1. なつに お正月が くるって、ほんとう?
1. 夏に元日が来る? ── 旧暦とは何か
1. 日本で旧暦と呼ばれる天保暦と、季節とのずれ
いま「旧暦」と よばれて いるのは、日本で 太陽暦が はじまる すぐ前まで つかわれて いた、天保暦と いう 暦の ことです[1]。太陽暦が つかわれ はじめたのは、明治6ねん(1873ねん)でした。
この 暦は、月の かたちの かわりかたで 月を かぞえます。ところが、月の かたちだけで 12回 かぞえると、1年が 短く なりすぎます。すると 日づけが どんどん 前へ ずれて、20年も たたない うちに、夏至の ころが お正月に なって しまうのです[3]。
夏に お正月では、春を まって たねを まく 日を、日づけで 決める ことが できなく なります。
2. 2つの ものさしは、どれだけ ずれるの?
2. 月の周期と太陽の周期 ── 1年で約11日のずれ
2. 朔望月×12と太陽年の差 ── 10.87日
ここでは 2つの ものさしが でて きます。1つめは 月の みちかけです。月が 見えない 日(新月)から つぎの 新月まで、およそ 29.5日 です[2]。
2つめは 季節です。春から 夏、秋、冬と めぐって、もとに もどるまで、およそ 365日と 4分の 1日 かかります。
月の ものさしで 12回 かぞえると、29.5×12=354日 ほど。季節の 1年より、およそ 11日 みじかく なります。3年たつと、ずれは 1か月ちかく なります[2]。
たとえば、1年に 11日ずつ 季節より 前へ ずれて いく とけいを 思いうかべて ください。ほうって おくと、3年で ひと月ぶん、ずれて しまいます。ただし 本当は、月と 季節は とけいの はりの ように つながって いる わけでは ありません。それぞれ べつに めぐって いるだけです。
ここに2つのものさしがあります。1つ目は月の満ち欠けです。月が見えない日(朔、新月の日)から次の朔まで、平均して約29.5日かかります。これを1か月とします[2]。
2つ目は季節で、太陽の動きが決めます。春から夏、秋、冬とめぐって元に戻るまで、約365.24日かかります。
月の暦で12か月を数えると、29.5日×12で約354日です。季節の1年より約11日短くなります。3年たてば、ずれはほぼ1か月分です[2]。
この2つの周期は、割り切れる比になっていません。どちらを優先しても、もう一方とずれが出ます。旧暦は、この2つのずれをどう折り合わせるかの工夫でもありました。
朔望月の平均は約29.530589日。12倍すると約354.37日で、太陽年(約365.2422日)との差は約10.87日、つまり約11日である[2]。3年で約32.6日、ほぼ1か月分のずれが溜まる。
月の位相(朔から次の朔)と、季節(太陽の見かけの位置)は、別々の周期である。2つの比が整数比にならないので、12か月の暦は季節から離れていく一方になる。
この2つを合わせる暦法が、太陰太陽暦である。合わせるための操作が、次章の閏月だ。
3. 13ばんめの 月を、どのくらい いれるの?
3. 19年に7回 ── 閏月の入れ方
3. 19年7閏の数字(メトン周期)と直近の閏月
ずれを なおす ために、ときどき 1年を 13か月に しました。この ふえた 月が 閏月です。国立天文台の せつめいでは、およそ 19年に 7回 いれて、季節との ずれが 大きく ならない ようにしました[3]。
なぜ 19年 なのでしょう。19年の あいだ、ふつうの 年は 12か月なので、19×12=228か月です。そこに 閏月を 7つ たして 235か月。この 235か月は、太陽の 19年に ほぼ ぴったり あいます[4]。
ちがいは、わずか 2時間ほどです[4]。19年に 7回、というのは、ずいぶん よく できた 数字でした。
さいきんでは、2025ねんに 閏6月が ありました。つぎは 2028ねんの 閏5月と されて います[10]。
旧暦では、ずれを直すために、およそ19年に7回、閏月を入れました。閏月のある年は1年が13か月になります[3]。
19年という数字には根拠があります。19年のあいだ、ふつうの年は12か月なので、19×12=228か月。そこに閏月7つを足すと235か月です。この235朔望月は、19太陽年とほぼ同じ長さです。19太陽年が約6939.60日、235朔望月が約6939.69日で、差は約0.09日、およそ2時間です[4]。
この周期は、紀元前433年にギリシャの数学者メトンが発見したとされ、メトン周期と呼ばれます。中国でも、19年を「章」とする章法があり、同じ関係を使って閏月を入れていました。メトンとは別に見つけられたとされます[4]。
最近では、2025年に閏6月がありました。次に閏月がある年は2028年(閏5月)と紹介されています[10]。
閏月の頻度は、およそ19年に7回とされる[3]。根拠は19太陽年≒235朔望月という関係で、19×12+7=235。19太陽年は6939.6017日、235朔望月は6939.6884日で、差は約0.087日(約2時間)にとどまる。これは前433年にギリシャのメトンが見いだしたとされる周期で、中国でも19年を「章」とする章法があり、メトンとは独立に見いだされたとされる同じ関係を使って閏月を入れた[4]。
前章の数字と照らすと、19年で溜まる差は約10.87日×19≒207日。閏月7か月分は29.53日×7≒207日で、計算がほぼ合う。
直近では2025年に閏6月(7月25日ごろから)があり、次は2028年の閏5月とされる[10]。この資料は暦要項の内容を紹介する二次的なページで、終了日などは原資料での確認が望ましい。
4. どの 月に いれるか、どう きめるの?
