1. あめが ふると、どうして かべが きれいに なるの?
1. 雨がふると、外壁の汚れはどうして流れ落ちるのか
1. 光で分解し、雨で流す:セルフクリーニング建材の二段構え
あめが ふった あとの まどガラスを 見て、きれいに なったと 思った ことは ありませんか。
「セルフクリーニングけんざい」と よばれる かべや ガラスには、酸化チタンという こなが うすく ぬって あります。おひさまの 光が あたると、あぶらの ような 汚れを 分解します。そのうえ、表面が 水と とても なかよしに なります。
水が うすい まくのように ひろがるので、あめが ふると、汚れの 下に 水が はいりこんで、いっしょに ながして くれます。
つまり、おひさまが 汚れを ゆるめて、あめが あらい ながす、ふたりの はたらきです。
雨上がりに窓ガラスがきれいに見えた経験はないでしょうか。セルフクリーニング建材は、その働きを外壁やガラスの表面に組みこんだものです。
表面には酸化チタンが薄く塗られています。ここに光が当たると、二つのことが起こります。一つは、油のような汚れ物質が分解されること。もう一つは、表面が水ととてもなじみやすくなる「超親水性」になることです。水をかけると、水滴にならず薄い膜になって広がり、汚れの下にも入りこんで流します[1]。
ここで、不思議なことがあります。水を使って汚れを落とすなら、水をはじく表面のほうが有利に思えます。なぜ、わざわざ「なじませる」のでしょうか。
セルフクリーニング建材の働きは、光と水の二段構えである。光が当たった酸化チタンは、表面に付いた有機物の汚れを分解する。同時に、表面は水と強くなじむ超親水性になり、水を滴ではなく薄い膜として広げる。この水膜が汚れの下まで入りこむため、雨で洗い流されやすい[1]。
TOTOは、こうした表面が太陽や雨などの自然エネルギーだけで空気浄化やセルフクリーニングの効果を出すため、環境負荷や維持の手間が小さいと説明する。これは製造元の説明であり、効果の大きさを数値で示した長期データは、この記事の資料には含まれていない[3]。
ところで、水で汚れを流すなら、水をはじく表面のほうが有利に思える。それなのに、なぜ「水をなじませる」のか。次の章で、水をはじく代表選手と比べる。
2. ハスの はは みずを はじくのに、なぜ ぎゃくなの?
2. 水をはじくハスの葉と、水をなじませる光触媒はどうちがうのか
2. 撥水と超親水:ロータス効果と光触媒の対比
水を はじく ものと いえば、ハスの 葉が ゆうめいです。ハスの 葉の 上では、水が まるい つぶに なって ころがり、ほこりも いっしょに もって いきます。
ハスの 葉は、ひょうめんに ちいさな でこぼこが あって、水が ふれる ところが すくないのです[5]。
酸化チタンは、ぎゃくです。水を つぶに しないで、ひろげて まくに します。ハスは「ころがして おとす」、酸化チタンは「ひろげて ながす」と 考えると、おぼえやすいかも しれません。
どちらも、あめや 水の ちからで よごれを とる という ところは おなじです。
水をはじいて汚れを落とす代表例が、ハスの葉です。葉の表面にある、ごく小さな凹凸をもつワックスのおかげで、水滴は葉にほとんど触れず、丸い粒のまま転がります。そのとき、ほこりなどの汚れを持ち去ります。ドイツのバルトロットらの1997年の論文でこの現象が説明され、その後「ロータス効果」として広まりました[5]。
光触媒は、まったく逆の方向から同じ目標をねらいます。水を粒にして転がすのではなく、薄い膜にして広げ、汚れの下に入って浮かせるのです。ハスは「はじいて転がす」、光触媒は「なじませて流す」と言えそうです。
どちらが優れているかは、この記事では決めません。ここでは、水と汚れの関係を逆向きに使う二つの考え方がある、と覚えておいてください。
では、この「水をなじませる」という性質は、いつ、どうして見つかったのでしょうか。意外なことに、始まりは建物とは関係のない実験でした。
水をはじく表面の代表がハスの葉である。表皮のワックスがナノからマイクロの尺度で凹凸をつくり、水滴が葉に触れる点が少なくなる。その結果、水滴は転がり落ち、その途中でほこりなどの汚れを持ち去る。この現象は、バルトロットとナイフイスが1997年の論文で「Lotus-Effect」と名づけた[5]。撥水(水をはじく性質)による自己洗浄である。
光触媒の表面は、逆の手段を取る。光が当たると酸素が抜け、そこに水分子が反応して水酸基ができるため、表面は水となじみやすくなる。水は滴にならず膜として広がり、汚れが洗い流されて、その自己浄化効果は長く続くとされる[1]。水との接触を減らす撥水に対し、超親水は水との接触を最大にして汚れの下へ水を入れる。
ここまでは、どちらも雨水の力を借りて汚れを流すという意味で共通している。ただし、製品としての低汚染塗料の優劣までは、この記事の範囲で比べていない。では、この超親水性は、そもそもどのような経緯で見つかったのか。出発点は、建材とは無関係の実験だった。
3. すいそを つくる じっけんで、どんな ぐうぜんが あったの?
