1. 鼻の 星は、なにで できて いるの?
1. 鼻のまわりの星は、2万5千個の小さなドームでできている
1. 22本の触手と約2万5千個のアイマー器官 ── 星のつくり
ホシバナモグラの 鼻の まわりには、やわらかい ひものような ものが 22本 ならんで います。星のような かたちに 見えて、ぜんぶで 1センチほどの 大きさです[1]。
この 星は、においを かぐ ところでは なく、さわって しらべる ところです。ひょうめんには、アイマーきかんと いう 小さな ドームの ような ものが、ふつうの 星で およそ 2万5000こ あります。1つの 大きさは 0.05ミリ ほどです[2]。
ここから 10万本 あまりの 神経が、脳へ のびて います。これは、人の 手ぜんたいの 5ばいの 神経に あたります[2]。
1センチの 星に、手より たくさんの 神経。この 星を、モグラは どんなふうに つかうのでしょう。
ホシバナモグラの鼻のまわりには、肉質の触手が22本(11対)並んでいます。広がった形が星に見えて、直径は約1cmです[1]。
星の表面には、アイマー器官という小さなドーム状の感覚器が、典型的な星で約2万5千個あります。大きさは出典によって幅がありますが、直径は0.03〜0.06mmほど、つまり0.05mm前後と考えてかまいません[2]。アイマー器官はヨーロッパのモグラで1871年に記載されたものです[7]。
ここから脳へ向かう神経は、10万本あまりの有髄線維です。これは人の手全体の約5倍の触覚の神経線維にあたります[2]。1cmの星と手のひらを比べると、星のほうがずっと小さいのに、脳へ送る情報の通り道は多いことになります。
では、これだけの感覚器をそなえた星を、モグラは実際にどう動かすのでしょうか。
ホシバナモグラの鼻先は、22本の肉質の触手が鼻孔を囲んで放射状に並ぶ構造で、直径は約1cmある[1]。この星の表面を覆うのがアイマー器官で、典型的な星で約2万5千個、直径は30〜50μmとする資料と40〜60μmとする資料があり、0.05mm前後と見ておくのが妥当だろう[2]。
アイマー器官自体は、1871年にテオドール・アイマーがヨーロッパのモグラで記載した構造で、メルケル細胞、層板小体、自由神経終末が関わる複合的な触覚器とされる[7]。ただしこの経緯は二次資料に頼っているので、「1871年に記載」程度の控えめな言い方にとどめる。
そのため、ホシバナモグラの星は新しい器官ではなく、モグラがもつ感覚器が極端に集中し、さらに22本の触手として前に突き出たものと読める。神経も多く、有髄線維が10万本あまり脳へ向かい、人の手全体の約5倍の機械感覚の求心性線維にあたる[2]。直径約1cmの星に、人の手の5倍の神経が出入りしている計算だ。
この星は、動かしてこそ獲物を探せる。モグラはどのくらいの頻度で、どう動かして使うのか。
2. 星で、1秒に 10回 つつく
2. 1秒に10回以上、地面をつつくように触る
2. 1回20〜30ミリ秒の接触を、毎秒10〜15回くり返す
えさを さがす ときの ホシバナモグラは、星で じめんを トントントン、と つつくように さわります。1秒に 10回から 15回ほど、ちがう ばしょを さわります[1]。
1回に さわって いる 時間は、0.02から 0.03秒ほど です[1]。
ただし 星には 22本も あります。どこを いちばん よく つかうのでしょう。
獲物を探すとき、ホシバナモグラは星を地面に押しつけては離し、1秒に10〜15か所ほどを順番に触ります。1回の接触は20〜30ミリ秒、つまり0.02〜0.03秒しかありません[1]。出典によって「10〜13回」と「10〜15回」の幅があるので、ここでは「10回あまり」と考えておきます。
1秒に10回なら、0.1秒ごとに1回です。目を閉じて机の上をトントンとたたくだけでも、それだけの速さで場所を変えながら続けるのは簡単ではありません。星の触手には2万5千個の感覚器があるので、ひと突きごとに地面の細かな手がかりが入ってくるでしょう。
ところが、22本の触手のすべてが同じ働きをしているわけではありません。
獲物を探しているとき、ホシバナモグラは星を地面に押し当てては離す動きを繰り返し、1秒に10〜15か所を触る。1回の接触は20〜30ミリ秒である[1]。回数は出典によって10〜13回と10〜15回の差があるので、幅で扱うのが安全だ。
簡単な算術で、この速さの感覚をつかめる。毎秒10回なら間隔は0.1秒、15回なら約0.067秒である。そのうち地面に触れているのは20〜30ミリ秒だから、触れている時間より離れている時間のほうが長い計算になる(出典の数字からの計算で、間隔そのものの実測値ではない)。
