1. あんどんの 中では、なにが もえて いたの?
1. 行灯の中では、皿の油が燃えていた
1. 行灯の中身は、油と芯を入れた小皿だった
夜の ながやで、紙の かこいの 中に、小さな 火が ゆれて います。これが あんどんです。
中には、土で つくった 小さな 皿が あります。皿には 植物の 油が 入って いて、いぐさの しんが ひたして あります[1]。しんの 先に 火を つけると、油を すいあげながら、もえ つづけます。
この 皿を とうみょうざらと いい、まわりを 紙で おおった ものが あんどんです[1]。紙が 風から 火を まもり、あたりを ほんわり 明るく して くれます。
では、皿に 入れた 油は、なんの 油だったのでしょう。
夜の長屋の一室で、紙の囲いの中に小さな炎がゆれています。行灯の中をのぞくと、土器の小皿があり、植物油が入っていて、いぐさの芯(灯芯)がひたされています。芯の先に火をつけると、芯が油を吸い上げながら燃え続けます[1]。
この皿が灯明皿で、そのまわりを紙で覆った明かりが行灯です。室町時代には取っ手のついた持ち運び式でしたが、江戸時代に持ち歩く明かりの主役が提灯になると、行灯は部屋に置く明かりとして定着したと説明されています[1]。
皿に注ぐ油として主役になったのが、菜種油です。中世に使われた荏胡麻油にかわり、江戸時代には菜種油と綿実油が主流になりました[2]。では、その菜種油は、庶民にとって手の出しやすい値段だったのでしょうか。
行灯の構造は単純で、土器の小皿(灯明皿)に植物油を入れ、いぐさの芯(灯芯)をひたして火をつける。芯が油を吸い上げ、先端で燃える。この灯明皿を紙で覆ったものが行灯で、室町時代には取っ手つきの移動式だったが、江戸時代に提灯が持ち歩き用の主流になると、据え置き式として定着した[1]。
燃料の側にも変化があった。中世の灯油は荏胡麻油が中心だったが、江戸時代には菜種油(水油)と綿実油(白油)が主流になった[2]。しかも、江戸市中の照明用の灯油をまかなうことは、幕府にとって重要な課題だったとされ、江戸の需要に応える商人の組織として江戸口油問屋が置かれ、大坂の油市場の統制や流通の整備が進んだ[2]。
夜の明かりが、これだけ大がかりな流通に支えられていたなら、庶民にとって油は安いものだったのか。この問いを、次の章で値段から考える。
2. なたね油は、どれくらい 高かったの?
2. 菜種油の値段は、大工さんの日当と並べるとどう見えるか
2. 菜種油は、同じ量の米の約4倍の値段と紹介されている
えどの お金は、「もん」と いう たんいで 数えます。ある かいせつでは、なたね油 1ごうが 40もん。お米 1しょうが 100もん。大工さんの 1日ぶんの お金が 500もん ほどと されます[5]。
1ごうは、小さな コップ 1ぱいほどの りょうです。お米の 1しょうは、その 10ばい。そこで、おなじ りょうで くらべると、油は 400もん。お米の 4ばい ほどに なります。
大工さんの 1日ぶんの お金で、油は 12ごうほど。もし ろうそくを 1ぽん かうと、200もん かかります[5]。
ただし、お金の ねだんは 時代や 場所で かわります。べつの かいせつでは、文化の ころ(1804〜18ねん)に、なたね油 1しょうが 400もんで、お米の 2〜4ばいの 高い ものだったと 言います[6]。いつの ねだんかを 気に して よむ ことが 大切です。
ある解説では、菜種油1合が40文、白米1升が100文、百目蝋燭1本が200文、大工の日当が500文ほどと紹介されています[5]。1合は約0.18リットル、1升はその10倍です。
単位をそろえると、油1升は400文です。同じ1升で、米の4倍にあたります。大工の日当500文では、油が12合あまり、約2.25リットル買える計算で、百目蝋燭1本は日当の4割にあたります。
ただし、この値段は時期も地域もはっきりしない目安です。別の解説は、文化期(1804〜18年)に菜種油1升が400文で、米の2〜4倍ほどの高級品だったとしています[6]。1合40文という先の目安と、1升400文という計算が合います。文を円に直す換算も出典ごとにばらつくので、この記事では円には直しません。
それでも、複数の資料から見えるのは、菜種油が米より高いと見られていた、ということです。では庶民は、その油を毎晩ふつうに燃やしていたのでしょうか。
菜種油の値段を、資料はどう伝えているか。ある解説は、菜種油1合40文、白米1升100文、百目蝋燭1本200文、大工の日当500文ほどとする[5]。油は合、米は升で数えるので、単純に比べてはいけない。1升=10合として油も1升に直すと400文で、同じ量の米の約4倍になる。日当500文では、油が12.5合、約2.25リットルぶん買えるにすぎず、蝋燭1本は日当の4割(200÷500)に当たる。
別の解説は、文化期(1804〜18年)の菜種油を1升400文、米の2〜4倍の高級品とし、1合40文の計算と一致する[6]。ただし、どちらも時期や地域がはっきりしない目安で、買い方(小分けの量り売りか)や油の種類によっても値段は動いただろう。文を円に直す換算も出典ごとにばらつくため、本稿では円換算をしない。ここから言えるのは、金額そのものより、2つの解説が「米より高め」と見ている点だ。
そして、油は振売りの油売りから、少量ずつ買われたとされる[5]。値段が高めなら、庶民は少しずつ買い、使い方を工夫したのだろう。では、実際にどんな油を使ったのか。
3. 安い 油は、なにから できて いたの?
