1. あみに かかった、かせきの さかな
1. 絶滅したはずの魚が、網にかかった
1. シーラカンス ── 絶滅したと考えられていた魚の発見(1938年)
あみに かかった さかなは、シーラカンスの なかまでした。ひれが、うでのように ふとく、からだから はえて います[2]。
シーラカンスの なかまの 化石は、4億1000万ねんより まえの 地層から 見つかって います。でも、6600まんねんほど まえに いなくなったと、ずっと かんがえられて いました[2]。
それが、1938ねんに 生きて いました。ちかくに いた 博物館の 人が 気づいて、さかなの 専門家に 絵を おくりました。1997ねんには、遠く はなれた インドネシアの さかなの いちばでも、べつの シーラカンスが 見つかりました[2]。いま 生きて いるのは、この 2しゅです。
では、「いきた かせき」という ことばは、どこから きたのでしょう。
シーラカンスの仲間の化石は、4億1000万年以上前のデボン紀の地層から見つかっています。ところが、約6600万年前の白亜紀の終わりごろに絶滅したと、長く考えられていました[2]。
1938年に網にかかった魚に気づいたのは、地元の博物館の学芸員、マージョリー・コートネイ=ラティマーでした。魚の絵を魚類学者のスミスに送ると、電報で「骨格とエラを保存せよ」という返事が来たといいます[2]。絶滅したと思われていた仲間が、6000万年以上も化石の記録から消えたあとで見つかったのです。
1997年には、インドネシアのマナド(スラウェシ島北部)の魚市場で、別の種類が見つかりました。いま生きているシーラカンスは、この2種です[2]。化石でしか知らなかった仲間が生きていた、という驚きの代表例です。ただ、「生きた化石」という言葉を使い始めたのは、もっと昔の人です。
シーラカンス類の化石は、4億1000万年以上前のデボン紀から知られ、約6600万年前の白亜紀末に絶滅したと長く考えられていた[2]。ところが1938年12月22日、南アフリカ東海岸のチャルムナ川の河口近くで、漁師の獲物の中にいた1匹を、学芸員のコートネイ=ラティマーが見つけた。絵を受け取ったスミスは、「骨格とエラを保存せよ」という趣旨の電報を返した[2]。
化石の記録から6000万年以上消えていた分類群が、生きて見つかる現象は、「ラザロ・タクソン」と呼ばれ、シーラカンスはその代表例とされる[2]。1997年には、インドネシア北スラウェシ州マナドの魚市場で別の種類が見つかり、1999年に新種として記載された(Latimeria menadoensis)。現生種は、アフリカ側の L. chalumnae とあわせて2種になった[2]。
この発見で、「化石でしか知らない仲間が生きている」ことに、世間の関心が集まった。しかし「生きた化石」という言葉自体は、もっと古い。
2. だれが、この ことばを つかいはじめたの?
2. ダーウィンが使った「生きた化石」と、ほかの顔ぶれ
2. 「生きた化石」の起源とその候補 ── ダーウィン(1859年)から
この ことばを 本に 書いた 人として 知られて いるのは、ダーウィンです。1859ねんの 『しゅの きげん』という 本で、かわや みずうみに すむ ふしぎな いきものを 見て、「これらは、ほとんど いきた かせきと よべる」と 書きました[1]。
あげた れいは、カモノハシと、みなみアメリカの ハイギョです。「ほとんど」と 書いて いる ところに ちゅうもくです。ダーウィンは、せまい ばしょに すんで いて、きびしい きょうそうに さらされなかったから のこったのだろう、と かんがえました[1]。
そのあと、いろいろな いきものが 「いきた かせき」と よばれて きました。シーラカンスの ほかには、カブトガニ、メタセコイアという 木、オウムガイ、ムカシトカゲなどです[4]。イチョウも そうです。つぎからは、カブトガニと メタセコイアを 見て みましょう。
この言葉を本に書いた例として知られているのが、チャールズ・ダーウィンです。1859年の『種の起源』で、淡水にすむ変わった動物を取り上げました。カモノハシと、南米のハイギョ(ミナミアメリカハイギョ)です。「これらの変わった形の生き物は、ほとんど生きた化石と呼べるかもしれない」と書いています[1]。
「ほとんど」と慎重に書いている点に注意してください。ダーウィンは、せまい場所にすんでいて、きびしい競争にさらされなかったから残ったのだろう、と考えていました[1]。
のちに、「生きた化石」と呼ばれる例は増えていきました。シーラカンス、カブトガニ、メタセコイア、オウムガイ、ムカシトカゲなどです[4]。イチョウの話は、別の記事(恐竜の時代にもイチョウは生えていたのか)にあります。ここでは、カブトガニとメタセコイアを見ます。
この言葉を使った例として知られるのが、ダーウィンの『種の起源』(1859)だ。淡水に生きる変わった形の動物として、カモノハシ(Ornithorhynchus)と南米のハイギョ(Lepidosiren)をあげ、「これらの変わった形の生き物は、ほとんど生きた化石と呼べるかもしれない(may almost be called living fossils)」と書いた。そのうえで、せまい地域にすんでいたため、競争がきびしくなかったことが、生き残りの理由ではないかと述べている[1]。
ダーウィン自身は「ほとんど」と留保をつけている点が重要だ。その後、シーラカンス、カブトガニ、メタセコイア、オウムガイ、ムカシトカゲなど、多くの生物にこの言葉が使われてきた[4]。イチョウについては別記事(恐竜時代のイチョウは、今の街路樹と同じ木だったのか)で扱ったので、ここでは動物からカブトガニ、植物からメタセコイアを選び、発見や研究の経緯を見る。
3. カブトガニは、カニじゃないの?
