1. ゆうがた、どこへ とんで いくの?
1. 夕方、木の上のねぐらへ飛び上がる
1. 飛ぶのはおもに日没のねぐら入りと逃げるとき
セキショクヤケイは、ふだんは 地めんで えさを さがします。でも ゆうがたに なると、木の 上へ とび上がります。
地めんには、てきが います。高い 木の 上なら、てきは とどきません。そこで 夜を すごすと いわれます[3]。
ある 国の しらべでは、ねぐらには 古い 木が えらばれて いました[4]。これは 1つの 場所での はなしです。
では、ひるまは、どんな 1日を おくって いるのでしょう。
2. 昼間は、どんな 1日?
2. 早朝と日没前に活動する、小さな群れの暮らし
2. 活動は早朝と日没前 ── 群れの構成とヒナの育ち
セキショクヤケイは、あさと ゆうがたの 前に、よく うごいて えさを たべます[1]。ひるまの まんなかは、いそがしく ありません。
数わの 小さな むれで くらします。むれには、おすが 1わから 数わ、めすが 数わ います[3]。
たまごは 21日ぐらいで かえります。ひなは 4〜5しゅうかんで とべる ように なります[3]。
ひなが とべるように なる のは、思ったより はやいですね。では、えさは なにを たべて いるのでしょう。
3. なにを たべて いるの?
3. 体重1kg弱の鳥は、果実と種と虫を食べる
3. 体重1kg弱・年4〜8個 ── 小さな野鳥の体格と食べもの
おとなの ヤケイは、おちた 木の み、たね、くさ、ねっこなどを おもに たべます。ひなは、むしや ミミズを たべます[3]。
イネの つぶも たべると いわれます[6]。
からだは 小さく、体じゅうは 1キロ ぐらいです。いまの ニワトリより 小さく、にくも たまごも ずっと すくないのです。さいしょの ニワトリも、これぐらいだったと 考えられて います[2]。
イネを たべる 鳥なら、人の はたけに 来ても ふしぎでは ありません。
4. どうして 人の そばに 来たの?
4. 人の畑や貯蔵された穀物に引き寄せられた、という考え
4. 畑・貯蔵・家畜の周りの虫 ── 「引き寄せられた」という仮説の中身
1つの 考えが あります。人が イネや ざっこくを つくる ように なると、はたけに たべものが ふえました。
とれた あとに のこった つぶや、かちくの まわりの 虫も、ヤケイには ごちそうだったかも しれません[6]。
それで 森の ヤケイが、人の むらに ちかづいたと 考えられて います。ただし、これは「かもしれない」という 考えで、はっきり きまった ことでは ありません。
では、いつ ごろ、どこで はじまったのでしょう。
5. いつ、どこで はじまったの?
5. 遺伝子と骨で見ると、始まりの年代がちがう
5. 約9500年前の分岐と、約3500年前の骨 ── 二つの数字の読み方
ニワトリの もとに なった ヤケイは、中国の みなみ西、タイの きた、ミャンマーの あたりに いる なかまだと、いでんしの けんきゅうで わかりました[5]。
いちばん 古い 家ちくの ニワトリの 骨は、タイの まんなか あたりの いせきで 見つかりました。3500年ぐらい まえの ものです[6]。
ニワトリは、いくつかの ヤケイの なかまと まざって できたことも わかっています[5]。
では、そこから 世界へ、どうやって ひろがったのでしょうか。
ゲノム解析によると、ニワトリはセキショクヤケイの亜種のひとつ、今は中国南西部・タイ北部・ミャンマーにすむ仲間から最初に生まれたと示されました。この系統がほかと分かれたのは約9500年前と推定されていますが、それは家畜化の始まりを直接示すものではありません[5]。
一方、確実な家畜ニワトリの最古の骨は、タイ中部の遺跡で見つかり、紀元前約1650〜1250年、つまり約3500年前のものです。ニワトリはインド亜大陸で家畜化されたのではない、とも説明されています[6]。
さらに、家畜になったあとのニワトリは各地で別の亜種や別のヤケイ種とも交配したので、祖先は一つの亜種だけではなく混ざっています[5]。遺伝子の年代と骨の年代の差は、まだ説明しきれていません。
起源の場所について、Wang ほか(2020)のゲノム解析は、ニワトリがセキショクヤケイの亜種 G. g. spadiceus(現在の分布は中国南西部・タイ北部・ミャンマー)から最初に生じたことを示した。分岐年代は約9500±3300年前と推定されるが、分岐は遺伝的な分かれた時期であって、家畜化が始まった年ではない[5]。
一方、考古学では、確実な家畜ニワトリの骨として最古のものが、タイ中部のバン・ノン・ワット遺跡(紀元前約1650〜1250年)にある。ここから計算すると約3500年前にあたる。同じ論文は、インド亜大陸で家畜化されたのではないとも述べる[6]。
遺伝の約9500年前と、骨の約3500年前は、測っているものが違う。前者は集団が分かれた時期の推定で誤差も大きい。後者は人の暮らしの中で見つかった確実な骨の年代だ。さらに家畜化後は、各地で他の亜種や別種のヤケイとも交配しており、祖先は単一の亜種ではない[5]。次は、そこから世界へどう広がったかだ。
6. 日本には、いつ ごろ 来たの?
