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5000年いじょう まえの 木や うるしが、どうして くさらずに のこって いたの?

5000年以上前の木や漆が残った遺跡がある:水に浸かった土の中で起きたこと

鳥浜貝塚に木製品・漆製品が残った理由:低湿地の酸素不足と、出土後に乾かすと縮む問題

分野:歴史・文化

ふつう、木や うるしの ものは、5000年も たてば くさって なくなります。ところが、ある いせきでは、縄文じょうもんの ひとが つかった 木の ものが、いまも のこって いました。

ちがいは、水に ありました。どうして 水の そばだけ、くさらなかったのでしょう。のこる わけと、ほり出した あとの たいへんさが わかります。

縄文時代の遺跡の多くでは、土器と石の道具が主役です。木の道具や漆の品は、土の中で腐ってしまうからです。ところが、福井県の鳥浜貝塚では、5000年以上前の木や漆の品まで出てきました[1]。

同じ縄文の遺跡で、なぜ差が出たのでしょうか。水に浸かった土の中で何が起きなかったのか、そして掘り出したあとなぜ急いで処理しなければならないのかが分かります。

縄文時代の遺跡では、土器や石器が中心になり、木製品や漆製品は腐って失われることが多い。ところが福井県若狭町の鳥浜貝塚(約14,000年前〜約5,500年前の低湿地遺跡)では、通常なら分解されて残らない動植物由来の遺物まで、良好に保存されていた[1]。

なぜ同じ縄文の遺跡で、残り方がこれほど違うのか。地下水に浸かった環境で微生物の分解が遅れる仕組みと、その代わり出土後に乾燥させると縮んでしまうという、保存の裏側の問題が分かる。

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1. どうして 水の そばの いせきだけ ちがうの?

1. 土器と石しか残らない遺跡と、木まで残る遺跡

1. 台地の遺跡と低湿地遺跡:残る遺物の差

むかしの いせきを ほると、よく 出て くるのは、どきと 石の どうぐです。木で つくった ものは、ほとんど 出て きません。

木は、土の 中で くさって、なくなって しまうからです。

ところが、湖の ほとりに あった いせきでは、木で つくった ものまで 出て きました。おなじ 縄文じょうもんの じだいなのに、ふしぎです。

この いせきの 近くには、水が ありました。まず、どんな ものが 出て きたのかを 見て みましょう。

ちなみに、いせきの なまえは、とりはま かいづかと いいます。福井県ふくいけんに あります[1]。

遺跡を掘ると、まず見つかるのは土器や石の道具です。木でできた道具や縄、かごは、土の中で腐ってしまうので、ふつうは残りません。台地などの乾いた遺跡では、木や骨は腐りやすいとされます[3]。

ところが、湖のほとりにあった遺跡では事情が違いました。鳥浜貝塚では、遺跡が地下水に浸っていたため、通常なら分解されて残らない動植物由来の遺物まで、よい状態で残っていたと福井県は説明しています[1]。

同じ縄文の人たちが暮らした場所なのに、残る物がこれほど違うのはなぜでしょうか。その答えを探す前に、鳥浜貝塚で何が出たのかを見てみます。

考古学の遺跡は、遺物を含む層が乾いているか水に浸かっているかで、残る物の種類が大きく変わる。台地のような乾いた遺跡では、木製品や骨が腐りやすく、土器と石器が主な資料になる。これに対し、遺物を含む層が地下水に浸った状態が続く遺跡は低湿地遺跡と呼ばれ、有機物が残りやすい[3]。

鳥浜貝塚は、まさにその低湿地遺跡である。福井県の資料によれば、縄文時代の草創期・早期・前期(約14,000年前〜約5,500年前)にわたる遺跡で、約6,000年前には湖のほとりだった。地下水に浸っていたために、通常なら分解されて残らない動植物由来の遺物まで残った[1]。