4. 「中気」のない月が閏月になる
4. 中気を含まない月=閏月 ── 中気の間隔と朔望月の差
閏月を いれる 月は、すきに きめて いいわけでは ありません。むかしの きまりは、「ちゅうきを ふくまない 月を 閏月に する」でした[5]。
ちゅうきとは、1年を 24に わけた めじるし(にじゅうしせっき)の うち、1つ おきの ものです。春分・夏至・秋分・冬至なども ちゅうきです[5]。
ふつうは、どの 月にも ちゅうきが 1つ はいって います。ところが ちゅうきは 30.4日ごとに きます。月の 1か月は 29.5日 なので、ときどき ちゅうきの はいらない 月が できます。その 月を 閏月に します。
そう 考えると、およそ 32〜33か月に 1回ほど、ちゅうきの ない 月が でると 計算できます。
たとえば 天保暦では、冬至を ふくむ 月が 11月、春分を ふくむ 月が 2月、夏至は 5月、秋分は 8月と きまって います[7]。ちゅうきが 月の 名前の めじるしです。
閏月をどの月に入れるかにも、決まりがありました。「中気を含まない月を閏月とする」です[5]。
中気とは、1年を24に分けた目印(二十四節気)のうち、1つおきのものです。春分・夏至・秋分・冬至などが中気にあたります[5]。ふだんは、どの月にも中気が1つずつ入っていて、その中気で月の名前が決まります。天保暦では、冬至を含む月が11月、春分を含む月が2月、夏至を含む月が5月、秋分を含む月が8月です[7]。
ところが、中気は約30.4日ごと、月は約29.5日ごとです。29.5日ごとに並べた箱へ、30.4日ごとにおはじきを1つずつ入れていくと、少しずつ後ろへずれて、ときどき中気が入らない月ができます。そこが閏月の候補です。中気が月の初めや終わりにくるなど、季節とのずれが大きくなるところに閏月が入ります[6]。
この間隔の差から計算すると、およそ32〜33か月に1回、中気の入らない月が出ることになります。
閏月は「中気を含まない月」とされる[5]。二十四節気は奇数番目が節気、偶数番目が中気で、春分・夏至・秋分・冬至などが中気にあたる。中気を含む月で月名を決め、中気の入らない月を閏月の候補とする。中気が月の初めや終わりにくるなど、季節とのずれが大きくなるところに閏月が入る、という説明もある[6]。
天保暦では、冬至を含む月を11月、春分を含む月を2月、夏至を含む月を5月、秋分を含む月を8月とする月名の条件が置かれた[7]。
なぜ中気の入らない月が生じるのか。中気の平均間隔は365.2422÷12≒30.44日で、朔望月(29.53日)より約0.91日長い。中気は月に対して0.91日ずつ後ろへずれ、29.53÷0.91≒32.5か月で1か月分に達する。したがって約32〜33か月に1回、中気のない月が現れる。これは間隔の数字からの計算で、出典に直接書かれた文言ではない。
この規則により、閏月は年の途中に置かれ、季節の目印である中気が月名を保つ。Wikipedia「閏月」では、中国で中気を含まない月を閏月とする方式は太初暦以来と説明され、年末に決めて置く方式から、年の途中に置く方式へ変わったという。
5. きまりが こまった ことに なる 年は?
