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狛犬こまいぬは どうして ふたつ ならんでいるの? もとは ライオンだった

神社の狛犬はなぜ二体いるのか ── もとはライオン。宮中の守りから神社へ

狛犬はなぜ一対で置かれるのか ── 獅子と狛犬、宮中の守り、阿吽の表情

分野:歴史・文化

じんじゃの 入り口で にらんでいる 狛犬こまいぬ。名前に 「犬」と ありますが、ごせんぞさまは ライオンだと いわれています。

しかも、さいしょに おかれたのは じんじゃでは なく、むかしの 宮中きゅうちゅうでした。どうして ふたつ ならべるように なったのでしょう。この ページでは、わかっている ことと、まだ ひとつに 決まっていない ことを わけて 見ていきます。

神社の入り口で口を開けている像と、閉じている像。この2体の「狛犬」の祖先は、犬ではなくライオン(獅子)だといわれています。しかも、最初に置かれた場所は神社ではなく、平安時代の宮中でした。

では、なぜ2体で一組なのでしょうか。この記事では、わかっていることと、研究者のあいだでも一つに決まっていないことを分けて紹介します。

神社の入り口で、口を開けた像と閉じた像が向かい合っている。この「狛犬」の祖先は、犬ではなくライオン(獅子)だとされる。しかも、記録に残る最初の置き場所は神社ではなく、平安時代の宮中だった。

なぜ一対なのか。本記事では、文化庁の文化遺産オンラインの解説や一般向けの解説をもとに、確かな部分と、理由が一つに決まっていない部分を分けて整理した。

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1. ふたつ ある わけは、ひとつに 決まって いない

1. 一対の理由は、ひとつには決まっていない

1. 一対の理由 ── 有力な説明はいくつかあるが、一つには決まっていない

いまの ところ、「これが ただしい」と いえる ひとつの 答えは ありません。でも、手がかりは 3つ あります。

  • まもる どうぶつを 左と 右に ふたつ おく、という 考え方が あります。中国から つたわったと いわれます。
  • へいあん時代の 宮中きゅうちゅうでは、獅子ししと 狛犬こまいぬを セットで おいていました。
  • 口を あけた ぞうと とじた ぞうで ひと組に する 「阿吽あうん」は、ぶっきょうの 考え方です。

つぎの 章では、狛犬こまいぬの ごせんぞが なぜ ライオンと いわれるのかを 見てみましょう。

一つの正解は、いまのところありません。ただ、手がかりは大きく3つあります。

  • 聖なる場所を守る獣を、左右に一対置くという考え方があります。中国にもとがあるとされます。
  • 平安時代の宮中で、「獅子」と「狛犬」が一組の道具として置かれていました。
  • 口を開けた像と閉じた像を組みにする「阿吽」の表し方があります。仏教の影響とされます。

ほかにも説があります。次の章では、まず狛犬の祖先がなぜライオンといわれるのかを見てみましょう。

一つの定説はない。ただ、手がかりは大きく3つある。

  • 聖域を守る獣を左右に一対置く発想。中国に起源があるとされる。
  • 平安時代の宮中で、「獅子」と「狛犬」が一組で置かれた事実。
  • 口を開けた像と閉じた像を組みにする「阿吽」の表現。仏教の影響とされる。

このほか、陰陽や左右の序列で説明する見方もあるが、これらは解説者による解釈で、決め手のある説明ではない。以下、順に見ていく。

2. ごせんぞは ライオンだった

2. 祖先はライオン ── 「犬」の名前のわけ

2. 祖先は獅子 ── 「犬」の名前になった経路

日本には ライオンが すんで いません。それでも 神社の ぞうの ごせんぞは ライオン(獅子しし)だと いわれて います。ライオンの ぞうは、古い 時代の 西の ほうや インドなどで、大切な 場所を まもる ものでした。それが ぶっきょうと いっしょに 中国へ、さらに 日本へ つたわった と 考えられて います。

「犬」の 字が ついた わけには、「高麗犬こまいぬ」と いう 書き方が ヒントです。朝せん半島を 通って 来たので「こま」の 犬と よばれた、と 考えられて います。ただし、もとの 形が 朝せん半島に あった わけでは ないそうです。

