1. はまべで 海そうを 食べる 羊は、いつから?
1. 浜辺の羊は、石垣で草地から閉め出された
1. 1832年の石垣と、浜辺に残された羊
スコットランドの 北に、ノース・ロナルドセー島という 小さな 島が あります。ここの 羊は、ひきしおの ころに はまへ 出て、海そうを 食べます[4]。
みちしおに なると、羊は 休んで、食べた ものを 口に もどして かみ直します。これを「はんすう」と いいます[4]。
むかし、島の ぐるりに 石の かべが つくられました。1832年に できあがった かべです。かべの 中に 草地が あり、羊は 外の はまに とじこめられた と いわれます[4]。それから、ほとんど 海そうだけを 食べるように なったそうです。
冬は あらしで、海そうが たくさん 打ち上げられます。この 羊は、冬に 太ると いわれます[5]。
では、ふつうの 羊は、草の どこを どう 食べて いるのでしょう。
ノース・ロナルドセー島はスコットランド北部、オークニー諸島の北のはしにあります。ここの羊は、ほとんど海藻だけという、とても珍しい食生活をしています[5]。
きっかけは、1832年に完成した羊のための石垣だといわれます。高さはおよそ1.8メートル、島を一周する長さはおよそ19キロメートルとされます(この数字は、百科事典に出典なしで書かれたものなので、目安として読んでください)[5]。島の羊はこの石垣の内側の草地に入れず、浜辺と海藻の食べ物に閉じこめられた、とオークニーの羊の保存団体は説明しています[4]。
羊は、潮が引いた時間に浜で海藻を食べ、潮が満ちると休んで反芻します[4]。冬は嵐でコンブなどが浜に打ち上げられ、羊は冬に太るといわれます[5]。
つまり答えの要点は、「草地に入れなくなった羊が、浜にあるものを食べて暮らすようになった」ということです。ただ、そのためには、羊の体が海藻を食べ物にできる必要があります。ふつうの羊は、そもそも何を、どう食べているのでしょうか。
ノース・ロナルドセー島の羊は、ほぼ海藻だけを食べる。その背景として、1832年に完成した羊用の石垣(高さ約1.8m、周囲約19kmとされるが、この寸法は百科事典の記述で出典が示されていない)が挙げられる[5]。オークニー羊財団は、石垣の完成後、羊は浜辺と、ほぼ完全に海藻からなる食事に閉じこめられた、と説明する[4]。
羊は引き潮の時間に浜で海藻を食べ、満ち潮のあいだは反芻する[4]。冬は嵐で打ち上げられるコンブなどが増え、羊は冬に太るとされる[5]。
ただし、囲いを理由とする説明は財団と百科事典のもので、石垣が唯一の原因だと示す研究を、この記事は取り上げていない。のちの章で見るように、羊と海藻の付き合いは石垣より古い。それでも、海藻中心の食事が「石垣で決定的になった」という説明は、羊の食べ方を考える出発点になる。では、ふつうの羊は草のどこを、どう食べるのか。
2. 羊の 口は、どうやって 草を えらぶの?
