1. 明治5ねんの 12がつは、どうして 2日で おわったの?
1. 明治5年12月2日の次の日が、なぜ明治6年1月1日になったのか
1. 明治5年12月が2日で終わった改暦:発表から実施まで約3週間
むかしの にほんでは、明治5ねんの 12がつ2日の つぎの 日が、12がつ3日では ありませんでした。明治6ねんの 1がつ1日 だったのです。
12がつ3日から 30日までの 28日ぶんが、こよみから なくなりました[5]。
おしらせが でたのは、11がつ9日です。かわるまで、3週間ほどしか ありませんでした。くにの なかは こんらんした そうです[1]。
どうして こよみを かえたのでしょう。まず、旧暦が なにを かぞえて いたのかを 見て みましょう。
カレンダーの12月が、2日で終わる年を想像してみてください。それが明治5年でした。政府は明治5年11月9日の布告で、旧暦から太陽暦(今の新暦と同じグレゴリオ暦)への改暦を発表し、本来なら12月3日になる日を、明治6年1月1日にしました[1]。
12月3日から30日までの28日間が、暦の上から消えたことになります[5]。発表から実施まで3週間ほどで、準備の期間はほとんどなく、国内は混乱したと国立国会図書館の解説は伝えています[1]。
そもそも、旧暦と新暦は、日付で何を数えているのでしょうか。まず旧暦から見てみます。
ここで言う旧暦は、明治5年まで使われた天保暦の太陰太陽暦である[2]。政府は明治5年11月9日に布告を出し、本来は明治5年12月3日になるはずの日を明治6年(1873年)1月1日にすると決めた[1]。12月3日から30日までの28日間は暦の上で存在しなくなり[5]、準備期間がほとんどなかったため国内は混乱したと、国立国会図書館の解説は記している[1]。
日付を一気に飛ばせたのは、日付が「何かの周期を数える番号」にすぎないからだ。旧暦の番号は月の満ち欠けの周期を数え、新暦の番号は地球が太陽を回る周期に合わせてある。切りかえとは、数える対象を月から太陽へ移すことだった。では、月を数える暦とは、具体的にどういう暦だったのか。
2. 旧暦の 日にちで、どうして 月の かたちが わかるの?
2. 旧暦の日付を見ると、夜の月の形が分かるのはなぜか
2. 旧暦は月の満ち欠けで月を数える:1日が新月、15日前後が満月
旧暦は、月の みちかけで 1か月を かぞえる こよみです[2]。
ひと月は 29日か 30日。月が 見えない 新月の 日が 1日です。それから 月は 少しずつ 太って、7日ごろは はんげつに ちかい かたちに なります[6]。15日ごろは 満月です。30日ごろには また 新月に もどります[2]。
たとえると、ひと月は 月の かたちで できた 大きな とけいです。まっくらな 1日から はじまり、まるく なって、また まっくらに もどります。ただし 本当は、日にちに 月が あわせるのでは ありません。月の かたちに あわせて、日にちを かぞえて いるのです。
こんなに べんりな 旧暦を、どうして やめたのでしょう。
3. 旧暦の 日にちは、どうして きせつと ずれるの?