日本にはライオンがいません。それでも、狛犬のもとは獅子(ライオン)の像だとされます。古代の西方やインドでは、ライオンは王や聖なる場所を守る力の象徴でした。その像が仏教とともに中国へ、さらに朝鮮半島を通って日本へ入ったと説明されています。

「高麗犬こまいぬ」とも書くのは、朝鮮半島経由で来たからだと考えられています。ただし、朝鮮半島に原型があったわけではなく、中国・唐の神獣が仏教とともに伝わったためという説明が一般的です。

日本にライオンはいないが、狛犬の源流は獅子像だとされる。エジプトのスフィンクスやインドのライオン像に起源を求める解説があり、日本語版Wikipediaは、古代オリエントから中国、インドへと広がった獅子の図像が日本の狛犬につながると整理している。ただし、系譜の細部には幅のある説明もある。

「高麗犬」の表記は、仏教とともに中国・唐の神獣が朝鮮半島を経て伝わったことに由来すると考えられている。朝鮮半島に原型があったわけではない、とする解説もある。

3. さいしょは 天皇てんのうの すぐ そばに いた

3. 最初の置き場所は、宮中の天皇の座の両わき

3. 平安時代の宮中 ── 御帳台の両わきと、獅子・狛犬の一組

へいあん時代、狛犬こまいぬは まよけとして 宮中きゅうちゅうに おかれた といわれます。天皇てんのうが すわる ところの 両がわに、獅子ししと 狛犬こまいぬを ひとつずつ おきました。いまの 神社と ちがって、へやの 中に おく 小さな ものでした。

このとき すでに 「獅子しし」と 「狛犬こまいぬ」は 一組の ことばでした。宮中では、ふたつを 左右に おく ことが ありました。ただ、これが 神社の 一対に どう つながったのかは、はっきり 決まって いません。

ちなみに、むかしは 獅子ししと 狛犬こまいぬは 少し ちがう ものでした。ひとつは つのが なく 口を あけ、もうひとつは つのが 一本 あって 口を とじて いると せつめいされます。

平安時代、狛犬は魔よけの像として宮中に置かれたといわれます。天皇の座(御帳台)の両わきに置かれたり、屏風や几帳(カーテンのような仕切り)が風でめくれないようにする重しとして使われたりしました。今のように屋外に置く大きな像ではなく、室内の小さな道具でした。

このころ、「獅子」と「狛犬」はすでに一組の言葉として記録に出てきます。宮中では左右に対にして置く例がありました。ただ、それが神社の一対にどうつながったのかは、はっきり決まっていません。

ふたつは本来、少しちがうものでした。獅子は角がなく口を開け、狛犬は角が一本あって口を閉じる、と説明されます。

平安時代、狛犬は魔よけとして宮中に置かれた。御帳台(天皇の座)の両わきに置かれたほか、屏風や几帳を押さえる鎮子(重し)としても使われたとされる。屋外の大きな像ではなく、室内の小さな調度だった。

『枕草子』などに「獅子・狛犬」と対で出てくる、との指摘がある(日本語版Wikipedia)。宮中で左右に対で置く例があったことが一対の発想につながったとする見方もあるが、神社の一対との関係は確定していない。なお、別の物語には「狛犬四つ」とあり、当時は二体一組と決まっていなかったとの指摘もある。

本来、獅子は無角で口を開け、狛犬は有角で口を閉じる、という区別があったとされる。谷保天満宮の木造獅子狛犬(鎌倉時代、重要文化財)は、無角開口の獅子と、有角閉口の狛犬の一対と解説されている。ただし、実際の像がこの区別どおりとは限らない。

4. 神社の 外へ ── 石の 狛犬こまいぬは 江戸えど時代から

4. 神社へ、そして屋外へ ── 木から石へ

4. 宮中から神社へ ── 木造の小像から、屋外の石像へ

そのあと、狛犬こまいぬは 神社や おてらにも おかれるように なります。さいしょは 木で つくった ものが 多かった ようです。のこっている いちばん 古い ものは、へいあん時代の 木の ぞうです。

いまのように 石で できた 大きな 狛犬こまいぬが 外に 立つように なったのは、江戸えど時代ごろからと いわれます。雨や 風に 強い 石で つくると、さんどうで 長く 神さまを まもれるからです。

