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尺しゃくや 寸すんは、だれが きめた ながさなの?

尺八はなぜ「尺八」か ── 尺と寸、メートルで決め直された昔の長さ

尺と寸は、メートルでどう決まり、取引でいつ使われなくなったのか

分野:歴史・文化

がっきの 尺八しゃくはちは、なまえが そのまま ながさです。ながさは「一尺八寸いっしゃくはっすん」。それで 尺八しゃくはちと いうのです。

ところで 尺しゃくは、だれが どうやって きめた ながさでしょう。じつは いまの 尺しゃくは、メートルを つかって きめなおされました。この きじで、その ふしぎな はなしが わかります。

楽器の尺八は、名前がそのまま長さになっています。標準の管の長さが「一尺八寸」だったからです[3]。

では、その尺とは、いつ、だれが決めた長さなのでしょうか。日本の尺は、1891年(明治24年)にメートルを使って決め直されました。手の形から生まれた単位が、どんな道をたどって今の長さになったのかが分かります。

尺八の名称は、標準の管長が一尺八寸であったことに由来するとされる[3]。この「尺」は、日本では1891年(明治24年)の度量衡法で「メートル原器の33分の10」と規定された長さである[4]。

メートル法より古い単位が、なぜメートルで定義し直されたのか。手の長さという起源から、1891年の再定義、鯨尺との関係、1959年の取引でのメートル法への一本化、いま残る使われ方までをたどる。

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1. 尺八しゃくはちの なまえは、なにから?

1. 名前が長さになっている楽器

1. 尺八の名前は、なぜ長さを表すのか

尺八しゃくはちは、たてに もって ふく ふえです。むかしの ものの ながさは、一尺八寸いっしゃくはっすんでした[3]。

いまの メートルで いうと、五十四・五センチほどです。江戸えどじだいの 普化ふけ尺八しゃくはちが、この ながさでした[3]。

ただし いまの 尺八しゃくはちには、それより みじかい ものや ながい ものも あります。

尺八は、縦に構えて吹く竹の笛です。名前は、標準の管の長さが一尺八寸であったことに由来するといわれます。江戸時代の普化尺八は、約54.5センチでした[3]。

計算すると、一尺は約30.3センチなので、1.8をかけて約54.5センチになります[5]。ただし、今の尺八には一尺六寸管や二尺管など、長さの違うものもあり、すべてが54.5センチではありません。

楽器の名前に、長さの単位が入っている。この「尺」と「寸」は、そもそもどこから来たのでしょうか。

尺八という名前は、そのまま楽器の長さを言い当てている。標準の管長が一尺八寸であったことに由来するとされ、江戸時代の普化尺八で約54.5cmである[3]。本当にその長さになるのか、計算で確かめてみよう。1尺=10/33m≒30.303cmなので、1.8尺は約54.5cmとなり、数字は合う[5]。中国の標準音を出す管が一尺八寸だったことによる、との説明もある[3]。

ただし、名前どおりの長さの尺八ばかりではない。現代の尺八は一尺六寸管や二尺管など管長がさまざまで、すべてが54.5cmではない[3]。それにしても、楽器の名前に入っている「尺」と「寸」は、そもそもどこから来たのだろうか。

2. 尺しゃくや 寸すんは、なにから うまれたの?

2. 手や体の長さから生まれ、日本へ伝わった

2. 手の長さから生まれ、日本へ伝わった尺と寸

尺しゃくという 字は、親指と 中指を ひろげた かたちから できたと いわれます[1]。手を ひろげて、ものに あてて はかったのが はじまりと いう 説せつです。

寸すんは、尺しゃくの 十ぶんの一です。手首から、脈みゃくを はかる ところまでの ながさと いう 説せつも あります[2]。ほかにも ちがう 説せつが あります。

むかしの ちゅうごくでは、寸すんや 尺しゃくを はじめ、体を ものさしに した たんいが たくさん ありました[6]。

「尺」の字は、親指と中指を広げた形に由来するとされます。手を広げて物に当てた長さが起源だという説明です[1]。一尺は一寸の10倍、一丈の10分の1にあたります。

寸の由来には説がいくつかあります。その一つは、手首から脈をとる位置までの距離です[2]。中国の古い解説にも、手首から脈がふれるところまでを一寸とし、十寸を一尺とした、という説明があります[6]。周の時代の寸・尺・尋・丈などは、いずれも人の体を基準にした単位とされます。

