1. てんが ひとつ ちがうと、なにが かわるの?
1. 点の位置がちがうと、貼り紙は何を頼むのか
1. 読点の位置は、文の意味のどこを決めているのか
おみせの いりぐちに、こんな はりがみが あったと します。「ここではきものをぬいでください」。
「ここで、はきものを、ぬいでください」と てんを うてば、くつや ぞうりを ぬぐ ことです。「ここでは、きものを、ぬいでください」と うてば、きものを ぬぐ ことに なって しまいます[4]。もじは おなじなのに、よみかたが ふたとおりに なるのです。
てんは、ことばの まとまりが どこで きれるかを しめす めじるし です。きれめが わからないと、よむ 人は ちがう いみに うけとって しまいます。「、」や「。」を つかう いちばんの わけは、かいた 人の くぎりを、よむ 人が まよわずに うけとれる ように する ため です。
では、この めじるしは、いつごろ うまれたのでしょう。じつは、むかしの ぶんしょうには、てんが ないものが ふつうでした。
ある店の入り口に、ひらがなだけの貼り紙があったとします。「ここではきものをぬいでください」。
読点を「ここで、はきものを、ぬいでください」と打てば、履物を脱ぐ、つまり靴やぞうりを脱ぐ意味になります。「ここでは、きものを、ぬいでください」と打てば、着物を脱ぐ意味になります。この例は、松岡正剛さんの『知の編集術』(2000年)などで紹介される、定番の例だといわれます[4]。
文字はまったく同じなのに、読む人が受け取る意味は変わります。つまり句読点の役目は、書いた人の頭の中にある言葉の区切りを、読む人が迷わずに受け取れるようにすることです。これが、この記事の問いへの答えの要点です。
ただし、この役目は昔から決まっていたわけではありません。点はもともと、別の目的で生まれました。
「ここではきものをぬいでください」を、ひらがなだけで書くと、読み方が二通りに分かれる。「ここで、はきものを、ぬいでください」なら履物を脱ぐ指示、「ここでは、きものを、ぬいでください」なら着物を脱ぐ指示になる。松岡正剛『知の編集術』(2000年)などで紹介される定番の例である[4]。
ここで点が決めているのは、語の並びのどこで切れ、どの語がどの語にかかるかという構造である。ひらがなが続く文は、漢字かな交じりの文のように字の種類で切れ目を教えてくれないため、読点の位置がそのまま意味の分かれ目になりやすい。
だから、句読点の役目は「書き手の区切りを、読み手が迷わず受け取れるようにすること」と言える。ただし、これは句読点が最初から持っていた役目ではない。起源をたどると、目的はまったく別のところにあった。
2. むかしの てんは、なんの ために あったの?
2. 点がなかった時代、声に出して読む助けとして生まれた
2. 紀元前5世紀ごろの点は、なぜ「読み上げの目印」だったのか
いまから 2000ねんいじょう まえの ギリシャでは、ことばの あいだも あけず、てんも うたず、じを ずらっと ならべて かく ぶんしょうが おおかった、と いわれて います[1]。
これを 声に だして よむのは、たいへん です。どこで いきを すって、どこで とまれば いいのか、わからないからです。そこで、きげんぜん 5せいき ごろ、ギリシャの 人たちは、たてに ならべた てんを つかい はじめた と いわれます[1]。
のちには、てんの たかさを かえて、みじかい やすみ、すこし ながい やすみ、ぶんの おわりを あらわす やりかたも つかわれました。ほんを うつす 人たちが、きげんぜん 200ねんごろ いこうに とりいれた と されます[1]。
うたの がくふに ある「ここで いきを すう」しるしと にて います。ただし、むかしの 人が じっさいに どう つかったかは、しりょうに よって すこし ちがいます。
この てんは、「こえに だして よむ ため」の めじるし でした。いまの「、」や「。」と おなじ やくめでは ありません。いつ かわったのでしょう。
古代の西洋の書き手の多くは、単語の切れ目にも句読点にも頼らず、文字を途切れなく並べて書きました。scriptio continua と呼ばれる書き方です[1]。
