1. むかしは、人形を川に ながして いた
1. 3月の巳の日に、人形で汚れを移して流した
1. 上巳の行事 ── 紙の人形で汚れを移し、水に流す
3月の はじめの「巳の日」に、上巳という 行事が ありました。紙や 草で 人の かたちを つくり、その 人形で からだを なでて、よくない ものを うつします。それを 川に 流すと、災が はなれると 考えられて いました。
この 人形は、身がわりの かたちという 意味で、形代とも よばれます。
3月のはじめの巳の日(上巳)には、紙や草でつくった人形で体をなで、汚れや災いを移して水に流す行事がありました。この人形は、身代わりを表す「形代」ともよばれます。
この行事は、のちに3月3日に固定されます。そして、この日の行事が「雛の節供」をさすようになったとされています[3]。
2. 平安の子どもは、人形で あそんで いた
2. 平安時代の人形遊び「ひいな遊び」
2. ひいな遊び ── 紙の人形で、ままごとをする貴族の少女
平安時代の きぞくの 女の子たちは、紙の 人形で ままごとを して あそんで いました。その あそびを「ひいな あそび」と いいます。「ひいな」は、小さくて かわいい という 意味の ことばです。
源氏物語にも、ひいな あそびの ようすが 出て きます。
「ひいな」は、小さくてかわいいものを表す古語です。貴族の少女は、紙の人形を使って、ままごとのような遊びをしました。『源氏物語』にも、ひいな遊びの場面があります[2]。
この遊びは、まだ3月の節供とは結びついていませんでした。遊びと、流す行事が結びつくのは、平安時代のあとのことです。昔の子どものままごとについては、ままごとの歴史の記事も読めます。
ひいなは、小さくかわいいという意味の古語である。平安時代の貴族の少女が、紙の人形を使ってままごとのような遊びをした。『源氏物語』にも、ひいな遊びの場面がある[2]。
この時点では、遊びと3月の節供は結びついていなかった[2]。紙の人形の遊びと、水に流す人形が、どの時点で一つになったかは、事典によって説明の重みが違う。ままごと道具の材料の移り変わりは、ままごとの歴史の記事で扱っている。
3. 流す人形と、あそぶ人形が いっしょに なった
3. 流す人形と、遊ぶ人形が一つになった
3. 2つの流れが溶け合い、雛人形の原型ができる
3月の 行事で 流す 人形と、子どもが あそぶ 人形が 合わさりました。
江戸時代の はじめ ごろから、人形を かざって 3月3日を おいわいする ように なりました。
4. 女の子の おいわいの日に なったのは、なぜ?
4. 江戸時代に、女の子の節句になった
4. 五節句と、女児の祝い日
江戸の 幕府は、3月3日を「節句」の 一つに 決めました。そのあと、町の 家でも、3月3日は 女の子の おいわいの日に なって いきました。
公家や 大名の 家では、女の子が 元気に そだつ ことを ねがって、小さくて かわいい 道具を ならべました。
5. いまも、流す ひなは あるの?
5. 流し雛は、いまも残っている
5. 流し雛の今 ── 残ったものと、まだ一つに決まらないこと
いまは、ひな人形を かざって たのしむ 行事が 中心です。でも、一部の 地方では、3月3日の あとに、ひなを 川へ ながす「ながしびな」が 今も のこって います。
6. しらべて みよう
6. 自分でも調べてみたくなったら
6. 自分で調べてみたくなったら
紙を 人の かたちに 切って、今年の ねがいごとを 一つ 書いて みて ください。川には 流さず、つくえの 上に かざって みて ください。
おうちに ひな人形が あったら、かざりの だんが いくつ あるかを 数えて みましょう。
今日できること:紙を人の形に切り、今年の願いを一つ書いて、机に飾ってみてください。ひな人形が家にあれば、飾りの段の数を数えてみてください。
出かけてできること:雛人形を展示している博物館や資料館で、江戸時代の雛人形と今の雛人形を見くらべてみてください。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
このメモは、下にあげた公開情報をもとに書いています。文章や図を無断で転載してはいません。もっと正確に知りたいときは、必ず下の出典にあたってください。リンク先の内容や、リンク先で起きたことについて、当サイトは責任を負いません。
- 文化庁「ぶんかる」「文化財のトビラ 104 人形と春の一日を」(2023年1月25日。執筆:京都国立博物館 企画室長兼工芸室長 山川曉)。 https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/bunkazai/bunkazai_104.html (上巳の禊の行事、人形で体をなでて水に流したこと、江戸時代の初めに人形を飾るようになったこと、寛永雛・享保雛の名)
- 日本大百科全書(ニッポニカ)「雛人形」(執筆:斎藤良輔)。コトバンク掲載。 https://kotobank.jp/word/%E9%9B%9B%E4%BA%BA%E5%BD%A2 (「雛人形」という名称は江戸時代に生まれたこと、ひいな遊びと形代の信仰が溶け合ったこと、『源氏物語』のひいな遊び、流し雛が今も残ること)
- 「上巳」の項目(デジタル大辞泉、百科事典マイペディア、精選版 日本国語大辞典、山川日本史小辞典、ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)。コトバンク掲載。 https://kotobank.jp/word/%E4%B8%8A%E5%B7%B3-1204868 https://kotobank.jp/word/%E4%B8%8A%E5%B7%B3-79265 (陰暦3月最初の巳の日、のちに3月3日に固定したこと、「桃の節供」「雛の節供」の別名、人形に災厄を託して流したこと)
- 国立公文書館「アートコモンズ」掲載の、林原美術館の展示解説(2020年2月〜3月の展示)。 https://www.nact.jp/artcommons/user/detail/63704 (江戸幕府が五節句を式日と定めたこと、もとは公家社会の年中行事だったこと、女子の健やかな成長と良縁を願う祝い)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。