5. 2033年問題 ── 決まりどおりにできない年
5. 2033年問題 ── 天保暦の条件が成り立たない
この きまりが、2033ねんから 2034ねんに かけて、こまった ことに なります。ちゅうきが 2つ はいる 月が 2つ、ちゅうきが はいらない 月が 3つ できるのです[8]。
すると、8月(秋分)と 11月(冬至)の あいだが 1か月しか なくなり、9月と 10月を きめられなく なります[8]。天保暦が つかわれて から、はじめての ことです。
「2033ねんに 閏月が くる」という 話では ありません。閏月の きめかたが きまらない、という もんだいです[8]。
では、だれが きめるのでしょう。1873ねんから 日本は 太陽暦を つかって いて、旧暦に ついて 見かいを 出す 公的な 機関は ない、と 国立天文台は 書いて います[8]。ふせぐ 案は いくつか あり、民間の 団体が 2015ねんに 閏11月に する 案を すすめました[9]。
この決まりは、2033年から2034年にかけて、うまく働かなくなります。中気が2つ入る月が2つ、中気が入らない月が3つ生じるのです[8]。
すると、秋分を含む8月と冬至を含む11月のあいだが1か月しかなくなり、9月と10月を確定できません[8]。天保暦の採用以来、初めて起こることです。
「2033年に閏月が来る」という話ではありません。決まりのままでは、閏月をどこに置くかが定まらない、という問題です[8]。
では、誰が決めるのか。1873年以降、日本はグレゴリオ暦を用いており、旧暦の閏月の入れ方に問題が生じても見解を発表する公的機関は存在しない、と国立天文台は述べています[8]。回避案は複数あり、民間の日本カレンダー暦文化振興協会は、2015年に閏11月を置く案を推奨しました[9]。
2033年から2034年にかけて、天保暦の規則では、中気が2つ入る月が2つ、中気が入らない月が3つ生じる。秋分を含む月(8月)と冬至を含む月(11月)の間が1か月しかなくなり、9月と10月を確定できない。天保暦の採用以来、初めての事態である[8]。
これは「2033年に閏月が来る」のではなく、閏月の決め方が定まらない問題であることに注意したい[8]。
誰が決めるのか。国立天文台は、1873年以降の日本はグレゴリオ暦を用いており、旧暦の閏月の入れ方に問題が生じても見解を発表する公的機関は存在しない、と述べる[8]。回避案は複数あり、民間の日本カレンダー暦文化振興協会が2015年に閏11月案を推奨した[9]。協会案の中身は、この記事では詳しく確かめていない。
6. めいじの 暦の かえかたで、きえた 閏月
6. 明治6年の閏6月は、改暦で消えた
6. 明治の改暦(1872年)と、消えた閏6月
いまの 旧暦は、太陽暦が はじまる まえの 暦の ことでした。その きっかけの 話を します。
明治5ねん11月9日(1872ねん12月9日)に、太陽暦を つかう ことを きめた 布告が 出ました。旧暦の 明治5ねん 12月3日が、新しい 暦の 明治6ねん 1月1日に なりました[11]。12月は、2日で おわって しまったのです。
しかも、改暦を しなければ、明治6ねんには 閏6月が あって、13か月の 年に なるはずでした。毎月 おきゅうりょうを もらう 人たちに 13回 はらう ことに なって、くにの おかねが こまる。それを さけたかった、と 説明する 人も います[12]。
ただし、これは かいかくの りゆうの 1つと される 考えで、これだけが りゆうだった とは いえません。
ここまで来ると、なぜ改暦が起きたのかが気になります。
明治5年11月9日(1872年12月9日)に、太陰暦をやめて太陽暦を採用する詔書と太政官布告が出ました。旧暦の明治5年12月3日が、新暦の明治6年1月1日になりました[11]。旧暦の12月は、2日で終わったことになります。
改暦しなければ、明治6年は閏6月のある13か月の年でした。財政が苦しい政府にとって、月給制になった官吏に13回払う負担を避けられる、という事情があったとも説明されます。これは大隈重信の回顧録をもとに紹介される話で、改暦の理由の1つとされる説です[12]。唯一の理由だったとは言えません。
布告から元日までは、約3週間しかありませんでした。準備の時間が短かったことも、当時の混乱の背景に挙げられます[12]。
明治5年11月9日(1872年12月9日)、太陰暦を廃して太陽暦を採用する詔書・太政官布告が出され、旧暦の明治5年12月3日が新暦の明治6年1月1日となった。1年365日、4年に1度の閏年なども定められた[11]。旧暦の12月は2日で終わったことになる。
改暦がなければ、明治6年は閏6月のある13か月の年だった。財政難の政府にとって、月給制になった官吏に13回払う負担を避けられる、という動機があったとする説明が、大隈重信の回顧録(『大隈伯昔日譚』)を引いて紹介されている。ただし、これはWikipedia「明治改暦」に載る説明で、財政動機は説の1つであり、唯一の理由とは言えない[12]。
布告から新暦元日までは約3週間で、準備期間が短く混乱があったとされる[12]。
旧暦の閏月は、月の暦と季節を合わせる工夫だった。その決まりは、天保暦の条件の中でだけ成り立つ。2033年問題は、公的に旧暦を定める機関がなくなった今、その決まりをどう扱うかが問われる例といえる。
7. じぶんでも たしかめて みたく なったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
おうちの カレンダーに、小さく 旧暦の 日づけが のって いる ことが あります。あったら、今日が 旧暦の 何月何日かを 見て、夜の 月の かたちと くらべて みましょう。旧暦の 1日ごろは、月が ほとんど 見えない 新月の ころです。