こうした文章を、初めて見た人がすらすら読むのは難しそうです。紀元前5世紀ごろ、ギリシャ人は、声に出して読むのを助けるために、縦に並べた点を使い始めたとされます[1]。
さらに紀元前3〜2世紀、ビザンティオンのアリストファネスが考えたとされる方式では、一つの点を置く高さを変えて、短い区切り、やや長い区切り、文の終わりを区別しました。紀元前200年ごろ以降、ギリシャの写字生(書物を書き写す人)が採用したといいます[1]。ただし、年代や考案した人は資料によって食いちがうため、「ごろ」「とされる」としか言えません。
楽譜の休符や息継ぎの記号に近い使い方です。この段階の点は、意味の構造を示すというより、声に出して読むときの「ここで切る」「ここで少し休む」という合図でした。では、いつ「意味の区切り」を示す記号に変わったのでしょうか。
古代の西洋では、多くの書き手が語の切れ目にも句読点にも頼らず、文字を途切れなく並べる scriptio continua で書いた[1]。このような文は、書き手の頭の中では区切れていても、紙の上には区切れがない。読むときは、読み手がその場で切れ目を判断するしかなかった。
そこで紀元前5世紀ごろ、ギリシャ人が、声に出して読むのを助けるために縦に並べた点を使い始めたとされる[1]。この段階の点が「意味」ではなく「読み上げ」の目印だったのは、読むことの中心が朗読にあったからである。
のちに、紀元前3〜2世紀のビザンティオンのアリストファネスが考えたとされる方式では、一つの点(punctus)を置く高さを変え、短い区切り、やや長い区切り、文の終わりを示した。紀元前200年ごろ以降、ギリシャの写字生が採用したという[1]。ここで、点の高さが「休みの長さ」を表していることに注目したい。点は、息継ぎや間(ま)の記号だった。
ただし、アリストファネスの年代や、誰がどの記号を考案したかは資料によって食いちがう。この記事では「ごろ」「とされる」と書く。確かなのは、点の出発点が声の助けにあったことである。では、点が「意味の構造」を示す道具へ変わったのは、いつ、何がきっかけだったのか。
3. ほんが たくさん できると、てんは どう かわったの?
3. 印刷が広まると、点は「文の組み立て」を示す記号になった
3. 活版印刷は、点の役目を声から文の構造へどう移したのか
1450ねんごろ、ヨーロッパで、じを ならべて ほんを いんさつする しかけが できました[1]。ほんが たくさん つくられ、よむ 人も ふえました。
いんさつされた ほんは、てで うつした ほんより はやく よめる と いわれます[1]。はやく よむなら、「ここで きる」が だれにでも おなじに わかる てんの ルールが ほしく なります。
ヴェネツィアの いんさつやさん アルドゥスと その まごが、ぶんの おわりの「.」(ピリオド)を ひろめ、いまの「,」(コンマ)の かたちを つくったと されて います[1]。
まごの アルドは 1566ねんに、「てんの いちばんの もくてきは、ぶんの くみたてを はっきりさせる ことだ」と のべたと つたえられます[1]。
いきを すう めじるしから、いみを わけて つたえる めじるしへ。てんの やくめが うつりました。では、にほんでは、どうだったのでしょう。
転機の一つは、1450年代にヨーロッパで始まった活版印刷だとされます。本が大量に作られて読者が広がり、印刷された本は写本より速く読めたため、そろった句読点の仕組みがいっそう必要になった、という説明があります[1]。
この流れの中で活躍したのが、ヴェネツィアの印刷業者アルドゥス・マヌティウスと、その孫です。二人は、文末のピリオドを広め、セミコロンを考え出し、斜線を低くして今のコンマの形にしたとされています。ただし、誰がどの記号を発明したかは資料で食いちがうので、「されている」としか言えません[1]。
孫のアルドは1566年に、句読点の主な目的は文の構造(統語)をはっきりさせることだと述べたと伝えられます[1]。古代の点が「声の休み」を表していたのに対し、ここでは「文のどことどこがつながるか」を示す記号として説明されているのです。
声を出す助けから、意味の区切りを示す記号へ。ヨーロッパではこうして役目が広がりました。それでは、日本語の「、」や「。」は、いつ、どのように決まっていったのでしょうか。