3. 旧暦の日付は、なぜ毎年約11日ずつ季節からずれるのか
3. 太陰月12回と太陽年の差を検算する:毎年約11日、17年で半年のずれ
月の みちかけを 12回 かぞえると、354日です。たいようが 1しゅうする 1年は、365日と 少し。毎年 11日ほど、たりません[3]。
11日ずつ ずれると、3年で ひと月ちかくです。17年ほどで、きせつが 半年ぶんも ずれます。これは 11日に 17を かけた けいさんです。なつの はずの 日にちが、ふゆに なって しまいます。
そこで 旧暦では、へいきんすると 19年に 7回ほど、閏月という 1か月を ふやして、ずれを もどしました[3]。
では、あたらしい こよみは、どうやって きせつを まもるのでしょう。
月の周期(約29.53日)を12回数えると、約354日にしかなりません。地球が太陽を1周する1年(太陽年、約365.24日)より、約11日短いのです[3]。この差は毎年たまります。旧暦のままだと、同じ日付が季節に対して、毎年約11日ずつ前にずれていきます。
計算してみると、3年で約33日、ほぼ1か月です。約17年で180日をこえ、ほぼ半年になります。これを放っておくと、真夏にあたる日付が真冬に来てしまいます。
そこで旧暦では、平均すると約19年に7回の割合で、閏月という余分な1か月を入れて、月の周期と季節を合わせました[3]。閏月のくわしい決まりは、ここでは深入りしません。大切なのは、月を数える暦は、手を入れ続けないと季節とずれるということです。
では、新暦はどんな決まりで、季節に合わせているのでしょうか。
太陰月は約29.53日なので、12か月で約354.4日。太陽年は約365.24日だから、差は約11日である[3]。この差は毎年たまる。11日×3年で約33日、17年で約185日となり、約17年で季節が半年ずれる計算だ(ここは、筆者がこの数字から自分で計算した)。11日は固定のずれではなく、毎年積み上がる量である。
このずれを直すのが閏月で、平均すると約19年に7回の割合で入れる[3]。数字で確かめると、19年は約365.24×19≒6940日、19年7閏の235か月は約29.53×235≒6940日で、ほぼ一致する。19年に7回という数は、この一致を使えば説明がつく。天保暦では、閏月は二十四節気のうち「中気」を含まない月に置くと決められていた[2]ように、季節の目安に合わせて決まりを作っていた。
では、閏月を使わず、はじめから太陽に合わせて数える暦はどう作ってあるのか。それが新暦(グレゴリオ暦)である。
4. しんれきは、どうやって きせつを まもって いるの?
4. 新暦はどうやって季節を守り、なぜ急に切りかえられたのか
4. グレゴリオ暦の閏年の決まり(400年に97回)と、改暦の事情
新暦は、たいように あわせた こよみです。1年は ふつう 365日。でも 4年に 1回、366日の うるう年が あります[4]。
100で われる 年は うるう年に しません。ただし 400で われる 年は うるう年です。こうして 400年に 97回だけ うるう年を おいて、きせつと あわせて います[4]。
日本は 旧暦を やめて、この 新暦に かえました。福沢諭吉さんなどの がくしゃは、きせつに あわせやすい こよみだと 考えて、すすめたそうです[1]。
おかねの はなしも あります。あくる 年に 閏月が はいる よていで、月きゅうを 13回 はらう ひつようが あった ことも、りゆうの ひとつ と いわれます[5]。
では、旧暦は もう 見られなく なったのでしょうか。
グレゴリオ暦は1582年に定められた暦で、閏年の決まりはこうです。4で割れる年は閏年、ただし100で割れる年は平年、さらに400で割れる年は閏年にもどります[4]。400年のあいだに閏年は97回あり、1年の平均は365.2425日になります[4]。97÷400は0.2425なので、365日に足せば、たしかにこの数になります。
太陽年の約365.24日とほとんど同じなので、日付が季節から大きくずれることはありません。旧暦のように、決まりを毎年のように調整し続ける必要が少ないのです。
日本が改暦した理由について、国立国会図書館の解説は、準備がほとんどなく混乱したことと、福沢諭吉など学者が合理的な太陽暦を支持し、広めるための本を書いたことを伝えています[1]。
給料にまつわる話もあります。12月分の給料が「2日しかない」という理由で払われなかったことや、翌年に閏月が入る予定で月給が13回必要になることも、政府に都合がよかったからだ、ともいわれます[5]。ただし、これは理由の一つとして語られる話で、改暦の中心的な理由と決まったわけではありません。
では、旧暦は、明治5年で使われなくなっただけだったのでしょうか。
グレゴリオ暦は1582年に制定され、4で割れる年は閏年、100で割れる年は平年、400で割れる年は閏年とする。400年に97回の閏年が入るため、1年の平均は365+97/400=365.2425日になる[4]。太陽年(約365.24日)と小数第2位まで一致するから、日付は季節とほぼ同じ位置に保たれる。たとえば2000年は閏年だが、2100年は平年になる、という決まりで調整されている。
では、日本はなぜ、慣れた暦を捨てて、これほど急いだのか。国立国会図書館は、福沢諭吉などの学者が合理的な太陽暦を支持し、普及のための書物を著したことを記している[1]。一方で、俸給の話もある。12月が2日しかないとして、12月分の俸給は支払われなかったという。また、翌年に閏月が入る予定で、月給を13回払う必要があることも、政府にとって太陽暦が都合よい理由の一つだった、ともいわれる[5]。ただし、これは解説記事が紹介する説で、改暦の主な理由かどうかは、この資料だけでは決められない。
どちらにしても、暦は短い準備期間で切り替わり、人々の暮らしは混乱した[1]。それでは、旧暦はそこで完全に消えたのか。今の暮らしの中で探してみる。
5. 旧暦の 日にちは、いま どこに のこって いるの?
