1. わらいは、おもしろい ときだけに でるの?
1. 笑いは、冗談のあとにだけ起きるのでしょうか
1. 会話の笑いは、冗談への反応なのか
みんなで おしゃべりを して いる ところを おもいだして みましょう。「きょう、がっこうで ね」「そうなんだ、ふふ」。こんな ふうに、とくに おもしろい はなしでは ないのに、わらうことが ありませんか。
アメリカの けんきゅうしゃ プロヴァインさんは、まちなかで ふつうに おしゃべりを している 人たちの わらいを、ぜんぶで 1200ほど しらべました。すると、はなす 人も きく 人も、わらいの 99%いじょうは、ことばの きれめで おきていました。はなしの とちゅうでは ほとんど わらわないのです。
しかも、わらいは じょうだんの あとだけでは ありませんでした。ふつうの ひとことや しつもんの あとにも、わらいが おきて いました。はなす 人の ほうが、きく 人より よく わらう ことも わかりました。
つまり、わらいは「おもしろい」と いう きもちを しらせる だけでは なく、「ちゃんと きいて いるよ」「なかよく しようね」と つたえる あいずにも なって いるようです。
友だちとの会話を思い出してみてください。特別におもしろい話でもないのに、「そうなんだ、ふふ」と笑うことはありませんか。
米国の研究者プロヴァインは、公共の場で自然に交わされた会話を観察し、約1200例の笑いを記録しました。話し手も聞き手も、笑いの99%以上は、句や文の終わりの切れ目で起きていました。話の途中をさえぎって笑うことは、ほとんどなかったのです[1]。笑いは、文章の句読点のように、会話の区切りに置かれていました。
もう一つの発見は、笑いが冗談への反応に限られなかったことです。ふつうの発言や質問のあとにも笑いが起きており、話し手のほうが聞き手より多く笑っていました(特に女性の話し手で多く、男女の構成によって変わります)[1]。なお、「笑いの何割が冗談への反応でないか」という数字は資料によって食いちがうため、ここでは書きません。
この結果からは、笑いが「おかしいから出てしまう声」であると同時に、相手に向けて出す合図でもあると考えられます。では、そうした合図としての笑いは、人が言葉を持つ前からあったのでしょうか。
プロヴァインは、公共の場での自然な会話に現れる笑い約1200例を観察した。話し手・聞き手の笑いは、99%超が句や文の終わりの切れ目で起きており、発話の途中に割りこむことはまれだった。笑いは文を区切る句読点のような位置を占める[1]。ここでの99%は、「笑いが起きた場所が切れ目だった」割合であって、笑いの99%が冗談への反応という意味ではない。
では、笑いの引き金は何か。同じ研究では、冗談に限らず、ふつうの発言や質問のあとにも笑いが起きていた。さらに、話し手のほうが聞き手より笑っており、特に女性の話し手で多かった。ただし男女の構成で結果が変わる[1]。「冗談でない笑いの割合」は二次資料間で数値が一致しないため、本稿では示さない。
観察研究である以上、場所や集団の偏りは残る。それでも、笑いを聞き手への働きかけとして読む見方は、この会話データから自然に出てくる。そこで次の問いが生じる。人どうしの合図としての笑いは、言語よりも古いのではないか。
2. サルや ネズミも、くすぐると わらうの?