2. 割れた唇で選ぶ ── ふつうの羊の食べ方
2. 割れた上唇と歯ぐきのパッド ── 選んで食べる口
羊の 上の くちびるは、まん中で 二つに われて います。これで、すきな 葉だけを つまんで とれます[1]。
上の 前歯は ありません。その かわりに、かたい 歯ぐきの ような ところが あります。下の 前歯と はさんで、草を かみ取ります[1]。
羊は、食べ物を よく えらぶ 動物です[1]。食べるのは 草だけでは ありません。花の さく 草も 食べます[2]。
牛と くらべると、牛は 草を 中心に 食べます。羊は、草の ほかに、花の さく 草や 小さな 木も よく 食べる 食べ方だと いわれます[2]。
羊の 口は、細かい 作業が とくいな 口なのです。
ふつうの羊の口は、草を「選んでつまむ」ことに向いています。羊の上唇は中央が割れていて、好みの葉を植物からつまみ取れます。上の前歯はなく、かわりに歯ぐきが固くなったパッドがあり、下の前歯と合わせて草をかみ取ります[1]。パッドは歯ではなく、歯ぐきの固い組織です。
羊は食べ物をよく選ぶ動物としても知られます[1]。食べるのは草だけではなく、草以外の花の咲く草(広葉草本)も好みます[2]。
牛との食べ分けも報告されています。牛が草(イネ科)を中心に選ぶのに対し、羊は草以外の花の咲く草や低木もよく食べる傾向があります[2]。草と花の割合は、場所や季節、研究によって変わるため、数字よりも「羊は草だけを食べるわけではない」という傾向を覚えておくと十分です。
草も花も木の葉もこなす口をもつ羊が、海藻まで食べ物にできるのは、口だけの話ではありません。体の中には、もう一つ大きな仕組みがあります。
羊の上唇は割れており、植物から好みの葉をつまみ取れる。上顎の前歯はなく、歯ぐきが固くなったパッド(dental pad)と下の前歯で草をかみ取る。パッドは歯ではなく歯ぐきの組織である。羊は採食の選択性が高いとされる[1]。
食べ物の内訳は、牛と比べると分かりやすい。報告によれば、牛は草(イネ科)を中心に選ぶのに対し、羊は花の咲く草(forb)や低木もよく食べる[2]。メイン大学の資料は草40%・forb 40%・低木20%と説明しており、割合は場所・季節・研究で揺れる。比べるなら、具体的な数字より「羊は草以外もよく食べる」という傾向を読むのがよい。
この食べ分けは、草地の管理にも使われる。同じ報告によれば、牛が避けるメドハギ属の植物(sericea lespedeza)を、羊は避けない。縮合タンニンに強いためとされ、雑草対策に羊を使う研究がある[2]。これは縮合タンニンへの耐性の話で、あらゆる有毒植物を羊が平気で食べるという意味ではない。
選んでつまむ口で集めた草は、どう栄養になるのか。次は、胃の中を見る。
3. 草や 海そうは、おなかの 中で どうなるの?
3. 胃の中の小さな生きものが、草や海藻を栄養にする
3. 反芻胃の微生物と、褐藻を分解するPrevotella属
羊の 胃は、ひとつですが、四つの へやに 分かれて います[3]。いちばん 大きな へやには、とても 小さな いきものが たくさん すんで います[1]。
小さな いきものが、かたい 草を 分解します。羊は、そこから できた ものを 栄養に します[1]。
食べた 草を 口に もどして、かみ直す ことも あります。これが はんすうです。かみ直すと、もっと こなごなに なります。
島の 羊の 胃からは、海そうを こなす 小さな いきものも 見つかったと 報告されて います[6]。かべの 外の くらしに、体の 中の なかまも 合わせて いるのかも しれません。
ただし、どれだけ 海そうに 合って いるかは、まだ 研究の とちゅうです。
羊は反芻動物で、一つの胃が四つの部屋に分かれています。第一胃(ミノ)、第二胃(ハチノス)、第三胃(センマイ)、第四胃(ギアラ)です[3]。大学の資料も、羊を「複数の部屋をもつ胃の中の微生物が、草を消化できる」動物と説明しています[1]。
胃にすむ微生物が草の繊維を分解し、羊はそこからできたものを栄養にします[1]。食べた草を口に戻してかみ直す反芻は、草を細かくして微生物が働きやすくする行動と考えられます。
島の羊の第一胃からは、コンブなど褐藻の多糖を分解する細菌(主にPrevotella属)が見つかったと報告されています。分離した65株のうち、もとの多糖の90%を超えて使えたのは9株でした[6]。海藻を食べ物にするには、羊の体だけでなく、胃の中の仲間も欠かせないことをうかがわせます。ただし、これは論文の要旨レベルの情報で、羊の海藻の消化が全部分かったわけではありません。
ところで、海藻を食べ続ける暮らしは、体にもあとを残しているようです。
羊は一つの胃が四室に分かれた反芻動物で、第一胃(ミノ)・第二胃(ハチノス)・第三胃(センマイ)・第四胃(ギアラ)をもつ[3]。NC State Extension は、複数室の胃にすむ微生物が草(forage)を消化できると説明する[1]。食べた草を口に戻してかみ直す反芻は、草を細かくして微生物に分解されやすくする行動と読める。
ノース・ロナルドセー島の羊の第一胃からは、褐藻(コンブなど)の多糖を分解する細菌が分離された。主にPrevotella属で、65株のうち、分離に使った多糖の90%超を利用できたのは9株にとどまる[6]。つまり、分解できる株はいるが、全部が得意なわけではない。ここは論文の要旨レベルの情報であり、海藻の消化全体を説明するには足りない。
消化の仕組みが海藻に対応できても、もう一つ問題がある。海藻の食事に合わせた体は、ふつうの牧草に出会うとどうなるのか。
4. 海そうの 羊は、ふつうの 草でも だいじょうぶ?
