1. うごかない 石で、どうやって はらうの?
1. 5トンの石を動かさずに、どうやって払うのか
1. ヤップ島の石貨 ── 石を動かさず、持ち主を変える支払い
ヤップとうの 石の おかねは、いちばん おおきい ものだと、よこはばが 3メートルいじょう、おもさが 5トンほどに なります。パラオから はこばれて きた ものだと いわれます[3]。
こんなに おもい 石は、かんたんには もてません。そこで、はらう ときは、石は そのまま に して、もちぬしだけが あたらしい 人に かわる ことが あると いわれます。
おもい 石を うごかさなくても いいのなら、おかねの かちは、石の おもさでは ないのかも しれません。では、おかねが ない ときは、どうしていたのでしょう。
石は動かさず、持ち主だけが変わる
ヤップ島の石貨は、大きいもので直径3メートル以上、重さ5トンほどになり、パラオから運ばれたといわれます。支払いでは、所有権だけが新しい持ち主に移り、石そのものは動かしません[3]。
この島の話は、経済学者が授業で取り上げるほど有名で、アメリカのクリーブランド連邦準備銀行の解説にも登場します[4]。この石貨は、結婚や新築などの節目に使われ、運んできた物語も価値に関わると紹介されています[3]。
石を動かさずに持ち主だけが変わるのなら、価値は石の重さそのものとは別のところにもあるのかもしれません。では、お金のない社会ではどんなふうに取引をしていたのでしょうか。
ヤップ島の石貨は、大きいもので直径3m以上・重さ5トンほどになり、パラオから運ばれたとされる。支払いでは所有権のみが新しい持ち主に移り、石そのものは動かされない[3]。パラオまでの距離は資料によって約450kmとも約500kmともされるため、ここでは数百kmとだけ述べておく。
クリーブランド連銀の2004年の解説は、この島の「お金」が経済学の授業でしばしば話題になるほど驚くべきものだと紹介している[4]。All Aboutの解説によれば、この石貨は結婚や新築などの節目に使われ、運搬にまつわる物語も価値に関わるという[3]。
では、貨幣の価値に物の性質以外の要素が関わるとすれば、貨幣のない状況ではどんな取引が起きるのか。次章では、まず物々交換の難しさから見る。
2. おかねが ないと、なにが こまるの?
2. お金がなければ、買い物はどう困るのか
2. 物々交換の難しさと、お金の3つの役割
おかねが なくて、ものと ものを かえる ことを、ぶつぶつこうかんと いいます。たとえば、りんごを もっている 人が、おさかなが ほしいと します。おさかなを もつ 人が りんごを ほしがって くれなければ、とりかえは できません。
それに、りんごは ずっと おいて おくと くさって しまいます。
おかねには、3つの はたらきが あると いわれます[1]。
- ねだんを はかる ものさし
- ものと かえる こと
- かちを ためて おく こと
おかねは、くさりません。ためて おいて、すきな ときに つかえます。
りんごと魚の交換がうまくいかない理由
お金を使わずにものとものを取りかえることを、物々交換といいます。りんごを持つ人が魚をほしいとき、魚を持つ人がちょうどりんごをほしがっていなければ、取りかえは成り立ちません。
しかも、りんごは長く置くと腐ります。りんご何個で魚が何匹かという、釣り合いの決め方も、そのつど話し合うことになります。
お金の3つの役割
銀行の解説などでは、お金には3つの役割があるとされます。ものやサービスの価値をはかる「尺度」、ものと交換する「交換」、価値をためておく「保存」です[1]。お金なら腐らないので、りんごを売って得たお金を、あとで魚を買うために取っておけます。
ここまでは、どのお金にも当てはまりそうです。では、貝や石がそのお金の役をしたのはなぜでしょうか。
3. おかねの かんじには、どうして 貝が あるの?
3. 「買」「財」「貯」── お金の漢字に貝がいる理由
3. 宝貝が貨幣だった ── 殷・周の物品貨幣と3つの条件
「かう」の「買」には、「貝」が はいって います。ほかにも、おかねに かんけいする かんじには、「貝」が ついて いる ものが たくさん あります。
むかしの ちゅうごくで、たからがいと いう 貝が おかねとして つかわれた ことが、わけだと いわれます[2]。
どうして 貝だったのでしょう。だれでも ほしがる ほど きれいで、わけて かずを かぞえられて、もちはこびと ほぞんが しやすかったからだと せつめいされます[2]。
ただし 貝は、りんごと ちがって くさりません。ここが おかねに なる ための だいじな ところです。
4. 日本の はじめての どうせんは、いつ できたの?