だからこの動物にとって、触覚は「じっくり触って確かめる」感覚ではなく、「地面をすばやく走査する」感覚だと言える。ただし、走査するだけでは見つけた獲物を詳しく調べることはできない。22本の触手には、役割の分担があるらしい。
3. 11ばんめの 小さな ひげが、くわしく しらべる
3. 一番内側の小さな触手が、目の「中心窩」のように働く
3. 11番目の触手と「触覚の中心窩」 ── 星の地図の約25%を使う
星の いちばん 内がわの 下に、ほかより 小さな ひげが、左と 右に 1本ずつ あります。「11ばんめ」と よばれる ひげです[1]。
えものらしい ものを みつけると、モグラは この ひげを すばやく そこへ むけて、なんども さわります[1]。ほかの ひげが ふれた ものを、11ばんめが くわしく しらべます。
この ひげは 小さい のに、脳の 中では 星の ちずの 4分の1ほどの ひろさを つかって います[1]。
わたしたちの 目にも、にた しくみが あります。まわりを ぼんやり 見て、気に なる ものを 見つけると、そちらへ 目を むけて よく 見ますね。研究者は これを、目の 「ちゅうしんか」に たとえて います。ただし、たとえで、目と おなじ しくみだと いう ことでは ありません。
では、この 星を つかうと、えものは どのくらいの はやさで たべられるのでしょう。
星の下側、いちばん内側にある11番目の触手(左右に1本ずつ)は、ほかの触手より小さな触手です。ほかの触手が獲物らしいものに触れると、モグラは素早くこの11番目をそこへ動かし、何度も触れて詳しく調べます[1]。
目にたとえると分かりやすくなります。私たちは、視界の端で何かが動くとそちらへ顔を向けて、ものを細かく見る「中心窩」で見つめます。研究者は、この11番目の触手を「触覚の中心窩」とよんでいます。広い範囲を大づかみに探る触手と、見つけたものを詳しく調べる触手の役割が分かれているわけです。ただしこれは研究者が使うたとえで、目と同じ仕組みだという意味ではありません[2]。
脳の中の「星の地図」にも、この役割分担が表れています。11番目の触手は、大きさのわりにとても広い場所を使い、星の地図の約25%を占めると報告されています[1]。25%は脳全体ではなく、星の地図の中での割合です。
見つけて、確かめて、食べる。この流れは、どのくらいの速さで進むのでしょうか。
触手のうち、星の最も内側の下側にある11番目(左右に一対)は、ほかより小さい。ところが、ほかの触手が獲物らしきものに触れた直後、モグラはこの触手を素早くそちらへ向けて、何度も接触を重ねる[1]。広く触れる触手と、詳しく調べる触手が分担しているわけだ。
この分担の根拠は、脳の側にもある。星に対応する体性感覚野(S1)の地図で、11番目の触手は大きさに比べて著しく大きな面積を占め、約25%にあたる[1]。25%は脳全体でも星全体でもなく、あくまでS1の星の地図の中での割合である。小さな触手が脳の資源を厚く使っているため、研究者はこれを、目の網膜で細かく見る中心窩になぞらえて「触覚の中心窩」とよんだ[2]。
つまり、目の中心窩との共通点は「小さな部分に、脳の領域を多く割り当てて、そこで詳しく調べる」という役割の類似にある。感覚器の構造が同じという意味ではなく、類比にとどまる点には注意したい。
広く探って、見つけたら詳しく調べる。この二段構えは、どれほどの時間で進むのか。ここで0.12秒という数字が登場する。
4. 見つけてから たべるまで、0.12秒
4. なぜ、そこまで速く食べる必要があるのか
4. 最短0.12秒・平均0.227秒 ── 小さな獲物と速さへの選択
1秒を 8つに わけた うちの 1つ。それが、ホシバナモグラが えものに ふれてから、たべて また さがしはじめるまでの、いちばん みじかい 時間、0.12秒です。ふつうは 0.227秒ほどで、それでも ほにゅうるいでは いちばん はやいと いわれます[1]。
どうして そんなに いそぐのでしょう。ホシバナモグラは しめった ばしょに すんで います。そこに いる えものは 小さく、かわいた ばしょの えものの 20ぶんの 1ほどです[2]。
小さな えものは、1ぴき たべても 少ししか おなかに たまりません。だから、たくさん たべる ために、1ぴきを はやく たべるように なった、と 研究者は 考えて います[3]。ただし、これは 考えで、たしかな 答えでは ありません。
では、水の 中では どうやって えものを さがすのでしょう。
ホシバナモグラが獲物に最初に触れてから、食べて探索を再開するまでの時間は、最短で約0.12秒、平均で約0.227秒と報告されています。0.12秒は1秒の約8分の1にあたります。哺乳類の食事としては、最速とされる数字です[1]。