3. カブトガニ ── カニではなく、クモやサソリに近い仲間
3. カブトガニ ── 鋏角類の現生4種と、ジュラ紀の化石との比較
カブトガニは、うみの すなはまに すむ いきものです。おおきな こうらが 兜に にて いるので、この なまえが つきました。
でも、カニの なかまでは ありません。クモや サソリに ちかい いきものです[5]。
4億4500万ねんほど まえの、カブトガニの はじめの なかまの 化石も、いまの カブトガニに よく にて います[5]。いま 生きて いるのは 4しゅだけで、1しゅは アメリカ、3しゅは アジアに すんで います[5]。
この カブトガニは、血が 青いのです。酸素を はこぶ ぶぶんに、銅が はいって いるからです[5]。日本でも、瀬戸内海や九州に すんで いますが、へって きたと いわれます[7]。
カブトガニは、名前に「カニ」とつきますが、カニやエビの仲間ではありません。クモやサソリと同じ「鋏角類(きょうかくるい)」という仲間で、カニよりクモに近い生き物です[5][7]。
約4億4500万年前(オルドビス紀)の、カブトガニの初期の仲間の化石は、すでにいまのカブトガニによく似た体をしています。ただし、いまのカブトガニ類につながるグループが現れたのは約2億5000万年前です。昔は22種ほどいましたが、いま生きているのは4種だけです。アメリカ大西洋岸に1種、東南アジアなどに3種が分布しています[5]。
血が青いのは、酸素を運ぶ物質に銅がふくまれているからです。血液の成分は、細菌の毒素を調べる医療検査に使われてきました[5]。日本では、瀬戸内海と九州北部の海岸にすんでいましたが、開発などで減ってきたといわれます[7]。
カブトガニ類(剣尾類)は、甲殻類ではなく鋏角類で、クモ・ダニ・サソリに近い[5]。最古の仲間の化石は約4億8000万年前のオルドビス紀前期に遡り、約4億4500万年前の初期の近縁種 Lunataspis はすでに現生種によく似た体をもつ。現生のカブトガニ類につながる系統が現れたのは、約2億5000万年前の三畳紀前期とされる。かつては22種ほどが知られ、現生は4種だけだ(アメリカカブトガニ、マングローブカブトガニ、インドカブトガニ、東アジアのカブトガニ Tachypleus tridentatus)[5]。
2014年の研究は、ポーランド中部の約1億4800万年前(ジュラ紀末)の地層から、新種 Limulus darwini を記載した。報告によれば、この化石とアメリカカブトガニの幼体のあいだに「重要な形態の差」はなかった。著者らは、そのような形が長く保たれる現象を、「生きた化石」に代わる語として stabilomorphism(安定形態)と呼ぶことを提案した[6]。
血が青いのは、酸素運搬にヘモシアニン(銅を含む)を使うためだ。血球から作る試薬(LAL)は、細菌の内毒素を検出する検査に使われてきた[5]。日本のカブトガニは、瀬戸内海と九州北部沿岸に広く分布したが、環境の悪化で激減したといわれる[7]。
4. 化石で なづけた 木が、生きて いた
4. 化石から名づけた木が、中国の山で見つかる
4. メタセコイア ── 日本人の命名(1941年)と、中国での生木の確認
メタセコイアは、公園や まちの ならびきで 見る ことが ある、せの たかい 木です。
1941ねんに、日本の 三木茂さんが、化石の はっぱを しらべて、あたらしい なかまだと 考えました。そして「メタセコイア」と なづけました[8]。
ところが、そのころ、中国で、大きな 木が 見つかっていました。1941ねんに ある 先生が 見つけ、1944ねんに、えだや みを あつめた 人が います。その 木が、三木さんの 名づけた 化石の なかまだと わかったのは、そのあとの ことです。1948ねんには、タネが アメリカの 植物園に とどきました[9]。
メタセコイアは、針葉樹なのに、秋に はっぱが おちる、ふしぎな 木です[8]。
メタセコイアは、公園や並木で見かける背の高い針葉樹です。名前をつけたのは、日本の古植物学者、三木茂でした。1941年に化石の葉を調べ、新しい属だと考えて「Metasequoia(セコイアに似たもの)」と名づけました[8]。
そのころ、中国の湖北省では、大きな落葉の木が見つかっていました。1941年の冬に、ある大学の先生が磨刀渓という場所でこの木を見つけ、1944年の夏に、別の研究者が枝や実を採集しています[9]。
その木は、のちに、三木が名づけた化石の属の生きた木だとわかりました。1948年には、アメリカのアーノルド樹木園にタネが届きました[9]。化石に先に名前がつき、あとから生きた木が見つかるという、珍しい順番でした。メタセコイアは、秋に葉を落とす針葉樹です[8]。