日本に来た尺

日本では、701年の大宝律令で、中国の隋の時代から伝わった大きい尺と小さい尺の制度が取り入れられました。ところが律令の小尺はまもなく実用されなくなり、一般には曲尺(かねじゃく)が使われるようになりました[1]。ちなみに、中国の尺は時代や地域で長さが違い、今の中国の尺は約33.3センチです。日本の尺とは別のものです。

ものさしのない時代、人は何で長さを測ったのか。答えの一つが、自分の手である。尺は、手の親指と中指を広げた形(象形文字)に由来するとされ、1寸の10倍、1丈の10分の1である[1]。寸は1尺の10分の1で、由来の一説は手のひらの下から脈をとる位置までの距離とされ、日本の寸は約30.3mmである[2]。寸の由来は複数の説があり、これは一説にすぎない。

手首の脈をもとにした説明は、中国の古い解説にもある。手首から脈がふれる所までを1寸とし、10寸を1尺とした。周代の寸・尺・尋・丈などはいずれも人体を基準にした単位とされる[6]。ただし、同じ「尺」でも中国と日本は同じ長さではない。中国の尺は時代・地域で長さが異なり、現行の中国の尺は約33.3cmで、日本の尺とは別である。

では、この尺は日本へどう入ってきたのか。701年の大宝律令(たいほうりつりょう)で、隋代に伝わった大小尺制が導入された。ところが律令の小尺はまもなく実用されなくなり、一般には曲尺(かねじゃく)が用いられた[1]。

3. 尺しゃくは、メートルで きめなおされた?

3. 1891年、尺はメートルで決め直された

3. 1891年、尺はメートルでどう決め直されたのか

1891ねんに、にほんは あたらしい きまりを つくりました。「尺しゃくは、メートルの 三十三ぶんの十」と したのです[4]。

これは、1メートルが ちょうど 三尺しゃく三寸すんという ことです。尺しゃくは、メートルより まえからある たんいなのに、メートルで きめなおされました。

そのころ にほんは、せかいで いっしょに つかう メートルの やくそくに、くわわって いました[7]。

日本は1885年にメートル条約への加入を決め、翌1886年(明治19年)4月16日に加盟の勅令を出しました。その後、フランスからメートル原器が届き、1891年に度量衡法が制定されます[7]。

この法律では「度量ハ尺、衡ハ貫ヲ以テ基本トス」とされました。ただし尺は、メートル原器の33分の10と決められました。貫は、キログラム原器の4分の15です[4]。逆にいえば、1メートルはちょうど3.3尺です。

産総研の資料は、この法律が尺貫法を残しながら、メートル法との関係をはっきりさせる形で国内の単位を統一した、と説明しています[7]。昔の単位を捨てたのではなく、メートルとつないだのです。

尺と貫のお手本になる「尺原器」「貫原器」は、国際度量衡委員会の事務局に作ってもらうよう頼み、1898年(明治31年)に受け取りました[4]。

日本の尺が、メートルという外国生まれの単位で決め直された。その舞台裏を順に見てみよう。日本は1885年(明治18年)にメートル条約への加入を決定し、翌1886年(明治19年)4月16日に加盟の勅令を公布した。やがてフランスから日本のメートル原器が届き、1891年に度量衡法が制定された。同法は尺貫法を残しながらメートル法との関係を明確にする形で国内単位を統一した[7]。

では、その法律は尺をどう定めたのか。1891年(明治24年)3月公布の度量衡法は「度量ハ尺、衡ハ貫ヲ以テ基本トス」とし、尺はメートル原器の33分の10、貫はキログラム原器の4分の15と規定した[4]。ここから、1尺=10/33m≒0.30303m、1寸≒3.03cm、1間(けん)=6尺≒1.818m、1丈=10尺≒3.03mとなる[5]。「1尺は約30cm」は丸めた値で、定義は10/33mである。

定義を決めても、お手本の物差しがなければ測れない。尺原器・貫原器の製作は国際度量衡委員会事務局に依頼し、1898年(明治31年)に受領した[4]。

4. 尺しゃくは、ひとつだけ だった?

