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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

くちべにの あかは、はなびらの いろの たった 100ぶんの 1 ── あんぜんな いろは どうやって えらばれたの?

口紅の赤は、花びらの色素のわずか1%だった ── 江戸の紅から、使える色を国が決める時代まで

紅花の赤色素は1% ── 江戸の紅と笹紅、鉛白粉、タール色素の規制(1938・1960・1966年)

分野:歴史・文化

えどの じだいの くちべにの もとに なる はなが あります。べにばなと いいます。この はなびらの いろの もとに なる しきそのうち、あかは たった 1パーセントしか ありません。

そんな ちいさな あかを ぬりかさねて、くちびるを たまむしいろに ひからせた ひとたちが いました。いまの くちべにの いろは、どうやって あんぜんに なったのでしょう。べにと、あぶない いろの ざいりょうと、いろを くにが きめる しくみが わかります。

江戸時代の紅のもとになる紅花は、花びらにふくまれる色素のうち、赤はわずか1%です。その赤を何度も塗り重ねて、唇を玉虫色に光らせる化粧が流行しました。

ところが、同じころの白い粉(白粉)には、体に害のある鉛が使われていました。化粧の色は、どうやって安全なものだけが残るようになったのでしょうか。紅の赤、危険だった材料、そして使える色を国が表で決めるしくみが分かります。

江戸時代の紅の原料である紅花は、花びらの色素のうち赤は1%にすぎない[1]。この貴重な赤を塗り重ねて、唇を玉虫色に光らせる「笹紅」が、江戸後期に流行した[2]。

一方、同じ時代の白粉には、鉛を含むものがあった[4]。化粧の色は、いつ、どんな理由で、使える材料が選ばれるようになったのか。紅の赤、危険な材料への気づき、タール色素を国が表で決める制度(米国1938・1960年、日本1966年)が分かる。

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1. べにの あかは、なぜ ねだんが たかいの?

1. 花びらの赤は1%だけ ── 紅はなぜ貴重だったのか

1. 紅花の色素の構成 ── 赤1%と紅餅

べにばなの はなびらを ながめると、きいろが つよく 見えます。でも、ふくまれる あかい いろの もとは、1パーセントしか ありません[1]。

あかい べには、この 1パーセントを とりだして つくります。ほんの すこしの あかを あつめるのですから、たいへんな しごとです。

なお、1パーセントは、はなびら ぜんぶの 1パーセントでは ありません。はなびらの いろの なかでの わりあいです。

ところで、こんなに てまの かかる べには、どんな ひとが つかったのでしょう。

紅花の花びらを見ると、目立つのは黄色です。けれど赤色素は、色素のうち1%しかありません。紅餅という、花びらを加工したものから取り出した赤だけで作る紅は「小町紅」とよばれます[1]。

ここで注意したいのは、1%は花びら全体の重さの1%ではなく、花びらにふくまれる色素の中での割合だということです。

この紅を江戸時代と変わらない製法で作り続けているのが、1825年(文政8年)に日本橋で創業した伊勢半本店です[1]。資料館は2006年に「紅ミュージアム」へ名前を改め、江戸の化粧文化の資料が約120点展示されています。

これほど手間のかかる赤を、江戸の人たちはどう使ったのでしょうか。

紅花の花びらでは、赤色素は色素のうち1%にとどまる。ここでいう1%は花弁全体の1%ではなく、色素の内訳である。花弁を加工した紅餅から、赤だけを取り出したものが小町紅にあたる[1]。

赤が少ないため、紅は原料の量に比べて得られる色が少なく、貴重だった。その紅を江戸時代と変わらない製法で作り続けるのが、1825年(文政8年)に日本橋で創業した伊勢半本店で、2006年に資料館を「紅ミュージアム」と改称した。江戸の化粧文化の資料が約120点展示されている[1]。

