1. ろくおんの 声は、ほんとうに べつ人の 声?
1. 録音の声は、他人に聞こえている「本当の声」のはず
1. 気導音と骨導音 ── 録音で欠ける経路
スマホで しゃべった 声を きくと、「これ、わたし?」と おどろく ことが あります。でも、まわりの 人に きこえて いるのは、あの 録音の 声に ちかい ものです。
ふだん きく 自分の 声は、2つの 音が まざって います。1つは、空気を つたわって 耳に はいる 音。もう 1つは、あたまの骨を つたわる 音です[1]。録音に はいるのは、空気を つたわる 音だけです。
あたまの 骨は、ひくい 音を つたえやすい と いわれます[2]。だから 自分の 声は、ひくく ふとく きこえやすく、録音は たかい 音が めだちます。ただし、声の たかさ そのものが かわる わけでは ありません。
この ちがいは、ほかの メモで くわしく のべて います。ここでは「じゃあ、自分の 声は ぜんぶ ちがって きこえるはず なのに、なぜ 自分の 声だと わかるの?」から、すすめます。
スマホで録音した自分の声を聞いて、「これが私の声?」と驚いた経験はないでしょうか。他人には、その録音の声に近い声が聞こえていると考えられます。
ふだん聞く自分の声には、空気を伝わる音(気導音)と、頭の骨を伝わる音(骨導音)の両方が混ざっています。録音には、空気を伝わる音しか入りません[1]。
頭の骨は低い振動を伝えやすいと説明されるので、骨導音が加わると、自分の声は低く太く聞こえやすくなります。録音では、その分が抜けて高い音が目立ちます[2]。ただしこれは傾向で、声の高さ自体が変わるわけではありません。
木村・四本(2018)の実験では、自分の声らしく聞こえるよう録音を調整する「フィルター」は人によって大きく違い、誰にでも合う設定は見つかりませんでした[1]。気導音と骨導音の話は、別のメモで詳しく扱っています。ここから先は、「それでも聞けば自分の声だと分かるのはなぜか」を追います。
2. しゃべる まえに、耳の 中の 筋肉が うごく
2. 声を出す前から、耳の中の筋肉が動き出す
2. 発声に先行するあぶみ骨筋の筋電活動
耳の 中には、とても ちいさな 筋肉が あります。その 1つ「あぶみ骨きん」を、声を だす ときに しらべた 研究が あります[7]。
すると、この 筋肉は、自分が 声を だす ときに うごきました。うごき はじめるのは、声が でる まえの ことが 多かった そうです。
声を だそうと する とき、のうは「口を うごかせ」と いう めいれいを だします。そのとき、耳の 筋肉にも 「じゅんびして」と 知らせて いるのかも しれません。
この 筋肉が うごくと、ひくい 音の じゃまが へって、まわりの 話が きこえやすく なる かのうせいが しめされました。ただし、この 研究は 鼓膜に あなが ある 人で はかった ものです。
3. 脳は、自分の 声を ちいさく きく
3. 話しているとき、脳は自分の声への反応を小さくしている
3. 発話中の聴覚野の反応低下 ── 録音再生との比較
耳だけでは ありません。脳の 中の、音を うけとる ところ「聴覚野」にも、ふしぎな ことが おきて います。
自分が しゃべって いる あいだの 聴覚野の はんのうは、おなじ 声を 録音で かけた ときより、よわい ことが わかりました[5]。
これは、自分の 声が 「もうすぐ こう きこえるはず」と、脳が よそうして いるから だと 考えられて います。よそうどおりの 音には、おおきく おどろかなくて すむのです。
たとえば、自分で くすぐっても くすぐったく ないのと にて います。ただし これは たとえ話で、かんじ方まで おなじと いう わけでは ありません。
耳の準備だけではありません。脳の中で音を受け取る場所、聴覚野でも、自分の声は特別に扱われているようです。
ホウドらの2002年の研究では、脳の磁場を測る装置(MEG)を使い、話している最中の聴覚野の反応を調べました。すると、同じ声を録音で再生して聞くときより、自分で話しているときのほうが反応は弱くなりました[5]。
研究者たちは、聴覚野は話している間、感度を下げて、予想される聞こえ方に合わせて活動を調整していると結論しました[5]。自分で出した音は予想できる音なので、わざわざ強く反応しなくてもよい、という読み方です。
自分でくすぐっても、くすぐったくないことに似ています。ただし、これはたとえです。この研究が調べたのは聴覚野の反応で、くすぐったさとは別のことです。
Houde ら(2002)は、MEG(脳磁図)を用い、発話中の聴覚野の反応を、同じ音声の録音再生を聞くときと比べた。自分で発した音声への反応は、録音再生への反応より弱かった。著者らは、聴覚野が発話中は感度を下げ、予測される音響的結果に応じて活動を調整すると結論した[5]。
この「予測」は、運動指令のコピーから予想される聞こえ方を作り、実際の音と比べる仕組み(順モデル)として説明される。ただし、この論文の結論は聴覚野の反応が弱まるという観察と、その調整の解釈までで、反応が弱まる量そのものが自分の声の判別に使われているとは示していない。
4. ほかの 人の 声や、ずらした 声だと どうなる?
