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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

にわとりは、もともと どこに すんで いた とりなの?

ニワトリは、もともとどこにすんでいた鳥なのか

ニワトリはどこで暮らしていた鳥で、どのように世界へ広がったか ── セキショクヤケイから現代の飼育まで

分野:生きもの

にわや のうじょうに いる にわとりの ごせんぞは、東南アジアの 森に いた とりだと いわれて います。にわとりは、はじめから 人の そばに いたわけでは ありません。

では、森の とりが、どうして 人の そばで くらす ように なったのでしょうか。この きじを よむと、にわとりの ふるさとと、いま くらして いる ところが わかります。

鶏小屋や農場で見かけるニワトリの先祖は、東南アジアの森で、数羽の小さな群れをつくって暮らしていた鳥だとされています。いまは極地をのぞく、ほとんど世界じゅうで飼われているのに、もとの暮らしは意外なほど小さな世界でした。しかも日本の遺跡では、見つかった骨のほとんどがオスで、最初は肉や卵よりも、時を告げる鳥や闘鶏として大切にされた可能性があるといいます。

森の鳥は、いつ、どうして人のそばへ来たのでしょうか。日本には、いつごろ着いたのでしょうか。この記事を読むと、ニワトリのふるさとと、いまの暮らす場所の広がりが分かります。

ニワトリの野生の祖先は、東南アジアなどの二次林に数羽の小群で暮らす鳥だとされる[1][2]。その小さな鳥が、いまは極地を除くほぼ世界じゅうで飼われている[1]。

なぜ森の鳥が人里に出てきたのか。起源の場所と時期は、研究のあいだでも見解が分かれている。この記事を読むと、有力とされる説と、そのどこが確かで、どこが仮説なのかが分かる。

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1. にわとりの ふるさとは、どんな ところ?

1. 先祖のセキショクヤケイは、どんな森で暮らしていたのか

1. セキショクヤケイの分布と暮らし ── 人里に近い二次林の小さな群れ

にわとりの ごせんぞは、セキショクヤケイと いう 野生の とりだと されて います[1]。ほかの ヤケイの なかまも かんけいした、と いう 考えも あります。

すんで いたのは、東南アジアを 中心に した ひろい ばしょです。インドの ほくぶから、タイ、フィリピンの しまじまにも います[2]。

ふかい 山おくでは なくて、人の むらに ちかい はやしで、数わの 小さな むれで くらします[2]。草の たねや 木の みを このみ、なんでも たべます。

家の にわに いる にわとりが、もとは 森の とりだったと 思うと、ふしぎです。

広い地域に、小さな群れで

ニワトリの先祖は、東南アジアに広く野生するセキショクヤケイ(赤色野鶏)だとされています[1]。ほかのヤケイ類も関わったという説もあり、先祖が1種だけとは言い切れません。

セキショクヤケイの分布は広く、カシミールからインド東南部、ミャンマー、タイ、インドシナ、マレー半島、スマトラ、スラウェシ、フィリピンにまでおよびます[2]。

人里のすぐそばの林

暮らす場所は、人里に近い二次林です。二次林とは、人が木を切ったあとに、あらためて育った林のことです。そこで数羽の小さな群れをつくり、種や木の実を好んで食べますが、何でも食べる雑食でもあります[2]。

もともと人の暮らしに近い場所にいた鳥だったことが、次の章の話につながります。

祖先種は、東南アジアに広く野生するセキショクヤケイとされる[1]。ほかのヤケイ類の関与を考える説もあるため、単一の種だけから生まれたと断定はできない。分布はカシミールからインド東南部、ミャンマー、タイ、インドシナ、マレー半島、スマトラ、スラウェシ、フィリピンまで広い[2]。

注目したいのは生息環境だ。人里に近い二次林で数羽の小群をつくり、雑食だが種実を好む[2]。二次林とは、伐採などのあとに再び育った林をいう。つまりこの鳥は、深い原生林の奥ではなく、人の活動と接する場所をもともと好んでいた。人里に近い二次林で暮らしていたことから、穀物を育てる場所にも近づきやすかった可能性がある。ただし、これは生息環境の記述から考えた見方であり、資料が直接そう述べているわけではない。

2. 森の とりは、どうして 人の そばへ きたの?