4. 大工の曲尺と、和裁の鯨尺

4. 同じ「尺」なのに、なぜ長さが二つあるのか

じつは、尺しゃくには ながさの ちがう ものさしが ありました。大工さんが つかう 曲尺かねじゃくは、三十センチくらいです[8]。

ふくを つくる ときの ものさしは 鯨尺くじらじゃくで、三十八センチくらい あります[8]。曲尺かねじゃくより、すこし ながいのです。

名前の 鯨くじらは、くじらの ひげで つくった ことから、と いわれます[8]。

曲尺は大工や建築で使う尺で、約30.3センチです。鯨尺は着物を縫う和裁で使う尺で、約37.9センチあります[8]。鯨尺の一尺は、曲尺の一尺二寸五分にあたります。言いかえると、鯨尺の八寸が曲尺の一尺です。

鯨尺のもとは、室町時代の終わりごろに出てきた、一尺二寸の呉服尺(ごふくじゃく)が、さらに五分のびたものと考えられています。名前は、クジラのひげで作ったことによるといわれます[8]。

1875年(明治8年)に政府は呉服尺をやめ、鯨尺を残しました。同じ「尺」でも、仕事によって長さが違っていたわけです。

メートルで決め直されたのは、どの尺だったのか。実は、仕事によって使う尺が違っていた。曲尺(さしがねとも。大工・建築用)は約30.3cm、鯨尺(和裁用)は約37.9cmである。鯨尺の1尺は曲尺の1尺2寸5分(5/4尺)に等しく、鯨尺の8寸が曲尺の1尺に当たる[8]。37.9cmは30.303×1.25≒37.88の丸めである。

長い方の鯨尺は、どこから来たのか。室町末期に出た1尺2寸の呉服尺がさらに5分伸びたものと考えられ、名称はクジラのひげで作ったことによるとされる。その後、1875年(明治8年)に政府は呉服尺を廃し、鯨尺を残した[8]。

5. 尺しゃくは、いつから つかえなく なったの?

5. 1959年、取引はメートル法に一本化された

5. 尺はいつ取引から消えたのか(1951〜1966年)

1959ねんから、ものを うりかいする とりひきでは、メートルや グラムを つかう ことに なりました[9][7]。

ただし、「尺しゃく」という ことばを つかう ことまで、きんしされたわけでは ありません。ものを うりかいする ときの はかりかたが、かわったのです。

1951年に公布された計量法で、尺貫法は原則として廃止されました。1959年には、商取引がメートル、グラムなどに一本化されました[9]。土地や建物の坪の表し方には猶予があり、1966年4月から平方メートルになりました。

禁止されたのは、取引や証明で使うことです。日常の会話で「尺」と言うことまで禁じられたわけではありません。産総研の資料は、1959年からメートル法が国内で完全に実施され、1993年から7年かけて全ての単位が国際単位系(SI)に移ったと説明しています[7]。

メートルで定義された尺は、その後も生き残ったのか。計量法(1951年公布)で尺貫法は原則廃止され、1959年に商取引がメートル・グラムなどに一本化された[9]。取引・証明での尺貫法の使用は1958年12月31日限りで禁止された。ただし土地・建物の坪表記は1966年3月31日まで猶予され、同年4月に平方メートルへ移った。禁止対象は「取引・証明」であり、日常で「尺」と言うこと自体は禁止されていない。

一方、国全体の単位の移行はもっと長く続いた。産総研の資料は、1959年からメートル法が国内で完全実施され、1993年から7年を要して全ての単位がSIに移行したと述べる[7]。

6. いまも のこって いる 尺しゃくは?

6. 畳や言葉に残る尺と寸

6. 畳と言葉に、尺と寸はどう残っているか

たたみの おおきさは、いまも 尺しゃくと 寸すんで あらわされる ことが あります[10]。京間きょうまと いう たたみは、たてが およそ 一メートル九十センチです。

ことばにも のこって います。「寸法すんぽう」や「一寸ちょっと」、「寸劇すんげき」の 寸すんです[2]。

畳の大きさは、今も尺と寸で表されます。京間は6尺3寸×3尺1寸5分(約1,910×955ミリ)、江戸間は5尺8寸×2尺9寸(約1,760×880ミリ)です[10]。同じ「畳」でも、地域で大きさが違うのです。