声の目印だった点が、文の構造を示す記号へ向かった背景に、1450年代にヨーロッパで発明された活版印刷がある。本が大量に作られて読者が広がり、印刷された本は写本より速く読めるため、そろった句読点の仕組みが必要になったとされる[1]。朗読する人だけが頼りに読む時代から、見知らぬ多くの読者が自分で読む時代に移ると、書き手の区切りは、誰が読んでも同じに伝わる必要が出てくる。
この動きの中で、ヴェネツィアの印刷業者アルドゥス・マヌティウスとその孫が、文末のピリオドを広め、セミコロンを考え出し、斜線を低くして今のコンマの形にしたとされる。ただし、誰がどの記号を発明したかは資料で食いちがうので、ここでは「されている」にとどめる[1]。
注目したいのは、孫のアルドが1566年に、句読点の主な目的は文の構造(統語)をはっきりさせることだと述べたと伝えられる点である[1]。古代の点が「休みの長さ」を表したのに対し、ここでは「どこがどこにかかるか」が目的にされている。ただし、黙読の普及と句読点の関係は、この資料が直接述べているわけではないので、因果は断定しない。
では、日本語の句読点は、いつ、どのように定められたのか。日本でこの問いに最初の公的な答えが出たのは、意外にも新しい。
4. にほんの てんと まるは、いつ きまったの?
4. 日本の点とまるに公的な置き方の案が出たのは約120年前
4. 1906年の「句読法案」は、何を標準にしようとしたのか
にほんで、てんと まるの うちかたが おおやけに しめされたのは、1906ねん(めいじ39ねん)です。もんぶしょうが「くとうほうあん」を だしました[2]。いまから 120ねん ほど まえです。
「あん」ですから、ほうりつでは ありません。きょうかしょを なおす ときの ひょうじゅんに する ためだった と されます[3]。この ころ、しんぶんや ほんには、てんや まるが ほとんど つかわれて いない ものも ありました[3]。
そのあと 1946ねんに、もんぶしょうが「くぎりふごうの つかいかた」を つくりました。1906ねんの あんを もとに している と いいます[3]。
では、いまは、てんや まるを かならず うたなければ ならないのでしょうか。
日本で句読点の置き方の標準が公的に初めて示されたのは、1906年(明治39年)、文部省が出した「句読法案」だとされています[2]。西洋の文献に触れ、コンマやピリオドの影響を受けて整えられていったといいます。
この案は、国定教科書を直すときの標準にすることが目的だったとされます。「案」の段階で、同じ年でも、句読点がほとんど使われていない新聞や書物がありました[3]。
1887年(明治20年)の二葉亭四迷『浮雲』の初版には、マルを打ちたい所に、ごく小さな点が打たれていた、という記述があります[3]。一つの記事の説明なので、ここでは「という記述がある」にとどめます。
戦後の1946年(昭和21年)には、文部省の調査課が「くぎり符号の使ひ方」を作成しました。1906年の「句読法案」をもとにしているといいます[3]。
日本語の点とまるは、約120年前の案から少しずつ整っていきました。それなら、今は「必ず打つ」という決まりがあるのでしょうか。
日本で句読点の置き方の標準が公的に初めて示されたのは、1906年(明治39年)に文部省が出した「句読法案」とされる。西洋の文献に触れ、コンマやピリオドの影響を受けて整えられたという[2]。
「案」の段階では、同じ年でも、句読点がほとんど使われていない新聞や書物があった[3]。法律のような強制力はなく、現場に少しずつ広がっていったと考えられる。
その前の様子も、記述として残っている。1887年(明治20年)の二葉亭四迷『浮雲』の初版では、マルを打ちたい所に、ごく小さな点が打たれていたという記述がある[3]。一つの記事の記述なので、確実な事実としては扱わず、点とまるの形が定まる途中の例として紹介するにとどめる。
戦後の1946年(昭和21年)には、文部省の調査課が「くぎり符号の使ひ方」を作成した。明治39年の「句読法案」をもとにしているという[3]。
このように、日本語の句読点は、公的な「案」から約120年で整ってきた。では、その「案」は、今も守るべき義務なのか。次に、いまの決まりと使い方を見る。
5. てんや まるは、かならず うたなければ いけないの?