なぜそこまで急ぐのでしょうか。ホシバナモグラは湿地にすみ、獲物は水生昆虫の幼虫などの小さなものです。湿った泥の中の獲物は、乾いた場所に住む別のモグラが食べる獲物のおよそ20分の1の大きさだとされています[2]。
獲物が小さいと、1匹食べて得られるものも少なくなります。そこで、小さな獲物をほとんど時間をかけずに食べられるほど、得られる利益が大きく増えるので、速さへの選択が強くはたらいた、と研究者は考えています[3]。湿地には小さな昆虫の幼虫が多いことと結びつけた説明で、進化の理由は仮説です。
ところで、この湿地は水辺です。水の中の獲物は、星で触るだけで見つけられるのでしょうか。
キャタニアらの2005年の研究は、ホシバナモグラが獲物への最初の接触から、食べて探索を再開するまでの時間を測り、最短で約120ミリ秒、平均で約227ミリ秒という値を示した。哺乳類で最速の採食とされる[1]。120ミリ秒は最短であり、平均は約2倍近く長い点を区別して読む必要がある。
では、なぜ速い必要があったのか。ホシバナモグラが利用する湿った泥の中の獲物は、乾いた生息地のモグラが食べる獲物の約20分の1の大きさだとされる[2]。小さな獲物は1匹あたりの得る量が少ないので、1匹にかける時間を縮めるほど、一定時間に食べられる量が大きく増える。研究者はこの利益の大きさから、速さへの選択が強くはたらいたと考えている[3]。
ただしこれは進化の理由についての仮説で、観察できる事実とは区別する。確かなのは「採食の速さの測定値」と「獲物の大きさの比較」であり、速さがこの環境に適応した結果だという説明は、これらの事実から導かれた推論である。
陸の湿地で小さな獲物を速く見分ける。それが星の役割だとすると、水の中ではどうなるのか。
5. 水の 中でも、においを かげるの?
5. 水中では、鼻から泡を出してにおいをかぐ
5. 水中の獲物をにおいで探す ── 泡を吹いて吸い戻す動きと、網を使った実験
ホシバナモグラは、カナダの 南東から アメリカの 東に ある しめった ばしょに すみ、およそ 70グラム。およぐのも じょうずです[6]。
水の 中の えものを みつける とき、鼻から 小さな あわを ふきだします。その あわを えものに ふれさせて、また 鼻に すいもどします。これを 1秒に 5回から 10回 くりかえします。2006年に 発表されました[4]。
あわが においの てがかりに なって いるようです。おどろく のは、あわを とおせない ほど 目の 細かい あみで しきると、えものの みちを さがす 力が、でたらめに えらんだ のと 同じくらいに 下がった ことです[5]。
星で さわり、あわで かぐ。ちいさな 鼻で、いろいろな ことが できます。
ホシバナモグラは、カナダ南東部から米国東部の湿地にすむ半水生の動物で、泳ぎも得意です。体重は70gほどです[6]。
水の中の獲物は、においだけを頼りにしても見つけられるのでしょうか。2006年12月にNatureで報告された研究では、ホシバナモグラが鼻から泡を吹いて獲物の表面にふれさせ、その泡を鼻へ吸い戻す動きを1秒に5〜10回くり返すことが示されました[4]。水の中でも、においの手がかりを泡が運んでいるのではないか、と読める結果です。
報道によれば、においの道すじをたどる実験では、泡が通れる網ごしなら75〜100%の割合で正しい道をたどれました。ところが、泡が通れないほど細かい網では正答率が偶然の水準まで下がったと伝えられています[5]。この研究には、ミズトガリネズミも含まれていました。
星で触って、泡でかぐ。小さな鼻先が、陸と水の両方で使われています。
ホシバナモグラは湿地にすむ半水生の小型哺乳類で、体重70g前後である[6]。水中でも餌を探す以上、星の触覚だけでなく、嗅覚の使い方も問題になる。
2006年12月にNatureで報告された研究は、ホシバナモグラが水中で鼻孔から泡を吹き、対象の表面に泡を触れさせたのち、その泡を鼻に吸い戻すことを示した。この往復は毎秒5〜10回行われる[4]。この研究にはミズトガリネズミも含まれていた。水中で獲物のにおいを得る手段として、泡が使われていると読める。
この解釈を支える実験が、網の目の細かさを変えた試験だ。報道の記述では、泡が通る網ごしなら、においの道すじをたどって獲物へ着く正答率は75〜100%だった。ところが、泡も通さない細かい網では、正答率は偶然の水準まで下がった[5]。つまり、泡を獲物へ届かせないと、においをたどる力は失われる。なお、報道によっては「85%以上」という書き方もあるので、数字は範囲で扱うのがよい。
これは大学の発表と雑誌記事に基づく整理で、Nature掲載の原論文は有料のため、この記事では要旨や総説、広報から確認した。
陸では星の触覚、水中では泡のにおい。小さな鼻先は、そのつど道具を変えている。
6. 1秒に 何回、ゆびで さわれる?
