1. とりいの 前で、どうして おじぎを するの?
1. 参拝は、鳥居の前から始まっている
1. 鳥居と注連縄 ── 神域の入口を示す印
神社に 入る とき、まず 目に 入るのは とりいです。とりいは、ここから さきが 神社の だいじな 場所ですよ、という しるしの もんです[6]。
だから くぐる ときは、あたまを 下げて、小さく おじぎを するのが きほんです[6]。
とりいが いくつも ならんで いる 神社も あります。入口に いちばん ちかい とりいが 「一の とりい」で、つぎが 二の とりい、三の とりい です。くぐる ごとに、きよらかさが 高まる と かんがえる 人も います[6]。
とりいや、おまいりする たてものの のき下には、わらで 作った 太い なわが かかって いる ことが あります。これが しめなわで、きよらかな 場所の しるしです[7]。
では、つぎに 見える みずの 場所では、なにを するのでしょう。
神社の入口に立つ鳥居は、神様のいる中心の場所、つまり神域への入口になる門で、「ここから先は聖域」という意味を表すとされます[6]。鳥居をくぐるときは、頭を下げて小さくお辞儀をするのが基本です[6]。
鳥居が並ぶ神社では
参道に鳥居がいくつも並ぶことがあります。その中で入口にいちばん近いものが「一の鳥居」と呼ばれ、奥へ進むにつれて二の鳥居、三の鳥居と数えます。くぐるごとに聖性が高まる、という考え方があります[6]。
鳥居の起源には諸説あります。
鳥居や拝殿に張られた縄
鳥居や拝殿の軒下には、藁で作った太い縄が掛かっていることがあります。注連縄といい、神聖で清らかな場所であることを示すために張るものです。藁の端を垂らし、紙垂という紙の飾りを付けます[7]。拝殿の軒下には掛かっていることが多く、鳥居にも掛かることが多いと説明されています[7]。
鳥居と注連縄は境目を示し、お辞儀は参拝の始まりを表す所作です。次に出会う水の場所は、その境目の内側で手と口を清めるためのものです。
神社の参拝は、拝殿の前に立つより手前、鳥居の位置から始まる。鳥居は神社の中心がある神域への入口にあたる門で、「これより聖域」の意味を表し、くぐるときは頭を下げて小さく礼をするのが基本とされる[6]。
鳥居が複数あるとき、入口にいちばん近いものが「一の鳥居」と呼ばれ、順に二の鳥居、三の鳥居となる。くぐるごとに聖性が高まるという見方もある[6]。鳥居の起源には諸説あり、定説はない。
もう一つの境目の印が注連縄である。神聖・清浄であることを示すために張り渡す特別な縄で、藁の端を垂らし、紙垂を付ける。拝殿の軒下には掛かっていることが多く、鳥居に掛かることも多い[7]。鳥居と注連縄は「ここから内側は別の場所」と境目を示し、礼は参拝の始まりを表す所作だと整理できる。では、その内側に入ってすぐ出会う水は、何のためにあるのか。
2. 手を あらって 口を ゆすぐのは、なぜ?
