1. 暑くない のに、どうして 手だけ 汗が 出るの?
1. 暑くないのに、なぜ手のひらだけ湿るのか
1. 手掌の発汗は、温熱性発汗の中枢とは別に支配される
走ったあと、せなかや おでこに 汗が 出るのは、体が あつく なったので、水で ひやす ためです。
ところが、手のひらや 足の うらは ちがいます。ガイドラインには、暑い 時には 出にくく、ねている 間は 汗が きえる、と 書かれて います。どきどきする 時に 出やすい 汗だと せつめいされて います[1]。
手のひらや 足の うらは、体の 皮ふの 5%ほどしか ありません。でも 汗の 出口(汗腺)の 数は、からだ ぜんたいの 4ぶんの1 あるとも いわれます[4]。ひろさの わりに、汗腺が ぎゅっと あつまって いるのです。
では、そんなに 汗腺を あつめて、手は 何を して いるのでしょうか。
走ったあとに背中やおでこから出る汗は、体温を下げるための汗です。ところが、手のひらや足の裏は事情がちがいます。ガイドラインには、手掌・足底は温熱刺激では汗が出ず、睡眠でも汗が消えることから、体温調節の中枢とは別のしくみが関わると考えられる、と書かれています[1]。ストレス・不安・恐れ・緊張で、手のひらの汗が悪化するという医学の解説もあります[7]。
そのうえ、手のひらと足の裏は汗の出口(汗腺)がとても多い場所です。皮膚全体の面積の約5%しかないのに、全身の汗腺の約25%がここに集まっているという報告があります[4]。25÷5で、面積あたりの数は全身の平均の約5倍になる計算です。
体を冷ます役目ではないのに、これだけ汗の出口が集まっている。手のひらの汗は、何のために用意されているのでしょうか。
運動時に額や背中に出る汗は、体温を下げるための温熱性発汗である。ところが手掌と足底は、温熱刺激では発汗が生じず、睡眠で発汗が消える。ガイドラインは、このことから視床下部の体温調節中枢とは別の支配を受けると考えられると述べる[1]。エクリン汗腺は交感神経のコリン作動性線維に支配され、ストレス・不安・恐れ・緊張で手掌の汗が悪化するとの記述もある[7]。手が湿る体験の説明として筋が通る。
注目すべきは分布である。ヒトの手足の掌側は汗腺の密度が高く(1平方センチあたり300個超)、面積は皮膚全体の約5%なのに、汗腺の総数の約25%を占めるという[4]。25÷5で、面積あたりの汗腺数は全身平均の約5倍と見積もれる。なお、エクリン汗はほとんどが塩水で、汗腺は汗をつくる分泌コイルと、汗を運ぶ導管からなる[6]。
体温を下げないのに、これだけ汗腺を集めている。では、手のひらの汗は何をしているのか。
2. 汗は、物を もつ ときの すべり止め?