4. 声をずらしたり、他人の声に変えたりすると、反応は弱まらない
4. M100の抑制と順モデルの精度 ── 自声・ピッチ変換声・他者の声
では、この「よそう」は、どのくらい ていねいなのでしょう。もし 返って くる 声が、自分の 声と ちがって いたら、どうなるでしょう。
ある 研究では、自分の 声を そのまま きかせた ときに、聴覚野の はんのうが いちばん よわく なりました。たかさを ずらした 声や、ほかの 人の 声では、よわまりかたは ちいさく なりました[6]。
この けっかは、脳が 「自分の 声」と 「そとの 音」を、とても こまかく くべつ して いる かのうせいを しめして います。
ただし、ここで わかったのは はんのうの ちがいです。「自分の 声だと わかった」とまでは、この けっかだけでは いえません。
脳の予測は、どれくらい細かいのでしょうか。自分の声がずれて返ってきたら、どうなるでしょう。
ハインクス=マルドナードらの2006年の研究では、参加者に自分の声を聞かせるときの聴覚野の反応(M100)を比べました。自分の声がそのまま聞こえたときに、反応は最も弱まりました。声の高さをずらした場合や、他人の声の場合は、弱まりが小さくなりました[6]。
この結果は、脳が「内側から出した音」と「外から来た音」を、精密に区別している可能性を示します。ただし、見ているのは脳の反応の強さです。本人が「自分の声だ」と判断したかどうかを直接測ったものではありません。
Heinks-Maldonado ら(2006)は、発話中の聴覚野のM100反応を、自声そのまま、ピッチを変えた自声、他者の声のフィードバックの条件で比べた。M100の振幅は、変えていない自声で最も大きく減弱し、ピッチ変換声や他者の声では減弱が小さかった[6]。
この結果は、運動指令から作られる予測が精密で、予測と実際の音のずれの大きさに応じて抑制が変わる可能性を示す。ただし、測定したのは神経反応の振幅で、被験者の自己帰属の判断そのものではない。「反応が弱い=自分の声と分かる」と読むのは飛躍である。
5. 自分が 出す 音を ちいさく きく のは、人だけ?
5. 自分が出す音を聞き流す仕組みは、マウスにもある
5. 運動野から聴覚野への学習性フィルター ── マウスの実験
自分が 出す 音を ちいさく きく しくみは、人だけの ものでは ない ようです。
ある 研究では、マウスが 歩く ときに 人工の 音を くりかえし きかせました。そうして けいけんを つむほど、その 音への 聴覚野の はんのうが えらんで よわく なりました[8]。
つまり、「うごいた ときの 音」を、脳が ならって、ききながす ように なる のです。
ただし、この 実験で つかったのは、歩く ことと むすびつけた 人工の 音で、声では ありません。
自分の出す音を弱く聞く仕組みは、人だけのものではないようです。
マウスは動くと、足音のような音が自然に出ます。シュナイダーらの2018年の研究では、歩くことと人工の音を結びつける経験を重ねると、運動をつかさどる脳の領域から、聴覚野の抑制性ニューロンへの働きが強まりました。その結果、その音に対する聴覚野の反応が選んで弱まりました[8]。
つまり、脳は「自分が動いたときに出る音」を経験から学び、フィルターのように扱うことができると考えられます。ただし、使われたのは歩行と結びつけた人工の音で、声そのものではありません。人の声の仕組みと同じだと言い切ることはできません。
Schneider ら(2018)は、マウスが歩くたびに特定の周波数の音を聞かせる経験(aVR)を重ねると、運動野から聴覚野の抑制性ニューロンへの結合が強まり、その周波数への聴覚野の反応が選択的に抑制されることを示した[8]。「自分の動きの結果として生じる音」を、学習によって差し引く皮質回路があることを示す。
これは、前の章の人の発話中の抑制と、別の動物・別の音で観察された似た原理である。ただし、人工音と歩行の組み合わせであり、発声そのものの実験ではない。人の発話中の抑制が同じ回路でできているとは、この論文からは言えない。
6. 聞こえかたが ちがうのに、自分の 声と わかるのは?