では、これほど少ない赤を、江戸の人々はどう使ったのか。

2. くちびるが たまむしいろに ひかる ふしぎな おけしょう

2. 紅を塗り重ねると唇が光る ── 笹紅の流行

2. 笹紅 ── 塗り重ねで生まれる玉虫色の光沢

えどの おわりの ころ、「ささべに」と いう おけしょうが はやりました。べにを なんども ぬりかさねると、くちびるが たまむしいろに ひかります[2]。

いちばん いい べには たかくて、げいしゃや ゆうじょ、かぶきの やくしゃなど、かぎられた ひとが つかいました。

では、おかねの ない ひとは あきらめたのでしょうか。ちがいます。したくちびるに すみを ぬり、やすい べにを かさねて、にせる くふうを しました。

あかい いろが あまり とれないからこそ、ひかる くちびるが とくべつに 見えたのかもしれません。

江戸後期には、小町紅を何度も塗り重ねて、下唇を玉虫色に光らせる「笹紅」が流行しました[2]。重ね塗りの回数が多いほど、赤が濃く光るのだと考えられます。

最上の紅は高価で、芸者や遊女、歌舞伎役者など限られた人が使いました。

庶民は、下唇に墨を塗ってから、安い紅を重ねて似せました。高い紅が買えなくても、同じ光を楽しむ工夫があったのです。

赤い色は、高価でも工夫次第で手に入るものでした。では、同じころの白い色のほうは、どうだったのでしょうか。

江戸後期には、小町紅を何度も塗り重ね、下唇を玉虫色に光らせる笹紅が流行した[2]。塗り重ねの結果として玉虫色の光沢が出る、と説明される。

最上の紅は高価で、芸者・遊女・歌舞伎役者など限られた人が使った。そのため庶民は、下唇に墨を塗ってから安い紅を重ね、笹紅に似せる方法を取った[2]。

赤は高価でも、工夫で手が届くものだった。では、同じ時代の「白」を作る材料はどうだったのか。

3. しろい こなは、どうして きけんだったの?

3. 安くて落ちにくい白粉に、鉛が入っていた

3. 白粉の二種類 ── 軽粉(水銀系)と鉛白

えどの ひとは、かおに しろい こなも ぬりました。おしろいです。おしろいには、2しゅるい ありました。すいぎんを ふくむ ものと、なまりを ふくむ ものです[4]。

なまりの おしろいは、ねだんが やすく、おちにくいので、ふつうの ひとにも てに はいりました[3]。

ところが、かぶきの やくしゃのように たくさん つかう ひとに、なまりの どくが でました。ある よみものの きじに よると、1887ねんに、やくしゃの あしの ふるえが、なまりの どくだと わかり、1934ねんに、なまりの はいった おしろいを つくる ことが、きんし されたと いわれます[3]。

これは、くちべにでは なく、おしろいの はなしです。では、ほかの くにでは どうだったのでしょう。

江戸時代の白粉には、2種類がありました。水銀系の「軽粉」(伊勢白粉・御所白粉)と、鉛が主成分の「鉛白」(京白粉・生白粉など)です[4]。

鉛白粉は値段が安く、落ちにくかったので、庶民にも手に入りやすい白粉でした。その一方で、歌舞伎役者のように大量に使う人に鉛中毒が出ました。和樂webの解説記事によると、1887年(明治20)の事件をきっかけに、役者の足の震えが鉛中毒によると分かり、1934年(昭和9)に鉛入り白粉の製造が正式に禁止されたと伝えられます[3]。

ここで話しているのは、あくまで白粉(顔を白く塗る材料)です。口紅の赤の話ではなく、化粧の材料全体に危ないものがあったという範囲で読んでください。

鉛白や水銀の化粧は、日本だけの悩みだったのでしょうか。

江戸時代の白粉は、伊勢白粉・御所白粉とよばれた軽粉(水銀系)と、京白粉・生白粉などとよばれた鉛白の2種類に分かれる[4]。

鉛白粉は安価で落ちにくく、庶民にも普及した。しかし、歌舞伎役者のように大量に使う人には鉛中毒が現れた。1887年(明治20)の事件で、役者の足の震えが鉛中毒によると分かり、1934年(昭和9)に鉛入り白粉の製造が正式に禁止されたとされる[3]。この記述は解説記事によるもので、法令そのものではない。

では、危険な化粧の材料は、日本だけのものだったのか。

4. せかいにも、きけんな けしょうは あったの?