2. 汗は物を落とさないための「滑り止め」になる
2. 汗は指先の皮膚を柔らかくし、摩擦を高める
大きな びんや コップを 持つ 時、手が かわき すぎて いると、つるっと すべりそうに なります。そんな 時、ほんの 少し 手が しめって いると、ぴたっと くっつく 気が しませんか。
研究では、指の 皮ふの 溝から 出る 汗が 皮ふを やわらかく し、ガラスのような つるつるの 面との 摩擦を ふやす ことが ある、と ほうこくされて います[2]。ガラスに 数十びょう ふれて いると、すべりにくさが 1けた、およそ 10ばいに なる ことが あると いう ほうこくも あります[3]。
これは、物を おとさない ための しかけだと 考えられて います[4]。手のひらの 汗は、暑さ たいさくでは なく、手に 持つ ための 「すべり止め」の 役目が ありそうです。
ただし、汗が 多ければ 多いほど よい わけでは ありません。
ビンやコップを持つとき、手が乾きすぎていると、つるっと滑りそうになります。少ししっとりしているほうが、ぴたっと貼りつく感じがしないでしょうか。
研究者の説明は、これに近いものです。バーミンガム大学の発表では、指紋の溝にある汗の出口から出た汗が皮膚を柔らかくして、摩擦を大きく増やすと説明されています[2]。指先の摩擦を調べた総説は、ガラスのようになめらかで水を通さない面に触れていると、数十秒のうちに摩擦係数が1けた(10倍ほど)増えることがあると報告しています[3]。
この摩擦の増加は、物が急に滑り落ちる事態を防ぐのに大切だと、指紋の研究者は述べています[4]。つまり、手のひらの汗には、物をつかむときに役立つ働きがあるという説明があります。
ところが、汗は多ければ多いほどよいわけではありません。
指先の汗は、皮膚を柔らかくして、ガラスなどのなめらかな面との摩擦を高めると説明されている。指紋の溝にある汗孔から出た汗は皮膚を柔らかくし、ガラスなどのなめらかな面との摩擦を大きく高める[2]。指先の摩擦をまとめた総説は、水を通さないなめらかな面に接触したとき、摩擦係数が数十秒で1桁(10倍程度)増えうると記している[3]。皮膚が柔らかくなれば、面とより多く触れ合えるためだと考えられる。
この摩擦は、物の把持と深く関わる。霊長類の指紋を調べた論文は、汗孔や外部からの水分を調節し、摩擦を最大にして、致命的な滑り(catastrophic slip)を抑えることが指紋の働きだと論じている[4]。同じ摩擦は、触ったものの粗さを感じる際の振動にも影響する[3]。ただし、10倍という値は、なめらかなガラス面で、数十秒という条件がつく数字で、すべての物に当てはまる値ではない。
では、汗が摩擦を上げるなら、多いほど有利なのか。実はそうではない。
3. 汗が 多すぎると、どうなるの?
3. 湿りすぎても乾きすぎても、滑りやすくなる
3. 摩擦は水分量に左右され、過剰な水分と多孔質の面では下がる
雨の 日に、ぬれた 手で かさの えを にぎると、すべりやすい ことが あります。ぬれた 手だと、手と 物との 間が つるつるして、すべりやすく なる ことが あります。
指先でも 同じです。水分が 多すぎると、摩擦が 下がり、すべりやすく なる という せつめいが あります[8]。
そこで、指の 溝が はたらく と いわれます。汗が 多い 時は、汗の 出口が ふさがれて、水分が ふえすぎない ように なり、少ない 時は、蒸発を たすける と せつめいされて います[2]。指の 溝は、しめり気の 調整役かも しれません。
また、さわる もので 話は かわります。ガラスの ような つるつるの 面では 摩擦が ふえますが、紙のように 水を すう 面では、へる と ほうこくされて います[3]。
雨の日、濡れた手で傘の柄を握ると、かえって滑ることがあります。濡れた手と物の間がつるつるになるためです。
指先でも似たことが起こりえます。条件によっては、指先の水分が多すぎると摩擦が下がることがある、と指紋の水分調節を紹介した解説は述べています[8]。そこで指紋の溝の出番になります。バーミンガム大学の発表によれば、指紋は湿度を自動で調節する仕組みを持っています。汗が多すぎるときは汗孔がふさがって余分な水分を防ぎ、少ないときは蒸発を助ける、という説明です[2]。
もう一つ、触る相手でも結果が変わります。汗で湿った皮膚は、ガラスのように水を通さない面では摩擦が増えますが、紙のような多孔質の面では摩擦が下がる、と総説は述べています[3]。汗は、いつでも誰にでも味方をするものではなく、「ちょうどよい量」と「触る相手」の組み合わせで決まるようです。
では、その調節役の指紋は、そもそも何のためにあるのでしょうか。
摩擦は、水分が多いほど上がり続けるわけではない。条件によっては、指先に水分が過剰にあると摩擦が下がることがあるとされる[8]。そこで、指紋の溝が湿度を調整するという説が出る。バーミンガム大学の発表は、汗が多すぎれば汗孔が塞がれて過剰な水分を防ぎ、少なければ蒸発を助けることで、掴む力を保てると説明している[2]。霊長類の指紋を論じた論文も、汗孔と外部からの水分の両方を調節して、摩擦が最大になるようにしていると述べる[4]。
さらに、相手の面の性質にも依存する。湿った皮膚は、ガラスなど水を通さない面では摩擦が上がるが、紙のような多孔質の面では下がる[3]。したがって、汗と摩擦の関係を一つの式や数値で表すことはできず、表面の材質ごとに大きく変わる。
では、この調節役とされる指紋は、本当に摩擦を高めているのか。
4. 指紋は、なんの ために あるの?
