1. よるに なく 鳥が、ぬえ だった?
1. 鵺の「声」は、夜に鳴く鳥だった
1. 鵺の声 ── トラツグミという説明の根拠
トラツグミは、すこし 大きな 鳥です。よなかや あさはやくに、「ヒィー、ヒィー」と さびしそうに なきます[1]。
この こえが、むかしの 人には ぶきみに きこえました。そこで、ほんとうには いない いきもの 「ぬえ」の こえだと される ことが ありました[1]。
トラツグミの ほうげんに、「ヌエ」と いう よび名も あります[2]。なき声と 名まえが、ぬえと つながって いたのです。
ただし、「ぬえは トラツグミだ」と きまった わけでは ありません。いえるのは、この 鳥の 声が、ぬえの 声だと 思われた ことが ある、という ところまでです。
気味の悪い声の主
トラツグミは、夜中や早朝に「ヒィー、ヒィー」と寂しげに鳴く鳥です。新潟県の鳥の解説は、この鳴き声から、架空の生きものである鵺とされたことがある、と説明しています[1]。
名前にも手がかりがあります。トラツグミの方言には「ヌエ」があり、ヌエツグミとも呼ばれます。雪どけのころから夏にかけて、陰気な声で夜に鳴くため、古くから不吉な鳥とされた、と百科事典は説明しています[2]。
言えることと、言えないこと
ここで注意したいのは、「鵺の正体はトラツグミ」と言い切れるわけではない点です。言えるのは、鳴き声の主として、トラツグミの名前があがってきた、というところまでです。
では、鵺の姿のほうは、どう伝わっているのでしょうか。
2. すがたは、トラツグミと ぜんぜん ちがう
2. 鵺の「姿」は、鳥ではなかった
2. 鵺の姿 ── 『平家物語』の合成の姿と、声との食いちがい
では、ぬえの すがたは、どんな ものだったのでしょう。
「へいけものがたり」と いう 古い 本には、ぬえの すがたが 書かれて います。あたまは さる、からだは たぬき、おは へび、手あしは とら、と いう すがたです[2]。
べつの 本では、おは きつね、あしは たぬきと、すがたが かわります[2]。きまった かたちは なかった ようです。
つまり、ぬえは、いろいろな どうぶつを あわせた ばけものとして かたられました。トラツグミという 鳥の すがたでは ありません。
だから、「声は 鳥、すがたは ばけもの」と、べつべつに 考える 人も います[2]。
猿・狸・蛇・虎を合わせた姿
『平家物語』には、鵺の姿が「かしらは猿、むくろは狸、尾はくちなは(蛇)、手足は虎」と書かれています[2]。『源平盛衰記』では、尾は狐、足は狸と、姿が少しちがいます[2]。
どちらも、鳥ではありません。実在する動物をいくつも組み合わせた、合成の怪物として語られています。
声と姿は、別の話かもしれない
百科事典には、怪物としての鵺と、鳴き声の主としての怪鳥は、別のものとして説明する考え方もある、と書かれています[2]。
こう見ると、鵺の中に実在の生きものは顔を出していますが、それは「全体の正体」ではなく、声や、姿の部品のかたちでした。河童や人魚はどうなのでしょうか。
『平家物語』は鵺の姿を「かしらは猿、むくろは狸、尾はくちなは、手足は虎」と記し、『源平盛衰記』では尾は狐、足は狸となって、記述が一定しない[2]。どちらにも鳥の特徴は出てこない。したがって、トラツグミ説が説明しているのは鳴き声であって、物語に描かれた姿ではない。
百科事典は、怪物としての鵺と、鳴き声の主としての怪鳥を別のものとして説明する立場にも触れている[2]。同じ「鵺」という名前が、声と姿という別々の話を1つにまとめて呼んだ可能性がある、と読むことができる。ここから、妖怪の元になった生きものは「全体」ではなく、声・姿の一部・名前に、生きものの特徴が入ることがある、という見方が立つ。以降の河童・人魚でもこの見方で検討する。
3. かっぱの もとに なった いきものは、1つだけ?