4. 世界にも鉛と水銀の化粧があり、新しい色が生まれた

4. 古代の鉛白・辰砂と、1856年のモーブ

むかしから、ヨーロッパなどでも、しろい おけしょうには なまり、あかい おけしょうには すいぎんを ふくむ いろが つかわれたと いわれます[5]。なまりの おけしょうは、いまから 5000ねんいじょう まえから あったと かんがえられて います。

1856ねんには、あたらしい できごとが ありました。パーキンと いう ひとが、さいしょの ごうせいの せんりょう「モーブ」を みつけたのです。せきたんの ざっしゅから つくった いろでした[6]。

この しゅるいの いろは、しょくひんや くすり、けしょうひんにも つかわれる ように なりました。いろが どんどん ふえた ぶん、どれが あんぜんか たしかめる ひつようが でてきます。

古代から西洋では、白粉に鉛白、赤い化粧に辰砂(水銀の硫化物)が使われたといわれます。鉛白の化粧は紀元前3500年ごろからとされ、ヴィクトリア朝では「自然な美」が好まれて廃れました[5]。

1856年には、パーキンが最初の合成染料「モーブ」を発見しました。石炭を加工するときの副産物から作られたため、こうした色素はコールタール色素(タール色素)とよばれます[6]。

タール色素は、食品・薬・化粧品に使われるようになりました。新しい色が一気に増えたとき、どれが安全なのかは、だれが決めるのでしょうか。

古代から西洋では、白粉に鉛白、赤い化粧品の一部に辰砂(水銀の硫化物、バーミリオン)が使われた可能性がある。鉛白の化粧は紀元前3500年ごろからとされ、ヴィクトリア朝に「自然な美」が好まれて廃れた[5]。

1856年にパーキンが最初の合成有機染料モーブを発見した。石炭加工の副産物から作られたことから、コールタール色素とよばれ、食品・薬・化粧品に使われるようになった[6]。

色の種類が増えれば、安全性を確かめる必要も増える。誰がどういう仕組みで安全を決めたのか。

5. つかって いい いろは、だれが きめるの?

5. 使える色を「表」で決める ── 米国と日本の制度

5. 色素のリスト制 ── 米1938・1960年、日本1966年

アメリカでは、1938ねんに あたらしい ほうりつが できました。けしょうひんも はじめて きまりの たいしょうに なり、つかって いい いろを リストに のせる ことに なりました[6]。

この ほうりつの まえに、まつげを そめる ものを つかって、めが みえなくなった ひとが でたと いわれます。くちべにの じこでは ありません。

1960ねんには、リストに のった いろだけを つかって いい、という きまりが しっかり できました。

にほんでは、1966ねんに、くすりや けしょうひんに つかえる いろが、ばんごう つきの ひょうで きめられました。いま のって いる ひょうは、そのあと なおされた ものです[7]。くちびるなど、ねんまくに つく けしょうひんには、つかえる いろが より かぎられます。

いまの いろは、こうして えらばれた ものだけ なのです。

米国では、1938年の連邦食品・医薬品・化粧品法で、化粧品も初めて規制の対象になりました。コールタール色素のうち「無害で適する」ものだけをリストにのせ、ロットごとの検査(認証)も義務になりました。背景には、まつ毛染めで失明した女性が出た事件があります。これは口紅ではなくまつ毛染めの事件です[6]。

1960年の色素添加物修正法では、「色素添加物」が定義され、使用目的ごとに「適切で安全」と掲載された色素だけが使えるようになりました[6]。

日本では、1966年(昭和41)の厚生省令第30号で、医薬品・化粧品に使えるタール色素が番号つきの表で決められました。省令は1966年に作られ、いま掲載されている表は改正後のものです。化粧品は、粘膜に使われないもの以外は第一部・第二部の色素に限られます。粘膜に使われないものは、第三部も使えます[7]。唇のように粘膜に触れうる口紅は、使える色が厳しく絞られる側にあたります。