2. くすぐられたサルやネズミの声は、笑いの祖先なのでしょうか
2. くすぐりで出る声は、ヒトの笑いの起源を示すのか
あかちゃんを くすぐると、きゃっきゃと わらいます。じつは、オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボの こどもも、くすぐられると、わらいに にた 声を だします。
けんきゅうしゃたちは、この 声を 21とうぶん あつめて、ヒトの あかちゃん 3人の 声と くらべました。すると、声の にかたを くらべると、どうぶつどうしの しんせきの ちかさと、ほぼ おなじ じゅんに なりました。しんせきと して ちかい どうぶつ ほど、声も にて いたのです。
この けっかから、けんきゅうしゃたちは、くすぐられた ときの 声には、みんなに ひとつの もとが あると かんがえました。それは、1000万年から 1600万年ほど まえの ごせんぞさまに さかのぼる かもしれない、と すいていされて います。
ネズミでも にた はなしが あります。わかい ラットは、あそんだり くすぐられたり するとき、人の 耳には きこえない たかい 声を だします。これは「わらいに にた 声かもしれない」という かせつが ありますが、ネズミが 人と おなじ 「おもしろい」を かんじて いるかは、まだ わかっていません。
赤ちゃんをくすぐると笑います。では、人以外の動物はどうでしょうか。
研究チームは、オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボの幼い個体21頭と、ヒトの赤ちゃん3人のくすぐり音声を音響分析しました。声の特徴から系統樹を作ると、既知の遺伝的な近縁関係とほぼ一致しました。研究者らは、くすぐりで出る声には共通の起源があると結論しています[2]。
著者らは、笑いに似た声の起源を、ヒトと現生の大型類人猿の共通祖先、約1000万〜1600万年前にさかのぼると推定しています。ただし、これは推定の幅をもった年代で、確定した値ではありません。ヒトの笑いは息を吐きながら声がよく出る点で、類人猿の声とは違いも持ちます[2][3]。
ネズミにも似た話があります。若いラットは遊びやくすぐりのとき、人の耳には聞こえない約50kHzの超音波で鳴きます。パンクセップらは、これが原始的な笑いに似ており、遊びの喜びと進化的につながる可能性があると述べました[4]。ただしこれは仮説で、ラットが人と同じ「おかしさ」を感じているとは言えません。
くすぐり遊びは、親や仲間と体をふれあわせる場面です。笑いの古い姿は、冗談より先に、遊びの中の「これは安全な遊びだよ」という合図だったのかもしれません。
くすぐりで出る声を、近縁種で比べた研究がある。ダヴィラ・ロスらは、オランウータン・ゴリラ・チンパンジー・ボノボの幼い個体21頭とヒトの乳児3人のくすぐり音声を音響分析した。得られた音声の類似から作った系統樹は、既知の遺伝的な近縁関係とほぼ一致した。著者らは、くすぐりで誘発される発声には共通の系統的起源があると結論した[2]。
この「共通の起源」という結論は仮説であり、サルの声が人の笑いと同じだという意味ではない。実際、ヒトの笑いは呼気にのせて声を出す点で類人猿と異なる。著者らは、笑いに似た発声の起源をヒトと現生大型類人猿の共通祖先、約1000万〜1600万年前に置く。この年代は推定の幅である[2][3]。
範囲を哺乳類に広げた試みもある。パンクセップとバードルフ(2003)は、若いラットが遊びやくすぐりの場面で約50kHzの超音波発声を出すことに注目し、これが原始的な笑いに似て、遊びの喜びと進化的につながる可能性を述べた[4]。人には聞こえない高さであり、あくまで仮説である。ラットが人と同じ「おかしさ」を経験していると読むのは行きすぎだ。
2つの研究に共通するのは、笑いのもとになった声が、冗談の理解ではなく、体をふれあわせる遊びの場面から現れる点である。そこで次の問いが立つ。遊びの合図としての笑いは、人間の社会の中で、どんな働きを持っているのか。
3. いっしょに わらうと、いたいのに つよく なるって ほんと?
