1. なにを もどして、なにを のこしたの?
1. 答えは「戻した・残した・足した」の3つ
1. 結論 ── 3階とドームを戻し、1・2階を保存し、地下に免震を加えた
さきに こたえを いいます。ぜんぶを つくりなおしたのでは ありません。
- もどした もの:戦争で なくなった 3階と、南北の ドームの 屋根です。
- のこした もの:のこって いた れんがの 壁などです。
- たした もの:地下の 免震の 装置です。地震の ゆれを やわらげます。
いまの すがたは、戦争の まえの すがたに ちかづけた ものだと いえます。でも、ぜんぶが 1914ねんの ままでは ありません。
先に答えを書きます。全部を作り直したのではありません。
- 戻したもの:戦災で失われた3階と、南北のドームです。
- 残したもの:1・2階の煉瓦の建物の部分などです。保存して、傷んだところは直しました[4]。
- 足したもの:地下1・2階と、地震の揺れをやわらげる免震装置です[3]。
つまり「昔の姿」とは、1914年の創建のときの外観に近づけたという意味です。中身は、100年以上たった建物を使い続けるために、新しく作られた部分もあります。
丸の内駅舎の保存・復原工事は、次の3つに分けて見ると分かりやすい。
- 復原した部分:1945年の空襲で失われた3階と南北ドーム。創建時の資料を調べて元の形に戻した[4]。
- 保存した部分:1・2階の躯体など、残っていた煉瓦造の部分。保存修復された[4]。
- 加えた部分:地下1・2階の増築と、地上部と地下部のあいだの免震装置(免震ゴムとオイルダンパー)[3]。
「復原」は外観の復原が中心で、耐震性・機能性は現代の要求に合わせて新設されている。創建時の部材を残しながら、失われた部分を復原し、地下に免震装置を加えた工事である。なお、各部材の何割が創建当時のものかを示す、信頼できる数字は今回は見つけられなかった。
2. 「ふくげん」には 2つ あるの?
2. 「復原」と「復元」はどうちがう?
2. 「復原」と「復元」 ── 出典ごとの言葉づかい
この 駅舎の 工事は、「復原」と 書かれる ことが 多いです。復元と 書く 本も あります。どちらも 「ふくげん」と 読みます。
ある 本では、つぎの ように わけて いると いわれます。ただし、本に よって いいかたが ちがう ことも あります。
- 復元:なくなった ものを、ひとから つくりなおす こと。
- 復原:のこって いる ものを いかして、もとの かたちに もどす こと。
この 記事でも、JR東日本の 言いかたに あわせて、「復原」と 書きます。
この工事は、JR東日本の資料では「復原」と書かれています。読み方はどちらも「ふくげん」です。
- 復元:なくなったものを、一から作り直すこと。
- 復原:残っている部材をできるだけ保存して使い、元の形に戻すこと。
ただし、新聞や本では「復元」と書かれることもあります。この記事は、JR東日本の呼び方にそろえて「復原」と書きます。出典を引用するときは、出典の書き方のままにします。
3. むかしの すがたは、どうして なくなったの?
3. 1945年の空襲で、ドームと3階が失われた
3. 1914年の創建から、1945年の空襲、1947年の戦後復興まで
この 駅舎は、1914ねんに できました。設計した 人は、辰野金吾さんです[4]。
でも、1945ねんの 5月25日に、空襲が ありました。屋根は もえて おち、中の かざりの ほとんども なくなりました[3]。
戦争が おわった あと、1947ねんまでに なおされましたが、もとの すがたには もどりませんでした。3階は なくなって、2階までの たてものに なり、ドームの 屋根も 形が かわりました[4]。
それから 60ねんいじょう、その すがたの まま つかわれて きました。
この駅舎は1914年(大正3年)に、辰野金吾の設計で開業しました[4]。
1945年5月25日の空襲で、鉄骨造の屋根が焼け落ち、内装の大半が失われました[3]。煉瓦の壁は、残りました。
戦後すぐに修復が計画され、1947年までに工事が行われました。ただし、元の姿には戻らず、焼けた3階は取り除かれて2階建てになりました。南北のドームは、丸い形から八角形の屋根に変わりました[4][3]。戦後の物資の足りない時期の、いわば仮の姿でした。それでも、その姿で60年以上使われ続けました。
1987年に国鉄が分割民営化されたあと、赤煉瓦の駅舎を壊して高層ビルにする案も検討されました。それに対して「赤レンガの東京駅を愛する市民の会」ができるなど、残そうとする動きが広がりました[7]。2000年に創建当初の姿に復原する方針がまとまり、2003年に国の重要文化財に指定されました[3]。
丸の内駅舎は辰野金吾の設計で1914年(大正3年)に開業した[4]。1945年5月25日の空襲で、鉄骨造の屋根が焼け落ち、内装の大半が失われた。煉瓦造の壁は残った[3]。
1945年8月に修復計画が立てられ、年末から1947年にかけて工事が行われた。焼失が著しかった3階の内外壁は取り除かれて2階建てになり、南北のドームは丸型から八角形の屋根に変更された。ホール天井はパンテオンを模した意匠にされた[3]。
この戦後の姿は応急的な性格が強い。1987年の国鉄の分割民営化のあとには、赤煉瓦駅舎の撤去や高層化が検討され、「赤レンガの東京駅を愛する市民の会」が発足するなど、保存を求める動きが広がった[7]。2000年に、創建当初の姿に復原する方針がまとめられ[3]、2003年には国の重要文化財に指定された[3]。
4. むかしの すがたは、なにを みて しらべたの?