では、いまの口紅は、どんな材料でできているのでしょうか。

米国では、1938年の連邦食品・医薬品・化粧品法が初めて化粧品も規制し、コールタール色素のうち「無害で適する」ものだけをリスト化して、ロットごとの検査(認証)を義務にした。背景には、まつ毛染めで失明した女性が出た事件がある。失明は口紅ではなくまつ毛染めの事故である[6]。

1960年の色素添加物修正法で「色素添加物」が定義され、使用目的ごとに「適切で安全」と掲載された色素だけが使えるようになった[6]。

日本では、1966年(昭和41)の厚生省令第30号が、医薬品・化粧品に使えるタール色素を番号つきの表で定めた。化粧品は、粘膜に使われないもの以外は別表第一部・第二部の色素に限られ、粘膜に使われないものは第三部も使える[7]。なお、掲載版は改正後の条文で、1966年当時の表と同じ中身とは限らない。

米日の制度の間に、直接の影響関係があったとは、資料から言えない。では、現在の口紅の色と安全は、どう守られているのか。

6. いまの くちべには、どんな いろで できて いるの?

6. いまの化粧品の色は、どう安全が守られているか

6. 化粧品の色と鉛の基準は、いまどう決まっているか

いまの にほんの きまりでは、けしょうひんに いれては いけない ものの なかに、すいぎんや カドミウムの なかまが はいって います[8]。ざいりょうは、ふじゅんぶつも ふくめて、からだに わるい おそれが あっては いけません。

あかい いろには、コチニールと いう むしから とった「カルミン」も あります。アメリカでは、けしょうひんにも つかって いい いろです[10]。

アメリカの しらべでは、くちびるに ぬる ものの なまりは、ふじゅんぶつとして 10ppm いかに おさえるのが めやすです。これは 100まんぶんの 10です。しらべた ものの 99パーセントいじょうが、この めやすを した まわって いました[9]。

むかしは ひとの からだで たしかめた ことが、いまは ひょうと すうじで まもられています。

日本の現行の化粧品基準(2000年告示、2001年4月適用)は、配合を禁じる成分として「水銀及びその化合物」「カドミウム化合物」などを挙げています。原料は不純物も含め、保健衛生上の危険を生じるおそれがあってはならないと定められています[8]。なお、この基準の禁止成分の表に「鉛」は載っていません。

赤い色には、コチニール(カイガラムシ)由来の「カルミン」もあります。米国では、認証が不要な色素として化粧品にも許可されていて、カルミン入りの化粧品には表示が必要です(2011年発効)[10]。

米国FDAは、リップ製品・外用化粧品の鉛(不純物)を最大10ppmにとどめるよう、業界向けに指針を出しました。10ppmは100万分の10(0.001%)にあたり、意図して入れる量ではなく、不純物の上限の目安です。市場の製品の99%超が10ppm未満で、調査の値は検出限界未満から約7ppmでした[9]。

江戸の笹紅から、いま口紅の成分を見比べるまで、色は「どう光るか」だけでなく「何でできているか」も選ばれるものになりました。

日本の現行の化粧品基準(2000年9月29日厚生省告示第331号、2001年4月適用)は、別表第1で配合を禁じる成分に「水銀及びその化合物」「カドミウム化合物」などを挙げる。原料は不純物も含め、保健衛生上の危険を生じるおそれがあってはならないと規定する[8]。別表第1に「鉛」はなく、鉛が禁止成分として載っているとは言えない点に注意する。

赤の原料には、コチニール由来のカルミンもある。米国では21 CFR 73.2087で、認証不要の色素として化粧品にも許可され、カルミン入りの化粧品には表示が必要(2011年発効)である[10]。

