1. むかしの 役所は、いつ やすんで いたの?
1. 明治のはじめ、役所は「1と6のつく日」に休んでいた
1. 「一六日」休み ── 年72日の休暇は、なぜ見直されたのか
いまの 役所は、日曜日が おやすみ です。でも むかしは ちがい ました。まいつき 1日、6日、11日、16日、21日、26日が おやすみ だったの です[1]。
これを 「いちろくにち」と よびます。1ねんに かぞえると、この おやすみ だけで 72日も ありました[1]。ほかにも、おいわいの 日の おやすみが ありました。えどの おしろの きまりを うけついだ もの だと いわれます。
ところが、やすみが おおすぎる のでは ないか、と かんがえる 人が いました[1]。そこで、おやすみの 日を かえる ことに なります。
今の役所は、日曜日と祝日が休みです。ところが明治9年(1876年)の春までは、毎月1日、6日、11日、16日、21日、26日と、1と6のつく日が休みでした。「一六日」と呼ばれ、江戸城の慣習を引き継いだものです[1]。
数えてみると、1か月に6日、1年で72日にもなります。これは一六日の休みだけの数で、祝祭日などの休みは別にありました[1]。一方で、これでは休みが多すぎるという声があったと伝えられています。
では、そのとき何がどう変わったのでしょうか。
明治初年の役所の休暇は、毎月1と6のつく日、すなわち「一六日」休みだった。江戸城の慣習を引き継いだもので、月6日、この休みだけで年72日にあたる。祝祭日などの休みは別にあった[1]。曜日ではなく日付で休みが決まるため、休みの間隔は5日と6日がまじる。
しかし、一六日の休みだけで年72日あり、ほかの休暇も含めるとさらに多かったため、休みすぎが問題になった[1]。ここで注意したいのは、曜日で決まる休みへの移行が、休暇の多さへの反省と、後述する欧米との取引の都合の両方を背景にしていた点だ。では、どう変わったのか。次の章で、その決まりを見る。
2. 日曜日が おやすみに なったのは、いつ?
2. 明治9年、日曜日が休みになった
2. 太政官達第27号 ── 日曜休日と土曜半休の導入
1876ねん(明治9ねん)3月12日、くにの えらい 人たちの あつまり、太政官が おふれを だしました。その年の 4月から、日曜日を おやすみに する、と いう もの です[2]。
土よう日は、おひるまで はたらいて、あとは おやすみ でした[2]。ヨーロッパや アメリカの 国と やりとりする とき、あわせた ほうが よかった ことも、りゆうの 1つ だそうです[2]。
では、おやすみは へったので しょうか。日曜日だけなら 1ねんに 52日です。72日より 20日 すくなく なります。でも 土よう日の はんぶんも たすと、78日くらいに なる、と いう みかたも あります[1]。
明治9年(1876年)3月12日、太政官から達が出されました。同じ年の4月から、日曜日を休暇日とし、土曜日は正午から半日休みとする、という内容です[2]。
この改めには、欧米の国々との取引に曜日を合わせる狙いもあった、と説明されています[1]。休みを日付ではなく曜日で決めると、外国の相手と休みの日がそろいやすくなります。
数字を見てみましょう。日曜日だけなら年52日で、一六日休みの72日より約20日少なくなります。ところが土曜の半日休みを足すと、年78日ほどになる、という試算があります[1]。これは1つの文章の計算なので、「そういう見方がある」と受け取るのがよさそうです。
こうして役所の休みは曜日で決まるようになりました。では、今の休みは、何が決めているのでしょうか。
明治9年3月12日、太政官達第27号により、同年4月から日曜日が休暇日、土曜日が正午からの半日休暇とされた[2]。「半ドン」の語もこの時期の土曜半休と結びつけて語られる。暦Wikiの表記は「太政官第27号」で、他の資料は「達」とする点に注意したい。
この改めには、欧米との取引に休日を合わせる狙いがあったとされる[1]。したがって、休みの決め方が日付から曜日へ変わった理由は、国内の勤務の整理だけでなく、外との足並みにもあった。
では休みは減ったのか。日曜休日は年52日で、一六日休みの72日より約20日少ない。しかし土曜半休を足すと年78日とされ、実質はほぼ変わらなかったという評がある[1]。この数は筆者個人の試算で、単独の出典のため、結論としては「そういう見方がある」にとどめる。確かなのは、休みを決める単位が日付から曜日へ移ったことだ。次に、現代の休みを決めている法律を見る。
3. いまの おやすみは、ほうりつで どう きまって いるの?