3. 河童は、1種類の動物では説明できない
3. 河童の成立 ── 複数の動物と水神の混淆
かっぱは、かわの ようかいです。もとに なった いきものとして、かわうそが よく あげられます。
でも、地方に よっては、かめを おもいうかべる ところも あります。さるに にている、と いう はなしも あります[3]。
ひゃっかじてんは、かっぱは、さるや かめ、てんぐ、水の かみさまなどが まざって、えどじだいに できあがったと 考えるべきだ、と いいます[3]。
だから、「かっぱは かわうそ」と 1つに きめる ことは できません。いろいろな ものが まざって、いまの かっぱの すがたが できたと 考えられて います。
カワウソ、亀、猿、そして水の神
河童の姿については、地方によって亀やカワウソを想像するところがあり、猿が厩の守護神とされたことから、猿の姿に近いとも説明されます[3]。
世界大百科事典はさらに踏みこみ、水辺に出没する猿や亀、天狗、水神を子どもの姿で見る考え、護法神、虫送りの人形などが混ざり合って、江戸時代に作られたと考えるべきだとしています[3]。
馬と水の神
民俗学では、河童の素性を水の神とみる見方があります。馬を水の神に捧げた儀礼の名残だと、柳田国男らが考察しています[3]。
こう見ると、「河童の正体はカワウソ」とは言い切れません。カワウソは候補の1つですが、ほかにもいくつもの要素が混ざっています。
4. かわうそは、いまの 日本では 見られない
4. 元になったかもしれない動物は、いま日本で見られない
4. ニホンカワウソ ── 候補の動物が絶滅するまで
かっぱの もとだと いわれる かわうそには、おどろく ことが あります。ニホンカワウソは、いまの 日本では、見る ことが できないのです。
ニホンカワウソは、めいじの はじめごろには、日本の あちこちで ふつうに 見られた と いわれます[4]。
けれど、100ねん ほどで、ほとんど いなく なりました。けがわを とる ためや、かわの よごれ、かわの こうじなどが わけだと いわれます[4]。
さいごに 見られたのは、1979ねん。高知けんの すさきしで した。かんきょうしょうは、2012ねんに 「ぜつめつした」と はんだんしました[4]。
むかしの 人が 見て おどろいた ニホンカワウソを、いまは 見る ことが できない。ようかいの 話は、そのころの 川の すがたを のこして いるのかも しれません。
明治には、ふつうにいた
ニホンカワウソは、明治の初めごろには日本各地の川や海岸で普通に見られたとされます[4]。それが約100年でほとんどいなくなりました。毛皮を目当てにした乱獲、川の汚れ、護岸工事などが理由だといわれます[4]。
1979年、最後の目撃
1970年代には、高知県須崎市の新荘川から愛媛・高知県境付近の四国南西部だけが、確実な生息地でした。1979年に須崎市で目撃されたのが最後とされ、環境省は2012年に、30年以上生息を確認できないとして絶滅種と判断しました[4]。
ここで1つ気づくことがあります。河童の話が広まった江戸時代の人たちは、カワウソを日常的に目にしていたかもしれません。いまの私たちは、その元の動物を、もう見ることができないのです。
ニホンカワウソは、明治初期には各地の川や海岸で普通に見られたとされ、その後約100年でほとんど絶滅に近い状態まで減ったという。要因として、毛皮目的の乱獲、河川汚染、護岸工事が挙げられるが、これは要約的な記述であり、原因ごとの寄与は断定しにくい[4]。
1970年代には、高知県須崎市の新荘川から愛媛・高知県境付近の四国南西部のみが確実な生息地とされ、1979年に須崎市で目撃されたのが最後とされる。環境省は、30年以上生息を確認できないとして、2012年に絶滅種と判断した[4]。
河童の候補の1つであるニホンカワウソは、環境省により絶滅と判断され、現在の日本では野外で観察できない。つまり、妖怪の「元の生きもの」を確かめる作業が、観察ではなく、資料の読みくらべに限られる例が存在する。カワウソが河童の成立にどれだけ寄与したかは、前節のとおり1種類に絞れない点にも注意が要る。
5. にんぎょの もとは、ジュゴン? それとも…
