1. 客は、どうやって 一文 とくを したの?
1. 「今何時だい」と聞くだけで、なぜ勘定が一文減るのか
1. 時そばの勘定 ── 十六文のうち一枚が飛ぶ仕組み
むかしの らくごに「時そば」と いう はなしが あります。江戸の まちの そばやで、お客が そばを 食べました。そばの ねだんは 十六文です[4]。文は、むかしの お金の たんいで、小さな 銭の ことです。
お客は、ぜにを 一まいずつ 手に のせて、「一、二、三…」と かぞえながら はらいます。「八」まで かぞえた ところで、とつぜん「今 なん時だい」と 聞きます。
そばやが「九つです」と こたえると、お客は「十、十一、十二…十六、ごちそうさん」と つづけて、帰って いきます[7]。
あれ、「九」が ありません。「九つ」が 九まいめの かわりに なって、一まい はらわずに すんだのです。ぜんぶで 十五まいです。では、「九つ」とは なん時の ことでしょう。
江戸の町のそば屋で、客がそばを食べ終わります。値段は十六文です[4]。文は、江戸時代の銭の単位です[1]。
客は、銭を一枚ずつ手のひらに置きながら、「一、二、三…」と声に出して数えます。八まで数えたところで、「今何時だい」と尋ねます。そば屋が「九つです」と答えると、客は「十、十一、十二…十六、ごちそうさん」と続けて店を出ます[7]。
数を追ってみると、仕掛けが見えてきます。一から八までで八枚。「九」は時刻の返事に入れ替わっているので出しません。十から十六までで七枚。合計は十五枚で、十六文の代金より一文少なくなっています。数える声に気を取られているうちに、一枚ぶんが消える、という笑いです。
ここで気になるのは、「九つ」という返事です。それは、どんな時刻なのでしょうか。
時そばの笑いの核は、勘定の途中で時刻を尋ねるだけで代金が一文減ることにある。そばは一杯十六文で、銭は文を単位に数える[4][1]。客は一枚ずつ「一、二…」と数えながら銭を渡し、八まで数えて「今何時だい」と尋ねる。そば屋が「九つです」と答えると、客は「十、十一…十六」と続け、ごちそうさんと出ていく[7]。
この勘定を枚数で追うと、一〜八で八枚、九は時刻の返事に置き換わって出さず、十〜十六で七枚、合計十五枚となり、十六文に一文足りない。八の次に数える数がちょうど九で、返事の「九つ」と重なることが、算術上の抜け道になっている。
では、なぜ返事は「九つ」でなければならないのか。そのためには、江戸の時刻の呼び方を知る必要がある。
2. 「九つ」って、なん時の ことなの?
2. 「九つ」は何時のことなのか ── 鐘の数で時刻を呼んだ江戸
2. 時刻を鐘の数で呼ぶ決まり ── 返事の「九つ」と勘定の「九」が重なる理由
むかしの 人は、時間を、おてらの 鐘の 数で 言いました。夜中の 十二時は「九つ」です。二時は「八つ」、四時は「七つ」と、二時間 たつごとに 一つずつ へって いきます[6]。
昼の 十二時に なると、また「九つ」に もどります。つづけて 数えて いくと、「四つ」は 十時の ことに なります。
お客は、八まで 数えた つぎが「九」だと 知って います。時間の よび名の「九つ」も、同じ 音です。だから、返事が 九つの ときだけ、お金の 数と ぴたりと かさなるのです。
それでは、この 手を まねした 男は、うまく いったのでしょうか。
江戸時代の人は、時刻を寺の鐘の数で呼びました。真夜中の十二時が「九つ」で、二時が「八つ」、四時が「七つ」と、二時間たつごとに鐘の数が一つずつ減っていきます。昼の十二時で、また「九つ」に戻ります[6]。
この決まりを当てはめて数えると、「四つ」は十時ごろに当たります。つまり、時刻は九つから始まって、八つ、七つと下がり、四つまで来たら次は九つに戻る、という順になります。
そば屋が「九つです」と答えるのは、真夜中か昼の十二時です。客が八まで数えた次の数は九なので、返事の数と勘定の数が一致します。このぴったり重なる偶然を、噺の中で使っているのです。
では、真似をした男は、どんな返事を受けたのでしょう。
江戸時代の時刻の呼び方は、寺の鐘を打つ回数による。真夜中の十二時が九つで、二時が八つ、四時が七つと、二時間ごとに回数が一つずつ減り、昼の十二時でふたたび九つになる[6]。この規則を延ばすと、六時が六つ、八時が五つ、十時が四つとなる(資料が示す三つの時刻からの当てはめ)。
したがって、そば屋が「九つ」と答えるのは十二時のとき、つまり夜中か昼である。客が八まで数えたあとの数は九であり、返事の「九つ」と一致する。そのため、九枚目の代わりに時刻の返事を差しはさんでも、客が数を続けやすく、そば屋も数のずれに気づきにくい。
数の偶然を利用した手口であり、返事が九つ以外なら成り立たない。それを確かめるのが、真似をした男の場面である。
3. まねを した 男は、どうなったの?