4. 日本で最初の銅銭は、いつ生まれたのか
4. 富本銭から和同開珎へ ── 日本の銅銭のはじまり
むかしの 日本で つくられた どうせんの ひとつに、「ふほんせん」が あります。まるくて、まんなかに しかくい あなが あいて います[5]。1990ねんだいの はっくつで、ならけんの あすかの あとから みつかりました[5]。
その あと、708ねんに「わどうかいちん」が つくられました。ちゅうごくの おかねを まねて、みやこを つくる ための おかねを あつめる ためにも つかわれたと いわれます[5]。
でも、つくった だけでは おかねは ひろまりませんでした。
富本銭は、発掘で確かめられた銅銭
日本で古くに作られた銅銭の一つが、7世紀の終わりごろの富本銭です。直径は約2.4センチメートル、重さは平均4.5グラムで、円い形の中央に四角い穴があります[5]。1990年代に奈良県の飛鳥池遺跡の発掘で見つかり、実際に作られていたことが確かめられました。
和同開珎は、都づくりと結びついていた
708年(和銅元年)には、和同開珎が発行されました。唐の開元通宝を手本とし、平城京をつくる費用を集めるのにも使われたといわれます[5]。和同開珎から乾元大宝まで、国が出した12種類の銅銭は「皇朝十二銭」と呼ばれます[5]。
国がお金を作っても、人々がそれを「お金」と思ってくれなければ、買い物には使えません。そこで国は、思いきった手を打ちました。
日本で古くに作られた銅銭の一つである富本銭は、7世紀後半に鋳造された、直径約2.4cm・平均重量4.5gの円形方孔銭で、和同開珎に先行する[5]。1990年代の奈良県の飛鳥池遺跡の発掘によって、鋳造の実態が確かめられた。発掘年を1998年とする資料と1999年とする資料があるため、ここでは年を特定しない。
和同開珎は708年(和銅元年)に発行された。唐の開元通宝にならい、平城京の遷都にかかる費用の確保にも使われたとされる。5月に銀銭が、8月に銅銭が出された[5]。和同開珎から乾元大宝までの12種類は皇朝十二銭と呼ばれる[5]。
鋳造して流通させる力を国が持っていても、受け取る側の人々がその価値を信頼しなければ、通貨にならない。国はこの点にどう対応したのか。
5. おかねを ためたら、くらいが もらえた?
5. 銭をためたら位がもらえた ── 711年の法令
5. 蓄銭叙位令 ── 国が銭に価値を与えようとした法と、銭が消えた理由
711ねん、おかみは あたらしい きまりを つくりました。おかねを ある ぶんだけ ためて、おかみに おさめた 人に、くらいを あげる という きまりです[5]。
おかねを ひろめる ための きまりとして つくられました[5]。
でも、10せいきの なかごろを さいごに、くにが おかねを つくる ことは なくなりました。どうせんが ちいさく なって、きぬや おこめで かいものを する くらしに もどったと いわれます[6]。
おかねは、つくって あげる だけでは、ずっとは つづかなかったのです。
6. ものと ものを かえるのが さき? おかねが さき?