5. 人魚の候補は、割れている
5. 人魚 ── ジュゴン・リュウグウノツカイ・サンショウウオ説の評価
にんぎょの もとだと いわれる いきものにも、いくつか あります。
うみに すむ ジュゴンや、ほそ ながい 深海の さかな リュウグウノツカイが あげられます。ただ、百科じてんは、「すんでいる うみから 考えると、むりな ところが ある」と 書いて います[5]。
べつの じてんは、ジュゴンが もとだと いわれる、と 書きます。ほんとうの ところは、ひょうかが 分かれて いるのです[5]。
中国の 古い 本には、「人魚は 四つ足で、赤ちゃんの ような 声で なく」と あります。そこには、「人魚は さんしょううお」と いう せつめいも あります[5]。
日本の 古い 本には、いせの 国で あみに かかった 人魚が、なみだを ながした、と いう 話も あります[5]。
ジュゴン、リュウグウノツカイ、サンショウウオ
人魚の正体としては、ジュゴンや、細長い深海魚のリュウグウノツカイが挙げられることがあります。ところが日本大百科全書は、これらの説を「生息海域から考えて無理なところがある」とします。世界大百科事典も、ジュゴン説は注釈による見解にすぎないとします。一方でブリタニカの小項目事典は、ジュゴンが原型といわれる、と書いています[5]。
つまり、百科事典どうしでも評価が割れています。「人魚はジュゴン」と言い切ることはできません。
古い記録に書かれた「人魚」
中国の『山海経』には、人魚は四つ足で赤ん坊のような声で鳴く、とあります。その注には、人魚は鯢(さんしょううお)との説明もあります。日本では『和名抄』が「魚身人面」と記し、『古今著聞集』には、伊勢国で網にかかった人魚が涙を流したという話が載っています[5]。
四つ足で赤ん坊のような声となると、イメージは海の哺乳類よりも、サンショウウオのほうが近いかもしれません。名前の1つに、そのサンショウウオが出てきます。
人魚の正体の候補としては、ジュゴンやリュウグウノツカイが挙げられる。日本大百科全書は、これらの説について「生息海域から考えて無理なところがある」とする。世界大百科事典はジュゴン説を注釈による見解にすぎないとし、ブリタニカ小項目事典はジュゴンが原型といわれるとする[5]。同じ説に対する評価が百科事典間で割れているため、この説は断定しない。
記録の側を見ると、『山海経』には「人魚は四つ足で赤子のような声で鳴く」とあり、その注に「人魚は鯢」との説明がある。日本では『和名抄』が「魚身人面」と記し、『古今著聞集』には伊勢国で網にかかった人魚が涙を流したという話がある[5]。
この「鯢」は、サンショウウオの仲間を指す字である。四つ足で赤子のような声という描写は、上半身が人で下半身が魚という近世以降の一般的な人魚のイメージより、両生類に近い。したがって、人魚という名前の下には、時代や地域のちがう複数の伝承があるといえる。ただし、どの記述がどの生きものに対応するかを決める資料は、今回は得られていない。
6. 「はんぶんに さかれても 生きる」と 言われた いきもの
6. 名前に残った伝承 ── オオサンショウウオの「ハンザキ」
6. オオサンショウウオ ── 地方名ハンザキと、再生能力をめぐる伝承
オオサンショウウオは、川に すむ、とても 大きな りょうせいるいです。ちいさく 見えても、150センチ・35キロに なる ことが あります。これは 大きい ほうの 数で、ふつうは もっと 小さいです[6]。
この いきものには、「ハンザキ」と いう 地方の 名まえが あります。「はんぶんに さかれた」と いう 意味だと いいます[6]。
手や あしが きれても、また はえて くる ちからが あります。そこから、「はんぶんに きっても 生きる」と いう つたえが 生まれたと されます[6]。
「はんぶんに きっても 生きる」は、むかしの 人の つたえです。ほんとうに そう なる という ことでは なく、手や あしが はえて くる ふしぎに おどろいた あとが、名前に のこって います。
ハンザキという名前