4. 海藻の島の羊は、銅の取り入れ方がちがう
4. 銅に敏感な体質 ── 海藻の島の羊に牧草は安全か
島の 羊は、「どう」という 金ぞくに、とても 敏感だと いわれます[5]。
ふつうの 羊の 食べ物に ふくまれる どうの りょうでも、この 品種には 多すぎて、毒に なる ことが あると いわれます[5]。
海そうの くらしを して きた 羊は、体の せいしつも、ほかの 羊と すこし ちがうのかも しれません。だから 島の 羊を 草地に つれて いけば いい、というような かんたんな 話では ありません。
島の羊は、銅に対する感受性が高いといわれます。ふつうの羊の餌(牧草を含む)に入っている程度の銅の量が、この品種には毒になるとされます[5]。
ここで注意したいのは、これが百科事典の紹介する研究の範囲の話だということです。島の羊に牧草を与えるとかならず危険、とまでは言えません。海藻中心の暮らしをしてきた羊は、口や胃だけでなく、体質の面でもほかの品種と少しちがうらしい、という理解にとどめておきます。
最後に、一つ疑問が残ります。島の羊の海藻食は、1832年の石垣のせいで始まったのでしょうか。
この品種は銅に対する感受性が高く、牧草を含む一般的な羊の餌に入っている程度の銅の量が、毒になる水準だという[5]。
ただし、これは百科事典が研究を引用して述べる説明にとどまる。牧草を与えれば必ず中毒する、と断定する根拠にはならないし、この体質が海藻食への適応として生じたのかどうかも、ここで使った資料からは決められない。言えるのは、海藻中心の暮らしをしてきた羊が、金属の扱いのような体質の面でも一般的な品種と異なるらしい、という範囲だ。
それなら、この体質は石垣の完成後の180年ほどでできたのだろうか。それとも、羊と海藻の付き合いはもっと古いのか。
5. 羊は、大むかしにも 海そうを 食べて いたの?
5. 5000年以上前の島でも、羊は海藻を食べていた
5. スカラ・ブレイの羊 ── 安定同位体が示す新石器時代の海藻食
オークニーの 島に、スカラ・ブレイという 大むかしの いせきが あります。そこで 見つかった 羊の 歯と ほねを しらべた 研究が あります[7]。
歯や ほねは、食べた ものの あとを のこします。しらべると、羊は 島に つれて こられた 時から、すこしの 海そうを 食べて いたと わかりました[7]。いまから 5000年 いじょう 前の ことです。
そのころは、海そうだけでは ありませんでした。島の 羊は、むかしから 海そうと つきあって きたのです。
島の羊と海藻の付き合いは、石垣よりずっと古いことが分かっています。オークニーのスカラ・ブレイ遺跡で見つかった羊の歯と骨を、安定同位体分析という方法で調べた研究があります。食べたものの種類によって、体に残る元素の割合がちがうことを利用する方法です[7]。
この研究によると、羊は約3500 cal BC(暦年で紀元前3500年ごろ)、つまり島に持ちこまれたときから、適度な量の海藻を食べていました[7]。いまから5000年以上前です。
「適度な量」という点は大切です。当時の羊が、いまの島の羊のように海藻だけで暮らしていたわけではありません。石垣は、羊が海藻を食べる暮らしを決定的にしたのかもしれませんが、羊と海藻の出会いそのものは、もっと前からあったのです。
草を食べる動物が、手近な海藻を食べ物に加える。その長い付き合いの先に、浜辺の羊がいます。
石垣の完成(1832年)より前から、羊は海藻を食べていた。スカラ・ブレイ遺跡(オークニー)の羊の歯と骨の安定同位体分析(Antiquity 93(370), 2019)は、羊が約3500 cal BCに島へ持ちこまれた当初から、適度な量の海藻を食べていたことを示した[7]。
ここで「適度な量(moderate)」という限定が重要だ。新石器時代の羊が現在の島の羊のように海藻中心だったわけではない。つまり、石垣は海藻食の割合を高める役割をもった可能性があるが、羊と海藻の出会いまで説明するものではない。1つの遺跡の羊についての結果なので、島全体の羊の食事を代表するとも言えない。