2. 手水舎では、手と口を洗って心も清める
2. 手水 ── 手と口を洗い、心も清める作法
おまいりの 前に、水の 場所で 手と 口を きれいに します。ここには ひしゃくが おいて あります。
やりかたは、こうです。ひしゃくで 水を くんで、まず 左手を あらいます。つぎに 右手。それから 左手に 水を うけて、口を ゆすぎます。もういちど 左手を あらい、さいごは ひしゃくを 立てて、のこりの 水で え(もつ ところ)を あらって もとに もどします[8]。
ひしゃくに 口を 直せつ つけては いけません。お金を 水に 入れるのも やめましょう[8]。
水ばちに 「せんしん」と ほって ある ことも あります。手と 口を あらって、心も きよめる、という いみです[5]。
ただし、口を ゆすいだ 水を どこへ だすかなど、くわしい やりかたは 神社に よって ちがいます。そこの あんないに したがいましょう。
境内に入ると、柄杓の置かれた水の場所があります。手水舎といい、拝殿に向かう前に手と口を洗い清める建物です。「手水舎」の読み方は、神社によって「ちょうずや」「てみずしゃ」などと分かれます。水で身を清めるという点では、川や海での禊に通じる作法だといわれます[5]。
手順は意外と細かい
観光庁の多言語解説文データベースによると、手順は次のとおりです。柄杓で水を汲み、左手、右手の順に洗います。次に左手に水を受けて口をすすぎ、もう一度左手を洗います。最後に柄杓を立てて、残った水で柄を洗い、元の場所に戻します[8]。
注意点もあります。柄杓に直接口をつけたり、硬貨を水に投げ入れたりすることは慎むよう書かれています[8]。
「洗心」という言葉
水盤にはしばしば「洗心」と彫られています。両手と口を洗い清めることで、心も清めるという意味とされます[5]。体を洗う動作に、気持ちを切りかえる意味が重ねられているわけです。
ただし、すすいだ水の捨て方など細かな所作は、神社や資料によって異なります。迷ったときは、その神社の案内に従うのが安全です。
手水舎は、参拝の前に手と口を洗い清める場所である。読み方は「ちょうずや」「てみずしゃ」と神社によって分かれる。水で身を清めるという点で、川や海での禊や滝行に通じる作法だといわれる[5]。
観光庁の多言語解説文データベースが示す手順は、柄杓で水を汲み、左手、右手の順に洗い、左手に受けた水で口をすすぎ、もう一度左手を洗って、最後に柄杓を立てて残りの水で柄を洗い、元に戻す、というものだ。柄杓に直接口をつけること、硬貨を水に投げ入れることは慎むよう記されている[8]。
水盤に彫られる「洗心」は、両手と口を洗い清めることで心(魂)も清める意味とされる[5]。観光庁の解説は、口をすすいだ水を手水鉢に吐かず足元の排水へ流すよう求めている[8]。しかし神社によって作法が異なる場合があり、手順は資料ごとに細部が違う。迷ったときは、現地の案内に従うとよい。次の動作は水ではなく、お金である。
3. さいせんは、なんの ために 入れるの?
3. 賽銭箱のお金は、もとは米などの供え物だった
3. 賽銭 ── 米などの供え物が貨幣に移るまで
おまいりの ときは、さいせんばこに お金を 入れます。これは、ものを 買う ときの お金とは ちがうのでしょうか。買い物の だいきんでは なく、神さまへの そなえ物として おさめる お金です。
さいせんばこは、神社では わりと 新しく 入った ものと いわれます[9]。それまでは、米など、海と 土地の めぐみを 神さまに おさめて いました[9]。
やがて お金が ひろまると、米など そなえ物の かわりに お金を おさめるように なりました[9]。
「さい」という 字は、もとは ねがいが かなった お礼に、神社や おてらに おまいりする ことを いいました[10]。つまり、お礼の きもちを かたちに した ものが、お金に かわって いった、と よめます。
こんど 神社に 行ったら、さいせんばこを 見て、むかしは 米を おさめて いたのだなと おもい出して みて ください。
賽銭箱にお金を入れるのは、買い物の代金とは違う意味合いがあるようです。観光庁の解説によると、賽銭箱は神社で比較的新しく導入されたもので、以前は米など海と土地の恵みが神に納められていました。貨幣が広まるにつれ、米などの代わりにお金を納めるようになったと説明されています[9]。
「賽」の字と初穂
國學院大學の解説では、「賽」はもともと、願いがかなったお礼に社寺へ参ることを指しました。昔は、初穂という初物の稲穂や魚を供える習わしがありました[10]。
やがて、8世紀後半には銭貨が代わりに使われた例が現れます。16世紀前半の文献には「散銭」という語が見え、同じ世紀の後半に「賽銭」の語が出てきます。貨幣経済が発達していく様子を映した変化だと、この解説は述べます[10]。
つまり賽銭は、お礼として供えた米などの供え物(初穂はその一例)が、時代とともにお金に置きかわってきたものと読めます。ただしこの解説は、いつから今のような賽銭箱が全国に広まったかまでは述べていません。
賽銭箱にお金を入れる習慣は、ずっと昔からあったのか。観光庁の多言語解説文データベースは、賽銭箱を神社で比較的新しく導入されたものとし、以前は米など海と土地の恵みが神に納められていたと説明する。貨幣が広まるにつれ、米などの代わりにお金が納められるようになったという[9]。ただしこの解説の日本語文は翻訳調で、年代は示されていない。
語の側からは、もう少し時期が追える。國學院大學の解説によれば、「賽」はもとは願いがかなった礼に社寺へ参ることを指した。初穂(初物の稲穂や魚)を供える習わしがあり、8世紀後半には銭貨がその代わりに使われた例がある。16世紀前半の文献に「散銭」、後半に「賽銭」の語が現れ、貨幣経済の発達を映すという[10]。
二つの資料を重ねると、米などの供え物(初穂はその一例)から銭貨へと置きかわってきた、と読める。賽銭箱については「比較的新しい」としか書かれておらず、いつ全国に広まったかは分からない。「賽銭」は代金ではなく、供え物の形が変わってきたものだ、というのがこの読みの要点になる。では、お金を入れたあとに鳴らす鈴と、手を打つ音には、どんな意味があるのか。
4. すずを ならして 手を たたくのは、なぜ?