3. 真似をした男が「四つです」と答えられたとき
3. 手口が通じない時刻 ── 数え直しで余計に払う結末
この 手を 見て いた 男が、まねを したく なりました。べつの そばやで、同じように 八まで 数えて、「今 なん時だい」と 聞きます[6]。
ところが、こたえは「四つです」。九では ありません。男は「五、六、七、八…」と 数え なおす ことに なります。
この 数え方だと、五から 十六まで 十二まい 出すので、はじめの 八まいと あわせて 二十まいです。十六文の そばに、四文 おおく はらう 計算に なります。ただし、いくつ そんを するかは、はなす 人に よって ちがいます。
この はなしは、かんさいでは「時うどん」と いう なまえで つたわって います[6]。ところで、十六文の そばは、高いのでしょうか。
この手を見ていた男が、うまい話だと思って真似をします。別のそば屋で同じように八まで数えて、「今何時だい」と尋ねます[6]。
返事は「四つです」。九ではありません。男は、「五、六、七、八…」と数え直すしかなくなります。
この数え方を枚数で追うと、八までで八枚、そこから五、六と数え直して十六まで進めば、さらに十二枚です。合計は二十枚になり、十六文の代金に四文余計に払うことになります。ただし、損する文数は演者によって変わり、四文とするのは解説の一例です。
この噺は、関東では「時そば」、関西では「時うどん」の題で演じられます[6]。ところで、そもそも十六文のそばは、江戸の人にとってどんな値段だったのでしょうか。
真似をした男は、同じように八まで数えて時刻を尋ねるが、返された時刻は「四つ」である[6]。ここで数は九に進まず、男は「五、六、七、八…」と数え直す。十六文に達するまで数え続けると、八枚のあとに五〜十六の十二枚を出すことになり、計二十枚、すなわち四文の余計な支払いとなる。
なお、損の文数は演者の細部によって異なる。四文とするのは解説書の一例にすぎない。大事なのは、一文得した手口が、返事の数が違えば逆に作用するという点である。数の偶然に頼った得は、条件が一つ外れるだけで損に変わる。
この噺は、関東では「時そば」、関西では「時うどん」として演じられる[6]。では、そもそも十六文という値段は、江戸の人にどう受け取られていたのか。
4. 十六文の そばは、どのくらいの ねだん?
4. そば一杯が十六文 ── 「二八そば」の名前のひみつ
4. 十六文という代価 ── 「二八そば」の名の由来をめぐる二つの説
むかしは、そばの ことを「二八そば」とも よびました[4]。名前の わけには、二つの 考えが あります。
一つは「二かける 八で 十六文」と いう もの。もう 一つは「そば粉 八に、つなぎ 二の わりあい」と いう もの です。どちらが 正しいかは、はっきり していません。
ただ、「もりさだまんこう」と いう 本には、うどんも 二八と よばれ、十六文だったと あります[5]。うどんは こむぎこだけで、そばこは 入って いません。そこで、ねだんの ほうが 名前の もとだと 考える 人が います。
十六文の ねだんは、1744年から 1860年まで、百年も つづきました[4]。みんなが 知って いる ねだんだったから、一文の ごまかしが わらいに なったのかも しれません。
小さな 一文の はなしの つぎは、大きな お金の はなしです。
江戸のそばは、「二八そば」とも呼ばれました。名前の由来には二つの説があります。一つは、二かける八で十六文という値段から来たとする代価説。もう一つは、そば粉八割につなぎの小麦粉二割という混合率から来たとする説です。どちらが正しいかは、はっきりしていません[4]。
手がかりの一つが、江戸後期の風俗事典『守貞漫稿』です。江戸や京坂では、そばもうどんも「二八」と呼ばれ、十六文だったと書かれています。うどんは小麦粉だけでつくるので、八対二の混合率では説明しにくく、値段の説のほうが有力だと読めます[5]。
十六文の値段は、1744年から1860年まで百年以上も続きました[4]。そば一杯の値段が長く変わらなかったので、聞き手の多くがその値段を知っていた、と考えられます。だからこそ、一文のごまかしが笑いになったのでしょう。
ここまでは小銭の「文」の話でした。では、大金の「両」は、文とどのくらい違うのでしょうか。その前に、落語に出てくる両の、有名な算数を見ておきます。
「二八そば」の名は、二つの説で説明される。一つは、二×八=十六文という代価に由来するとする説、もう一つは、そば粉八割・つなぎの小麦粉二割という混合率に由来するとする説である。どちらとも決着していない[4]。
手がかりになるのが『守貞漫稿』(もりさだまんこう、江戸後期の風俗事典)である。江戸・京坂のそばとうどんを「二八」と称し、十六文としたと記す。うどんは小麦粉のみで、八対二の混合率にはならない。そのため、価格説が有力と読める[5]。ただし、これは一つの解説にもとづく読みである。
注目したいのは、十六文の代価が1744年から1860年まで百年以上続いた点である[4]。値段が長く動かなかったので、観客が代価をそらで知っており、一文のごまかしを算術として追えたのだろう(筆者の推測)。
ここまでは銭の文の話である。では、金貨の両が絡むと、噺の算術はどう変わるのか。次は、三方一両損を見る。
5. みんなが 一両 そんを する はなしって?