4. 指紋は摩擦を増やすのか:研究どうしの食いちがい
4. 指紋の効果をめぐる食いちがいと、残された問い
じつは、指紋が 何の ために あるのかは、まだ はっきり しません。
2009年の じっけんを 紹介した 記事に よると、平らな ガラスのような 板に 指を ひいて、摩擦を はかりました。すると、指紋が ある 指の ほうが、指の はらが つるつるの 時より、板に ふれる ひろさが 3分の 1ほど 少なかった と いいます。この じっけんの かんがえでは、指紋は つるつるの 面で 摩擦を ふやさない という けつろんでした[5]。
さっきの 話と ちがうように 見えます。ただ、これは 「指紋の かたち」の 話で、「汗が 皮ふを やわらかくする」 話とは ちがう ことです。指紋の やくわりは、木の 皮のような ざらざらを つかむ ため、皮ふを まもる ため、水を にがす ため、さわった 感じを するどくする ため、などの 考えが 出されて います[5]。
指紋は、サルの なかまと コアラに 見られます。ネコや クマの にくきゅうは つるつるだと ほうこくされて います[2]。なぜ そうなのか、くわしい 理由は わかって いません。
実は、指紋の役割そのものは、まだ決着がついていません。2009年のアクリル板を使った実験を紹介した記事によると、指を引いて摩擦を測りました。この実験では、板と触れる面積が、指の腹がなめらかな場合より約33%(3分の1ほど)小さく、研究者は、指紋はなめらかな面での摩擦を増やさないと結論づけました[5]。
前の章の話と食いちがうように見えます。ただし、この実験が確かめたのは指紋の「形」の効果です。汗が皮膚を柔らかくして摩擦を増やすという説明とは、問いが少しちがいます。どちらの研究も、指紋の働きの一部を見ていると考えられます。
指紋の役割には、ほかにも仮説があります。木の皮のような粗い面をつかむため、皮膚を守るため、水を逃がすため、触覚を敏感にするため、などです[5]。指紋は霊長類とコアラに見られ、ネコやクマのような平らな肉球は滑らかだと報告されています[2]。なぜ一部の動物だけなのか、進化の理由は完全には分かっていません。
指紋が摩擦を高めるという見方には、反対の実験結果がある。2009年のEnnosらの実験(紹介記事による)では、アクリル板の上で指を引いて摩擦を測定した。この実験では、実際に板と触れる面積は、指の腹がなめらかな場合より約33%小さく、指紋は平滑な面での摩擦を増やさないと結論づけられた[5]。
前章の「汗が皮膚を柔らかくして摩擦を上げる」という説明と食いちがうように見えるが、問いが異なる。Ennosらが検討したのは、指紋の形が接触面積に与える効果である。バーミンガム大学や総説が論じるのは、汗孔が出す水分が皮膚の硬さと摩擦に与える効果である[2][3]。つまり、指紋の形と、汗による湿り気は別々に検討されており、片方の結果だけで全体を結論づけることはできない。
指紋の役割には、粗い面(木の皮など)をつかむ、皮膚を保護する、水を逃がす、触覚を高めるなど、複数の仮説がある[5]。指紋は霊長類とコアラに見られ、ネコやクマのような平滑な肉球は滑らかだと報告されている[2]。なぜこの動物たちに限られるのかは、進化の理由が完全には分かっていない。
5. 手で ためして みよう
5. 自分の指で、汗とすべりを比べてみる
5. 摩擦を自分の指で確かめ、資料に当たる
きょう できる こと
つるつるの ガラスの コップを 用意します。まず かわいた 指で、コップの 横を ゆっくり なでます。つぎに、指先を ほんの すこし 水で しめらせて、同じ ように なでます。ひっかかる 感じが ちがうか、くらべて みましょう。水を つけすぎると どうなるかも ためせます。われない ように、テーブルの 上で そっと 行います。
見て みよう
指の はらを コップに おしあてて、そっと はなします。あとを 虫めがねで 見ると、指紋の 溝が 見えます。
コップで比べる
ガラスのコップを机に置き、乾いた指で横をゆっくりなぞります。次に、指先をほんの少し水で湿らせて、同じようになぞります。引っかかる感じは変わるでしょうか。水をつけすぎたらどうなるかも試してみましょう。コップは落とさないように、机の上で行ってください。
紙でも比べる
同じ指で、紙の上もなぞってみましょう。この章で紹介した研究では、ガラスと紙で結果が逆向きになるとされています。実際に感じることが同じになるとは限りませんが、比べる価値はあります。