4. 鈴と拍手は、音で神様を呼ぶといわれる
4. 鈴と二拍手 ── 音の意味と、右手をずらす所作
さいせんの あとは、すずを ならします。この すずの 音には、はらい きよめて 神さまを よぶ いみが ある と いわれます[5]。
手を たたく ことにも、音で 神さまに 「ここに いますよ」と しらせる いみが ある、と せつ明されます[5]。
手を たたく とき、右手の ゆびさきを 少し 下に ずらす 人も います。ゆびの 第1かんせつ ぐらいまで ずらす、と いわれます[5]。
ずらす わけは、「神さまと 人は、まだ 1つに なって いないから」と いわれます。二回 うって 神さまを まねき、さいごに 手を あわせて 1つに なる、と いう 考え方です[5]。
ただ、どの 動きにも いくつかの 考え方が あります。1つの 答えが きまって いる わけでは ありません。
賽銭を入れたら、次は鈴を鳴らします。鈴の音には、祓い清めて神を呼ぶ意味があるとされます[5]。続く拍手にも、音で神に存在を知らせ、注意を呼ぶ意味があると説明されます[5]。
右の指先をずらす理由
二拍手のとき、右手の指先を左手より少し下にずらす、という作法があります。ずらす幅は、第1関節ぐらいまでです[5]。
この所作の意味は、神と人とがまだ一体になっていないから、と説明されます。二度打つことで神を招き、最後に手を合わせて一体になる、という考え方です[5]。
ただし、これらは「といわれる」意味であって、各動作には諸説があるとも書かれています[5]。一つの動きに、決まった答えが一つだけあるとは限らないのです。
音で呼ぶという考え方に立つと、拍手は静かな境内の中で、自分の来たことを知らせる合図になります。手の合わせ方まで意味があるのなら、この作法はいつごろ今の形に決まったのでしょうか。
賽銭を入れたあと、鈴を鳴らし、拍手を打つのはなぜか。鈴の音には祓い清めて神を呼ぶ意味があるとされ、拍手にも、音で神に存在を知らせ、神の注意を呼ぶ意味があると説明される[5]。どちらも「音を使って呼びかける」動作として読める。
二拍手では、右手の指先を左手より第1関節ぐらいまで下にずらすという作法がある。ずらす意味は、神と人とがまだ一体になっていないからと説明され、二度打つことで神を招き、掌を合わせて一体になるといわれる[5]。この資料自体が「各動作には諸説あります」と添えており、ここで挙げた意味は有力な説明の一つにとどまる。
この説明は、動作の意味を現代の参拝者に伝えるための解説であって、二拍手が成立した当時の理由を直接述べたものではない。したがって、「意味がある」ことと「昔からその形だった」ことは、分けて考える必要がある。次の章では、その「いつから」を、神社本庁の説明などから読む。
5. 二回 たたく きまりは、いつ 日本中で おなじに なったの?