のって いなくても だいじょうぶです。月が 見えない 日から かぞえて、つぎに 見えない 日までを、日づけを つけて 書いて みると、1か月が 29日か 30日に なる ことが わかります。
- カレンダーに旧暦の日付が載っていたら、月の形と見比べてみましょう。旧暦の1日ごろは新月、15日ごろは満月に近くなるはずです。数日ずれることもあります。ずれ方を書き留めておくと、月の周期が29.5日であることの手がかりになります。
- 2025年の閏6月のころの月の様子を、写真や記録で探してみましょう[10]。同じ「6月」が2回あったとき、季節の目印はどうなっていたでしょうか。
- 紙に、月の名前(8月・9月・10月・11月)を横に並べてみましょう。秋分は8月、冬至は11月に入る決まりです。間の9月と10月の箱に中気を入れようとすると、どうなるでしょうか。2033年問題の解決案がいくつも出ている理由が見えてきます[9]。
- 紙に、月の名前(8月・9月・10月・11月)を横に並べた箱を書く。秋分は8月、冬至は11月に入る決まりなので、その間の9月と10月の箱に中気を入れようとすると、どうなるかを書き出す。天保暦の月名の条件[7]と、この記事の32〜33か月という計算を手がかりに、2033年問題の解決案がいくつも出ている理由を自分の言葉でまとめる[6]。
- 国立天文台のニュース[8]から、2033年から2034年の朔と中気の並びを表にして、9月と10月が定まらない理由を確かめる。
- 国立公文書館の「日本のあゆみ」[11]のページを開き、布告の日付(明治5年11月9日)と、旧暦12月3日が新暦1月1日になったことを読む。そのうえで、Wikipedia「明治改暦」[12]の財政動機の説明が、布告の説明とどう役割が違うかを比べる。
- 19×12+7=235の関係を、朔望月の平均(29.530589日)と太陽年(365.2422日)から自分で計算し直し、差が約2時間になることを確かめる[4]。
しらべた ところ
参考にした情報源
参考にした情報源
出典について:国立天文台の解説とニュース・暦Wiki、天文学辞典、国立公文書館、民間団体のページ、Wikipedia、暦要項を紹介するページを突き合わせて使った。国立天文台の暦Wikiは検索での抜粋を含む。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- 国立天文台 FAQ「「旧暦」ってなに?」. https://www.nao.ac.jp/faq/a0304.html (旧暦の定義、太陽暦の採用について)
- 国立天文台 暦Wiki「太陰太陽暦」. https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2C2C0CDDBCEF1.html (朔望月×12と太陽年の差、約3年で1か月のずれについて)
- 国立天文台 FAQ「「旧暦」は現在の暦より季節に合っているの?」. https://www.nao.ac.jp/faq/a0305.html (季節とのずれ、閏月を19年に7回入れることについて)
- 天文学辞典「メトン周期」. https://astro-dic.jp/metonic-cycle-2/ (19太陽年と235朔望月の関係、中国の章法について)
- 国立天文台 暦計算室「閏年と旧暦について」. https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/topics/html/topics1990.html (中気を含まない月を閏月とする決まり、二十四節気の中気について)
- 国立天文台 暦Wiki「太陰太陽暦/置閏法」. https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2C2C0CDDBCEF12FC3D6B1BCCBA1.html (閏月の入れ方。検索での抜粋で確認)
- 国立天文台 暦Wiki「置閏法/2033年問題」. https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2C2C0CDDBCEF12F2033C7AFCCE4C2EA.html (天保暦の月名の条件について。検索での抜粋で確認)
- 国立天文台ニュース「閏月が定まらない? 2033年の中秋の名月はいつに」. https://www.nao.ac.jp/news/blog/2023/20230829-koyomi.html (2033年問題、公的機関がないことについて)
- 日本カレンダー暦文化振興協会「2033年問題」. https://www.rekibunkyo.or.jp/year2033problem.html (民間団体の閏11月案について)
- かいけつ! 手続き案内「令和7年の閏月」(暦要項の内容を紹介するページ). https://www.kaiketsu-j.com/procedure/8913/ (2025年の閏6月と次の閏月について。検索での抜粋で確認)
- 国立公文書館「日本のあゆみ」太陽暦が採用される. https://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/m05_1872_05.html (明治の改暦の布告について)
- Wikipedia「明治改暦」. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%B2%BB%E6%94%B9%E6%9A%A6 (財政動機の説、準備期間について。大隈重信の回顧録を引く二次資料)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。