6. 「物々交換が先」は本当か ── 人類学者の疑問
6. 物々交換起源説への疑問 ── ハンフリーとグレーバー
「ぶつぶつこうかんが さきに あって、そこから おかねが うまれた」と、よく いわれます。でも、ほんとうに そうでしょうか。
ひとの くらしを しらべる がくしゃの ハンフリーさんは、「ぶつぶつこうかんだけで せいりつして いる けいざいは、これまで きろくされた ことが ない」と のべました[7]。
また グレーバーさんは、ものと ものを かえる 場面の おおくは、おかねの つかいかたを しって いる 人たちが、いまは おかねが すくない ときに おこると のべました[7]。
ただ、これは 一ぶの がくしゃの 見かたです。みんなが こう かんがえて いる わけでは ありません。
「純粋な物々交換だけの経済」は記録がない
お金は物々交換から生まれたという説明は、よく聞く話です。ところが人類学者のキャロライン・ハンフリーは、純粋な物々交換だけの経済は、これまで記録されたことがないと述べ、この説に疑問を示しました[7]。
物々交換は、お金を知る人どうしで起きる
同じく人類学者のデヴィッド・グレーバーは、物々交換が見られる例の多くは、お金の使い方を知っているのに、手元にお金が少ない人どうしの間で起こると述べました[7]。
これは一部の人類学者の見方で、学界の定説とまでは言えません。それでも、お金がいつ、どう生まれたかが「分かっている」とは言いきれない、と教えてくれます。
人類学者キャロライン・ハンフリーは、「純粋な物々交換だけの経済は、これまで記録されたことがない」と述べ、物々交換が先でそこからお金が生まれたという説に疑問を示した[7]。
デヴィッド・グレーバーも、物々交換が観察される多くの事例は、お金の使い方を知りながら手元に多く持たない人々の間で生じると指摘した[7]。つまり物々交換が見られたとしても、それがお金の前の段階だとは限らない。
ただし、これらは一部の人類学者の指摘で、学界の定説とは言えない。また、この章で使った資料は、論争を紹介する記事1本である。お金の起源の議論は、原典に当たって確かめる余地が大きく残っている。
ここまでの例を並べると、お金の通用には、受け取る側の承認や信頼が関わる例があるように見える。
7. みのまわりの「おかねの かわり」を さがして みよう
7. 身のまわりの「お金のかわり」を探してみよう
7. 通用の条件を、自分の身のまわりで確かめる
きょう できること
おうちの 人と、「おかねの かわりに つかえる もの」を さがして みましょう。たとえば、スタンプカードや ポイントカード、おもちゃの おかねなどが あります。
そして、「どうして これを みんなが うけとって くれるのだろう」と、はなして みましょう。
やってみよう
かみを きって、じぶんたちだけの「おかね」を つくって みます。おうちの 人と、「この かみ 1まいで、おてつだい 1かい」の ように きめて、つかって みましょう。うけとって くれる 人が いない と、ただの かみに なる ことが わかります。
今日できること
家にある「お金のかわり」を探してみましょう。スタンプカード、ポイントカード、商品券、おもちゃのお金などです。それぞれについて、誰が受け取ってくれるのか、どこまで使えるのかを書き出してみると、石貨と同じ、受け取る人がいるから使える仕組みが見えてきます。
やってみよう
家族や友だちと、紙を切って自分たちだけの「お金」を作ります。「この紙1枚でお手伝い1回」のように、使える場面を決めて、数日試してみましょう。受け取る人がいなくなれば、ただの紙に戻ることが分かります。
次に読みたい資料
お金の起源や貨幣の歴史は、日本銀行の貨幣博物館や、日本の貨幣の歴史を扱った解説で、さらに詳しく読めます。ヤップ島の石貨は、All Aboutの日本語の解説に、運搬の物語や使われ方が書かれています[3]。
この議論をさらに追うには
お金の起源や貨幣の歴史は、日本銀行の貨幣博物館の展示や解説など、日本語で読める資料にあたれる。ヤップ島の石貨は、All Aboutの解説に、運搬の物語や使われ方が書かれている[3]。
身のまわりで試せること
家にあるポイントカードや商品券など、現金以外の「お金のかわり」を2〜3つ選び、①どこで、誰が受け取るか、②いつまで使えるか、③ためておけるか、を書き出して、お金の3つの役割と比べてみるとよい。受け取る人がいなくなった時点で、通用しなくなる条件が見えてくる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
お金の役割・貝貨・日本の銅銭・物々交換の議論は二次資料(解説記事や辞典)による。
- りそな銀行「お金の基本」コラム http://www.resonabank.co.jp/kojin/column/shisan_kihon/column_0003.html (お金の3つの役割)
- 現代ビジネス「お金の漢字に貝がつく理由」 https://gendai.media/articles/-/58675 (宝貝と漢字、物品貨幣の3条件)
- All About「ヤップ島のストーンマネー」 https://allabout.co.jp/gm/gc/447400/ (石貨の大きさと所有権の移転)
- Cleveland Fed, Economic Commentary "Island Money" (2004) https://www.clevelandfed.org/publications/economic-commentary/2004/ec-20040201-island-money (石貨が経済学で紹介される例であること。概要のみ参照)
- historist(歴史辞典)富本銭・和同開珎・蓄銭叙位令の項 https://www.historist.jp/articles/entry/themes/society/048965/ (富本銭・和同開珎・711年の法令)
- nippon.com「日本の貨幣の歴史」 https://www.nippon.com/ja/features/c04501/ (10世紀半ばの発行停止)
- ERA "Money and the myth of barter" https://era.org.au/money-and-the-myth-of-barter/ (ハンフリー・グレーバーの指摘)
なおした ところ
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