3. 一緒に笑うと、痛みに強くなるのはなぜでしょうか
3. 共笑のあとに痛みの閾値が上がるのは、何を意味するのか
ダンバーさんたちは、人が いっしょに わらうと、からだに どんな ことが おこるかを しらべました。
けんきゅうでは、いっしょに わらった あとと、わらわなかった あとで、「いたみを どれくらい がまん できるか」を くらべました。6つの じっけんで、わらった あとの ほうが、いたみを がまん できる ことが おおい という けっかに なりました。
たんに きぶんが よく なったから、だけでは せつめい できない ようです。わらう という こと そのものに、いたみを やわらげる はたらきが あるのかも しれません。
ダンバーさんたちは、わらうと 体の なかで 「エンドルフィン」と いう ものが ふえて、そのおかげで いたみに つよく なり、なかよく なりやすい のでは、と かんがえて います。ただし、エンドルフィンを ちょくせつ はかった わけでは なく、いたみの がまんで すいていした かせつです。
ダンバーらの研究チームは、笑いが体にどんな変化をもたらすかを調べました。
2012年の論文では、6つの実験が報告されています。人々が一緒に笑ったあとは、笑わなかった場合より、より強い痛みまで我慢できました(痛みの閾値が高くなりました)[5]。この実験では、痛みへの効果は、気分がよくなったことだけでは説明できないと研究者らは考えました。
この結果の説明として、ダンバーらは、笑いが体内でエンドルフィンの働きを高め、それが痛みへの強さと、人どうしの絆づくりの両方に役立つのではないかと提案しています[5]。ただしエンドルフィンの量を直接測ったわけではなく、痛みの閾値から推定した仮説です。
会話の中の笑いを合図と考えたことと、結びつけてみましょう。くすぐり遊びの笑いも、会話の笑いも、相手と一緒にいるときに出る声です。一緒に笑うと痛みへの強さが上がるなら、笑いは「あなたと一緒にいて安心だ」というメッセージを、体の中の変化とともに伝えているのかもしれません。
ダンバーらは2012年の論文で、6つの実験を報告した。参加者が他の人と一緒に笑う経験をしたあとは、統制条件より痛みの閾値が有意に高かった[5]。気分が良くなったことだけでは説明できず、笑うこと自体の効果とされる。
著者らは機序として、笑いに伴う体の動きがエンドルフィン(内因性オピオイド)の放出を促し、それが痛みの閾値の上昇と、人どうしの絆づくりの両方に関わる可能性を提案している[5]。ただし、エンドルフィンは直接測定されておらず、痛みの閾値から推定した仮説である。
この研究は、前の章の見方と合わせて読むと意味が増す。会話の句読点として置かれる笑いも、くすぐり遊びの声も、他者と同じ場にいるときに出る。もし笑いが体の反応を通じて社会的な結びつきを支えているなら、笑いの働きは、冗談の理解そのものではなく、場を共にしていることの信号と見たほうが、これらの観察を無理なくつなげる。
ただし、共笑と痛みの閾値の関係は条件を限った実験の結果である。日常の笑いが同じ大きさの効果を持つとは言えない。
4. わらい声は、どこの 国の 人にも つたわるの?
4. 笑い声は、国や文化がちがっても伝わるのでしょうか
4. 笑い声は文化をこえて伝わり、作られた笑いは聞き分けられるのか
ナミビアの ヒンバの 人たちと、にしの くにの 人たちで、いろいろな 声を ききくらべた けんきゅうが あります。うれしい、おどろいた、など、おおくの 声は、くにに よって つたわり方が ちがいました。でも、わらい声だけは、「たのしい」しるしとして、どちらにも つたわったのです。
もう ひとつ。ほんとうの わらいと、わざと つくった わらいを きくと、のうの はたらき方が ちがう という けんきゅうも あります。つくった わらいを きいた 人は、あいての きもちを あれこれ かんがえる ところが よく はたらきました。
わたしたちは、わらい声を きくだけで、ほんとうに たのしそうか、むりに わらっているのかを、かんじとって いるのかも しれません。ただし、これらは すこしの 人たちでの けんきゅうで、「せかいじゅうが ぜんぶ おなじ」と までは いえません。
ナミビアのヒンバの人々と、西洋の人々を比べた研究があります。さまざまな感情の声を聞いて、どの感情かを当てる課題で、楽しさ(おかしさ)を表す笑い声は、どちらの集団でも共通の合図として理解されました。他の多くの前向きな感情の声は、文化ごとのちがいが大きかったと報告されています[6]。ただし、確かめられたのは2つの集団の比較です。世界中の笑いが同じ、という意味ではありません。
笑い声の聞き分けについては、別の研究もあります。マクギーティガンらは、本物の笑いと意図的に作った笑いを聞いたときの脳の反応を調べました。作った笑いでは、前頭前野の内側がより強く働き、聞き手が相手の気持ちを推測しようとしているためと解釈されました[7]。
私たちは、笑い声の裏にある気持ちまで、聞き取ろうとしているのかもしれません。ただし、これは「笑いがうつる脳の仕組み」を説明したものではない点に注意が必要です。
笑い声は文化をこえて通じるのか。ザウターらは、ナミビアのヒンバと西洋の人々で、声だけの感情表現の認識を比べた。その結果、笑い声は楽しさの合図として両集団で共通に理解された一方、他の多くの前向きな感情の声は文化に固有の合図だった[6]。比較は2集団であり、「世界中の笑いが同じ」ことまでは示さない。