3. 今の休みは、法律でどう決まっているのか
3. 労働基準法第35条 ── 週休の基準と、祝日に休ませる義務の有無
いま、はたらく 人の ための ほうりつに、「1しゅうかんに 1回は おやすみを あげなさい」と かいて あります[5]。ろうどうきじゅんほうと いう ほうりつ です。
ここで おもしろい ことが あります。この きまりは、日曜日や しゅくじつ で ないと いけない、とは かいて ありません[5]。ほかの 曜日でも よい のです。
おやすみは、からだを やすめて また げんきに はたらく ための もの です。せかいでも、すくなくとも 7日に 1回は やすむ、と いう かんがえが、1921ねんの とりきめに ありました[7]。
今の職場の休みの最低ラインを決めているのは、1947年に作られた労働基準法です。第35条は、会社などの使用者は、働く人に毎週少なくとも1回の休日を与えなければならないとしています。4週間を通じて4日以上、という形でもよいとされています[5]。
注目したいのは、これが「日曜日」や「祝日」と書いていないことです。県の解説でも、法律上の休日は必ずしも日曜や祝祭日である必要はない、と説明されています[5]。つまり、祝日に会社を休ませなければならない、とは決まっていません。
この決まりは、国際的な考え方も手がかりにしました。1947年の国会での説明では、国際労働会議で最低の基準とされてきた8時間労働・週休・年次有給休暇を、法律の基準にしたと述べられています[6]。ILOの第14号条約(1921年)は、工業の企業で働く人に7日ごとに少なくとも24時間の休息を、と定めています[7]。
では、祝日は何のために、どのように決まっているのでしょうか。
日曜日が休みなのは、法律が日曜と決めているからではない。労働基準法(1947年)第35条は、使用者は労働者に毎週少なくとも1回の休日を与えるか、4週間に4日以上の休日を与えるとする。地方自治体の解説は、この法定休日が必ずしも日曜や祝祭日である必要はないと述べている[5]。つまり、祝日に労働者を休ませる義務は、この条文には含まれない。
では、週1回の根拠は何か。1947年の国会での提案理由は、1919年以来の国際労働会議が最低基準としてきた8時間労働制・週休制・年次有給休暇制を基準にして最低労働条件を定めた、と説明する[6]。制定時の労働時間は1日8時間・週48時間だった[6]。労働基準法には、国際労働会議が示してきた基準も取り入れられた。
その国際的な水準の1つが、ILO第14号条約(1921年11月17日採択、1923年発効)である。工業的企業の労働者に、7日ごとに少なくとも24時間の休息を与えるとした[7]。ただし、日本がこの条約を批准したかどうかは、ここでは扱わない。重要なのは、「週に1日」の発想が、日曜という曜日の習慣とは別に、働く人の休息の最低基準として国際的にも言葉になっていたことだ。
では、法律が曜日を指定しないなら、祝日は何を根拠に休みになるのか。次の章で見る。
4. しゅくじつには、どんな 「わけ」が あるの?
