1. しんの なかみは、なまりでは ないの?
1. 芯の中身は、鉛ではなく黒鉛と粘土
1. 芯の主材料は黒鉛 ── 鉛は含まれず、炭素でできている
えんぴつの しんを、こまかく かんがえて みましょう。まっ黒で、ちょっと おもたそうで、なまりの ように みえます。
でも、さいたま市の かがくの ページには、「しんは おもに 黒鉛で できて いて、なまりは ふくまれて いません。炭素で できて います」と あります[1]。
つまり、えんぴつの しんの おもな ざいりょうは、すみや たきびの すすと おなじ なかまの 炭素です。これに 粘土を まぜて、かたく やきます[11]。
では、なまりでは ないのに、どうして なまりの なまえが ついたのでしょう。
2. どうして「なまり」と よばれる ように なったの?
2. 黒鉛は、鉛の鉱石と取り違えられた
2. 「黒い鉛」と呼ばれた黒鉛 ── 方鉛鉱との取り違え
むかしの ヨーロッパの ひとは、くろくて つやの ある ものを みると、「なまりの なかまだ」と おもいました。
くろえんは、むかし「ブラック・リード」、つまり「くろい なまり」と よばれて いました。ラテン語で なまりを いう ことばから できた「プルンバゴ」と いう よびかたも ありました[4]。どちらも、みためが にた なまりの こうせきと まちがえた ことから うまれた なまえです[4]。
この「鉱石」は、なまりの もとに なる いしの ことです。
その なごりで、英語では えんぴつの くろい しんを、いまでも「リード」と よびます。なまりの ことばです。でも、ほんとうは なまりは はいって いません[7]。
では、この まちがいに きづいた のは、だれでしょう。
黒鉛は昔、英語で「ブラック・リード(黒い鉛)」や「プルンバゴ」と呼ばれていました。プルンバゴは、ラテン語で鉛を意味する plumbum に由来します。どちらの名前も、百科事典の説明では、見た目がよく似た鉛の鉱石、とくに方鉛鉱との取り違えから生まれたとされます[4]。
取り違えの相手になった方鉛鉱は、鉛をとる鉱石です。中身はまったくちがうのに、見た目が似ていたために、同じ「鉛」の仲間に入れられてしまったのです。
やっかいなのは、名前が残ったことです。英語では、鉛筆の黒い芯を今でも lead(鉛)と呼びます。実際には鉛の元素を含んだことは一度もない、と説明されています[7]。
では、いつ、だれが、黒鉛は鉛ではないと示したのでしょうか。
黒鉛は歴史的に、black lead(黒い鉛)や plumbago(プランバゴ)と呼ばれた。後者は、ラテン語で鉛を意味する plumbum に由来する。どちらの名前も、百科事典の記述では、外見の似た鉛鉱石、特に方鉛鉱との混同から生じたとされる[4]。
方鉛鉱は鉛をとる鉱石であり、中身は黒鉛とまったく別である。外見が似ていたことだけが、同じ名前を呼びこんだ。
英語では今も芯が lead と呼ばれ、芯が鉛の元素を含んだことはない、と説明される[7]。日本語では、後の章で見るように、辞典が「昔、鉛を用いたところから」と「鉛筆」の名を説明しており、筆記具の名に「鉛」の字が残っている。
では、取り違えはいつ、誰によって解けたのか。
3. まちがいに きづいた のは、だれ?