6. 10秒間机をたたいて、「毎秒10回」を体で測る
6. 毎秒10回の感覚を自分で測る ── 指先の実験と原典の読みどころ
つくえを、ゆびで トントン たたいて みましょう。とけいの 長い はりが 10秒すすむ あいだ、たたいた 回数を かぞえます。その 数を 10で わると、1秒に たたいた 回数です。ホシバナモグラは、10回から 15回。わたしたちは、どうでしょう。
もう 1つ。目を とじて、かばんの 中に いれた ボタンや けしごむを、ゆびの さきと てのひらで さわって みます。どちらが よく わかりますか。ボタンや けしごむは、口に いれないでね。
机の上を指でトントンとたたいてみましょう。時計の秒針が10秒進む間にたたいた回数を数え、10で割れば、1秒あたりの回数になります。ホシバナモグラは10〜15回です。自分の指はどうでしょうか。指の本数を変える、片手と両手で比べる、といった工夫もできます。
もう1つ。目を閉じて、袋に入れたボタンや消しゴムを、指先と手のひらで別々に触ってみます。どちらが細かく分かるでしょうか。ホシバナモグラの星は、触手の先にある感覚器を使って細かく調べています。小さなものは口に入れないようにしましょう。
試したあとで、考えてみましょう。指先と手のひらでは、どちらが形を細かく見分けられましたか。モグラが小さな11番目の触手で獲物を調べるのは、細かく見分けられる場所を使うためかもしれません。
毎秒10〜15回という触り方は、自分の指で試せる。机をたたいて、秒針が10秒進む間の回数を数え、10で割ればよい。自分の指で試すと、ホシバナモグラが星で毎秒10〜15か所を触り続ける動きの速さが実感できる。
もう一つの確かめ方は、触覚の細かさの比較である。目を閉じて、袋の中のボタンや消しゴムを、指先だけと手のひらだけで触り、どちらが何か分かりやすいかを比べる。星で細かく調べる11番目の触手が、小さな面積で脳の領域を広く使うことと照らしてみるとよい。小さなものは口に入れないこと。
資料の読みどころは三つある。第一に、Catania(2011)[1]とCatania(2012)[2]は、いずれも研究者本人が書いた英語の総説で、触手の数や採食の速さ、S1の星の地図が詳しい。第二に、大学の広報[4]は、水中の泡の動きを短くまとめている。第三に、アイマー器官の直径は出典で30〜50μmと40〜60μmの差がある。原論文を読み、測り方や対象の違いを調べてみる価値のある問いである。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:研究者本人が書いた総説、大学の広報、報道記事、百科事典を使った。何に使ったかは、各項目の最後に書いている。
- Catania KC. Philosophical Transactions of the Royal Society B (2011) の総説。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3172592/ (触手の数、アイマー器官の数、触る速さ、11番目の触手、採食の速さについて。研究者本人の総説)
- Catania KC. (2012) の総説。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/3386870/ (神経線維の数、アイマー器官の大きさ、獲物の大きさについて。研究者本人の総説)
- Carl Zimmer "Underground Gourmet: Mole Sets a Speed Record". https://carlzimmer.com/underground-gourmet-mole-sets-a-speed-record/ (速さへの選択についての研究者の考え。報道記事)
- Vanderbilt University News "Scientist discovers some mammals can smell objects under water" (2006). https://news.vanderbilt.edu/2006/12/20/scientist-discovers-some-mammals-can-smell-objects-under-water-58788/ (水中で泡を使うにおいの探し方について。大学の広報)
- National Wildlife Federation "The Sweet Smell of Underwater Success" (2007). https://nwf.org/Magazines/National-Wildlife/2007/The-Sweet-Smell-of-Underwater-Success (網を使った実験の結果について。雑誌記事)
- Wikipedia「ホシバナモグラ」。https://ja.wikipedia.org/wiki/ホシバナモグラ (すむ場所、体の大きさ、餌について。百科事典)
- Wikipedia "Eimer's organ". https://en.wikipedia.org/wiki/Eimer%27s_organ (アイマー器官の発見と構成について。百科事典)
なおした ところ
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