2. 森の鳥を人のそばへ引き寄せたのは、実った穀物だったのか

2. 穀物に引き寄せられたのか ── 家畜化の時期と場所をめぐる説

いま ゆうりょくな 考えは、こうです。むかし、東南アジアの 人たちが、いねや ざっこくを そだてはじめました。みのった こめを ねらって、森の とりが 人の むらに ちかづいたのかも しれません[5]。

これは「かもしれない」と いう せつです。ほんとうに そうだったと きまった わけでは ありません。

いちばん ふるい、はっきり した にわとりの ほねは、タイの まん中あたりの いせきで 見つかりました。およそ 3600年まえの ものです[4]。

いままでは、もっと ずっと むかしに、インドで かわれはじめたと いう 考えも ありました。でも、あたらしい 研究で、そこは みなおされて います[4]。

お米に引き寄せられた説

森の鳥が人のそばに来た理由として、有力視されている説があります。陸稲や雑穀の栽培が始まり、実った穀物が野生のセキショクヤケイを引き寄せて、人との接触が増えた、というものです[5][4]。あくまで「可能性」の話で、証拠がそろって決まったわけではありません。

3600年ほど前のタイ

この説を出した国際研究は、世界89か国・約600か所の遺跡から出たニワトリの骨を見直しました。その結果、はっきり家畜と分かる最古の骨は、タイ中部のバン・ノン・ワット遺跡の、紀元前1650〜1250年ごろ(約3600年前)のものだとしています。家畜化の場所は、インド亜大陸ではないと結論づけました[4]。

以前は「約8000年前」や「インドで紀元前3000年ごろ」という説もありましたが、この研究は、それを見直す結果を示しました[4]。

家畜化のきっかけについて、ひとつの有力な仮説がある。陸稲・雑穀の栽培で実った穀物が、野生のセキショクヤケイを人里に引き寄せ、人との接触を密にした、というものだ[5][4]。これは仮説であり、そうだったと確定したわけではない。

この仮説を示した研究は、世界89か国・約600か所の遺跡の骨を再検討した。その結果、疑いなく家畜と言える最古のニワトリの骨は、タイ中部バン・ノン・ワット遺跡の紀元前1650〜1250年ごろ(約3600年前)にあたり、家畜化の場所はインド亜大陸ではないと結論した[4]。従来の「約8000年前」「インドで紀元前3000年ごろ」という見方は、見直されている。

では、起源は1か所に決まったのか。そうとも言い切れない。ゲノム解析では、863羽の遺伝子から、家畜のニワトリは主にセキショクヤケイの亜種のひとつ(現在は中国南西部・タイ北部・ミャンマーに分布)から生じ、家畜化の後に東南アジア・南アジアへ広がって各地の野生種と交雑した、と示唆された[3]。一方、タイのセキショクヤケイ298羽と在来鶏138羽の解析は、東南アジアの複数の地域で独立に家畜化が起きた可能性を示す[6]。起源の場所は、研究によって見解が分かれている。

3. 日本には、いつごろ ついたの?

3. 弥生時代の日本に、ニワトリはいつから暮らしていたのか

3. 唐古・鍵遺跡の幼鳥の骨 ── 日本最古のニワトリと、オスが多い理由

日本で 見つかった いちばん ふるい にわとりの ひなの ほねは、ならけんの いせきから 出ました。およそ 2300年から 2400年まえ、弥生時代やよいじだいの ものです[7]。

ひなが いた、と いう ことは、日本で にわとりを ふやして いた かもしれない、と いう ことです。

もうひとつ ふしぎなのは、日本の いせきから 出た にわとりの ほねは、ほとんどが オスでした[7]。

朝に 声を あげて 時を つげる とりとして、また、とりどうしを たたかわせる あそびの ために、大じに されたのかも しれません[7]。たまごや おにくの ためだけでは なかったのでしょう。

日本最古のひなの骨

奈良県田原本町の唐古・鍵遺跡から出た幼鳥の骨が、日本最古のニワトリのひなの骨だと確認されました。年代は紀元前3〜4世紀、弥生時代の中期の初めです。北海道大学の江田真毅教授らが、2023年に発表しました[7]。

ひなの骨があるということは、ニワトリを増やし続ける飼い方が、弥生時代に始まっていた可能性を示しています[7]。

骨のほとんどがオスだった

国内でニワトリの骨が出た7か所の遺跡では、骨のほとんどがオスでした。そのため、時を告げる鳥や闘鶏として大切にされた可能性が高いとされます[7]。食用でなかったとまでは言い切れませんが、最初の役目が「朝を知らせる声」だったかもしれない、というのは楽しい想像です。

百科事典も、家畜化の初期には、時を知らせること(報晨)、闘鶏、愛玩が主な目的だったと説明しています[1]。

日本へはいつ、何のために来たのか。奈良県田原本町の唐古・鍵遺跡(からこ・かぎいせき)で出土した幼鳥の骨が、紀元前3〜4世紀(弥生時代中期初頭)の日本最古のニワトリのひなの骨と確認された(北海道大学・江田真毅(えだ まさき)教授らが2023年に報告)[7]。ひなの骨が出たので、ニワトリを増やし続ける継代飼育が弥生時代に始まっていた可能性がある[7]。