4. 祝日には、法律に「趣旨」が一つずつ書いてある
4. 国民の祝日に関する法律 ── 「祝い、感謝し、記念する日」としての定義
1948ねん7月20日、祝日の ほうりつが できました[3]。この ほうりつは、よい くらしを つくる ために、みんなで 「いわい、かんしゃし、きねんする 日」を きめる、と かいて います[3]。
だから しゅくじつは、ただの おやすみ では ありません。1つずつ「わけ」が あります[4]。
たとえば こどもの 日は、こどもの 人かくを だいじに して、しあわせを かんがえ、おかあさんに かんしゃする 日です[4]。山の 日は、山に したしむ きかいを もって、山の めぐみに かんしゃする 日、と かいて あります[4]。
いまは 1年に 16日 あります[4]。カレンダーの 赤い 日には、ぜんぶ 「わけ」が あるの です。
戦後の1948年(昭和23年)7月20日、国民の祝日に関する法律が公布・施行されました。第1条は、よりよい社会、より豊かな生活を築きあげるために、国民がこぞって祝い、感謝し、または記念する日を定め、「国民の祝日」と名づける、としています[3]。
ここで大事なのは、「休む日」ではなく「祝う・感謝する・記念する日」が先に書かれていることです。休日にするのは、そのあとの規定です。
祝日は現在年16日あり、法律の第2条が、それぞれの趣旨を書いています[4]。たとえば次のようなものです。
- こどもの日:こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する[4]。
- 勤労感謝の日:勤労をたっとび、生産を祝い、たがいに感謝しあう[4]。
- みどりの日:自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ[4]。
- 山の日:山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する[4]。
つまり祝日は、休みの日である前に、「何を祝い、何に感謝するか」を持った日です。では、日曜と重なったときは、どうなるのでしょうか。
戦後の1948年(昭和23年)7月20日、国民の祝日に関する法律(法律第178号)が公布・施行された。第1条は、自由と平和を求める国民が、美しい風習を育てつつよりよい社会、より豊かな生活を築くために、国民こぞって祝い、感謝し、または記念する日を定めて「国民の祝日」と名づけるとする[3]。
注目すべきは、この条文の主語が「休む」ことではなく「祝う・感謝する・記念する」である点だ。休日とする規定は、後ろの第3条にある[4]。これは、労働基準法の週休(働く人の休息を目的とする)とは、別の根から出ていることを意味する。
第2条は、祝日ごとに趣旨を書く。こどもの日(5月5日)は、こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する日とされる。勤労感謝の日は勤労をたっとび生産を祝い国民たがいに感謝しあう日、みどりの日は自然に親しむとともにその恩恵に感謝し豊かな心をはぐくむ日、山の日は山に親しむ機会を得て山の恩恵に感謝する日とされる[4]。祝日は現在年16日ある[4]。
こうして、日曜(休息)と祝日(祝う・感謝する)は、制度として別のものになった。では、二つが重なったとき、法律はどう扱うのか。
5. 日曜日と しゅくじつが かさなったら?
5. 祝日が日曜日と重なったときの決まり
5. 第3条と改正の経過 ── 振替休日・国民の休日・月曜への移動
しゅくじつが 日曜日に あたると、その日の おやすみが 1日 へって しまいます。そこで、ほうりつは、つぎの しゅくじつでない 日を おやすみに する、と きめて います[4]。これが 「ふりかえ きゅうじつ」 です。
この きまりは 1973ねん4月12日の かいせいで できました[2]。
また、しゅくじつと しゅくじつに はさまれた ふつうの 日も おやすみに なります[4]。これは 1985ねんの かいせいで できました[2]。
さいきんは、こどもの 日の ような きまった 日の ものと、月曜日に うつった ものが あります。2000ねんに せいじんの 日と たいいくの 日が、2003ねんに 海の 日と けいろうの 日が 月曜日に なりました[2]。
祝日の決まりには、重なったときの手当てがあります。国民の祝日に関する法律の第3条は、祝日を休日としたうえで、祝日が日曜日に当たるときは、その後でいちばん近い祝日でない日を休日とする、と定めています[4]。振替休日です。1973年4月12日の改正で設けられました[2]。
また、前日と翌日がどちらも祝日である平日も休日とされます[4]。「国民の休日」と呼ばれ、1985年12月27日の改正で設けられました[2]。
その後、2000年に成人の日と体育の日が、2003年に海の日と敬老の日が月曜日に移りました[2]。ハッピーマンデーと呼ばれる仕組みです。こうして祝日の休みは、「祝う日」を保ちながら、連休をつくる方向にも動いてきました。
