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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

Tシャツは いつから あるの?

Tシャツはいつからあるの? ── 下着から、みんなの服へ

Tシャツの歴史 ── 下着から、世界でいちばん着られる服へ

分野:歴史・文化

むかしの しゃしんを 見ると、日本人は きもの、外国の 人は えりの ついた シャツを 着て いました。

いま みんなが 着て いる Tシャツは、その ころ まだ ありませんでした。

じつは Tシャツは、むかし、へいたいが 制せい服の 下に 着る 下着でした。どうして 外に 着る ふくに なったのでしょうか。 この きじでは、Tシャツが 生まれてから、いまの すがたに なるまでを たどります。

昔の写真を見ると、日本人は着物、外国の人はえりのついたシャツを着ていました。

いまみんなが着ているTシャツは、そのころまだありませんでした。

Tシャツは、いつ、どうやって生まれ、どうやって世界中で着られるようになったのでしょうか。

Tシャツは、いまや世界でもっとも多く作られている衣類のひとつです。しかし100年前は、これを表着として着る人はほとんどいませんでした。

この記事では、兵士の肌着だったTシャツが、名前の由来、戦争、映画スターを経て、いまの姿になるまでをたどります。

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1. さいしょは、ふくの 下に きる もの だった

1. さいしょは、服の下に着るものだった

1. 起源 ── 19世紀末から1913年の米海軍まで

Tシャツの もとに なった のは、100年 いじょう 前の はたらく 人たちが 着て いた、下着です。あつい 中で はたらく 人たちは、すずしく するために、上下 ひと続つづきの 作業ふくの 上半分だけを 切って 着る ことが ありました。

その あと、アメリカの 海軍ぐんが、この 形に にた シャツを、へいたいの 下着として えらびました。あつい 制せい服の 下に、そでの みじかい 白い 木めんの シャツを 着る ように なったのです。あくまで 下着で、これだけを 外に 見せて 歩く 人は いませんでした。

暑い中ではたらく人の作業着から

Tシャツのもとになったのは、100年以上前にはたらいていた人たちが着ていた下着です。暑い中では、上下ひと続きの作業服(つなぎ)の上半分だけを切りはなして着る人もいました。その後、アメリカ海軍が似た形のシャツを兵士の下着に選びました。

1913年、米海軍が下着に選んだ

1913年、アメリカ海軍は、そでの短い白い木綿の下着を、制服の下に着るものとして、兵士に支給しはじめました[1]。制服の下に汗を吸う綿の下着を着ることで、兵士は過ごしやすくなりました。ただし、あくまで下着であり、これだけを人前で着ることはありませんでした。

Tシャツの直接の祖先は、19世紀末に鉱夫や港湾労働者が着ていた作業着だとされています。上下ひと続きのつなぎ服は暑い環境では不向きで、上半分だけを切りはなして着る労働者がいました。

そうした作業着に似た下着を、軍で最初に支給しはじめたのが、アメリカ海軍です。1913年、海軍はクルーネック(丸首)で半袖、白い木綿の下着を兵士に支給しはじめました[1]。当時のTシャツは、あくまで制服の下に着る下着であり、単体で人前に出る服ではありませんでした。

2. なんで「T」シャツと よぶの?

2. なぜ「Tシャツ」と呼ぶのか

2. 名前の由来 ── 形の呼び名から、辞書のことばへ

りょうての そでを 左右に 広げると、シャツぜんたいが アルファベットの「T」の かたちに 見えます。ここから 「Tシャツ」と よばれる ように なりました。

1920年代には、アメリカで「T shirt」という ことばが じしょに のる ほど、ふつうに つかわれる ことばに なって いました[1]。

両そでを広げると「T」の形

両そでを左右に広げると、シャツ全体がアルファベットの「T」の形に見えます。ここから「Tシャツ」と呼ばれるようになりました。

1920年代には辞書のことばに

1920年代のアメリカでは「T-shirt」ということばが広く使われるようになり、辞書にも載るようになりました[1]。作家のF・スコット・フィッツジェラルドが1920年に出した小説の中でこのことばを使ったことが、早い使用例のひとつとして知られています[2]。