では、そこから実際に何が出たのか。そして、その「残り方」は、どんな仕組みで生まれたのか。順に考える。

2. ほり出された 木の どうぐ

2. 河川工事で見つかった、湖のほとりの遺跡

2. 1961年の河床工事から始まった発掘と出土品

この いせきが 見つかったのは、1961年です。かわの 工事を して いて、「ここに いせきが ある」と わかりました[1]。

その あと、1962年から 1985年まで、10回の ほる 調べが 行われました[1]。

出て きた ものは、まるきぶね、弓、おのの え、いれもの、うるしの ぬりもの、なわ、かご、くしなどです[2]。

木や うるしが 使われた ものばかりです。ふつうの いせきでは、のこりにくい ものです。

2002年には、1376点が 国の 大事な たからものに なりました[1]。ただし、出て きた もの ぜんぶでは ありません。

では、どうして これらは、くさらなかったのでしょう。

鳥浜貝塚の存在が分かったのは、1961年のことです。河床の工事のなかで見つかりました。その後、1962年から1985年まで、10次にわたる発掘調査が行われました[1]。

出土した物には、縄文時代の丸木舟、弓、斧の柄、容器、漆を使った品、縄、かご、櫛などがあります[2]。どれも木や植物の繊維、漆といった有機物でできています。土器や石器だけでは分からない、日々の暮らしの道具です。

2002年には、1,376点が国の重要文化財に指定されました。指定の理由として、土器・石器に加えて、低湿地遺跡の特性から多彩な有機質遺物が含まれ、縄文人の生活を復元するうえで他に比べるものがない資料であることが挙げられています[1]。1,376点は出土品の一部であり、すべてではありません。

それにしても、土の中で5000年以上も、木や漆はどうやって形を保ったのでしょうか。

鳥浜貝塚の存在は、1961年の河床工事で知られるようになった。その後、1962〜1985年に10次の発掘調査が行われ、2002年に1,376点が国の重要文化財に指定された。ただし、この数は出土品全体ではなく、指定された範囲である[1]。

出土した物は、縄文期の丸木舟、弓、斧の柄、容器、漆製品、縄、かご、櫛などで、木・植物繊維・漆といった有機物が目立つ[2]。県の指定理由書には、土器・石器に加え、低湿地遺跡の特性から多彩な有機質遺物が含まれること、縄文人の生活の実態を復元するうえで他に比類のない資料であることが書かれている[1]。土器や石器だけでは見えない暮らしの道具が並ぶ点が、評価の中心にある。

では、乾いた遺跡で失われる有機物が、なぜここでは5000年以上も残ったのか。次にその仕組みを見る。

3. 水の 中では、なにが おきなかったの?

3. 水に浸かった土の中では、何が起きなかったのか

3. 地下水による飽和と、微生物分解の抑制

木が くさるのは、ちいさな いきものの しわざです。びせいぶつ、といいます。目に 見えない ほど 小さくて、木を すこしずつ ぶんかい して いきます。

この びせいぶつの 多くは、空気の 中の さんそを 使って います。

ところが、ずっと 水に つかった 土の 中は、さんそが とても すくなく なります。

プールの ふかい ところで 息が つづかないのに、すこし にて います。さんそが たりないので、木を ぶんかいする びせいぶつの 多くは はたらきにくく なります。

ただし 本当は、びせいぶつが 息を して いるわけでは ありません。さんそを 使って 木を とかして いる、という ことです。

だから、木は ながい 時間を かけて、すこしずつ いたみながら のこりました[3]。

木が腐るのは、微生物が木を分解するからです。多くの微生物は、空気中の酸素を使って活動します。

低湿地遺跡では、遺物を含む層が長いあいだ地下水に浸かっています。水の中の土は、空気が入りにくく、酸素が乏しい環境になります。すると微生物による分解が抑えられ、乾いた土なら失われる木や骨も残りやすくなる、と解説されています[3]。