5. 旧暦の日付は、今も七夕や十五夜として生きているのか
5. 旧暦7月7日の「伝統的七夕」と、十五夜と満月のずれ
のこって います。たなばたは、もともと 旧暦の 7月7日です。この日を「でんとうてきな たなばた」と よびます。いまの 8月ごろに あたります[6]。2026年は 8月19日でした。
この ころは、つゆが あけた ところも 多くて、ほしぞらが 見やすい ことが あります。しかも 旧暦の 7日ですから、夕がたの 南西の 空に、はんげつに ちかい 月が 出ます[6]。
「じゅうごや」は、旧暦の 8月15日の 夜です。新月の 日を 1日と かぞえるので、本当の 満月の 日と ずれる ことが あります。2026年は 9月25日が じゅうごや、満月は 9月27日の 1時すぎでした[7]。
だいかん、しょうかんの ような きせつを あらわす ことばも、いまの カレンダーに のこって います[1]。
旧暦は、毎年の行事の中に今も残っています。七夕は旧暦の7月7日にあたる日を「伝統的七夕」といい、国立天文台などがその日の星空を呼びかけています。新暦では8月上旬から下旬のあいだを毎年動き、2026年は8月19日でした[6]。
梅雨明け後にあたる地域も多く、星空を見やすい時期で、しかも旧暦の7日ですから、夕方の南西の空には半月に近い月が出ます[6]。
十五夜は、旧暦8月15日の夜のことです。旧暦は新月の日を1日と数えるので、この日が本当の満月の日とずれることがあります。2026年は十五夜が9月25日、満月の瞬間は9月27日の1時49分で、約2日ずれました[7]。
また、大寒や小寒のように、古くから太陰太陽暦で使われた季節を表す言葉は、今の新暦のカレンダーにも残っています[1]。
旧暦7月7日にあたる日を、国立天文台などは「伝統的七夕」と呼ぶ。新暦では8月上旬から下旬まで毎年動き、2026年は8月19日だった[6]。この時期は、梅雨明け後にあたる地域も多く、星空を見やすいことがある。旧暦の7日ごろの月は、夕方の南西の空に、上弦に近い半月として見える[6]。日付と月の形が結びついた旧暦の日付から、星空の見え方まで予想できるわけだ(ただし、半月ぎみ、と受け取り、正確な上弦と断定しない)。
十五夜は旧暦8月15日の夜である。旧暦は新月の日を1日と数えるため、15日の夜が本当の満月の日とずれることがある。2026年は十五夜が9月25日、満月の瞬間は9月27日1時49分で、約2日ずれた[7]。「十五夜=満月」と言い切らないほうがよい。
季節の言葉も残っている。大寒・小寒など、古くから太陰太陽暦で使われた季節を表す言葉は、新暦のカレンダーにもそのまま載っている[1]。日付の数え方は変わっても、季節の目安は、暦の中に引き継がれた。
この「月の形と日付のつながり」は、自分の目でも確かめられる。
6. 月の かたちから、旧暦の 日にちを あてて みよう
6. 夜の月の形から、旧暦の日付を当ててみる
6. 月の形から旧暦の日付を推理する:観察と答え合わせ、原典の探し方
夜、家の 人と いっしょに、まどから 月を 見て みましょう。そとに 出る ときは、あかるい 道で、家の 人と いっしょに 見ます。
月の かたちを ノートに かきます。そして「旧暦なら 何日ごろかな」と よそうします。まっくらに ちかければ 1日の ころ。はんげつに ちかければ 7日ごろ。まんまるなら 15日の ころです。
家に、月の みちかけや 旧暦が のった カレンダーや しんぶんが あれば、こたえ合わせに つかえます。日にちと 月の かたちが つながって いる ことが、じぶんの 目で たしかめられます。
夕食のあと、家の人と一緒に窓やベランダから月を見て、形をノートに簡単に描きます。外に出るなら、明るい道で、家の人と一緒に行きましょう。