用途については、さらに手がかりがある。国内でニワトリの骨が出た7か所の遺跡では、ほとんどがオスだった。そのため、時告げ鳥や闘鶏として珍重された可能性が高いとされる[7]。ただし「可能性が高い」にとどまり、食用ではなかったと断定する根拠にはならない。

この見方は、世界的な説明とも合う。百科事典は、家畜化の初期の主な目的を報晨(ほうしん、時を知らせること)・闘鶏・愛玩としている[1]。つまりニワトリは、まず「肉や卵」ではなく、鳴き声や姿のために人のそばに置かれた鳥だったのかもしれない。

4. いま、にわとりは どこに いるの?

4. 森の小さな群れから、世界じゅうの暮らしへ

4. 極地を除く全世界へ ── 数百品種と、日本の飼養羽数

いま、にわとりは、きょくちを のぞく ほとんど せかいじゅうで かわれて います[1]。つかい方に あわせて、数百しゅるいの ひんしゅも あります。

日本だけでも、たまごを とる にわとりが 1おく3000まんわ ちかく、おにくに する にわとりが 1おく4000まんわ ちかくも かわれて います[8]。あわせて 2おくわを こえます。

せかい じゅうでは、ある 数え方で、2020年に 330おくわ を こえる とも いわれます[9]。むかしの 森の 小さな むれから、ずいぶん 広がりました。

ただし、これは「その ときに 生きて いる 数」の はなしです。1年の あいだに そだてられる 数では ありません。

極地以外のほぼ全世界で

ニワトリは、現在、用途に応じた数百品種があり、極地を除くほとんど世界じゅうで飼われています[1]。数羽の小さな群れで暮らしていた鳥の子孫が、いまはこれほど広い範囲にいます。

日本では2億羽をこえる

農林水産省の畜産統計(2月1日現在)によれば、日本では、卵をとる採卵鶏が約1億3000万羽、肉用のブロイラーが約1億4500万羽飼われています。合わせて2億羽をこえる数です[8]。年によって数は少し変わります。

世界の羽数

世界の数は、国連食糧農業機関(FAO)の統計を引く集計で、2020年に330億羽を超えたとされます[9]。ただし、これは「その時点で生きている数」で、年間に育てられる数ではありません。集計の出どころは民間団体の記事なので、おおよその目安として読むのが安全です。

家畜化の後、ニワトリは各地へ広がった。現在は用途に応じた数百品種があり、極地を除くほとんど全世界で飼育される[1]。そのため「どこで暮らしているのか」という問いへの答えは、いまは「ほぼどこでも、人のそばで」になる。

日本の飼養羽数は、農林水産省の畜産統計(2月1日現在)をALICが解説した記事では、採卵鶏が約1億2970万羽、ブロイラーが約1億4490万羽だった[8]。合計は2億7千万羽を超える。年次によって数値は変動するので、ここでは概数として読む。

世界の数は、FAO統計を引く民間団体の記事によれば、2020年に330億羽を超えた[9]。これは「ある時点で生きている数」であり、年間に育てられる数とは別物だ。二次的な集計なので、桁の目安として扱う。

5. よるは、どこで ねむるの?

5. 夜のニワトリは、いまも木の上をめざすのか

5. 熱帯の放し飼いの在来鶏は、夜に木の上で眠る ── 本能にもとづく行動とされる

ひるは 地めんで えさを さがす にわとりも、よるは 木の 上で ねむる ことが あります。

あたたかい くにで、そとに はなして かわれて いる むかしからの にわとりは、よるに 木の 上で ねむる のが、うまれつきの くせだと いわれます[10]。

木の 上は、てきから 見つかりにくく、地めんより きたない ものや 虫にも ふれにくいからです[10]。

森で くらして いた ごせんぞの くらしが、いまの にわとりにも 少し のこって いるのかも しれません。

熱帯で放し飼いにされている在来のニワトリは、夜になると木の上で眠ります。これは本能にもとづく行動だとされています[10]。

木の上は、地面を歩く捕食者から身を守りやすく、地面にくらべて糞や寄生虫に触れる機会も減ります[10]。

これは在来鶏についての報告で、野生のセキショクヤケイそのものについては、ここで使った資料では述べられていません。それでも、先祖の森の暮らしの名残として想像してみると、おもしろい行動です。