3. 取り違えを解いたシェーレと、「書く」と名づけたヴェルナー
3. 18世紀末にシェーレが黒鉛を別の鉱物と示し、炭素と分かるまで
スウェーデンの シェーレと いう ひとは、1778年に、くろえんと ほかの ふたつの くろい こうぶつが、べつべつの ものだと しめしました[4]。ほかの ふたつの うちの ひとつが、なまりの こうせきです。
その つぎの 年、1779年には、くろえんを もやして みました。すると 二さんかたんそという きたいが でて、くろえんが 炭素で できて いる ことが わかった、と アメリカの こうぎょうの しりょうに あります[5]。
そして 1789年、ドイツの ヴェルナーと いう ひとが、ギリシャ語の「かく」から、くろえんに「グラファイト」と いう なまえを つけました[6]。かく ための いし、という いみです。
ところが、ふしぎです。あたらしい なまえが できても、「なまり」の ことばは えんぴつに のこりました。
転機は18世紀の終わりにやってきました。スウェーデンのシェーレは1778年に、黒鉛、輝水鉛鉱、方鉛鉱が、それぞれ別の鉱物であることを示しました[4]。つまり、黒鉛は鉛の鉱石ではないと分かったのです。
その翌年の1779年には、黒鉛を酸化させると二酸化炭素になることを示し、黒鉛が炭素でできていることが分かったと、米国の鉱業資料は伝えています[5]。1778年と1779年は別の業績で、年を混ぜないように注意が要ります。
さらに1789年には、ドイツの鉱物学者ヴェルナーが、ギリシャ語で「書く」を意味する graphein にちなんで、graphite(グラファイト)と名づけました[6]。「書くための石」という、使い道そのものを名前にしたのです。
鉛でないと分かり、新しい名前もできました。それでも、日本語の「鉛筆」の「鉛」は、そのまま残っています。
取り違えを解いたのは、スウェーデンの化学者シェーレである。1778年に、黒鉛・輝水鉛鉱・方鉛鉱が互いに別の鉱物であることを示した[4]。これによって、黒鉛は鉛の鉱石ではないと整理された。
では、黒鉛の正体は何か。米国の鉱業資料(OneMine)は、組成が決まったのは1779年で、シェーレが黒鉛を酸化すると二酸化炭素になることを示した、と記す[5]。酸化して出た気体が二酸化炭素だったことから、黒鉛は炭素からできていると分かった、という流れである。1778年と1779年は別の業績なので、年を混ぜない。
そして1789年、ドイツの鉱物学者ヴェルナーが、ギリシャ語の graphein(書く)にちなんで graphite と名づけた[6]。名前の由来が、混同の元になった「鉛」の外見から、「書く」という用途へ切りかわったことになる。
しかし、英語の芯は今も lead と呼ばれ[7]、日本語の鉛筆も「鉛」の字を保った。鉛筆では、科学上の理解が変わったあとも「鉛」の字が残った。
ところで、炭素のかたまりである黒鉛は、どうして紙の上に線を残せるのだろうか。
4. かたまりなのに、どうして じが かけるの?
4. 炭素の層がすべるから、紙に線が残る
4. 層状構造 ── 層のあいだがすべりやすく、はがれやすい
くろえんは、炭素が ならんで できて います。その ならびかたが、ふしぎです。
炭素の つぶが、はちの すのような ろっかくけいの わっかに つながり、うすい いたのように ひろがります。その いたが、なんまいも かさなって います[2]。
この いたと いたの あいだは、とても すべりやすく、はがれやすい のだ、と かがく ぎじゅつ しんこう きこうの せつめいに あります[3]。
えんぴつで かみを こすると、この いたが うすく はがれて、かみに のこります。それが、わたしたちの みて いる 黒い せんです。
六角形の輪が重なった「層」
黒鉛では、炭素原子が六角形の輪になって平面状に広がり、その平面が何枚も積み重なっています。辞典では、これを層状構造と呼びます[2]。
科学技術振興機構(JST)の発表では、鉛筆でなめらかに字が書けるのは、この層と層の間がすべりやすく、はがれやすいためだと説明されています[3]。
同じ炭素でも、並び方が変われば別のもの
黒鉛は炭素の同素体の一つで[2]、ダイヤモンドも炭素の同素体として知られています。同じ炭素でも、原子の並び方がちがうだけで、性質はまったく別です。鉛筆の芯が書けるのは、炭素そのものの性質というより、層が重なった並び方のおかげです。
紙に引いた線は、鉛筆を動かすたびに層がはがれて紙に残ったものだ、と考えると筋が通ります。
黒鉛は、六つの炭素原子が輪になった平面(六員環)が、二次元的に連なった層をなし、その層が積み重なった層状構造をもつ六方晶系の結晶である[2]。
2008年のJSTの共同発表は、この構造について「鉛筆でなめらかに字が書けるのは、層の間がすべりやすく、はがれやすいため」と説明する[3]。層のあいだがすべりやすければ、鉛筆を動かす力で層がずれ、薄くはがれる。はがれたものが紙に残れば、それが線になる、と読める。
黒鉛は炭素の同素体の一つで[2]、ダイヤモンドも炭素だけからできた同素体として知られる。同じ元素でも、原子の並び方がちがえば性質が大きく変わる。黒鉛では炭素原子が層をなすため、すべりやすい。この点が、ダイヤモンドとの大きなちがいである。
では、黒鉛だけを固めれば鉛筆の芯になるのだろうか。芯の硬さは、何で決まるのか。
5. こい しんと うすい しんは、なにが ちがうの?