狛犬はやがて神社や寺にも置かれるようになりました。現存する最古級のものは平安時代の木造です。置き場所は像によってちがい、社殿の中だけでなく、階段の上の縁などに置かれた例もあります。文化庁の「文化遺産オンライン」には、石川県の白山比咩神社の木造獅子狛犬(平安時代末ごろ・重要文化財)が載っています。平安時代にさかのぼる像は、とても少ないそうです。

屋外の石の狛犬が増えるのは、江戸時代ごろからといわれます。参道で風雨に耐えられる石で作られるようになり、寄進された像も増えました。

宮中の魔よけとして定着したあと、狛犬は神社や寺にも置かれるようになった。現存する遺例は、平安時代の木造が最も古い部類に入る。文化遺産オンラインは、白山比咩神社(石川県)の木造獅子狛犬(重要文化財、平安末期の作と解説)について、「平安期に遡る遺例はきわめて少ない」と述べ、御上神社(滋賀県)、藤森神社(京都府)、厳島神社(広島県)の像を同じ稀な遺例として挙げる。

屋外の石造は江戸時代ごろから普及したとされる。風雨に耐える素材で参道に置かれ、庶民の寄進も増えたとする解説がある。平安から江戸までの変化は地域差も大きく、ここで述べたのは大まかな流れにとどまる。

5. 口を あけた ぞうと とじた ぞう ── 「あうん」

5. 口を開けた像と閉じた像 ── 「阿吽」の意味

5. 阿吽 ── 仏教の言葉が表す、始まりと終わり

いまの 狛犬こまいぬの 多くは、ひとつが 口を あけて「あ」、もうひとつが 口を とじて「うん」と 言って いるように 見えます。これを 「阿吽あうん」と いいます。

「あ」は ひらがなの はじめ、「ん」は おわりです。ふたつ あわせて 「はじめから おわりまで ぜんぶ」と いう 意味だと いわれます。「あうんの 呼吸こきゅう」と いう ことばも、ここから 来ました。

この 考え方は ぶっきょうの もので、神道とは かんけいが ないと せつめいする 本も あります。お寺の 入り口に 立つ 仁王像におうぞうも、同じ 「阿吽あうん」です。

いまの狛犬の多くは、片方が口を開けて「阿」、もう片方が口を閉じて「吽」と発音しているように見えます。「阿」は五十音の「あ」、「吽」は「ん」で、始まりと終わり、つまり「すべて」を表すといわれます。「あうんの呼吸」という言葉のもとにもなりました。

阿吽は仏教の考え方で、神道とは無関係と説明する解説もあります。寺の門の仁王像も阿吽の組です。阿吽の表し方が狛犬に定着した道すじには、いくつかの見方があります。

右と左のどちらが阿でどちらが吽かは、資料によって書き方がちがい、どの神社も同じとは言えません。獅子と狛犬を角の有無で分ける区別も、実際には守られていない像がたくさんあります。

現在の狛犬の多くは、口を開けた「阿形」と口を閉じた「吽形」の一対になっている。阿吽は梵語の字母に由来する仏教の語で、「阿」は始まり、「吽」は終わりを表し、二体で万物の全体を表すとされる。nippon.comの解説は、阿吽は仏教の呪文の一つで神道とは無関係としている。

もともと別だった獅子(無角・開口)と狛犬(有角・閉口)が、日本で、仁王像と同じ阿吽の表情の一対として整理されていったとする説明がある(京阪電車のページ)。一方で、阿吽の対を日本で独自に発達させたとみる研究者もいる、と日本語版Wikipediaは紹介している。このように、阿吽が狛犬に定着した経緯には複数の説明がある。

阿形を向かって右に置く例が多いとする資料もあれば、その逆の例を多く見たという記述もある。神社によってちがう、と考えておくのが安全だ。

6. 神社によっては「犬」じゃ ない

6. 神社によっては、犬でもライオンでもない

6. 神の使いの像 ── 狐・牛・猿・狼

じんじゃに よっては、ならんでいる ぞうが 狛犬こまいぬでは ありません。おいなりさんの 前には きつね、てんまんぐうの 前には 牛、日枝ひえ神社の 前には さる、三峯みつみね神社の 前には おおかみが います。どれも、その 神さまの 「つかい」と いわれる どうぶつです。