4. 屋根裏で見つかった写真と、残っていた部材
4. 復原の手がかり ── 屋根裏の写真・文献・残存部材
なくなった ところは、どんな かたちだったのでしょう。むかしの 図面や 古い 写真が てがかりに なりました。
屋根裏に のこって いた 写真が 見つかり、こまかい ところは、コンピューターで 写真を くわしく しらべた、と いわれます[3]。ドームの 中には、干支や、とても 大きな ワシの ほりものが ありました。それも、もとの ように つくられました[3]。
5. れんがと 屋根は、どうなったの?
5. 煉瓦と屋根のスレートは、どうなったのか
5. 煉瓦・スレート ── 残した壁と、津波をかぶった屋根材
駅舎の 中に 入ると、1914ねんの れんがの 壁が 見られる ところが あります。1945ねんの 空襲の あとが のこる 木の れんがも あります[1]。
外がわの 赤い れんがは、むかしの いろに ちかづけるように、なんども やいて いろあわせを した、と いわれます[4]。
屋根に つかう ために よういして いた 石の ような かわらが、東日本大震災の 津波を かぶりました。でも、つかえる ものは あらって、もう いちど つかわれた、と つたえられて います[4]。
駅の中には、1914年の煉瓦の壁と、1945年の戦災の痕跡が残る木煉瓦、2012年の工事で新しく作られた螺旋階段が、近くで見られる場所があります[1]。建物を支える構造煉瓦は、東京ステーションギャラリーの壁でも見られます[4]。
外壁の化粧煉瓦は、愛知県常滑産で、創建時に近い色にするため何度も焼いて色合わせをしたと伝えられます[4]。
屋根のスレートは、宮城県雄勝産の天然石が使われています。用意していた材料が2011年の津波をかぶりましたが、洗浄と検査をして使われたとされます[4]。百科事典サイトは、使えたのは古い屋根材のうち約4万5000枚で、足りない分は別の産地の石で補ったと伝えています[3]。
駅舎内には、1914年の創建時の煉瓦壁、戦災の痕跡が残る木煉瓦、2012年の復原時に新設された螺旋階段が並ぶ場所がある[1]。構造煉瓦は、東京ステーションギャラリーの壁面でも見られる[4]。外壁の化粧煉瓦は愛知県常滑産とされ、創建時の色に近づけるために焼成を重ねたと伝えられる[4]。
屋根材のスレートは、宮城県雄勝産の天然スレートである。用意していた材料が2011年の津波をかぶったが、洗浄・検査を経て使われた[4]。百科事典サイトによれば、旧屋根材の雄勝石約6万5000枚のうち、使用可能な約4万5000枚を再利用し、不足分の約2万枚は外国産で補った[3]。これは一つの二次資料の数字であり、JR東日本の一次資料で確かめたものではない。
6. ゆれを やわらげる そうちは、どこに あるの?