3. 水から水素を取り出す実験で見つかった「偶然」
3. 本多・藤嶋効果:水素を取り出す実験の偶然と、その限界
はじまりは、水から 水素を つくろうとした、むかしの じっけんでした。
東京大学の だいがくいんせいだった 藤嶋昭さんは、本多健一先生の しどうで、酸化チタンに 光を あてました。すると、水が 水素と 酸素に わかれたのです。じっけんの なかで、ぐうぜん 見つかったと されて います[2]。
この はっけんは、1972ねんに 世界で ゆうめいな ざっし「ネイチャー」に のりました[3]。いまは「ほんだ・ふじしま こうか」と よばれて います。
けれど、すぐには やくに たちませんでした。この じっけんで つかえるのは、おひさまの 光の うちの 紫外線だけで、たくさんの エネルギーを とりだすことは できなかったのです[1]。
そこで、けんきゅうは、ほかの つかいみちを さがす ことに なりました。
始まりは、水から水素エネルギーを作ろうとする実験でした。当時、東京大学の大学院生だった藤嶋昭さんは、本多健一助教授の指導のもと、実験中に偶然、ある現象に気づきました。酸化チタンに光を当てると、水が水素と酸素に分かれたのです[2]。
この現象は、1972年に科学雑誌『ネイチャー』で発表され、「本多・藤嶋効果」と呼ばれています。発見は1967年とされ、水の中に酸化チタンと白金の電極を置き、酸化チタンに紫外線を当てる実験でした[3]。
ただ、水素を効率よく取り出す方法としては限界がありました。酸化チタンが使えるのは、太陽光のうち紫外線だけです。このため、大量のエネルギーを取り出すところまでは進みませんでした[1]。
この限界が、次の発見への入口になります。研究者たちは、酸化チタンの力を別の場面で使えないかと考えはじめました。
光触媒の物語は、水からエネルギーを取り出す実験から始まった。当時大学院生だった藤嶋昭は、本多健一助教授の指導のもとで、実験中に偶然、酸化チタンに光を当てると水が水素と酸素に分解される作用を見いだした[2]。TOTOの年表は、発見を1967年、Nature誌への掲載を1972年とし、この現象を本多・藤嶋効果と呼ぶ。水中に酸化チタンと白金を電極として置き、酸化チタンに紫外線を当てると水が分解される[3]。
ただし、水素を取り出す手段としては限界があった。酸化チタンは太陽光のうち紫外線しか利用できず、大量のエネルギーを取り出すには至らなかったと東京大学の特集は述べる[1]。
では、酸化チタンの「光で分解する力」を、水の分解ではなく別の目的に使えないか。その問いに、ある日、思いがけない場所で答えのかけらが見つかる。
4. よごれた トイレを 見て、なにを ひらめいたの?