ふたつ そろえて ならべる という やりかたは そのまま なのに、中身は 神社ごとに ちがいます。

神社によっては、狛犬のかわりに別の動物が並んでいます。稲荷神社には狐、天満宮には牛、日枝神社には猿、三峯神社には狼です。いずれも、その神社の神の使いとされる動物です。

「二体を向かい合わせて守らせる」という形はそのままで、中身だけが神社ごとに入れかわっているようです。

神社によっては、狛犬の位置に別の動物が置かれる。nippon.comの解説によれば、三峯神社は狼(大口真神)、稲荷神社は狐、天満宮は牛、日枝山王神社は猿で、いずれも神の使いとされる。

二体を左右に置いて神前を守らせるという形式は共通で、獅子像から始まった型が、その神社ごとの神の使いへと広がったと見ることができる(これは出典の解説を並べた筆者の整理で、史料で確かめられた経路ではない)。

7. 自分でも やって みよう

7. 自分でも調べてみたくなったら

7. 自分でも調べてみたくなったら

こんど じんじゃに いったら、狛犬こまいぬを よく 見て みましょう。

  • ふたつは 口の 形が ちがうか、つのは あるか、見て みましょう。
  • たてがみや しっぽが どんな かたちか、見て みましょう。
  • ふたつが 向かい あって いるか、おなじ ほうを 見ているか、たしかめて みましょう。

近くの じんじゃを 3つ くらべて みると、ちがいが 見つかります。さわったり、のぼったりは しないでください。

近所の神社の狛犬を見比べる

近所の神社を2〜3か所まわって、次のことを書きとめてみましょう。口の開き方、角の有無、たてがみや尾の形、台座に彫られた寄進の年や名前に注目します。同じ「狛犬」でも、時代や地域でこんなにちがうのかと気づくはずです。像にのぼったり、触りすぎたりしないようにしましょう。

像の記録を調べる

国宝・重要文化財になっている狛犬は、文化庁の「文化遺産オンライン」で調べられます。平安時代の木造像の解説を読むと、どこを見て年代を考えているのかが分かります。

近所の神社の狛犬を見比べる

近所の神社を数か所まわり、口の形、角の有無、たてがみ・尾の形、台座の銘(寄進の年や名前)を記録して比べてみる。解説どおりの区別が、実際の像でどこまで守られているかが見えてくる。像にのぼったり、触りすぎたりしない。

一次に近い資料にあたる

文化遺産オンラインには、平安から鎌倉の木造獅子狛犬の解説がある。どこを見て年代や作風を判断しているかが読める。また、日本語版Wikipediaの「狛犬」は、『枕草子』などの記録名を多数挙げている。原典や論文にあたって確かめると、本記事で「とされる」と書いた部分の根拠が見える。

しらべた ところ

参考にした情報源

参考にした情報源

出典について:文化庁の文化遺産オンラインは公的機関の解説です。nippon.com・京阪電車・GIGAZINEは一般向けの解説、Wikipediaは調べる入り口として使い、そのため、平安時代の宮中の使われ方や『枕草子』の記述は「〜とされる」と書いています。

  1. 文化庁 文化遺産オンライン「木造獅子狛犬(白山比咩神社)」。 https://online.bunka.go.jp/db/heritages/detail/193606 (平安期の遺例が少ないこと、獅子と狛犬の角の説明)
  2. nippon.com「神社に行こう! 神社空間を読み解く⑥狛犬」。 https://www.nippon.com/ja/views/b05206/ (起源、高麗犬、阿吽、神の使いの例)
  3. 京阪電車「狛犬」(京都の案内ページ)。 https://www.keihan.co.jp/navi/kyoto_tsu/tsu201012.html (宮中の魔よけ、阿吽の表情、神社への広がり)
  4. GIGAZINE「阿吽の狛犬」(2017年1月4日)。 https://gigazine.net/news/20170104-a-un-komainu/ (阿吽の意味、「あうんの呼吸」)
  5. Wikipedia(日本語版)「狛犬」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%9B%E7%8A%AC (御帳台・鎮子、『枕草子』での「獅子・狛犬」、角の区別、谷保天満宮の例)

なおした ところ

更新履歴

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