5. 二拍手が全国で同じになったのは、いつなのか
5. 二拝二拍手一拝はいつ広まったのか
いま、神社の おまいりの きほんは、おじぎを 二回、手を 二回、さいごに おじぎを 1回、という かたちだと、神社本庁は せつ明します[1]。長い 間に すこしずつ かわって きて、この かたちに なったそうです[1]。
神社本庁の せつ明を ひく 記事では、明治から 昭和に かけて、日本中の 神社で すこしずつ そろえられた、と あります。それより 前は、神社ごとに やりかたが ちがって いました[2]。
ところで、いつから ひろまったかには、見方が わかれます。べつの 記事の 書き手は、ひろまったのは そんなに むかしでは なく、平成に なってからでは ないか、と 考えて います[3]。
だから いまでも、ちがう 神社が あります。いずもたいしゃでは、手を 四回 たたきます[4]。
神社本庁は、おまいりの しかたに きびしい きまりは なく、おまいりの さほうに きびしい きまりは ない、という 見方です。おまいりの ときは、その 神社の あんないに したがいましょう[2]。
ここまで見てきた動きの中で、特に有名なのが「二拝二拍手一拝」です。神社本庁は、参拝作法は長い間の変遷を経て、今は「再拝(礼)・二拍手・一拝(礼)」が基本形になっていると説明します[1]。
統一されたのは明治から昭和
神社本庁の説明を引いた記事によれば、二拝二拍手一拝は、明治から昭和にかけて全国の神社で徐々に統一されてきました。それ以前、作法は神社ごとに異なっていたといいます[2]。
つまり「大昔から全国一律」ではなく、比較的最近になって、広く同じ形にそろってきた作法だということになります。
広まった時期には見方がある
一方、別の記事は、この作法が広まったのはそれほど昔のことではなく、浸透したのは平成の時代になってからで、昭和にはまださほど広まっていなかったのではないか、と述べています。これは筆者の見方です[3]。統一が進んだ時期と、一般の参拝者に定着した時期は、同じとは限りません。
いまも違う神社がある
出雲大社は、他の神社と違って拍手を四回打つといわれます[4]。そして神社本庁は、基本の作法に厳格な決まりはないという見解を示しています[2]。参拝するときは、その神社の案内に従いましょう。
手水の水の捨て方も、拍手の回数も、神社の案内が最優先です。作法は覚える暗記ではなく、その場所の人に教わるものでもあります。
二拝二拍手一拝は、ずっと昔から全国で同じだったのか。神社本庁は、参拝作法は長い間の変遷を経て、現在は「再拝(さいはい)・二拍手・一拝」が基本形になっていると説明する。拍手は「柏手(かしわで)」とも書く[1]。この説明自体が、昔は今と同じではなかったことを前提にしている。
では、変遷はいつ、どう進んだのか。神社本庁の説明を引くプレジデントオンラインの記事は、二拝二拍手一拝が明治から昭和にかけて徐々に全国で統一され、それ以前は神社ごとに作法が異なっていたとする[2]。ただしこの時期の説明は、神社本庁の一次ページではなく、引用した記事を通じて読んでいる点に注意が要る。
しかも見方は一つではない。別のプレジデントオンラインの記事は、二礼二拍手一礼が広まったのは昔からではなく、浸透したのは平成の時代になってからで、昭和にはまださほど広まっていなかったのではないか、と述べる。筆者の推測にもとづく見方であり、事実として平成からと断言はできない[3]。制度として統一が進んだ時期と、参拝者の習慣として定着した時期は、別の問いだと考えれば、二つの説明は両立しうる。
実際、統一後も違いは残る。出雲大社は他の神社と違って拍手を四回打つとされる[4]。他の神社にも独自の作法をとる例が語られるが、資料の表現に揺れがあり、ここでは出雲大社だけを挙げる。そもそも神社本庁は、基本の作法に厳格な決まりはないという見解を示している[2]。参拝するときは、その神社の案内に従うのが基本になる。
二拍手は「定まった古い決まり」ではなく、変遷の途中で多くの神社が選んだ形、と読むのが、使った資料の範囲では最も無理がない。
6. 近くの 神社で 見てみよう
6. 近くの神社で確かめられること
6. 近くの神社で確かめられること ── 案内板と公式ページ
おうちで できる ことです。手を 二回 たたいて みましょう。ぴったり あわせた ときと、右手を 少し 下に ずらした ときで、音が ちがうかを きいて みます。神社では、まわりの 人の ことを 考えて、おうちで ためして くださいね。