4. 黄ばんだ便器を見た研究者は、何をひらめいたのか
4. 1989年のひらめきから超親水性の発見、外壁への展開
いきづまった けんきゅうに、1989ねん、あたらしい 先生が やって きました。橋本和仁先生です。
橋本先生は、東京大学の トイレの きいろく なった 便器を ながめて いて、ふと 思いました。酸化チタンは ゴキブリを 分解できる。それなら、きいろい よごれの もとに なって いる ばいきんも 分解できるのでは ないか。
この ひらめきから、トイレの 会社の TOTOと 東京大学の いっしょの けんきゅうが はじまりました[1]。
そして 1995ねん、さらに おどろく ことが 見つかります。光を あてた 酸化チタンの ひょうめんは、水と とても なかよしに なる、「超親水性」でした[3]。2年後の 1997ねんに、この はっけんは ネイチャーに のりました[4]。
水が まくに なって ながれる この せいしつが、まどガラスや そとの かべを きれいに する ぎじゅつに つながって いきました。
転機は1989年に訪れます。藤嶋研究室に着任したばかりの橋本和仁講師(当時)は、東京大学の黄ばんだトイレの便器を眺めていました。そして、酸化チタン光触媒がゴキブリを分解できるなら、黄ばみの原因になっている菌も分解できるのではないか、と思いついたと伝えられています[1]。
この思いつきから、TOTOと東京大学の共同研究が始まります。TOTOの年表では、共同研究は1991年から。1993年には光触媒タイルの実用化に成功しました。ただし、このころのタイルは、抗菌をねらったものが先でした[3]。
外壁を「雨で洗う」という使い方につながったのは、1995年の発見です。TOTOと東京大学は、光の当たった酸化チタンの表面が、水とすっかりなじむ超親水性になることを見つけました。論文は1997年に『ネイチャー』に載り、曇り止めやセルフクリーニングのガラスにつながったと紹介されています[3][4]。
水素の実験での偶然から、便器を見たひらめき、そして水との意外な相性の発見へ。それぞれは別の出来事ですが、つなげると、一つの技術が育っていったことが分かります。
では、この技術は、いまどんな建物で使われ、弱点はないのでしょうか。
転機は1989年である。藤嶋研究室に着任した橋本和仁講師(当時)が、東京大学の黄ばんだ便器を見ていて、酸化チタン光触媒がゴキブリを分解できるなら、黄ばみの原因菌も分解できるのではないかと思いついた。そこからTOTOとの共同研究が始まった[1]。
TOTOの年表によると、共同研究は1991年に始まり、1993年に光触媒タイルの実用化に成功した。ただし、この時点のタイルは抗菌用途が先で、外装のセルフクリーニングは後に続く[3]。決め手になったのは、1995年のTOTOと東京大学による超親水性の発見である。光を受けた表面に水が薄く広がるという現象は、1997年にNature誌388巻431–432ページに、Wang、Hashimoto、Fujishimaらの論文「Light-induced amphiphilic surfaces」として掲載された[4]。紫外線で水も油もなじむ表面ができる、という報告として紹介されている。
水素のための実験が限界にぶつかった後、便器の黄ばみという身近な問題が、酸化チタンの用途を変えた。その延長で、水となじむ性質が見つかり、雨で汚れが流れる外壁へとつながった。水の分解の研究から、便器の汚れをめぐる着想を経て、超親水性が見つかった。酸化チタンの研究が、思いがけない別の用途へ広がっていった点が、この物語の面白さだと考えられる。
では、この技術は実際にどんな建物で使われ、どんな条件に弱いのか。
5. どんな ところで つかわれて、にがてな ことは あるの?
5. 実際に使われた建物と、光触媒の苦手なこと
5. 採用例と限界:紫外線への依存と屋内利用の課題
この ぎじゅつは、じっさいの 建物にも つかわれて います。東京ミッドタウンの 天井の ガラス、東京駅の やえすぐちの 大きな やねなどです。これらは、しらべた 本が 出た ころの れいで、いまの ようすは わかりません[1]。
でも、にがてな ことも あります。酸化チタンが つかえるのは 紫外線だけなので、つよい 光の あたる そとで はたらきやすく、へやの 中では はたらきにくいのです。
そこで、へやの 中の 光でも はたらく 光触媒の けんきゅうが すすんで いるそうです[6]。
酸化チタンの光触媒コーティングは、米国テキサス州ダラスのドームスタジアムの屋根、東京ミッドタウンのガラスの天井、東京駅八重洲口のグランルーフなどに使われたと紹介されています[1]。グランルーフは、光触媒のおかげで白さが長持ちする例として、図で示されていました。これは記事が書かれた当時の採用例で、いまの状態は確かめていません。
弱点もあります。酸化チタンは太陽光のうち紫外線しか利用できないので、屋外など強い紫外線の当たる場所でしか、性能が発揮しにくいのです。壁紙のような屋内の利用は遅れていました[1]。
そこで、屋内の可視光(目に見える光)でも反応する光触媒が研究され、用途が広がったとされています[6]。水素を取り出す実験で問題になった紫外線への依存が、数十年後に外壁でも課題として現れ、今度は光の種類を変える研究が進んだ、というわけです。
水のなじみ方の違いを、身近なもので見てみましょう。
実用例として、東京大学の特集は、米国テキサス州ダラスのドームスタジアムの屋根、東京ミッドタウンの吹き抜けのガラス天井、東京駅八重洲口のグランルーフを挙げている。グランルーフは、酸化チタンのコーティングにより白さが長持ちする例として示された[1]。これは記事時点(2000年代後半から2010年ごろ)の採用例であり、現在の状態を示すものではない。
この技術の限界は、紫外線への依存にある。酸化チタンは太陽光のうち紫外線しか使えないため、屋外など強い紫外線が当たる場所でなければ性能が出にくい。壁紙などの屋内利用は遅れていた[1]。水素を取り出す実験で限界の原因になった性質が、建材でも制約として残ったことになる。
この課題に対して、屋内の可視光で反応する光触媒が開発され、用途が広がったとされる[6]。ただし、これは二次的な資料の記述であり、個々の製品の性能や効果の大きさについては、この記事では述べない。また、軒下など雨の当たらない場所で効果がどうなるかは、直接支える資料がなく、ここでは書かない。
いずれにしても、この技術は、条件がそろったときに最もよく働く。では、身近なところで、その違いを確かめる方法はないだろうか。
6. みぢかな ものでも、水の ひろがりかたを くらべられるかな?