笑い声の質についても研究がある。マクギーティガンらは、本物の笑いと意図的に作った笑いをfMRIで比べ、反応が異なることを報告した。作った笑いで内側前頭前野が強く働いたのは、聞き手が発声者の心的状態を推測しようとするためと解釈された[7]。他方、より伝染しやすい笑いで運動野の反応が強まるという予想は支持されなかった。したがって、この結果から「笑いがうつる脳の仕組み」を断定することはできない。
ここまでの知見をつなぐと、笑いは、会話の区切りに置かれ、類人猿の遊びの声に通じ、文化をこえて楽しさの信号として働き、聞き手は声の質から相手の心を読もうとする。笑いが合図として働くという見方は、これらの観察をまとめて説明できる。ただし、個々の研究は対象も条件も小さく、因果までは言い切れない。
5. おしゃべりの なかの わらいを、きいて みよう
5. 耳で数えてみる、会話の中の笑い
5. 会話の笑いを自分で観察するには
きょう できる こと
かぞくや ともだちと おしゃべりを する ときに、じぶんや あいてが わらった ところを、そっと おぼえて みましょう。わらったのは、おもしろい はなしの あとでしょうか。それとも ふつうの ひとことの あとでしょうか。ひとの わるぐちを いう ときや、いやがる 人が いる ときには、やめましょう。
しらべる とき
がっこうの 図書室で「わらい」「どうぶつの なきごえ」の ほんを さがして みましょう。
今日できること
家族や友だちとの会話のあと、自分が笑った場面を2〜3個、思い出して書いてみます。笑ったのは冗談のあとか、ふつうの発言のあとか。笑いは、言葉の切れ目で起きていたか。プロヴァインの観察と、自分の経験を比べてみましょう。相手を笑いものにする場面は、数えなくてかまいません。
家族と比べるなら
1日の終わりに、笑った場面のメモを家族に見せて、笑いが切れ目に入っていたか、相手の経験はどうかを聞いてみます。自分の記録と比べると、観察が深まります。
今日できること
1日の会話のなかで、自分が笑った場面を数回、直後にメモする。笑いの直前の発言が冗談だったか、ふつうの発言だったか、笑いは文の切れ目に入っていたかを記録し、プロヴァインの観察と比べるとよい。個人の記録は小さな標本にすぎないので、結果を一般化しない点も含めて確かめる。
資料を読むなら
ダヴィラ・ロスらの論文[2]とマクギーティガンらの論文[7]は、PMCで全文が読める。前者は音響分析の方法と系統樹の作り方、後者は本物の笑いと作った笑いの刺激の作り方に注目すると、結論の強さをどこまで取れるかが見えてくる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- Provine, R. R. (1993). Laughter punctuates speech. Ethology 95, 291-298(抄録). https://synapsesocial.com/papers/W2077606547 (会話の笑いの観察)
- Davila Ross, M., Owren, M. J., Zimmermann, E. (2009). Reconstructing the evolution of laughter in great apes and humans. Current Biology. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2889984 (類人猿のくすぐり音声)
- NPR (2009). Do apes laugh when tickled? https://www.npr.org/2009/06/04/104952197/do-apes-laugh-when-tickled (類人猿研究の解説)
- Panksepp, J. & Burgdorf, J. (2003). "Laughing" rats and the evolutionary antecedents of human joy? Physiology & Behavior 79, 533-547(抄録). Europe PMC 検索結果 (ラットの超音波発声)
- Dunbar, R. I. M. et al. (2012). Social laughter is correlated with an elevated pain threshold. Proceedings of the Royal Society B 279, 1161-1167. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21920973/ (共笑と痛みの閾値)
- Sauter, D. A. et al. (2010). Cross-cultural recognition of basic emotions through nonverbal emotional vocalizations. PNAS(抄録). Europe PMC 検索結果 (笑い声の文化間比較)
- McGettigan, C. et al. (2013). Cerebral Cortex(本物の笑いと意図的な笑いを聞いたときの脳活動). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4259281 (本物の笑いと作った笑い)
なおした ところ
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