5. 「三方一両損」── 三人とも「一両損」と言える算数
5. 三方一両損の算数 ── 三両が四両になり、二両ずつ分かれる
こんどは 大きな お金の はなしです。むかしの 金の お金の 一つ、慶長小判は、一まいが 一両でした。重さは 十七点八グラムほどで、一円玉 十八こぶん くらいです[10]。
らくごの「三方一両損」では、江戸の 男が、三両 入った さいふを おとしました。ひろった 男が とどけます。ところが、三両を 受けとる ことを ことわり、二人は けんかに なって しまいます。
おさめたのは、おおおかさまです。自分の 一両を 足して、四両を 二両ずつ、二人に わたしました[9]。
二人は、三両 もらえる はずが 二両なので、一両 そん。おおおかさまも 一両 出したので、一両 そん。三人 とも 一両 そんだから「三方一両損」です。
これは はなしの 中の できごとです。もとは 中国の 本に ある 話と いわれ、ほんとうに あった さばきでは ない 見かたが つよいと されます[9]。
「三方一両損」は、お金の算数が笑いになる噺です。江戸の男が三両入った財布を落とし、拾った男が届けますが、三両の受け取りを断って、二人は喧嘩になります。
そこへ、大岡が入ります。自分の一両を足して四両にし、二人に二両ずつ渡します[9]。二人は三両もらえるはずが二両なので、どちらも一両の損。大岡も一両を出したので、一両の損。三人とも「一両損」だから、「三方一両損」です。
ここで、一両とはどんな金貨だったのかも見ておきましょう。金一両は慶長小判一枚で、重さは約17.8グラム、一円玉でいえば十八枚ほどです[10]。四分の一が一分、さらに四分の一が一朱でした[1]。
この話は、中国の『棠陰比事』が原典とされ、大岡が実際に下した裁きではない可能性が高いといわれます[9]。だから「噺の中で」の算数として楽しむのがよさそうです。
では、そば一杯の十六文と、小判一枚の一両は、結局どのくらい離れているのでしょうか。
「三方一両損」は、金貨の両を使った算術の噺である。三両入りの財布の落とし主と拾い主が、受け取りの辞退で争い、大岡が自らの一両を足した四両から、二人に二両ずつ渡す。二人はいずれも三両得られるところが二両になって一両の損、大岡も一両を出して一両の損となり、三者とも「一両損」で収まる[9]。
ここで、一両の実体を押さえる。金一両は慶長小判一枚(4.75匁、約17.8グラム)で、その四分の一が分、さらに四分の一が朱であり[10]、小判一枚は四分、すなわち十六朱にあたる四進法で数えた[1]。
ただし、この裁きは中国の『棠陰比事』を原典とするとされ、大岡の実際の裁定とは考えにくい。講談・落語の演目として知られる話であり、史実と混同しないよう「噺の中で」と受けとめたい[9]。
こうして、小銭の十六文と、大金の一両という二つの単位が出そろった。では、この二つの単位はどれほど離れているのか。
6. 一両は、一文の なんばい なの?