1941年、古植物学者の三木茂は、化石の葉の中に独特な形を見いだし、新属 Metasequoia(「セコイアに似た」の意)を設けた[8]。同じころ、中国湖北省の磨刀渓では、別の木が見つかっていた。アーノルド樹木園の記録によると、1941年冬に大学の教授が落葉した大木を観察し、1944年夏に森林研究機関の職員が枝と実を採集した。1946年には、鄭万鈞が人を派遣して標本の採集が進み、1947年7月に Merrill が種子の採集・発送費を送り、1948年1月と2月に種子が同園へ届いた[9]。化石として先に命名された属の現生種が、のちに生きた木として確認された例である。
現生はこの1種だけで、野生では絶滅が危惧されている。成長が速い落葉性の針葉樹だ[8]。三木の命名年など、同園の記録にない部分は、英語版Wikipediaにある原著の一覧をたどって確かめるとよい。
5. 「ずっと かわらない」って、ほんとう?
5. 「ずっと変わらない」は、本当か
5. 「変わらない」という誤解 ── シーラカンスのゲノムと、用語への批判
ここまで 読むと、「むかしの すがたの まま、なにも かわらないのかな」と 思うかも しれません。でも、そうとは かぎりません。
たとえば シーラカンスです。「りくの どうぶつの 祖先に いちばん ちかい さかな」と 言われる ことが ありました。2013ねんの ゲノムの けんきゅうでは、ハイギョの ほうが、りくの どうぶつに ちかいと わかりました[3]。
また、からだの かたちが にて いても、中の ぜんぶが 同じとは 言えません。シーラカンスの いでんしの いくつかは、りくの どうぶつより ゆっくり かわって います。でも、ほかの ぶぶんは そうでは ありません[3]。
いまの がくしゃの なかには、「いきた かせき」という ことばを、あまり つかわない 人も います[4]。
「生きた化石」は、昔の姿のまま何も変わらない、という意味で使われがちです。でも、その見方には注意が必要です。
2013年に発表されたアフリカのシーラカンスのゲノム解析では、陸上の脊椎動物(四足動物)に最も近い現生の魚は、シーラカンスではなくハイギョだと示されました。また、シーラカンスのタンパク質をつくる遺伝子は、四足動物より変化がゆっくりでしたが、ほかの特徴はこの傾向に当てはまりませんでした[3]。
さらに、見た目があまり変わらなくても、遺伝子は少しずつ変わり続けます。そのため、遠い昔の仲間と同じ種ではありません。このため、古生物学者や進化学者の間では、この言葉は好まれなくなっており、報道などでは誤用されることもあります[4]。2014年の研究者は、形が長く保たれることを「安定形態」と呼ぶ案を出しました[6]。
「生きた化石」は、「進化が止まっている」という意味で誤解されやすい。しかし、Amemiyaら(2013)のアフリカシーラカンスのゲノム解析では、系統解析により、四足動物に最も近い現生の魚はシーラカンスでなくハイギョだとされた。また、シーラカンスのタンパク質コード遺伝子は四足動物より進化が遅い一方、ゲノムのほかの特徴は同じ傾向を示さなかった[3]。
形があまり変わらなくても、遺伝的浮動のため、遠縁の化石種と同種になることはない。形の変化が小さいのは、進化が起きていないのではなく、安定化選択という働きの結果とみる考え方もある。Wikipedia(英語版)によれば、この用語は古生物学者・進化生物学者の間で「推奨されない」とされ、シーラカンスのゲノム進化が遅いという主張にも、先に「生きた化石」と決めてかかった偏りがあるとの批判がある[4]。カブトガニについては、前述の Kin & Błażejowski(2014)が、代わりの語を提案している[6]。
「生きた化石」という呼び名は、発見の驚きを伝えるには強い。しかし、「変わらない」という意味に読むのは、行きすぎだ。形が安定していることと、中身が止まっていることは、別の問いである。
6. じぶんでも たしかめて みよう
6. 自分でも調べてみたくなったら
6. 自分でも調べてみたくなったら
あきに、メタセコイアの 木を さがして みましょう。こうえんや ならびきに あります。おうちの 人と いっしょに、はっぱの いろの かわり方を 見て、しゃしんに とります。ふゆに なると、はっぱが おちる ことも 見られます。まつや すぎと、どこが ちがうかな。
すいぞくかんや はくぶつかんで カブトガニや シーラカンスの もけいに あったら、「これは ほんとうに かわって いないのかな」と 考えて みましょう。