3. 庶民は、イワシなどの魚油も使った
3. 魚油は安い代わりに、煙と臭いが強かった
お金の 少ない 人が えらんだのが、魚の 油です。おもに イワシから とった 油で、なたね油の 半分ほどの ねだんと しょうかいする かいせつが あります[3]。
国立国会図書館の しりょうでも、ふつうは なたね油を つかい、お金の 少ない 人は、イワシや ニシン、タラなどの 安い 魚の 油を つかった、と せつめいされて います[4]。
ただし、うまい 話ばかりでは ありません。魚の 油は、けむりと においが つよいのが 弱点と されます[3]。
安い かわりに、においと けむりを がまんする。これが、油の お金を おさえる ひとつの やりかたでした。
節約の中心になったのが、魚油です。ある解説は、庶民は菜種油の半値ほどといわれる魚油を使うことが多く、主な原料はイワシだったと紹介しています[3]。国立国会図書館のレファレンス事例でも、行灯には普通は菜種油が使われ、低所得の人はイワシ、ニシン、タラなどの安い魚油を使ったと説明されています[4]。
別々の2つの資料が、同じ方向の話をしているのが心強い点です。ただし「半値」は解説記事の書き方で、一次史料で確かめられた比率ではありません。目安として読むのがよいでしょう。
安さには代わりに、においと煙がありました。魚油は煙と臭いが強いのが難点とされます[3]。狭い長屋で、そのにおいの中にいる場面を想像すると、明かりを選ぶことが暮らしの大きな選択だったと分かります。
油を安くしても、まだ足りないとき、人びとは次にどうしたのでしょうか。
庶民が油代を抑える最初の手は、燃料そのものを替えることだった。ある解説は、庶民は菜種油の半値ほどとされる魚油(主にイワシ)を使ったと述べ、難点として煙と臭いを挙げる[3]。国立国会図書館のレファレンス事例も、行灯には普通は菜種油が使われ、低所得の人はイワシ、ニシン、タラなどの安価な魚油を使ったと説明する[4]。
この2つは別々の資料なので、「安い魚油が庶民に使われた」点は、互いの裏づけになる。一方、「半値」は解説記事の記述にとどまり、一次史料の比率ではない。魚の種類や時期で変わった可能性があるため、固定の比率としては読まない。
魚油の安さは、煙と臭いというコストと引き換えだった。ここには、値段だけでは測れない選択がある。安く買えても、部屋が臭えば暮らしは楽にならない。そこで次に、明かりそのものを減らす、あるいは明かりに合わせて暮らす方向が出てくる。
4. くらい 夜を、どう すごして いたの?
4. 豆電球ほどの明かりに、暮らしを合わせる
4. 暗さに合わせることが、いちばん確かな節約だった
あんどんの 明るさは、豆電球ほどと いわれます。60ワットの 電球の 50ぶんの 1ほどとも 言われますが、これは はかった 数字では なく、よく 言われる 話です[3]。
新聞が なんとか よめるか どうか、くらいの 明るさです。だから えどの 人は、日の 出から 日の 入りまでを はたらく 時間に し、本などを よむのは 昼に する くらしだったと 考えられて います[3]。
ろうそくは あんどんより 明るいのですが、高いので、えどの 人は おもに 持ち歩く ときに つかいました[5]。長屋の まずしい 人は、あんどんより 安い がとうを つかったと 考えられて います[5]。
夜の 明かりを 小さく して、昼に できる ことは 昼に する。それも、油の お金を へらす くふうの ひとつです。
行灯の明るさは、一般に豆電球ほどで、新聞がやっと読めるかどうか、といわれます。60Wの電球の約50分の1とも説明されますが、これは測定された値ではなく、広く言われる目安です[3]。
この暗さでも、当時の暮らしにはさほど支障がなかったと考えられています。活動の時間は日の出から日没まで。読み物のような細かい作業は、明るい昼にするものでした[3]。夜の明かりに期待する仕事が、そもそも少なかったのです。
ろうそくは行灯より明るく、3本立てると行灯の約10倍の明るさだったともいわれますが、高価で、庶民は主に持ち歩くときに使いました[5]。長屋の貧しい人が使ったと推測される瓦灯は、行灯より安価な明かりです[5]。
油が高いから明かりを小さくし、暗さに合わせて暮らしを組む。この暗さは、油代を抑える暮らし方につながったとも読めます。ただし、これは資料から考えられる筋道で、どの家がどう暮らしたかまで書かれてはいません。
安い燃料を使っても、最後に効いてくるのは使う量だ。行灯の明るさは一般に豆電球ほどで、新聞がやっと読めるかどうかとされる。「60W電球の約50分の1」ともいわれるが、定量的な測定ではなく通説にとどまる[3]。
それでも暮らしに支障が少なかったのは、活動時間が日の出から日没までで、読み物のような細かい作業を昼にしたためと考えられている[3]。夜の暗さを不便と感じる前提が、今とちがっていたのである。
より明るい明かりもあった。和蝋燭は高価で、庶民は主に持ち歩くときに使い、3本立てれば行灯の約10倍の明るさだったという。安い側には瓦灯があり、行灯より安価で、長屋の貧しい人が使ったと推測されている[5]。
つまり、高めの菜種油、安い魚油、小さな明かり、昼に回す作業が、節約の組み合わせだったと考えられる。ただし、これは資料を並べて見える筋道であって、個々の家の家計が書かれた史料から確かめたものではない。
5. 油が 安く なると、夜の くらしは かわったの?