暮らし方のもうひとつの手がかりが、夜の過ごし方だ。熱帯の放し飼いの在来鶏は、夜に木の上で眠る。これは本能にもとづく行動とされる[10]。木の上は捕食者を避けやすく、地面より糞や寄生虫との接触も減る[10]。

ただし、この資料は在来鶏のレビューの要旨にもとづいており、野生のセキショクヤケイが同じように眠るかどうかは、ここでは述べられていない。したがって「先祖の習性が残っている」とは断定せず、そうかもしれないという想像にとどめる。

6. ちずちょうで、ふるさとから 日本まで たどって みよう

6. 地図帳で、ニワトリの旅路を指でたどる

6. 出口 ── 地図と資料で、起源の食いちがいを自分の目で見る

ちずちょうを ひらいて、東南アジアを さがします。タイ、ミャンマー、フィリピンに ゆびを おきます。ここが、セキショクヤケイの すむ ところです。

つぎに、そこから 日本まで、ゆびで たどります。人と いっしょに、どんな みちを きたのでしょう。

もし おうちの 人が いれば、「にわとりって、もとは どこの とり?」と きいて みましょう。いっしょに 地図を 見ると、たのしいです。

地図帳を開いて、東南アジアを探してみましょう。タイ、ミャンマー、フィリピンに指を置くと、セキショクヤケイの暮らす地域の広がりが分かります。

そこから日本まで、指でたどってみます。弥生時代にニワトリが海をわたってきた道すじは、まだ研究で議論が続いている部分です。どんな経路を想像するかは、自由です。

資料を読むなら、日本最古のひなの骨を紹介したJSTサイエンスポータル[7]が出発点になります。

最初の場所が1つに決まっていないという点は、これからの研究に期待できるところです。

家庭でできる確かめ方としては、地図帳でセキショクヤケイの分布(カシミール、インド東南部、ミャンマー、タイ、インドシナ、マレー半島、スマトラ、スラウェシ、フィリピン)[2]を指でたどり、バン・ノン・ワット遺跡のあるタイ中部[4]と、中国南西部・タイ北部・ミャンマー[3]の位置を重ねてみる方法がある。起源をめぐる研究の食いちがいが、地図の上でどれくらい離れているかを実感できる。

原典に当たるなら、日本最古のひなの骨はJSTサイエンスポータル[7]、ゲノム解析はWang et al.(2020)[3]、世界の遺跡の再検討はPeters et al.(2022)[4]、タイの在来鶏の解析はHata et al.(2021)[6]が出発点になる。これらは英語の論文なので、読むときは要旨から始めるとよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

百科事典・研究・公的機関の報道資料・統計の解説を、複数つき合わせて作りました。起源や家畜化の時期は研究によって見解が分かれており、記事中では「説」「可能性」として書いています。

  1. コトバンク「ニワトリ」(世界大百科事典・百科事典マイペディア)。https://kotobank.jp/word/%E3%83%8B%E3%83%AF%E3%83%88%E3%83%AA (祖先種、家畜化の初期の目的、世界での飼育について)
  2. コトバンク「セキショクヤケイ」(世界大百科事典ほか)。https://kotobank.jp/word/%E3%83%A4%E3%82%B1%E3%82%A4-143589 (分布と暮らす場所について)
  3. Wang et al. (2020) "863 genomes reveal the origin and domestication of chicken", Cell Research。https://www.doi.org/10.1038/S41422-020-0349-Y (ゲノム解析から見た起源。要旨による)
  4. Peters et al. (2022) PNAS 119(24)。https://orca.cardiff.ac.uk/id/eprint/151144/ (世界の遺跡の骨の再検討と家畜化の時期。要旨による)
  5. ナゾロジー「ニワトリの家畜化の研究の紹介」。https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/110314 (穀物が野生の鳥を引き寄せたとする仮説について。紹介記事)
  6. Hata et al. (2021) Scientific Reports。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7820500/ (複数地域での家畜化の可能性。要旨による)
  7. JST サイエンスポータル「日本最古のニワトリの雛の骨」(2023年5月16日)。https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20230516_n01/index.html (弥生時代の日本のニワトリについて)
  8. 農畜産業振興機構(ALIC)による畜産統計の解説。https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_003368.html (日本の飼養羽数について)
  9. The Humane League "How many chickens are in the world"(FAO統計を引く集計)。https://thehumaneleague.org/article/how-many-chickens-are-in-the-world (世界の羽数の目安について。民間団体の記事)
  10. CABI Agriculture and Bioscience (2021) 在来鶏の止まり木に関するレビュー。https://cabiagbio.biomedcentral.com/articles/10.1186/s43170-021-00040-z (夜に木の上で眠る行動について。要旨による)

なおした ところ

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