両袖を左右に広げると全体がアルファベットの「T」の形に見えることが、「T-shirt」という名前の由来だとされています。

この語は1920年代のアメリカ英語に定着し、メリアム・ウェブスター英語辞典にも収録されました[1]。作家F・スコット・フィッツジェラルドが1920年に発表した小説『楽園のこちら側』の中でこの語を使ったことが、早い文献上の使用例として紹介されています[2]。

3. せんそうと、へいたいたちの Tシャツ

3. 戦争と、兵士たちのTシャツ

3. 戦時中の普及 ── 1942年、雑誌の表紙に

だい2じ せかいたいせんの あいだ、多くの 男の人が へいたいに なり、下着として Tシャツを 着ました。

せんそうが おわって 家に かえった とき、その人たちは Tシャツを ふだん着として そのまま 着つづけました。 こうして、下着だった Tシャツが すこしずつ 町でも 見かける ように なって いったのです。

戦時中、多くの兵士が身につけた

第二次世界大戦の間、多くの男性が兵士となり、下着としてTシャツを支給されました。すずしくて動きやすいTシャツは、軍の中で当たり前のものになりました。

雑誌の表紙にもなった、プリントTシャツ

1942年には、アメリカ陸軍航空隊の射撃訓練学校の名前がプリントされたTシャツが、雑誌『ライフ』の表紙に登場しました[1]。戦争が終わって家に帰った兵士たちは、支給されたTシャツを普段着としてそのまま着つづけました。

第二次世界大戦中、多くの兵士が下着としてTシャツを支給されました。1942年には、アメリカ陸軍航空隊の射撃訓練学校(Air Corps Gunnery School)の名前をプリントしたTシャツが、雑誌『ライフ』の表紙を飾っています[1]。文字や記号をプリントしたTシャツが、この時点ですでに存在していたことになります。

復員した兵士たちは、軍で支給されたTシャツをそのまま日常でも着つづけました。下着だったTシャツが、街でも見かける服へと少しずつ変わっていく、最初のきっかけになったといわれています。

4. した着から、うわ着へ

4. 下着から、表に着る服へ

4. 1951年 ── マーロン・ブランドが変えたもの

1951年、アメリカの えいがに 出た マーロン・ブランドと いう はいゆうが、Tシャツだけを 着て スクリーンに あらわれました。

それまで した着だった Tシャツを、そのまま 外に 着て いくのは、 ほとんど だれも しない、とても びっくりする ことでした。でも マーロン・ブランドが かっこいい すがたとして 見せた ことで、Tシャツは 外に 着て いく ふくとして、 すこしずつ 広まって いきました[1]。それから、 Tシャツを 1まいで 着る 人が どんどん ふえて いきました。

映画スターが、Tシャツ1枚で登場

1951年、映画『欲望という名の電車』に出た俳優マーロン・ブランドが、Tシャツだけを着てスクリーンに現れました。

「かっこいい服」に変わった瞬間

もともと下着として広まっていたTシャツを、男らしくかっこいいすがたとして見せたことで、Tシャツは表に着てよい、人気のある服として広まりました[1]。映画や若者文化の中でも、Tシャツ姿が目立つようになっていきました。

1951年に公開された映画『欲望という名の電車(A Streetcar Named Desire)』で、俳優マーロン・ブランドがTシャツ1枚で登場したことが、Tシャツの位置づけを大きく変えたとされています[1]。

もともと下着として広まっていたTシャツが、この映画をきっかけに、男性らしさや若さを表す「見せる服」として受け止められるようになりました。以後1950年代を通じて、Tシャツは下着から独立した、単体で着てよい表着(アウター)としての地位を確立していきました。

5. もじや えを プリントする Tシャツ

5. 文字や絵をプリントするTシャツ

5. プリントTシャツの広がり ── 1960年代の印刷機

Tシャツが 人気に なると、もじや えを プリントした Tシャツも 出まわる ように なりました。

1960年、アメリカの 発明家が、色を じゅんばんに かさねて、 もじや えを すれる きかいを 作りました。はじめは ボウリングの チームの ふくに つかわれて いましたが、やがて Tシャツの プリントにも つかわれる ように なって いきました [3]。