石垣という近世の出来事、銅への体質、胃の微生物は、5000年以上前からの付き合いの上に積み重なったものと考えられる。ただし、それぞれの寄与がどれほどかは、ここで使った資料からは言えない。
6. 羊の 口もとを 見に 行くなら
6. 羊の口もとを見に行くなら
6. 羊の採食を観察する・原典を読む
牧場や 動物園で 羊に 会えたら、口もとを 見て みましょう。上の くちびるが 二つに われて いるか、草と 花の どちらを 先に 食べるか、見て みます。
かならず、はなれた ところから 見ましょう。さわる ときは、おとなの 人や 係の 人の 言う ことを きいて ください。
こんど 羊を 見たら、「この 子は、なにを えらぶかな」と 考えて みましょう。
牧場や動物園で羊に会えたら、口もとを観察してみてください。上唇の割れ目や、草と花をどの順に食べるかが見られるかもしれません。羊や牛が同じ草地にいる場所なら、食べ方のちがいも比べられます。近づきすぎず、さわるときは係の人の指示に従ってください。
見たことは、日本語で短くメモしておくと、あとで比べやすくなります。「上唇は割れていたか」「花と草のどちらから食べたか」を書き残してみてください。英語の原典は出典欄にあります。
次の問いも考えられます。ほかの動物は、何を食べて暮らしているのでしょうか。羊の食べ方は、近くにいる牛やヤギとどうちがうのでしょうか。
観察するなら、牧場や動物園で、羊の上唇の割れ目、採食の順序(草か、花の咲く草か)を記録できる。牛やヤギが同じ場所にいる場合は、食べ方の違いを比べられる。安全のため、近づきすぎず、触れるときは飼育者の指示に従う。
原典に当たるなら、本文で使った資料のうち、ノース・ロナルドセー島の食事はオークニー羊財団のページ、新石器時代の海藻食はAntiquityの論文(出典[7])、胃の微生物は[6]にある。ただし[6]は、この記事では要旨の情報しか使っていないので、読むなら本文で確かめたい。
草と花の割合は、場所や研究で変わりうるものとして扱った。原典で、数字の条件を自分で確かめてみる価値がある。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
羊の食べ方、島の羊、海藻を食べた羊の歴史について、次の資料を突き合わせた。番号は本文の参照と対応する。
- NC State Extension「Sheep Facts」 https://content.ces.ncsu.edu/sheep-facts (羊の口の構造、選んで食べる性質、複数室の胃)
- Kansas State University, Cattlemen's Day 報告(Sowers ら) https://ksu.janeway.systems/kaesrr/article/11381/galley/11271/download (羊と牛の食べ物の割合、タンニンへの強さ)
- Weblio辞書「反芻動物」 https://www.weblio.jp/content/反芻動物 (四つの部屋の胃と微生物の働き)
- The Orkney Sheep Foundation「Feeding」 https://www.theorkneysheepfoundation.org.uk/feeding/ (石垣と島の羊の食事、潮と反芻)
- Wikipedia「North Ronaldsay sheep」 https://en.wikipedia.org/wiki/North_Ronaldsay_sheep (島の羊の海藻食と銅の吸収。引用元の研究は未参照)
- Williams ら 2013, PMC https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3815384/ (島の羊の第一胃にいる褐藻を分解する細菌)
- Antiquity 93(370), 2019, pp.919–932 論文ページ(Cambridge Core) (スカラ・ブレイの羊の海藻食)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
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