神社に 行ける ときは、とりいを かぞえて みましょう。「一の とりい」は どれでしょう。つぎに、水の 場所の あんない板を 読んで みます。口を ゆすいだ 水の ことが かいて あるかも しれません。
手を たたく かいすうが かいて ある 神社も あります。その 回数が、いずもたいしゃの 四回と おなじ か、くらべて みましょう。
神社の やりかたを くわしく 知りたい ときは、神社本庁の ホームページに 「参拝の 作法」の ページが あります[1]。大人の 人と いっしょに 見て みましょう。
家でできることとして、手を二回打ち、指先をぴったり合わせた場合と、右手を少しずらした場合で、音がどう違うかを聞き比べてみましょう。神社の中では周りの人に配慮して、実際には家で試します。
近くの神社に行けるなら、次のことを確かめられます。
- 鳥居はいくつあるか。入口にいちばん近い「一の鳥居」はどれか。
- 手水舎の案内板に、柄杓の使い方や口をすすいだ水の扱いは書いてあるか。
- 拍手の回数や作法について、案内が出ているか。
公式の情報としては、神社本庁の「参拝の作法」のページ[1]と、観光庁の多言語解説文データベース[8][9]が手がかりになります。出雲大社のように違う作法をもつ神社があるのなら、自分の近所の神社はどうなのか、という次の疑問も出てきます。
この章では、読んだ内容を、近くの神社で確かめる道すじにしておく。
家でできることとして、手を二回打つときに指先をぴったり合わせた場合と、右手を少しずらした場合で、音がどう違うかを聞き比べてみる。神社の中では周りの人に配慮し、実際には家で試す。
神社に出かけるなら、鳥居の数と「一の鳥居」の位置、手水舎の案内板の記述、拍手の回数についての案内の有無を見る。案内が複数の作法を併記している場合は、資料ごとに細部が違うという本文の指摘と合わせて読むとよい。
一次資料としては、神社本庁の「参拝の作法」のページ[1]、観光庁の多言語解説文データベースの手水舎・賽銭箱の項[8][9]、國學院大學の賽銭の解説[10]がある。神社本庁の「参拝の作法」を原典で読み、本文で紹介した基本形と見比べてみると、統一の話が自分の目で追える。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
動作の意味は諸説あるものとして、現在の説明を紹介しています。
- 神社本庁「参拝の作法」 https://www.jinjahoncho.or.jp/omairi/sanpai/ (基本形の説明)
- プレジデントオンライン(神社本庁の説明を引用した記事) https://president.jp/articles/-/89498 (統一の時期と、厳格な決まりはないという見解)
- プレジデントオンライン(島田裕巳氏の記事) https://president.jp/articles/-/30958 (広まった時期についての別の見方)
- Encyclopedia of Shinto(國學院大學)拍手の項 https://www.tkgje.jp/entries/28000/28279_kashiwade.html (出雲大社の四拍手)
- All About「神社の参拝作法」 https://allabout.co.jp/gm/gc/220578/ (手水・鈴・拍手の意味の説明)
- nippon.com「神社空間を読み解く② 鳥居」 https://www.nippon.com/ja/views/b05202/ (鳥居の意味と一の鳥居)
- nippon.com「神社空間を読み解く④ 注連縄」 https://www.nippon.com/ja/views/b05204/ (注連縄の説明)
- 観光庁 多言語解説文データベース「手水舎」 https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/H30-00524.html (手水の手順と注意)
- 観光庁 多言語解説文データベース「賽銭箱」 https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/H30-00529.html (米からお金への流れ)
- 國學院大學「Saisen」 https://www.kokugakuin.ac.jp/en/article/11250 (賽銭の語の移り変わり)
なおした ところ
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