資料を読むなら
バーミンガム大学の発表[2]は英語ですが、指紋の溝と湿度の説明が短くまとまっています。日本語では、日本皮膚科学会のガイドライン[1]に、手のひらの汗の特徴が書かれています。
手で確かめる
ガラスのコップで、乾いた指、少し湿らせた指、水をつけすぎた指を、それぞれなぞって比べる。さらに紙でも同じことをしてみる。文献は、ガラスと紙で摩擦の変化が逆向きになりうると述べるが[3]、条件が異なれば同じ結果になるとは限らない。体感と文献の記述のずれも、考える材料になる。コップは机の上で扱う。
資料を読むなら
汗と摩擦の基礎は総説[3]に、湿度調節と把持の関係は霊長類の論文[4]にある。指紋の効果への反対実験は[5]で読める。ガイドライン[1]は日本語で、手掌の発汗の分類と治療も載っている。バーミンガム大学の発表[2]によれば、こうした摩擦の知見は、義手やロボットの手、仮想現実の技術開発にも役立つと期待されている。手のひらの汗の研究は、人の手に近い機械を作るヒントにもなっている。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- 日本皮膚科学会 原発性局所多汗症診療ガイドライン 2023年改訂版. https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/guideline/takansho2023.pdf (手掌の汗が温熱性でないこと/汗腺の働き)
- University of Birmingham. Fingerprints' moisture-regulating mechanism strengthens human touch - study (2020). https://www.birmingham.ac.uk/news-archive/2020/fingerprints-moisture-regulating-mechanism-strengthens-human-touch-study (汗と摩擦/湿度の調節/指紋をもつ動物)
- Finger pad friction and its role in grip and touch. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3565724/ (摩擦の増え方/面の材質による違い)
- Fingerprint ridges allow primates to regulate grip. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7749313/ (汗腺の分布/把持と滑りの防止)
- phys.org. Fingerprints do not improve grip friction (2009). https://phys.org/news/2009-06-fingerprints-friction.html (指紋と接触面積の実験/指紋の役割の仮説)
- Physiological mechanisms determining eccrine sweat composition. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7125257/ (汗腺のつくりと汗の成分)
- Palmar hyperhidrosis: clinical, pathophysiological, diagnostic and therapeutic aspects. https://www.scielo.br/j/abd/a/wWFVwn5VLVswDWrMpzMrscw/?lang=en (交感神経による支配/緊張との関係)
- Moisture regulation by finger pad ridges ensures optimal grip. https://researchoutreach.org/articles/moisture-regulation-finger-pad-ridges-ensure-optimal-grip/ (水分が多すぎると摩擦が下がる)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
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