言葉にも寸が残っています。寸法、寸劇、一寸(ちょっと)などです。鍼灸には、中指の関節と関節の間を一寸とする同身寸の考え方もあるそうです。

取引から消えた尺と寸は、今どこに残っているのか。身近なのは畳である。畳の寸法は尺・寸で表され、京間は6尺3寸×3尺1寸5分(1,910×955mm)、江戸間は5尺8寸×2尺9寸(1,760×880mm)である[10]。6.3×30.303≒190.9cmで京間の数値と合う。柱心々の一間を「約6尺」とひとまとめにすることは、京間で約6尺6寸5分になるため避けた。

言葉にも寸が残る。寸法・寸劇・一寸(ちょっと)などである。ただし「一寸」が「ちょっと」の語源かどうかは別の問題で、ここでは「言葉に残る例」として挙げるにとどめる[2]。鍼灸では中指の第1・第2関節の間を1寸とする同身寸の考え方がある。

じぶんでも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

いまできること

三十センチの ものさしを ひとつ、じゅんびします。じぶんの 手を ひろげて、親指から 中指までの ながさを はかり、ものさしと くらべます。尺しゃくの はじまりの 説せつが、どのくらい あうか、かんがえて みましょう。

おうちに たたみが あれば

たたみの ながい ほうを、三十センチの ものさしで なんこぶん あるか かぞえます。江戸間えどまなら およそ 五・八こ、京間きょうまなら およそ 六・三こです。

こうしきの 情報じょうほう

けいりょうの しりょうは、産総研さんそうけんが だして います。としょかんで 尺八しゃくはちや たたみの ほんを さがすのも いいでしょう。

身の回りの尺を探す

30センチの定規を用意して、親指と中指を広げた長さを測ってみてください。尺の起源の説明と自分の手を比べて、どれくらい合うのか考えます。家に畳の部屋があれば、畳の長い辺を30センチの定規で何個ぶんか数えます。江戸間なら約5.8個、京間なら約6.3個が目安です。

ほかの資料

産総研の計量標準の資料や、尺八・畳の解説書を読むと、この記事で触れなかった尺貫法の面積や重さの単位(坪・貫など)の話が出てきます。

身の回りの尺を測る

30cmの定規で、自分の親指と中指を広げた長さを測り、尺の起源の説明と比べる。畳のある部屋では、長辺を30cm定規で何個ぶんか数え、京間・江戸間の寸法と比べる。

資料を読むなら

産総研の計量標準の概要(PDF)、文化遺産オンラインの尺原器・貫原器の解説を読み、度量衡法と尺原器の経緯を確かめる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

尺の起源と寸の由来には複数の説がある。1891年の規定と原器の受領は文化遺産オンライン、メートル条約と度量衡法の流れは産総研の資料による。畳・尺八・言葉の例は辞典や百科事典の解説による。

  1. コトバンク「尺」 https://kotobank.jp/word/尺-75770 (尺の起源・大宝律令・曲尺)
  2. Wikipedia「寸」 https://ja.wikipedia.org/wiki/寸 (寸の由来の説・言葉に残る例)
  3. Wikipedia「尺八」 https://ja.wikipedia.org/wiki/尺八 (尺八の名称と管長)
  4. 文化遺産オンライン「尺原器・貫原器」 https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/612990 (1891年の度量衡法・尺原器の受領)
  5. Wikipedia「尺貫法」 https://ja.wikipedia.org/wiki/尺貫法 (換算値)
  6. Wikipedia「Chi (unit)」 https://en.wikipedia.org/wiki/Chi_(unit) (中国の尺と寸)
  7. 産総研 計量標準 概要 2023 https://unit.aist.go.jp/qualmanmet/nmijico/Metre_OIML/Metre/doc/rev_aramashi_2023.pdf (メートル条約加入と度量衡法・メートル法の実施)
  8. コトバンク「鯨尺」 https://kotobank.jp/word/鯨尺 (曲尺と鯨尺の比・由来)
  9. nippon.com「今日は何の日(6月7日)」 https://www.nippon.com/ja/japan-topics/today0607/ (計量法と1959年の一本化)
  10. Wikipedia「畳」 https://ja.wikipedia.org/wiki/畳 (京間・江戸間の寸法)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。
  •  中学生むけの文章を、問いとつなぎのある書き方に直した(事実・数字・出典は変えていない)。

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