水に浸かった考古学的な木材の研究でも、酸素が乏しい環境では、そこに適応した微生物しか増えられないと報告されています。分解できるのは、主に浸食バクテリアと軟腐朽菌と呼ばれる仲間で、空気のある環境よりはるかに長く残るそうです[4]。

観光向けの解説では、鳥浜貝塚について、冷たい地下水と貝殻のカルシウムが酸化を防いだ、という説明もあります[2]。基本にあるのは、水に浸かって酸素が乏しいことだと考えられます。

とはいえ、「腐らない」わけではないようです。木の中では何が起きているのでしょうか。

木が腐るのは、微生物が木材の成分を分解するためである。多くの分解者は酸素のある環境で活発に働くので、遺物を含む層が地下水に浸った状態が長く続く低湿地遺跡では、酸素が乏しくなり、分解が抑えられる[3]。台地のような乾いた遺跡で木製品や骨が腐りやすいのは、この逆の条件による。

水に浸かった考古学的木材を扱った2023年の総説は、酸素が乏しい環境では、それに適応した微生物しか育たず、分解は主に浸食バクテリアと軟腐朽菌によって進むと整理している。そのため、酸素のある環境と比べ、はるかに長く残る[4]。

鳥浜貝塚については、冷たい地下水と貝殻のカルシウムが酸化を防いだという解説もある[2]。ただし、これは観光向けの多言語解説文であり、一般的な理由づけは酸素の乏しさに置かれている。「弱アルカリ性だから残る」といった説明も一部に見られるが、遺跡ごとの条件で変わるため、一般化はしにくい。

ここで注意したいのは、残ることは腐らないことと同じではない点である。木の内部では、実際にどんな変化が起きているのか。

4. 「くさらない」では なく「ゆっくり」

4. 腐らないのではなく、ごくゆっくり傷んでいる

4. 細胞壁の劣化と水の保持:形は残るが、中身は弱っている

水の 中の 木は、ずっと そのままの すがたで いたわけでは ありません。

びせいぶつは、すこしだけ 木を とかして います。ただ、その はやさが、とても ゆっくりです。

木の 中は、水で いっぱいに なって います。その 水が、かたちを ささえて います。

水を たっぷり すった スポンジが、かたちを たもって いるのに にて います。

ただし 本当は、スポンジと ちがって、木の ほうは 中の かべが よわって います。

だから、水が あるうちは ぶじでも、水が なくなると どうなるかが しんぱいです。

水に浸かった遺跡の木は、5000年以上のあいだ、完全に止まっていたわけではありません。研究によれば、酸素が乏しくても、適応した微生物は木の細胞壁を少しずつ分解します。その結果、細胞壁は部分的に弱くなり、木は大量の水を含んだ状態で形を保っています[4]。

つまり、見た目は木の形でも、中の細胞は水で満たされ、壁はもろくなっています。水が細胞を内側から支えているので、乾かすと縮むことがあるのです。

この状態は、水があってこそ保たれます。では、発掘で掘り出されて、水から離れたら何が起きるのでしょうか。

水に浸かった考古木材は、5000年以上のあいだ分解を免れたわけではない。研究によれば、適応した微生物が細胞壁を部分的に分解し、その結果、木は水を大量に含んだ状態で、外形だけを保っている[4]。

外形が保たれているのは、細胞の中が水で満たされ、水が壁を内側から支えているためである。逆にいえば、細胞壁は、埋まっていたあいだに弱くなっている。水分が支えている構造は、水を失えば維持できない。

この性質は、掘り出した瞬間から問題になる。その問題を考えるのが次の章である。

5. ほり出して かわかすと、どうなるの?