6. 見えない「免震」と、お金のしくみ
6. 免震構造と、空中権(容積率の移転)による事業費
この 工事では、地上の たてものと 地下の あいだに、地震の ゆれを やわらげる 装置も つけられました。免震と いいます。
ゴムの ような ものと、ゆれを おさえる ダンパーが、しかけられて います。かずは、ゴムの ほうが 約350こ、ダンパーが 約160こと いわれます[5]。
地震への備えとして、地上の部分と地下の部分のあいだに、免震ゴム(アイソレータ)とオイルダンパーが入れられました[3]。数は、用語解説サイトによれば、アイソレータが約350台、ダンパーが約160台です[5]。駅舎は全長約335mあり、全体が免震化されました[8]。
工事は、電車を走らせたまま進められました。上の部分を仮の杭で支え、地下に免震装置を入れてから、重さを本設の杭へ移したと説明されています[6]。
お金は約500億円で[2]、東京駅の使っていない容積率(建てられる広さ)を周りのビルへ移して売る、「空中権」のしくみで集められました。2001年に始まった特例容積率適用区域の制度が、保存を後押ししたとされます[7]。
地上部と地下部のあいだには免震ゴムとオイルダンパーが設置された[3]。数は、用語解説サイトによれば約350台のアイソレータと約160台のダンパー[5]、別の記事では352台と158台と書かれる[6]。数え方で幅があるため、本記事は「約」を付ける。全長約335mの駅舎全体が免震化され、運行を続けながら施工された[8]。上部の復原中は仮受け杭で荷重を支え、免震装置の設置後に本杭へ移した[6]。
事業費は約500億円[2]。財源は、東京駅の未利用の容積率を丸の内地区の高層ビルへ移転(売却)することで賄われた。2001年施行の特例容積率適用区域制度が、その仕組みを可能にした[7][3]。なお、延べ床面積は工事前の約2.2倍になったと報じられている[2]。
7. じぶんの 目で、たしかめて みよう
7. 実際に見て、確かめてみよう
7. 現地で確かめるなら ── 読み比べの視点
もし 東京駅に 行く ことが あれば、おうちの 人と いっしょに、人の じゃまに ならない ところで、上を 見上げて みて ください。
- 3階の 窓と、ドームの 屋根は、どこに ありますか。
- れんがの いろは、階に よって、ちがって 見えますか。
ドームの 中を 見る ときは、天井の ワシや 干支も さがして みましょう。ひろい 駅の なかでは、たちどまらずに、まわりの 人に 気を つけましょう。
東京駅に行くことがあれば、人の流れのじゃまにならない場所で、次のことを確かめてみてください。
- 3階の外壁と、南北のドーム。ここが「戻した部分」です。
- 1・2階と3階で、煉瓦の色合いに違いがあるか。
- ドームの内側にある、ワシと干支の彫刻。
東京ステーションギャラリーでは、構造煉瓦の壁も見られます[4]。見学の方法や時間は変わることがあるので、行く前に公式の案内を見てください。
もっと知りたくなったら、「戻した」のは何か、「残した」のは何か、という目で、JR東日本の発表や、保存・復原工事の報告書を読み比べてみてください。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
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出典について:細かい工事の内容(根拠となった写真、使われた石の枚数、免震装置の数など)の多くは、百科事典サイト(Wikipedia)や用語解説サイト・報道の要約に頼っています。JR東日本の技報や工事報告書などの一次資料では確かめきれていません。数字は「約」「とされる」と読んでください。
- JRE MEDIA(JR東日本)「東京駅で時間旅行をしてみませんか?」。 https://media.jreast.co.jp/articles/6263 (1914年の煉瓦壁、戦災の痕跡が残る木煉瓦、2012年に新設された螺旋階段、「復原」の表記)
- nippon.com「レトロな東京駅のモダンな“おもてなし”」(2012年10月2日)。 https://www.nippon.com/ja/views/b01601/ (2012年10月1日の復原完成、約500億円、「復原」の意味、床面積)
- Wikipedia「東京駅」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/東京駅 (戦災と1947年の復興、2007年5月30日着工、復原の根拠、スレートの枚数、免震装置、重要文化財指定、「復原」「復元」の表記)
- さんたつ by 散歩の達人「東京駅のマニアックな見どころ教えます!」(交通新聞社)。 https://san-tatsu.jp/articles/101234/ (辰野金吾の設計、2階建てへの変更、雄勝スレートと津波、常滑産の煉瓦、構造煉瓦の展示)
- imidas「東京駅丸の内駅舎」。 https://imidas.jp/hotkeyword/detail/L-00-210-12-10-H016.html (復元と復原の違い、ドーム内部の根拠、免震装置の数)
- 現代ビジネス「10月2日 東京駅丸の内駅舎の復元工事完成(2012年)」。 https://gendai.media/articles/-/69153 (免震装置の数、仮受け杭と本杭の工法、「復元」と書く例)
- 東洋経済オンライン「丸の内駅舎はなぜ残せたのか 都市はストック活用へ」(工事中の記事。ページの公開日は2017年)。 https://toyokeizai.net/articles/-/562338 (1987年以降の保存運動、特例容積率適用区域制度、空中権、事業費)
- 土木学会 技術賞(2013年度)の受賞業績の紹介ページ。 https://jsce.or.jp/prize/tech/files/2013_11.shtml (駅舎全長約335m、全体の免震化、運行を続けながらの工事)
なおした ところ
更新履歴
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