5. 硬さを決めるのは、粘土と黒鉛の割合
5. 粘土と黒鉛の混合比 ── HBの7:3と、1795年のコンテ
えんぴつには、HBや 2Bのような しるしが あります。BはBlack、くろい という いみで、Hは Hard、かたい と いう いみです[10]。
この ちがいを つくるのは、粘土と 黒鉛の 割合です。HBでは、黒鉛が 7、粘土が 3 です[11]。ほかの かたさでは、わりあいが ちがいます。
粘土が おおいほど、しんは かたく、いろは うすく なります[11]。
この つくりかたを かんがえた ひとの ひとりが、フランスの コンテで、1795年の ことです[9]。
鉛筆の芯の硬さは、黒鉛と粘土の割合で決まります。HBは黒鉛が7、粘土が3です。これは一例で、ほかの硬さでは割合がちがいます[11]。粘土が多いほど硬くなり、色はうすくなります。
H は Hard(硬い)、B は Black(黒い)の頭文字です。Hの数字が大きいほど硬くてうすく、Bの数字が大きいほど軟らかくて濃くなります[10]。
この製法を考えた人として名前が挙がるのが、フランスのコンテです。1795年に、黒鉛を粘土と混ぜて焼き固める方法を考え、混ぜる割合を変えると硬さが変わることも見つけました[9]。現在の鉛筆の製法の基本です。
ただし、これに似た方法を、オーストリアのハルトムートが少し前に見つけていたという説もあります[10]。コンテ一人の発明とは言い切れません。
芯は黒鉛と粘土からなり、硬さは両者の割合で決まる。HBは黒鉛7:粘土3で、粘土が多いほど硬く、色はうすい[11]。この7:3はHBの一例であり、他の硬さでは割合がちがう。HBの場合、黒鉛は全体の70%にあたる。
H(Hard)は硬い芯、B(Black)は軟らかい芯を表す。Hの数字が大きいほど硬くてうすく、Bの数字が大きいほど軟らかくて濃い[10]。濃さを決めているのは、紙に残る黒鉛の量だと考えられる。
この製法を確立したのは、一般にはフランスのコンテとされる。1795年に黒鉛と粘土を混ぜて焼き固める方法を考案し、割合で硬さが変わることを見つけた[9]。日本大百科全書は、同様の方法をオーストリアのハルトムートがやや早く見いだしたとする説も紹介する[10]。したがって、コンテを唯一の発明者と断定しない。
イギリス北西部のボローデールでは、1564年(三菱鉛筆は「1560年代」と記す)に、混じりけの少ない塊状の黒鉛が見つかった[8]。
では、日本にはこの鉛筆は、どのように入ってきたのだろうか。
6. にほんでは、いつ えんぴつを つくりはじめたの?