6. 見分けの手がかりは、聞き慣れと、口の動きとの結びつき
6. 自声認識の音響的手がかりと、骨導提示の効果
ここまでの ことを ふまえて、はじめの 問いに もどります。録音の 声は べつ人に きこえるのに、なぜ 自分の 声と わかるのでしょう。
日本人 30人の 実験が あります。高い 音だけを のこして、きこえにくく した 声を つかうと、自分の 声の ほうが、ほかの 人の 声より ただしく わかりました[3]。
研究した 人たちは、自分の 声は、ききなれて いる ことや、口や のどの うごきと むすび ついて いる ことが かかわると 考えて います[3]。
また、骨に ふるえを つたえる 形で 声を きかせた ときは、空気で きかせた ときより、自分の 声と ほかの 人の 声の 見わけが よく なった という 報告も あります。ただし、よく 知って いる 人の 声と 知らない 人の 声の 見わけは、よく なりませんでした[4]。
聞こえ方が違うのに、自分の声を聞き分けられるのはなぜでしょうか。ここまでの話に、2つの研究を足してみます。
聞こえにくくしても、自分の声は分かる
シューらの2013年の研究(日本人30人が協力)では、高い音だけを残した聞き取りにくい条件で、自分の声のほうが、他人の声より正確に判別されました[3]。研究者は、自分の声には、聞き慣れていることと、発音の動きとの結びつきが関わるのではないかと考察しています[3]。
骨を通すと、自分の声の見分けがよくなる
骨導(骨に振動を伝える方法)で声を聞かせた条件では、空気を伝わる音で聞かせた条件より、自分の声と他人の声の見分けが改善したという報告があります。一方、見慣れた人の声と知らない人の声の見分けは良くなりませんでした[4]。骨導だけで自分の声が分かるわけではなく、見分けが改善した、というところまでです。
Xu ら(2013)は、日本人30人を対象に、聴取条件を変えた自声・他者声の認識を比べた。高域のフォルマントのみを残した聞き取りにくい条件で、自声の認識(SVR)は他者声の認識(OVR)より有意に高かった。著者らは、自声には聞き慣れと、調音運動との結びつきが関わる可能性を考察している[3]。
骨導提示の効果については、骨導による振動刺激を加えた条件で、気導の条件より自声と他者声の識別が改善したが、熟知した他者声と未知の他者声の識別は改善しなかったと報告されている[4]。この結果は、骨導が自声に特有の手がかりを与えることを示唆するが、骨導だけで自声と判断できるとまでは言えない。録音が別人に聞こえても自声と分かる理由は、骨導音、聞き慣れ、運動との結びつき、予測にもとづく反応抑制など、複数の手がかりが重なった結果と読むのが妥当だろう。
7. じぶんの 声を、きいて みよう
7. 自分の声を、いつもと違う方法で聞いてみる
7. 出口 ── 身近な観察と、資料の読みどころ
スマホの ろくおんで、「おはよう」と 3回 言って、ろくおんして みましょう。きいて みて、ふだんの 声と どこが ちがうかを、ことばに して みます。「ひくい」「たかい」「うすい」など、すきな ことばで いい です。
つぎに、りょう耳を ゆびで そっと ふさいで、「あー」と 声を だして みます。耳を ふさぐ ことで、きこえかたは どう かわるでしょう。ただし、耳の 中に ゆびを いれては いけません。
この 話の もとに なった 研究は、いろいろな ところで しらべて いる ものです。もっと 知りたく なったら、ちかくの としょかんで 「耳」や「脳」の ほんを さがして みてください。
スマホで「おはよう」と3回録音して、再生してみましょう。ふだん聞く声とどこが違うでしょうか。「低い」「高い」「薄い」など、好きな言葉で表してみます。
次に、両耳を手のひらでそっと押さえて、「あー」と声を出してみます。耳をふさぐと、聞こえ方がどう変わるでしょうか。耳の穴に指を入れるのは避けてください。
もう一つ、録音を聞いた直後に、両耳を手のひらで軽く押さえて「おはよう」と言ってみましょう。録音の声と、耳を押さえて聞こえる声を比べると、骨を通る音の割合が変わることが想像しやすくなります。「話す前から耳の筋肉が動く」という話は、1975年の測定が出発点です[7]。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の主張に使った研究と解説です。記事内の[番号]と対応しています。
- Kimura M., Yotsumoto Y. (2018) Auditory traits of "own voice". PLoS One. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6019673 (気導音・骨導音、自分の声らしい録音の調整)
- Scientific American, Why does my voice sound different when recorded. https://www.scientificamerican.com/article/why-does-my-voice-sound-different (骨導音が低い音を伝えやすいという解説)
- Xu M., Homae F., Hashimoto R., Hagiwara H. (2013) Acoustic cues for the recognition of self-voice and other-voice. Frontiers in Psychology. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3795466/ (自分の声の認識の手がかり)
- Bone conduction facilitates self-other voice discrimination. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9929504 (骨導で自他の声の見分けが改善)
- Houde J. F., Nagarajan S. S., Sekihara K., Merzenich M. M. (2002) Modulation of the auditory cortex during speech. Journal of Cognitive Neuroscience. Europe PMC の検索結果 (発話中の聴覚野の反応の低下)
- Heinks-Maldonado T. H., Nagarajan S. S., Houde J. F. (2006) Magnetoencephalographic evidence for a precise forward model in speech production. Neuroreport. Europe PMC の検索結果 (自声・ずらした声・他人の声での反応の比較)
- Borg E., Zakrisson J. E. (1975) The activity of the stapedius muscle in man during vocalization. Acta Oto-Laryngologica. Europe PMC の検索結果 (発声時のあぶみ骨筋の活動)
- Schneider D. M., Sundararajan J., Mooney R. (2018) A cortical filter that learns to suppress the acoustic consequences of movement. Nature. Europe PMC の検索結果 (マウスで運動に伴う音への反応が弱まる)
なおした ところ
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