6. 世界に広がり、日本では弥生時代に飼われていた
6. 約3000年前までにヨーロッパへ ── 世界への広がりと、日本最古のヒナの骨
ニワトリは、東南アジアから 西や 北へ ひろがりました。中国、南アジア、メソポタミアには 3500年から 3000年ぐらい 前に 来たと 考えられて います[6]。
でも、なぜ 世界じゅうに ひろがったのかは、よく わかっていません[2]。
日本では、ならけんの いせきで、ニワトリの ひなの 骨が 見つかりました。弥生時代の はじめごろ、いまから 2300年ぐらい 前の ものです。ここでは、ニワトリが せだいを つないで そだてられて いたと 考えられて います[2]。
日本じゅうの 村で かわれて いたとは いえません。
家畜になったニワトリは東南アジアから西へ運ばれ、中国中部・南アジア・メソポタミアには紀元前2千年紀の後半、エチオピアと地中海ヨーロッパには紀元前約800年ごろ届いたとされます[6]。約3000年前までには、ヨーロッパやオセアニアでも利用されていたとされます。ただ、なぜここまで広まったのかは、よく分かっていません[2]。
日本では、奈良県の唐古・鍵遺跡で見つかったニワトリのヒナの骨が、ヒナの骨としては日本最古とされます。骨のコラーゲンを質量分析で調べ、ニワトリの骨と確認され、年代は紀元前3〜4世紀、弥生時代中期の初めです。少なくともここでは、世代をつなぐ飼育があったと推定されています[2]。
この研究は、日本中の集落で飼われていたとまでは述べていません。
家畜化後、ニワトリは東南アジア・南アジアへ運ばれ、中国中部・南アジア・メソポタミアに紀元前2千年紀後半、エチオピアと地中海ヨーロッパに紀元前約800年ごろ届いた[6]。約3000年前までにヨーロッパやオセアニアでも利用されていたとされるが、世界中に広まった理由は分かっていない[2]。
日本では、奈良県の唐古・鍵遺跡から見つかったヒナの骨が、ニワトリのヒナの骨として日本最古とされる。骨のコラーゲンを質量分析で調べ、ニワトリの骨と確認され、年代は紀元前3〜4世紀(弥生中期の初め)である。ヒナの骨が出たことから、少なくともここでは世代をつなぐ飼育があったと推定されている[2]。
この結果は、唐古・鍵遺跡という一地点のものだ。日本中の集落でニワトリが飼われていたとまでは言えないと、発表自体が慎重に述べている[2]。
7. たまごパックと くらべて みよう
7. 冷蔵庫の卵パックを、野生の1年分と比べる
7. 出口 ── 卵パックとの検算/原典に当たる
おうちの 人と いっしょに、れいぞうこの たまごパックを 見て みましょう。10こ入りなら、10こ はいって います。
セキショクヤケイが 1年に うむ たまごは、4〜8こほどです。パックの 4わり から 8わりに しか なりません。
ゆうがた、近くの 木に 鳥が いるか、見えるときに ながめて みましょう。木の 上で ねる 鳥は、ヤケイだけでは ありません。
冷蔵庫に10個入りの卵パックがあれば、ちょうどよい物差しになります。セキショクヤケイが1年に産む卵は4〜8個ほどなので、パックの4〜8割にしかなりません。1年かけても、1パックを満たせない数です。
家のまわりでは、夕方に鳥が木に集まってくるかを眺めてみるのもよいでしょう。見つかっても、ヤケイと同じ理由だとは限りませんが、夕方の鳥を見る目が少し変わるかもしれません。
もっと知りたくなったら、北海道大学の発表は日本語で読めます。出典欄の資料から、気になった場所へ進んでみてください。
10個入りの卵パックで検算できる。年4〜8個という産卵数は、パックの40〜80%にあたる。1年でも1パックに届かない。ただしこの数は北海道大学の発表の記述であり、別の資料には1回の産卵数が12〜24個とあって、数え方が違う。単純に比べられない点に注意が必要だ。
原典に当たるなら、日本語では北海道大学の発表(日本最古のヒナの骨)が読みやすい。起源の年代の違いは、同じ北海道大学の発表を読み、約9500年前の遺伝子の分岐と約3500年前の骨が、それぞれ何を示すのかを本文の第5章と見比べると整理できる。英語の原論文(Wang ほか 2020、Peters ほか 2022)は出典欄にあり、要旨と図を手がかりに二つの年代が何を示すかを読み比べられる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:ヤケイの事典項目、北海道大学の発表資料、国立公園の解説ページ、パキスタンの調査論文の抄録、ゲノム解析と考古学の論文2点を使いました。
- コトバンク「ヤケイ」(世界大百科事典の記述)。 https://kotobank.jp/word/%E3%83%A4%E3%82%B1%E3%82%A4-143589 (分布、全長、活動する時間帯について)
- 北海道大学プレスリリース(2023年4月20日)。 https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/230420_pr.pdf (体重と産卵数、日本最古のヒナの骨、世界への広がりについて)
- Thai National Parks「Red junglefowl」。 https://www.thainationalparks.com/species/red-junglefowl (ねぐら入り、群れの構成、ヒナの育ち、食べ物について)
- Journal of Threatened Taxa、Red Junglefowl の調査論文の抄録。 https://www.threatenedtaxa.org/JoTT/article/view/2256 (パキスタンの国立公園でのねぐらの調査について)
- Wang et al. (2020) Cell Research。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7395088/ (ゲノム解析による起源と交配について)
- Peters et al. (2022) PNAS。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9214543/ (最古の骨、穀物と人里への接近の仮説、世界への伝播について)
なおした ところ
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