6. 水のなじみ方を、家にあるもので比べてみる
6. 水のなじみ方を観察し、原典に当たる
きょう できる こと
ガラスの コップの そこと、ラップを、たいらな ところに おきます。スプーンで 水を 2、3てき、同じように たらして みましょう。
ラップの 上では、水が まるい つぶに なりやすいです。ガラスの 上では、すこし ひろがります。くらべて みると、ひょうめんによって 水の ひろがり方が ちがう ことが 見えて きます。
これは、光触媒の はたらきを そのまま まねた じっけんでは ありません。水は、こぼれても いいように、トレーの 上で やりましょう。
そとに でた とき
あめの あとに、まちの 大きな ガラスや しろい タイルの かべを、先生や おうちの 人と 見て みましょう。水の ながれた あとが どう なって いるか、よく 見て みてください。
家で試す
平らな台の上に、ガラスの皿(または平らなガラスのコップの底)とラップを置きます。スプーンで同じ量の水を2、3滴たらしてください。ラップでは丸い粒に、ガラスでは少し広がるはずです。水のなじみ方が、表面で変わることが見えます。
この2つの表面で、水の広がり方が違うことを観察できます。光触媒の性質を再現する実験ではありません。水がこぼれてもいいように、トレーの上で行ってください。
街で観察する
雨上がりに、駅のガラスの屋根や白いタイルの外壁を探し、水の流れたあとを観察してみましょう。壁のどこに汚れが残りやすいか、考えてみると、雨がどこに当たるかも見えてきます。
資料を読むなら
東京大学の特集[1][2]は日本語で読めて、研究者の人物像や黄ばんだ便器のエピソードも載っています。家での水の広がり比べと合わせて読むと、仕組みのイメージがつかみやすくなります。
観察で確かめる
ラップと平らなガラス製品に、同じ量の水を数滴たらして、広がり方を比べる。ラップで丸くなり、ガラスで広がる様子は、撥水と親水の違いを示す。光触媒の超親水は、これよりずっと強く水を引き広げる性質であり、この実験は性質の方向を実感するためのものにとどまる。
資料を読むなら
光触媒の発見から用途の転換までは、東京大学の特集[1]と東大Focus[2]に詳しい。TOTOの年表[3]で年号を確かめられる。超親水性の原論文[4]とロータス効果の論文[5]は英語だが、書誌から本文にたどれる。本多・藤嶋効果の発見年(1967年)と論文年(1972年)がずれている点や、1993年のタイルが抗菌用途だった点は、年表を読むときに注意したい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- 東京大学 特集「酸化チタンの世界」. https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/utokyo-research/feature-stories/the-world-of-titanium-dioxide/index.html (仕組み/転機/弱点/採用例)
- 東京大学 東大Focus 特集「酸化チタンの世界」. https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/f_00057.html (水の分解の偶然の発見)
- TOTO ハイドロテクトについて. https://jp.toto.com/products/tile/hydro/about/ (年表/メーカーの説明)
- Wang, R., Hashimoto, K., Fujishima, A. et al. Light-induced amphiphilic surfaces. Nature 388, 431–432 (1997). https://www.nature.com/articles/41233 (超親水性の論文)
- The Barthlott effect. Quantitative Plant Biology (PMC). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10753341 (ハスの葉のロータス効果)
- データ・マックス 光触媒の記事. https://www.data-max.co.jp/article/24423/1/ (屋内の可視光で働く光触媒)
なおした ところ
更新履歴
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