多色プリントの機械が生まれた

Tシャツが表着として人気になると、文字や絵をプリントしたTシャツが増えていきました。

ボウリングのふくから、Tシャツへ

1960年、アメリカの発明家マイケル・バシラントーネが、色を何色も順番に重ねて刷れるプリント機械を開発しました[3]。はじめはボウリングチームのユニフォームに名前やロゴを刷るために使われていましたが、やがてTシャツのプリントにも使われるようになりました。

Tシャツが表着として定着すると、スクリーンプリント(版を通してインクを刷る技法)を使ったプリントTシャツが広がりました。1960年、発明家マイケル・バシラントーネが多色刷りのできるガーメント用スクリーンプリント機を開発し、1967年に特許を出願、1969年2月に成立しています[3]。

この機械は当初、ボウリングチームのユニフォームへの名前やロゴの印刷に使われていましたが、のちにTシャツプリントの分野に転用されました[3]。バンドのロゴ、政治的なメッセージ、企業のマークなど、Tシャツは「着る掲示板」として、意思表示や自己表現の手段にもなっていきました。

6. Tシャツは どうやって 作るの?

6. Tシャツはどうやって作るのか

6. 製造工程 ── 綿から、1枚のTシャツへ

Tシャツの おもな げんりょうは、めんかという しょくぶつから とれる わたです。

わたを 糸に します。その 糸を あんで、きじに します。きじを 型かた紙に あわせて 切り、ミシンで ぬい合わせます。もじや えを プリントする ときは、ぬう 前か あとに インクを つけて、 ねつを くわえて かわかします。

綿花から、糸へ、生地へ

Tシャツのおもな原料は、綿花(コットン)という植物からとれる、わたです。わたをよりあわせて糸にし、その糸を編んで、Tシャツ特有のやわらかい編み生地(ジャージー生地)を作ります。

裁断・縫製・プリント

生地を型紙に合わせて裁断し、ミシンで縫い合わせます。文字や絵をプリントするときは、インクをのせたあとに熱を加えて定着させます。1枚のTシャツができるまでに、いくつもの工程を経ています。

Tシャツの主な原料は綿花です。収穫した綿花から種子を取りのぞいて繊維(わた)にし、紡績という工程でより合わせて糸にします。この糸を編み機で編むと、Tシャツ特有の伸縮性のある編み生地(ジャージー生地)ができます。

生地は型紙に合わせて裁断され、ミシンで縫い合わされます。プリントを入れる場合、スクリーンプリントでは、版を通してインクを生地にのせたあと、約150℃前後の熱を加えてインクを定着させます[3]。染色・裁断・縫製・プリントを、それぞれ別の人や工場が担当し、世界中で大量に作るのが、いまのTシャツです。

7. なんで 世界中で 着られて いるの?

7. なぜ世界中で着られるようになったのか

7. 世界に広がった理由 ── かんたん・やすい・自由

Tシャツが 世界中で 着られて いるのは、いくつか りゆうが あります。

まず、あたまから すぽっと かぶるだけで きられる、 かんたんな かたちです。それから、きものや えりつきの シャツより 作るのが かんたんで、やすく 作れます。もじや えを プリントすれば、すきな ことを 体で しめす ことも できます。だから、くにや 文化が ちがっても、多くの人が Tシャツを えらぶ ように なったのです。

単純な形と、安く大量に作れること

Tシャツが世界中で着られるようになったのには、いくつかの理由があります。まず、頭からすぽっとかぶるだけで着られる、単純な形です。形が単純なTシャツは、同じ形のものをたくさん作りやすく、安く作れることがあります。

好きなことを表せる、着る掲示板

プリントすれば好きなことを体で表すこともできます。こうした理由が重なって、国や文化がちがっても、多くの人がTシャツを選ぶようになりました。

Tシャツが世界的に広まったのは、頭からかぶるだけの単純な構造で、体型や文化の違いをあまり問わず着られたからです。また、Tシャツは形が単純で、同じ形のものをたくさん作りやすかったため、安く売ることができました。