第3条は、国民の祝日を休日とし、祝日が日曜日に当たるときは、その後で最も近い祝日でない日を休日とする。さらに、前日と翌日が祝日である平日も休日とする[4]。前者が振替休日(1973年4月12日、法律第10号)、後者が国民の休日(1985年12月27日の改正)である[2]。
これらは、祝日が日曜と重なっても休みの総数が減らないようにするための調整である。日曜休日(休息)と祝日(祝い・感謝)を別の系統として設けたからこそ、重なったときの扱いを決める必要が生じた。
さらに2000年に成人の日と体育の日、2003年に海の日と敬老の日が月曜日に移された[2]。なお「2000年に4つが移った」わけではなく、施行年は祝日ごとに異なる点に注意したい。
6. カレンダーの 赤い 日の 「わけ」を さがして みよう
6. 家のカレンダーで、赤い日の「わけ」を探す
6. 条文で確かめる ── 家の暦と内閣府の一覧を照らし合わせる
おうちの カレンダーで、赤い 日を ひとつ えらんで みましょう。その 日には、どんな 「わけ」が あるの でしょう。
ないかくふの ホームページの 「こくみんの しゅくじつについて」を、おうちの 人と さがして みましょう。「いわう」「かんしゃする」「きねんする」の どれに あたるか、いっしょに みて みましょう。
むかしの 「1と 6の 日」も、カレンダーに 書きこんで みると、いまと どれだけ ちがうか よく わかります。
家にあるカレンダーで、赤い日を一つ選んでみましょう。その日の趣旨は何か、内閣府の祝日のページ(日本語)で探すことができます。「祝う」「感謝する」「記念する」のどれが書いてあるかを見ると、同じ休みでも、中身がちがうことに気づきます。
もう一つの確かめ方は、昔の「一六日」を書きこむことです。1年分のカレンダーに、1と6のつく日に印をつけ、月ごとに数えてみてください。月によって日数がちがうことにも気づきます。今の休みと比べてどう感じるでしょうか。
休みは、いつも同じ理由で決まったわけではありません。明治の役所の都合、働く人の休息、国全体で祝い感謝する日と、時代ごとに別の目的が重なってきました。
この記事で扱った条文は、内閣府の祝日のページと、日本法令外国語訳DBの日本語条文で読める[3][4]。祝日ごとの趣旨は第2条にあり、休日の扱いは第3条にある。法律の原文を読むと、祝日が「休む日」ではなく「祝う・感謝する・記念する日」として書かれていることを、自分の目で確かめられる。
家の暦で、赤い日を一つ選び、その日の趣旨を条文から探してみるのもよい。また、労働基準法第35条の「週1回」と、祝日法の「祝日は休日」を並べると、休日が二つの別の目的から作られていることが見える。
なお、日曜休日の導入時の資料(太政官達の原本)は、この記事では確かめていない。暦Wikiと二次資料で内容を確かめたものであり、原典に当たりたければ国立公文書館などの資料を探す入口になる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の番号と下の資料の番号は対応しています。条文の細かい数値は、公的機関の資料でご確認ください。
- koyomi8「日曜日はお休み?」 https://koyomi8.com/doc/mlwa/202209040.html (一六日休みと日曜休日への変更)
- 国立天文台 暦Wiki「明治以降の休日」 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/CEF2BBCB2FCCC0BCA3B0CAB9DFA4CEB5D9C6FC.html (太政官達と祝日法の改正の年)
- 内閣府「国民の祝日について」 https://www8.cao.go.jp/chosei/shukujitsu/gaiyou.html (祝日法の第1条)
- 日本法令外国語訳データベース「国民の祝日に関する法律」 https://www.japaneselawtranslation.go.jp/ja/laws/view/4846 (第2条・第3条の条文)
- 広島県「労働基準法の休日」 https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/work2/wn500088.html (週1回の法定休日の解説)
- 厚生労働省「労働基準法制定時の資料」 https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000889609.pdf (1947年の国会での提案理由)
- ニュージーランド外務貿易省 条約データベース「ILO第14号条約」 https://www.treaties.mfat.govt.nz/search/details/t/354/ (英語。1921年の週休の条約)
なおした ところ
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