5. 「必ず打つ」決まりはない。それでも打つ理由
5. 「必ず打つ」決まりがないとき、読点は何を基準に打たれるのか
こたえは、「かならず うつ」と いう きまりは ない、です。「うって よい ばしょ」の めやすが あるだけ だと いわれます[2]。かならず うつと きめると、じゆうに かきたい 人が こまる、と かんがえられて います[2]。
それでも 人は、てんを うちます。ちがう わけが いくつか あります。ひとつは、ことばが どこに かかるか、わかりやすく する ため。ひらがなが ながく つづく ところを、よみやすく する ため、と いうのも あります[2]。
もうひとつは、つよく つたえたり、よいんを のこしたり する ため です。たとえば、だざい おさむの「見ると、雪。」では、てんが あるから、ゆきが はっと めに とびこんで きます[2]。
ぶんを わかりやすく したり、あじわいを くわえたり する ために、かく 人が てんを えらびます。
実は、句読点を「必ず打つ」という法的なルールはなく、「打てる場面」の目安があるだけだと、石黒圭さんは説明しています。決まりにすれば、表現の自由や、自由に味わいを出したい人の反発を招くと考えられています[2]。
それでも読点を打つ理由は、大きく三つに分けられます。一つ目は、係り受けの関係を明確にする「文法のテン」です。調べた学生の80%以上が打つとされますが、これは調べた学生での割合であり、全員の話ではありません。二つ目は、ひらがなが続く所を読みやすくするテンです。三つ目は、強調や余韻を生む「修辞のテン」で、例として太宰治の「見ると、雪。」があげられています。主語が長いほど、主語のあとに読点を打つ人が増えるともいわれます[2]。
「ここではきものをぬいでください」のように意味が二つに割れるなら、読点は文法のテンとして働きます。一方で「見ると、雪。」のような使い方は、意味を決めるためではなく、読み手の呼吸や景色の見え方を変えます。
古代には声の助けだった点が、意味の区切りになり、いまは書き手が選んで味わいも作れる道具になっています。
現在の日本には、句読点を「必ず打たなければならない」というルールはなく、「打つことができる場面」の目安があるだけだと、石黒圭氏は説明している。強制すれば表現の自由や、自由に味わいを出したい人の反発を招くと考えられるためだという[2]。
では、決まりがないのに、なぜ打つのか。読点を打つ理由は、おおむね三つに分けられる。第一に、係り受けの関係を明確にする「文法のテン」で、これは学生の80%以上が打つとされる(調べた学生での割合であり、全員の話ではない)。第二に、ひらがなが続く所を読みやすくするテン。第三に、強調や余韻を生む「修辞のテン」で、太宰治「見ると、雪。」が例にあがる。主語が長いほど、主語のあとに読点を打つ人が増えるともいう[2]。
最初の貼り紙の例は、文法のテンの典型である。逆に「見ると、雪。」は、文の意味はテンがなくても通じるが、テンがあることで、視線が雪へ向かう間(ま)が生まれる。点は、構造を示す道具と、読みの呼吸を作る道具の両方を担っている。
形式面でも、整理は続いている。令和4年(2022年)1月7日に文化審議会が文部科学大臣に建議した「公用文作成の考え方」では、横書きの公用文でも「、。」を使うことが原則になったという[5]。
声の助けとして生まれ、意味の区切りになり、日本では約120年前に初めて公的な案が出た。そしていまも、書き手に選択がゆだねられている。決まりが緩いことは欠点ではなく、点が表現の道具として使われ続けている理由でもあると考えられる。
6. じぶんの ぶんで、てんを うごかして みよう
6. 自分の文で、点を動かして読み比べる
6. 点を動かして読み方の変化を観察し、原典に当たる
かみと えんぴつを つかいます。きけんは ありません。