5. 掘り出して乾かすと、なぜ縮んでしまうのか

5. 乾燥による収縮と細胞壁の崩壊

ほり出した 木を、そのまま かわかすと、ぎゅっと ちぢんで しまいます。ひびが 入ったり、ゆがんだり する ことも あります。

水を すった スポンジを ぎゅっと しぼると、ちいさく なる のに にて います。

ただし 本当は、スポンジは もとに もどる ことが あります。でも、木は、かわかすと ちぢんだり、ひびが 入ったり する ことが あります[5]。

だから、「水に つかって いた 木は、かわかすと だめに なりやすい」と 言われます。

では、どうすれば、ちぢまないように できるのでしょう。

水を含んだ木製の遺物を、そのまま乾かすと、著しく縮むことが知られています。奈良文化財研究所の報告にも、そのままの乾燥で縮むため、安定させる保存処理が必要と書かれています[5]。

理由は、前の章の状態にあります。細胞壁がもろくなった木から、水を急に抜くと、壁が引っ張られる力に耐えられず、つぶれてしまいます。その結果、縮みやゆがみ、割れが起きると説明されています[6]。

この変形は、もとには戻らないとされています。水の中で5000年以上保たれた形が、掘り出したあとに失われる恐れがあるのです。

水と一緒に、細胞を支えていたものを、別の物で置きかえることはできるのでしょうか。

低湿地遺跡から出る木製遺物の多くは、埋蔵中に細胞壁が劣化して脆く、水を多く含んでいる。そのまま乾燥させると、著しく収縮する[5]。この変形は不可逆とされる。

なぜ縮むのか。水を急に抜くと、細胞の壁に大きな応力がかかる。劣化した壁はそれに耐えられずつぶれ、縮み・ゆがみ・割れが生じる[6]。前章で見たとおり、水が壁を内側から支えていたので、その水が急に抜けることが、そのまま崩壊につながる。

ここで注意したいのは、この説明が「水を急に抜く」場合の話である点だ。だから、掘り出した木は、水分を急に失わないよう扱いながら、保存処理に回す段取りが要る。

では、水の代わりに壁を支えるには、どうすればよいか。

6. かわかしても ちぢまない ように する ほうほう

6. 出土から40年、水の代わりに支えるという保存処理

6. 保存処理:劣化した木を支え、乾燥時の変形を抑える

水の かわりに、ほかの ものを 木に しみこませる ほうほうが あります。

水を ぬいて、かわりに かたまる ものを 入れると、木が かたちを たもちます。

この いせきでは、ほり出されて 40年ほど たった 木の ものが、とても もろく なって いました。もちあげる ことが できないもの も ありました[1]。

そこで 福井県ふくいけんは、2005年から 保存ほぞんの しごとを 始めました。さいしょの 5年で、とくに いそぎの 43点を なおしました[1]。

いま 見られる 木の ものは、ほる 人だけでなく、なおす 人の しごとの おかげです。

縮みを防ぐ保存処理には、いくつかの方法があります。奈良文化財研究所の資料には、PEG法、高級アルコール法、糖アルコール法、トレハロース法などが挙げられています。方法によって薬剤や手順は違いますが、劣化した木を支えながら、乾かすときの変形を抑えるという目的は同じです[5]。

PEGと呼ばれる薬剤は、水を置きかえながら細胞を支える役割をします。真空凍結乾燥という方法と組み合わせて使われることが多いと説明されています[6]。

処理が必要になるのは、出土した直後だけではありません。鳥浜貝塚の木製品などは、出土から約40年がたつころには、非常に古いために脆く、出土後の変化で劣化も進み、直接持ち上げられないものもありました。そこで福井県は、2005年度から保存処理と修理を進め、最初の5年で、特に緊急性の高い有機質文化財43点を処理しました[1]。

縄文の人が作った道具が今も見られるのは、水に守られた5000年以上と、掘り出してからの手当ての、2つの時間があるからです。

縮みを防ぐ保存処理には、PEG法、高級アルコール法、糖アルコール法、トレハロース法などがある。方法によって薬剤や処理工程は異なるが、劣化した木を支えながら乾燥時の変形を抑える点は共通する[5]。このうちPEGは水を置き換えつつ細胞を支え、真空凍結乾燥と組み合わせて使われることが多い[6]。

