーク市警のウィリアムズ(Ulysses Williams)とウォーカー(David Walker)が規則を整え、第1回の大会は1974年2月に開かれたとされる[5][2]。ただし、人物名は一方の資料で出典が示されていない。年代と大会開催は、2つの資料で一致する。大会主催団体の資料までは当たっておらず、細部は二次資料による紹介である。

名称の由来も、一つに決まらない。オランダ人の持ちこみを由来とする説に対して、英語版は、英語で「ちんぷんかんぷん(nonsense)」を表す俗語に由来するという説明も挙げている[5]。名前の説が分かれることは、縄跳びの起源が定まらないことと、同じ構図を持つ。

現在では、国際ジャンプロープ連合(IJRU)の世界大会が、2023年に米国コロラド州で、2025年に日本の川崎市で開かれた[1]。縄跳びは2000年に米国の玩具殿堂にも選ばれている[4]。起源は分からなくても、競技になった時期や大会の記録はたどれる。

6. 家の 人に、なわとびの うたを きいて みよう

6. 家族や地域に残る縄跳びの歌を聞いてみる

6. 身近な人に残る縄跳びの歌から、記録のない部分を考える

なわとびの うたは、140年あまり まえの ものが、かきとめられて いました。でも、あなたの まわりの うたは、本に ない かもしれません。

家の 人や、学校の 先生に、「子どもの ころ、なわとびの ときに、どんな うたを うたった?」と きいて みましょう。ちがう 町の 人に きくと、ちがう うたが 出て くるかも しれません。

きいた うたを、ノートに かいて みましょう。かいて おけば、じぶんの まわりの 「きろく」に なります。

うたに あわせて なわを まわして みるときは、ひろい ばしょで、まわりに 人が いないか たしかめてから にしましょう。

縄跳びの歌が文字として残っているのは、いちばん古いもので1880年代です。それより前の子どもたちが何を歌っていたかは、資料からは分かりません。

身近な大人に、「子どものころ、縄跳びのときに歌った歌はある?」と聞いてみてください。同じ町でも、年代や学校によって歌が違うかもしれません。聞いた歌を書き留めておけば、それは、その地域の小さな記録になります。

もし縄を2人で回す機会があれば、歌のある跳び方とない跳び方を比べて、リズムの取りやすさが変わるかどうかも試せます。ただし、周りに人や物がない広い場所で行ってください。

この記事で触れた資料は、英語のものが多いため、日本の縄跳び歌の資料は、図書館の民俗学や遊びの本を探すと見つかるかもしれません。

この記事で確かめられたのは、縄跳びの始まりが特定できていないこと、記録のうえでは男の子の遊びとして現れ、女の子が中心になる過程で歌が結びついたこと、日本には明治に学校教材として入ったとされること、20世紀に2本の縄の競技が生まれたことである。起源や名称の由来、導入の経緯には、説の段階の話が多い。

手がかりとなる資料は、公開された一次資料が少なく、多くを二次資料に頼っている。例えば、日本の導入時期の年号は、当時の教則や文部省の資料で確かめれば、より強い裏づけになる。18世紀末の欧州の体育書に縄跳びの記述があるかも、原典で確かめる価値がある。

身近な調べ方としては、家族や地域の人に、縄跳びのときの歌を聞いて書き留める方法がある。年代と場所を添えて残せば、記録の少ない部分を埋める資料になる。実際に縄を回してみるときは、周囲に人や物のない広い場所を選ぶこと。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

起源・年代の記述は二次資料が中心です。年号や人物名は、複数の資料で食いちがう場合は「とされる」と書きました。

  1. Skipping rope (Wikipedia, English) https://en.wikipedia.org/wiki/Skipping_rope (起源の説明・世界大会)
  2. Double Dutch history(Baruch College, CUNY) https://baruch.cuny.edu/nycdata/uniquely_nyc/double_dutch.htm (縄職人説・第1回大会)
  3. Encyclopedia of Play: Jump Rope(SAGE) https://sk.sagepub.com/ency/edvol/embed/play/chpt/jump-rope (男の子から女の子へ・となえ歌)
  4. National Toy Hall of Fame: Jump Rope(The Strong) https://www.museumofplay.org/toys/jump-rope/ (オランダ人入植者の話・玩具殿堂)
  5. Double Dutch (jump rope)(Wikipedia, English) https://en.wikipedia.org/wiki/Double_Dutch_(jump_rope) (ダブルダッチの競技化・名前の説)
  6. 縄跳び(Wikipedia 日本語版) https://ja.wikipedia.org/wiki/縄跳び (日本への導入の説明)
  7. 縄跳びの発祥の歴史とは?(スポブロ!) https://nawatobikouka.info/rekishi/ (日本の古い呼び名の紹介。史料名のない一般向けの記述)

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