国土交通省の多言語データベースによると、オオサンショウウオの地方名「ハンザキ」は、「半分に引き裂かれた」という意味です。切れた手足を再生する能力に由来し、半分に切られても生きるという民間伝承のもとになったとされます[6]。
オオサンショウウオの大きさ
オオサンショウウオは、15〜20歳で成熟し、長さ150cm、重さ35kgまで成長することがあります[6]。ふつうの個体はもっと小さくなります。
「半分でも生きる」というのは伝承です。実際に確かめられているのは、切れた手足を再生する能力のほうです。ただ、この名前を見ると、妖怪の元になった生きものは、姿だけでなく、名前や言い伝えの中にも残ることが分かります。
国土交通省の多言語データベースは、オオサンショウウオの地方名ハンザキを「半分に引き裂かれた」の意とし、切断された手足を再生する能力に由来して、半分に切られても生きるという民間伝承の基になったとする[6]。「半分でも生きる」という伝承と、手足を再生するという観察できる性質は分けて考える必要がある。後者が誇張された形で語り継がれた例として読める。
同資料は、15〜20歳で成熟し、長さ150cm、重さ35kgまで成長することがあるとも述べる[6]。通常の個体はこれより小さい。人魚を鯢とする古い注との関連については、今回の資料ではつなぐ根拠が得られていないため、同じ生きものの話として扱うことは避ける。
ここまでの例から、実在の生きものが妖怪に関わる形は、声(鵺)、姿の要素(河童)、種類の候補(人魚)、名前と伝承(ハンザキ)と、少なくとも4つに分けられる。「妖怪の正体は何か」という1つの問いより、「どの部分が、どの生きものに由来するか」という問いのほうが、資料で確かめられる範囲に合う。
7. 自分の まちの 「ようかいの もと」を さがして みよう
7. 地元の生きものと妖怪の名前を、図書館で調べる
7. 出口 ── 地方名と伝承から、元の生きものを探す
おうちの 人と、としょかんへ 行って みましょう。いきものの ずかんで、すんでいる ところの 生きものの 名前を ひいて みます。
そのとき 「ほうげん」や 「ほかの 名前」の らんが あれば、見て みましょう。ようかいに にた 名前が かくれて いるかも しれません。
見つからなくても だいじょうぶです。ぬえや ハンザキの ように、いきものの 名前や 声に、むかしの 人の 見かたが のこって いる ことが あります。それを さがすと、むかしの 人の 見かたが 分かります。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:公的機関の解説と、百科事典(コトバンクに収録されたもの)を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- 新潟県「トラツグミ」の解説。https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/kankyotaisaku/1356908970242.html (トラツグミの鳴き声と鵺について)
- コトバンク「鵺」(世界大百科事典ほか)。https://kotobank.jp/word/鵺 (鵺の名前と姿の記述について。二次資料)
- コトバンク「河童」(日本大百科全書・世界大百科事典)。https://kotobank.jp/word/河童 (河童の姿と由来の説について。二次資料)
- コトバンク「ニホンカワウソ」。https://kotobank.jp/word/ニホンカワウソ (カワウソの減少と絶滅について。二次資料)
- コトバンク「人魚」(世界大百科事典・日本大百科全書)。https://kotobank.jp/word/人魚-110786 (人魚の記録と正体の説について。二次資料)
- 国土交通省 多言語データベース「オオサンショウウオ」。https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/en/R2-00808.html (ハンザキの名前と大きさについて)
なおした ところ
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