5. 油が安くなると、夜の使い方は変わったのか
5. 油の値下がりが夜の習慣を変えたという説の限界
ある かいせつは、ものを 運ぶ しくみが すすんで、なたね油が 安くなると、夜にも 明かりを つかう くせが ひろがったと 言って います[5]。
でも、この はなしは ひとつの かいせつに ある だけで、たしかな すうじは 出て いません。「そうだったのかも しれない」くらいに、うけとって おきましょう。
たしかなのは、えどの 人が、高い 油と、小さな 明かりと、うまく つきあって いた ことです。
6. 豆電球ひとつの 夜を、おうちで ためして みよう
6. 家の暗い部屋で、江戸の夜の暗さを試す
6. 江戸の暗さを再現し、値段の資料を読み直す
おうちの 人と いっしょに、ためして みましょう。夜、へやの 電気を けして、小さな ライトを ひとつだけ つけます。火は つかいません。
その 明かりで、しんぶんや 本の 字が よめるでしょうか。どこまで よめるか、さがして みます。あしもとに ものを おいて、ころばない ように 気を つけて ください。
よめなかったら、えどの 人が 本を 昼に よんだ わけも、すこし わかる かも しれません。つぎは、おうちの 人に 聞いて みましょう。「むかしの 人は、夜に なにを して いたのかな」。
家の人といっしょに、部屋の電気を消して、小さなライトを1つだけつけてみましょう。火は使いません。新聞や本の字が読めるか、どの距離なら読めるかを、自分の目で確かめられます。足もとに物を置かず、転ばないよう気をつけてください。
読みにくければ、江戸の人が読み物を昼にしたという話が、少し身近に感じられるかもしれません。ライトの明るさが豆電球ほどとは限らないので、あくまで「暗い夜の感じ」をつかむ遊びです。
もう1つ、気になることが残ります。油の値段を調べた資料が、なぜこんなに食いちがうのか。図書館や博物館で、江戸時代の物価をまとめた資料や、昔の明かりを扱った本を探すと、同じ疑問から先へ進めます。
江戸の物価を扱う研究書や、昔の明かりを扱った本で、菜種油の値段がどう記録されているかを読み比べると、次の一歩になる。
身近な試し方として、部屋を暗くして、小さなライト1つで新聞が読めるかを試せる。火は使わず、足もとに注意する。読める距離や字の大きさを記録すると、暗さの感覚が、数字と結びつく。ただしライトは豆電球と同じ明るさとは限らないので、あくまで感覚をつかむ用途にとどまる。
値段、燃料、暮らしの時間割を組み合わせて読むと、明かりが生活設計そのものだったことが見える。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
値段・比率・明るさの数字は、解説や二次資料にもとづく目安で、時期や地域がはっきりしないものがあります。
- 鳥取県立博物館「展示案内」 https://www.pref.tottori.lg.jp/265690.htm (灯明皿・行灯の仕組みと移り変わり)
- 世界大百科事典「油問屋」(コトバンク) https://kotobank.jp/word/油問屋-1143534 (菜種油・綿実油が主流になったこと、江戸口油問屋)
- クリナップ「江戸散策」第55回 https://cleanup.jp/life/edo/55.shtml (行灯の明るさ、魚油、暮らしの時間)
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000195656&page=ref_view (行灯の油と魚油を使った人)
- 醤油の豆知識「江戸庶民の食事」 https://www.eonet.ne.jp/~shoyu/mametisiki/reference-15b.html (価格の一例、蝋燭・瓦灯、油の買い方)
- 江戸ガイド「油屋の歴史」関連記事 https://edo-g.com/blog/2016/02/shomei.html (文化期の菜種油の値段の一説)
なおした ところ
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