秋になったら、公園や並木でメタセコイアを探してみてください。保護者の方といっしょに、葉の色づきと落ち方を写真にとります。ふつうの針葉樹(マツやスギ)との違いが、見えてくるはずです。
水族館や博物館でカブトガニ、シーラカンス、オウムガイを見たら、説明のパネルに「生きた化石」とだけ書かれていないか、見てください。その横に、「どこが昔と同じで、どこが違うのか」が書いてあれば、その展示はとても親切です。
この記事の出典欄にある論文や本を、図書館の人に相談して探してみるのもよい方法です。同じ「生きた化石」でも、書く人によって言い方が違うのが分かります。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:Darwin は著作、Amemiya ら・Kin & Błażejowski は学術論文、Arnold Arboretum は大学の樹木園の記録、Wikipedia(英語版・日本語版)は百科事典(編集による変更があり、各項目の参考文献が元の根拠)です。
- Darwin, C. (1859) “On the Origin of Species.” London: John Murray(第4章)。 https://www.gutenberg.org/ebooks/1228 (カモノハシとハイギョを「ほとんど生きた化石と呼べるかもしれない」と書いた一節)
- Wikipedia (English) “Coelacanth”. https://en.wikipedia.org/wiki/Coelacanth (1938年12月22日の発見、コートネイ=ラティマーとスミス、化石の年代、1997年のインドネシアでの発見)
- Amemiya, C.T. ほか (2013) “The African coelacanth genome provides insights into tetrapod evolution.” Nature 496(7445): 311–316. https://doi.org/10.1038/nature12027 (ハイギョが四足動物に最も近い。シーラカンスのタンパク質コード遺伝子の進化は遅い)
- Wikipedia (English) “Living fossil”. https://en.wikipedia.org/wiki/Living_fossil (例の一覧、用語への批判。例の節は独自研究を含む可能性があるとの注記つき)
- Wikipedia (English) “Horseshoe crab”. https://en.wikipedia.org/wiki/Horseshoe_crab (化石の年代、現生4種、クモ類に近いこと、青い血とLAL)
- Kin, A., Błażejowski, B. (2014) “The Horseshoe Crab of the Genus Limulus: Living Fossil or Stabilomorph?” PLOS ONE 9(10): e108036. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0108036 (約1億4800万年前の Limulus darwini と現生の幼体に重要な差がないこと、stabilomorphism の提案)
- Wikipedia(日本語)「カブトガニ」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/カブトガニ (日本の生息地と減少。同ページに「出典が不十分」の注記があるため、くわしくは公的機関の資料でも確かめてください)
- Wikipedia (English) “Metasequoia glyptostroboides”. https://en.wikipedia.org/wiki/Metasequoia_glyptostroboides (三木茂の1941年の命名、落葉性の針葉樹。原著は同ページ掲載の文献)
- Arnold Arboretum of Harvard University “Metasequoia collection”(採集の経緯の記録)。 https://arboretum.harvard.edu/expeditions/metasequoia-collection/ (1941年冬の観察、1944年夏の採集、1946年の調査、1947年の資金、1948年1月・2月の種子到着)
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