1960年代以降、プリント技術の発展によって、Tシャツはメッセージや所属を示す「着る媒体」になりました。政治的な主張、バンドの応援、企業の宣伝など、Tシャツ1枚で意思表示ができる自由さが、国境を越えて広まる理由になりました。

じぶんでも やって みる

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

おうちに ある Tシャツを、あらためて 見て みましょう。

あんぜんな ばしょで できる こと

  • Tシャツの えりの タグを 見て みる。 なにで 作られて いるか(めんとか)、どこの くにで 作られたか、書いて あるか さがして みましょう。
  • りょうての そでを 広げて みる。 ほんとうに「T」の かたちに 見えるか、かくにんして みましょう。
メモの すすめ

きょう 出て きた ことばを 1つだけ ノートに 書いて おきましょう。「スクリーンプリントって なに?」だけで じゅうぶんです。

おうちにあるTシャツを、あらためて見てみましょう。

今日できること

  • Tシャツのえりのタグを見てみる。素材(綿100%など)や生産国が書いてあるか、さがしてみましょう。
  • 両そでを広げて、Tの形になるか確かめてみる。自分の持っているTシャツで、本当にTの形に見えるか見てみましょう。
メモのすすめ

気になった言葉を1つだけ書いておくと、あとで調べる入口になります。「マーロン・ブランドって、他にどんな映画に出ているの?」だけでも十分です。

手持ちのTシャツのタグを確認し、素材・生産国の表示を見てみると、この記事で扱った製造工程が身近に感じられます。

手を動かして確かめる

  • 持っているTシャツの生産国を調べる。タグに書かれた国名を、世界地図で探してみましょう。綿花がどこで作られたかも気になったら、別に調べてみましょう。
  • スクリーンプリントの体験教室をさがす。自分の街で体験できる場所がないか、大人と一緒に調べてみましょう。参加には費用がかかることもあるので、行く前に大人に相談してください。

一次情報にあたる

英語版Wikipediaの「T-shirt」の項目には、この記事で扱った歴史の出典が、注釈つきで掲載されています。

メモのすすめ

気になった数字や言葉を1つだけノートに記録しておきましょう。「1913年、米海軍が下着として採用」という一文でもかまいません。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

この記事は、下にあげた公開情報をもとに書いています。文章や図を無断で転載してはいません。もっと正確に知りたいときは、必ず下の出典にあたってください。リンク先の内容や、リンク先で起きたことについて、当サイトは責任を負いません。

出典について:Wikipediaは百科事典です。英語版と日本語版を使い分けています。

  1. Wikipedia「T-shirt」(英語版)。 https://en.wikipedia.org/wiki/T-shirt (1913年の米海軍の支給、1920年代の辞書収録、1942年の雑誌『ライフ』表紙、1951年のマーロン・ブランドについての解説)
  2. Wikipedia「This Side of Paradise」(英語版)。 https://en.wikipedia.org/wiki/This_Side_of_Paradise (F・スコット・フィッツジェラルドが1920年に発表した小説についての解説)
  3. Wikipedia「Screen printing」(英語版)。 https://en.wikipedia.org/wiki/Screen_printing (マイケル・バシラントーネによる多色ガーメントプリント機の開発(1960年)と特許(1969年成立)、プラスチゾルインクの定着温度についての解説)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。
  •  低学年むけで、Tシャツが広まったようすの書き方、生地の作り方(織るではなく編む)、プリントの仕上げ方の説明を直しました。中学生むけで、安く売れた理由の説明と、タグの国名を調べる案内を分かりやすく直しました。さらに、低学年むけの導入と「毛の制服」の言い方、高学年むけの起源のつながりと「安く作れる」理由の言い切り、中学生むけの「分業化」の説明、低学年むけの作業着の書き方、高学年むけの「初めて支給」と原料の書き方を直しました。あわせて、低学年むけの作業着から海軍へのつながり・パジャマのたとえ・プリント機の説明・生地の作り方の順番、中学生むけの海軍の下着の説明を直し、高学年・中学生むけの出典で確かめられない「毛の制服」の言い方を削りました(先生の目での読み直しによる)。

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