6. 「石筆」と呼ばれた時代から、国産化まで約10年
6. 石筆から国産鉛筆へ ── 眞崎仁六の約10年
にほんの ことばの じてんには、「えんぴつ」は「むかし、なまりを つかった ところから」と かいて あります[10]。ここにも、あの まちがいの なごりが あります。
えどの おわりごろには「石筆」と よばれました。オランダ語の ことばの やくで、もとは スペインの 黒鉛の しょうひんの なまえでした[10]。
いえやすの のこしたものと される、およそ 6cmの えんぴつも、くのうざんの はくぶつかんに あります。どう わたって きたのかは、きろくが なく、わかりません[9]。
くにの なかで つくろうと した ひとも います。まさきじんろくです。
日本語の「鉛筆」の「鉛」も、辞典には「昔、鉛を用いたところから」と書かれています[10]。
幕末には「石筆」と呼ばれました。これはオランダ語 potloot(陶工の鉛という意味)の訳語で、もとはスペイン産黒鉛の商品名だったそうです[10]。久能山東照宮博物館には、徳川家康の遺品とされる約6cmの鉛筆が所蔵されています。どう渡ってきたかは記録がありません[9]。
国産化に挑んだのが、眞崎仁六です。1878年のパリ万国博覧会で鉛筆を見て国産化を志し、1887年に東京の内藤新宿に眞崎鉛筆製造所を開きました[12]。のちの三菱鉛筆です。
量産の技術は国内になく、黒鉛に粘土を混ぜて焼く芯づくりから一人で試し、国産化を志してから使える品ができるまでに約10年かかったと伝えられます[12]。創業年を1886年とする説もあり、資料でちがいます。
日本語の「鉛筆」は、精選版日本国語大辞典が「昔、鉛を用いたところから」と説明する語で、取り違えの名残が日本語にも入っている[10]。幕末には「石筆」と呼ばれた。世界大百科事典によれば、これはオランダ語 potloot(陶工の鉛の意)の訳語で、もとはスペイン産黒鉛の商品名 Potloth だった[10]。なぜ黒鉛を鉛と呼ぶようになったのかの詳しい経緯は、資料で支えられないため述べない。
では、日本の鉛筆の歴史はどこまでさかのぼれるのか。久能山東照宮博物館には、徳川家康の遺品とされる約6cmの鉛筆が所蔵されている。ただし日本への渡り方は記録がなく、「家康が使った」と断定はできない[9]。
国産化に挑んだのが眞崎仁六である。1878年のパリ万国博覧会で鉛筆を見て国産化を志し、1887年に東京・内藤新宿で眞崎鉛筆製造所を開いた(創業年を1886年とする説もあり、1887年は三菱鉛筆の記す年である)。当時の日本に量産の技術はなく、黒鉛に粘土を混ぜて焼く芯づくりから試行を重ね、国産化を志してから使える品ができるまでに約10年かかった[12]。これは後の三菱鉛筆につながる。
前章で見た「黒鉛に粘土を混ぜて焼く」という考え方を、日本の中で一から試して形にした時間が、この10年である。
7. かみの せんを、しっかり みて みよう
7. 紙の上の線を、指と目で確かめてみる
7. 線の濃さと手触りを比べる ── 家で確かめられること
えんぴつと かみを よういして、やって みましょう。
まず、かみに えんぴつで、くろく ぬります。ぬった ところを、ゆびで そっと こすって みましょう。ゆびが 黒く なれば、はがれた こなが のこって いる しるしです。
つぎに、Bの ついた えんぴつと、Hの ついた えんぴつで、ならべて せんを ひきます。どちらが こいか、どちらが さわった ときに ゆびが よごれやすいかを、くらべます。
ルーペが あれば、せんの ちかくを みて みましょう。なにが みえるか、ノートに かいて おくと、あとで おもしろく なります。
よごれた ゆびは、すぐに あらいましょう。
鉛筆と紙を用意して、次のことを試せます。
まず、紙の上で、鉛筆を強く押して黒く塗ります。塗った部分を指で軽くこすると、指に黒い粉がつきます。黒鉛が層になってはがれやすいという話を、指先で確かめられます。
次に、HとBがついた鉛筆で同じ長さの線を引き、濃さを比べます。粘土が多い芯ほど硬くて色がうすい、という説明[11]と、見た目が合っているかを見ます。
ルーペがあれば、線の端をよく見ます。線がどう見えるかを、ノートに書いておきましょう。
もっと調べたくなったら、辞典の「黒鉛」「鉛筆」の項[2][10]から入ると、日本語で短く読めます。三菱鉛筆の公式サイトにも、芯のことが書いてあります[11]。