そして「旧暦なら何日ごろだろう」と予想を書きます。ほとんど見えなければ1日のころ、半月に近ければ7日ごろ、まん丸なら15日前後が目安です。
家に、月齢や旧暦が載ったカレンダーや新聞があれば、答え合わせに使えます。何日かおきに同じ時刻に見ると、月の形が変わっていく様子も分かります。
旧暦(天保暦)には、2033年から2034年にかけて閏月の置き場所が決めにくくなる「2033年問題」もあります[8]。月を数える暦の決まりが、今も話題になる例として、頭の片すみに置いておくとよいでしょう。
夕食後に月を見て、形をノートにスケッチし、旧暦の何日ごろかを予想する。新月に近ければ1日前後、半月に近ければ7日ごろ、満月に近ければ15日前後が目安である[2]。予想は、月齢や旧暦が載ったカレンダー・新聞があれば答え合わせができる。数日続けて同じ時刻に観察すると、日付とともに形が変わる様子が分かる。外に出るなら、明るい道で家の人と一緒に行く。
原典に当たるなら、日本の暦の歴史を概観した国立国会図書館「日本の暦」[1]と、置閏法・グレゴリオ暦などの項目が詳しい国立天文台 暦Wikiが出発点になる[2]。天保暦には、閏月の置き場所が決めにくくなる時期(2033〜2034年)があると、暦Wikiの項目にある[8]。月を数える暦の決まりが、現在の暦の議論にも登場する例である。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
日付・周期・割合の数字は、下の資料にある内容をまとめ、割合や差は筆者が計算しなおしたものです。外部サイトは本文の確認用に使いました。
- 国立国会図書館「日本の暦」第1章 https://www.ndl.go.jp/koyomi/chapter1/s2.html (改暦の布告、混乱、学者の反応、二十四節気)
- 国立天文台 暦Wiki「旧暦」https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2CEF1.html (旧暦の月の長さ、新月・満月との関係)
- 国立天文台 暦Wiki「太陰太陽暦」https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2C2C0CDDBCEF1.html (太陰月、354日と11日のずれ、閏月)
- 国立天文台 暦Wiki「グレゴリオ暦」https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/A5B0A5ECA5B4A5EAA5AACEF1.html (閏年の決まり、400年に97回)
- 現代ビジネス「日本で太陽暦が採用される(1872年)」https://gendai.media/articles/-/58607 (消えた28日間、給料の話)
- ウェザーニュース(国立天文台の呼びかけを紹介した記事)https://weathernews.jp/news/202608/170161/ (伝統的七夕、旧暦7日ごろの月)
- 国立天文台「中秋の名月(2026年9月)」https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2026/09-topics03.html (十五夜と満月のずれ)
- 国立天文台 暦Wiki「2033年問題」https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2C2C0CDDBCEF12F2033C7AFCCE4C2EA.html (閏月の置き場所が決めにくくなる時期)
なおした ところ
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