鉛は、米国FDAが、リップ製品・外用化粧品について、不純物としての最大10ppmを業界向けの指針とした。10ppmは100万分の10(0.001%)で、意図して入れる量ではなく不純物の上限の目安である。市場の製品の99%超が10ppm未満で、調査の値は検出限界未満〜約7ppmだった[9]。

紅花の赤1%から、リストと数値基準へ。色は、光り方に加えて、何でできているかも管理される対象になった。

自分でも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

今日できること

おうちの ひとと いっしょに、けしょうひんの はこや ようきに かかれた もじを 見て みましょう。いろに かんけいしそうな なまえが ないか、さがして みます。さわったり ぬったり しなくても だいじょうぶです。

出かけてできること

べにを つくって いる みせの しりょうかん「べにミュージアム」が あります。おうちの ひとと、ひらいている ひや ばしょを しらべて みましょう。

こうしきの じょうほう

こうせいろうどうしょうの ウェブサイトに、けしょうひんの きまりが のって います。おうちの ひとと いっしょに 見て みましょう。

今日できること

家にある化粧品の箱や容器の表示を、おうちの人といっしょに読んでみてください。色に関係しそうな名前を探して、赤い色の名前を書き出してみます。触ったり塗ったりする必要はありません。

出かけてできること

紅ミュージアム(伊勢半本店の資料館)の公式情報を調べて、江戸の化粧文化の展示を見に行けるか確かめてみましょう。

公式情報

厚生労働省の化粧品の基準のページに、配合してはいけない成分の一覧があります。表の読み方を調べると、色の安全がどう決められているかが見えてきます。

今日できること

家にある化粧品の表示を、家族の了解を得て読み、色に関係する名前を書き出す。使うことはしない。

出かけてできること

紅ミュージアムの公式情報を調べ、江戸の化粧文化の展示を見に行けるか確かめる。笹紅の資料があるかも調べる。

公式情報

厚生労働省の化粧品基準(厚生省告示第331号)の別表、医薬品等に使用できるタール色素を定める省令の別表を読み、日本の制度の年表(1966年の省令から現行の基準まで)を自分で作ってみる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

紅と白粉の歴史は展示施設・解説記事、制度は公的機関の資料による。

  1. 伊勢半 紅ミュージアム(Time Out Tokyo) https://www.timeout.jp/tokyo/ja/things-to-do/isehan-beni-museum (紅花の色素の割合・伊勢半の創業・資料館)
  2. 和楽 Into Japan(紅の記事) https://intojapanwaraku.com/culture/63830/ (笹紅・価格の目安・庶民の工夫)
  3. 和楽 Into Japan(江戸の白粉) https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/122868/ (鉛白粉・1887年の事件・1934年の禁止)
  4. コトバンク「京白粉」 https://kotobank.jp/word/京白粉-477790 (江戸時代の白粉の2種類)
  5. Science Museum Group Blog: Dangerous beauty https://blog.sciencemuseumgroup.org.uk/dangerous-beauty-hazardous-chemicals-and-poisons-in-historic-cosmetics/ (古代の鉛白・辰砂)
  6. FDA Color Additives History https://www.fda.gov/industry/color-additives/color-additives-history (モーブ・1938年法・1960年修正法)
  7. 医薬品等に使用することができるタール色素を定める省令(東京都健康安全研究センター) https://www.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/files/k_yakuji/i-sinsa/cosmetics/tsuuchi/tarshikiso.pdf (1966年の省令)
  8. 化粧品基準(厚生省告示第331号/厚生労働省) https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11120000-Iyakushokuhinkyoku/keshouhin-standard.pdf (現行の配合禁止成分)
  9. FDA Lead in Cosmetics https://www.fda.gov/cosmetics/potential-contaminants-cosmetics/lead-cosmetics (リップ製品の鉛の指針)
  10. Federal Register 2009 (カルミン) https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2009-03-11/pdf/E9-5286.pdf (カルミンの許可)

なおした ところ

更新履歴

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