この処理を急ぐ理由は、出土後の経年変化にもある。福井県の資料によると、鳥浜貝塚の有機質遺物は、出土から約40年を経て、非常に古いために脆く、出土後の劣化も進行し、本体を直接持ち上げられないものも含まれていた。そこで県は2005年度から保存処理・修理に取り組み、最初の5年間で最も緊急性の高い有機質文化財43点を処理した[1]。

重要文化財に指定される価値があるのに、水から出たとたんに劣化が進む。この矛盾が、低湿地遺跡の有機質遺物の保存の難しさである。

水に守られた5000年以上と、掘り出してからの手当て。この2つの時間があるから、縄文人の暮らしの道具を、現在の私たちが見ることができる。

7. はくぶつかんで 木の ものを 見たら

7. 博物館で木の品を見たとき、思い出したいこと

7. 展示の木製品から、埋まっていた時間と処理の履歴を読む

こんど 博物館はくぶつかんで、木の どうぐや うるしの ものを 見たら、おもいだして みて ください。

むかしの 人が つかった 木の ものが のこって いるのは、水の 中で 長い あいだ ねむって いたからです。

そして、ほり出した あとも、水を ぬいて かたちを たもつ しごとが ありました。

せつめいの ふだに 「ほぞんしょり」と いう ことばが ないか、さがして みるのも おもしろいです。

展示室で保存処理を探す

博物館で木製品や漆の品を見たら、説明板に「保存処理」という言葉があるか探してみてください。あれば、保存処理を受けたことが分かります。どんな処理かは、説明板の記述を読んでみましょう。

鳥浜貝塚の資料を読む

鳥浜貝塚と出土品の指定については、福井県教育委員会の資料が公開されています[1]。木製遺物の保存処理の方法は、奈良文化財研究所の報告から調べられます[5]。

丸木舟や漆の櫛の大きさ・年代の細かい数値は、各資料で表記が異なる場合があるので、実物を展示する博物館の説明で確認すると確かです。

展示や報告書を読むときの見どころ

博物館の木製品の展示では、材質の表示に加えて、「保存処理」の記載があるかを探すと、その遺物が出土後にたどった経過が分かる。処理の方法(PEG法など)が書かれていれば、本章で見た保存処理の目的と照らし合わせられる。

資料案内

鳥浜貝塚の指定の経緯と保存処理の経過は、福井県教育委員会の資料が一次資料にあたる[1]。木製遺物の保存処理の方法と考え方は、奈良文化財研究所の報告にまとめられている[5]。水に浸かった考古木材と微生物の関係は、2023年の総説論文が詳しい[4]。

丸木舟や漆の櫛などの大きさ・年代の数値は、資料ごとに記述が分かれる場合があり、本文では断定を避けた。個別の出土品を調べるときは、所蔵する博物館の解説で確認してほしい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料です。

  1. 福井県教育委員会「鳥浜貝塚と出土品の指定」 https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/bunshin/torihamakaiduka_d/fil/torihamakaiduka.pdf (遺跡の概要・発掘・指定・保存処理)
  2. 国土交通省 多言語解説文データベース「Torihama Shell Midden」 https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/en/R4-00072.html (出土品の例と観光向けの保存の説明)
  3. Wikipedia「低湿地遺跡」 https://ja.wikipedia.org/wiki/低湿地遺跡 (低湿地遺跡の一般的な説明)
  4. Frontiers in Microbiology (2023) 水浸した考古木材の微生物に関する総説 https://www.frontiersin.org/journals/microbiology/articles/10.3389/fmicb.2023.1129983/full (酸素が乏しい環境での木材の分解)
  5. 奈良文化財研究所 報告書(全国遺跡報告総覧) https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/article/121135/pdf_page (乾燥による収縮と保存処理の方法)
  6. Wikipedia “Conservation and restoration of waterlogged wood” https://en.wikipedia.org/wiki/Conservation_and_restoration_of_waterlogged_wood (収縮が起きる理由とPEGの働き)

なおした ところ

更新履歴

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