黒鉛の線は、層がはがれて紙に残ったものだという説明は[3]、家にあるもので確かめられる。紙に鉛筆で濃く塗り、指でこすれば、黒い粉が指に移る。層が弱く結びついていることの、手触りでの確認になる。
同じ強さで、HとBの鉛筆で線を引き、濃さを比べる。粘土が多いほど芯は硬く、色はうすい[11]という説明と合うかを見る。2Bや4Bなど、数字の大きい鉛筆があれば、濃さのちがいが分かりやすい。
読む手がかりとして、辞典の「黒鉛」[2]と「鉛筆」[10]の項は、構造・歴史・日本語での名の由来を、短くまとめている。JSTの共同発表(2008年)[3]は、層状構造の説明を原文で確かめられる。家にある鉛筆の側面の表示と、辞典の「鉛筆」の項を読み比べると、HやBの意味が実物で確かめられる。
鉛筆の名が「鉛」であり続けること自体が、取り違えの歴史を言葉の中に残している。名前がどのように変わり、あるいは変わらなかったかを、他の道具でも探してみると、新しい「気になる」が見つかるかもしれない。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:自治体の科学解説、辞典、研究機関の発表、博物館・図書館・メーカーの資料を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- さいたま市 サイエンスナビ「シャープペンや鉛筆の芯の話」。https://www.city.saitama.lg.jp/sciencenavi/tanoshimu/004/p030618.html (芯に鉛が含まれないこと)
- コトバンク「黒鉛」(世界大百科事典・化学辞典)。https://kotobank.jp/word/%E9%BB%92%E9%89%9B (黒鉛が炭素の同素体で層状構造をもつこと)
- 科学技術振興機構(JST)共同発表(2008年11月10日)。https://www.jst.go.jp/pr/announce/20081110/index.html (層のあいだがすべりやすく、字が書けること)
- Wikipedia「Graphite」。https://en.wikipedia.org/wiki/Graphite (black lead・plumbago という名と、シェーレ1778年の業績。百科事典の記述)
- OneMine「Graphite」。https://onemine.org/documents/graphite (1779年に黒鉛を酸化して二酸化炭素を得た記述。鉱業資料)
- ウォータールー大学 地球科学博物館「Graphite」。https://uwaterloo.ca/earth-sciences-museum/node/263 (1789年のヴェルナーによる命名)
- Wikipedia「Pencil」。https://en.wikipedia.org/wiki/Pencil (英語で芯が今も lead と呼ばれること)
- 大英図書館ブログ「The history of the pencil」。https://www.bl.uk/stories/blogs/posts/the-history-of-the-pencil (ボローデールでの黒鉛の発見)
- 三菱鉛筆「えんぴつの歴史」。https://www.mpuni.co.jp/special/qa/history.html (コンテの製法と、家康の遺品とされる鉛筆。メーカーの解説)
- コトバンク「鉛筆」(精選版日本国語大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)。https://kotobank.jp/word/%E9%89%9B%E7%AD%86-173337 (語の由来、石筆、HとB、コンテとハルトムート)
- 三菱鉛筆「えんぴつのナゾを解く」。https://www.mpuni.co.jp/special/qa/mistery.html (芯の材料と硬さを決める割合。メーカーの解説)
- THE SHASHI「三菱鉛筆」。https://the-shashi.com/tse/7976/chapter-1/ (眞崎仁六による国産化。企業紹介の記事)
なおした ところ
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