「きょうはいしゃにいく」と かいて みましょう。「きょうは、いしゃに いく」と「きょう、はいしゃに いく」では、どう ちがうでしょう。「ここでは きものを ぬいでください」も、てんを ほかの ところに うって、こえに だして よみくらべて みましょう。
つぎに、すきな ほんの いちぺーじで、てんの ある ところを ゆびで おさえて みます。てんが ない ときの よみやすさと くらべると、てんの はたらきが みえて きます。
自分の文章で、点を動かして読み方がどう変わるかを試してみましょう。紙と鉛筆があれば安全にできます。
「ここではきものをぬいでください」のほかにも、「きょうはいしゃにいく」「にわにはにわとりがいる」のようなひらがなだけの文を作り、読点の位置を変えて声に出して読み比べます。意味が変わる点と、変わらない点があるはずです。変わらない点は、なぜ打ったのか考えてみると、「文法のテン」と「修辞のテン」の区別が見えてきます。
好きな小説の短い一節から読点をすべて消して読み、もとの文と比べるのも手がかりになります。太宰治の「見ると、雪。」のように、点が意味を変えずに間を作っている例は見つかるでしょうか。
さらに調べたいなら、出典の石黒圭さんのインタビュー記事(きになるコトバ)のほか、文化庁の報道発表のページをたどって「公用文作成の考え方」の資料を探すと、現代の目安に近づけます。
点が持つ二つの働きを、自分の文で観察できる。まず、読点の位置が意味を変える文を自作する。「ここではきものをぬいでください」は、位置を二通りにして読み比べる例である。次に、小説の一節から読点をすべて消して声に出して読み、もとの文と比べる。意味が変わる点は「文法のテン」、意味は変わらず間が変わる点は「修辞のテン」の候補になる。
自分の観察を、出典の記述で確かめたい。まず石黒圭氏へのインタビュー記事(きになるコトバ、公募ガイド)には、読点を打つ理由の分類と調査結果の背景が載っている。次に、1906年の「句読法案」と1946年の「くぎり符号の使ひ方」は、国立国会図書館のデジタルコレクションや図書館の検索で、原文を探せる。文化庁の「公用文作成の考え方」は、文化庁の報道発表のページをたどると本文の資料が見つかる。
残る問いもある。日本語では、句読点が定まる前に、どのような記号で区切られていたのか。ヨーロッパの読み方の変化と句読点には、どのような関係があるのか。いずれも、この記事の資料の範囲では扱えなかった。自分で調べる価値のある問いである。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
事実関係は、次の資料を突き合わせて確認した。英語版の事典は古代から印刷までの歴史の流れの概説を確かめるために使い、専門の研究書で一つずつ照合したものではない。ほかの記事は日本の事情と現代の目安の確認に使っている。
- Wikipedia: Punctuation https://en.wikipedia.org/wiki/Punctuation (古代ギリシャの点、活版印刷、アルドゥス・マヌティウスの記述)
- きになるコトバ(公募ガイド)石黒圭さんインタビュー https://koubo.jp/article/60919 (句読法案、必ず打つ決まりがないこと、読点を打つ理由)
- きになるコトバ(公募ガイド) https://koubo.jp/article/55058 (明治期の句読点の広まり、浮雲、くぎり符号の使ひ方)
- 現代ビジネス(松岡正剛『知の編集術』)関連記事 https://gendai.media/articles/-/125389 (「ここではきものをぬいでください」の例)
- 文化庁 報道発表(公用文作成の考え方) https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/93650001.html (令和4年の建議)
なおした ところ
更新履歴
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