6. 一両は一文の何倍か ── 小銭と大金のへだたり
6. 文と両の換算 ── 公定相場・そば換算・現在価値の幅
1842年からは、一両が 六千五百文と きめられました[2]。十六文の そばなら、四百ぱいぶん ほどです。計算では、六千五百を 十六で わると、やく 四百六 ぱいです[2]。
ただし、むかしの 一両は、いつも 同じ 文では ありませんでした。そうばで 動きました[2]。
「しばはま」と いう はなしでは、魚やが 拾った さいふに 四十二両 入って いました[8]。六千五百文で 計算すると、そば 一万七千はいぶん ほど です。これは 計算の うえの はなしです。
今の お金だと、一両は 米の ねだんで やく八万円、大工さんの きゅうりょうで やく四十一万円と いわれます[3]。ものさしで、大きく かわります。小さな 一文の わらいと、大きな 四十二両の はなし。同じ らくごでも、お金の 大きさは ぜんぜん ちがいます。
1842年からの江戸後期は、公定相場で一両が銀六十匁、銭六千五百文に当たりました[2]。十六文のそばで割ると、約406杯分です(6500÷16=406.25)[2]。
ただし、一両は常にこの文数ではありません。時期や相場で動きました[2]。
「芝浜」では、魚屋が拾った財布に四十二両が入っています[8]。六千五百文の相場で計算すると、四十二両は273,000文で、そば約1万7千杯分です(あくまで計算上の数字)。
現在のお金に直すと、貨幣博物館は、一両を米価で約8万円、大工の賃金で約41万円としています。物差しによって、大きく違うのです[3]。江戸のお金の全体像は、江戸時代のお金の記事が詳しく扱っています。
時そばの一文と、芝浜の四十二両。同じ落語でも、聞き手の感じるお金の大きさは、まるで違います。
文と両をつなぐ公定相場は、江戸後期(1842年〜)で一両=銀六十匁=銭六千五百文である。十六文のそばで割ると約406杯分となる(6500÷16=406.25)[2]。ただし、換算は固定ではなく、相場によって動いた[2]。
「芝浜」の魚屋が拾った財布には四十二両が入っていた[8]。仮に六千五百文で換算すると、273,000文で、そば約1万7千杯分に当たる(42×406.25=17,062.5、計算上の値)。筋書きの細部は、ここでは扱わない。
現在の価値は、物差しで大きく変わる。貨幣博物館は、一両を米価で約8万円、大工の賃金で約41万円とする[3]。このひらきは、「一両の現在価値」を一つの数字で言えないことを示している。三貨制度と換算については、江戸時代のお金の記事で詳しく扱っている。
つまり、一文は、そば一杯の十六分の一の値段であり、一両は、その六千五百倍ほどの大きさである。小銭の文で笑わせる時そばと、大金の両で笑わせる三方一両損は、お金の感覚の大きさが異なる二つの噺なのだ。
自分でも しらべて みたく なったら
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
今日できること
十円玉か おはじきを 十六こ 用意して、時そばの 数え方を まねして みましょう。「一」から「八」まで 一こずつ 出して、「九」は 言わずに「十」から 十六まで 出すと、ぜんぶで なんこに なるかな。
出かけてできること
図書かんで、らくごの CD や 本を さがして みましょう。「時そば」や「三方一両損」を、人の 声で きくと、数の かぞえ方が もっと おもしろく 聞こえるはずです。
こうしきの 情報
かへい博物館の ホームページに、「江戸時代の 一両は 今の いくら?」と いう ページが あります。
今日できること
十円玉やおはじきを十六個用意して、時そばの数え方を真似してみましょう。一から八まで一つずつ出し、九は言わずに十から十六まで出すと、全部で何個になるか。次に、返事を「四つ」に変えて、五から十六まで出す場合も数えてみてください。
出かけてできること
図書館や動画配信で、落語の「時そば」や「三方一両損」を聞き比べてみましょう。話し手によって、数える間の取り方や、損する文数の語り方がどう違うかに、耳を傾けてみてください。
公式情報
日本銀行金融研究所の貨幣博物館が、「江戸時代の1両は今のいくら?」というページを公開しています。換算の考え方が詳しく載っています。
今日できること
おはじきなどの十六個を使い、時そばの勘定を再現して枚数を数える。続けて、返事が「九つ」でない場合と比べ、何が条件になっているかを表にまとめてみる。
出かけてできること
図書館などで、「時そば」「時うどん」「三方一両損」の複数の演者の録音を聞き比べ、数え方の細部や損の文数が、どこでどう違うかを書き出してみる。
公式情報
日本銀行金融研究所貨幣博物館の「江戸時代の1両は今のいくら?」と、貨幣博物館のFAQを読み、米価換算と賃金換算が、どんな根拠で別の数字になるのかを自分でも確かめてみたい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
お金の単位と換算は貨幣博物館などの公的資料に、落語のあらすじは解説記事に依拠する。演者によって細部が変わる点は、本文中に示した。
- 三菱UFJ銀行 貨幣資料館「江戸時代の貨幣」 https://www.bk.mufg.jp/currency_museum/exhibit/japan/index.html (両・分・朱の四進法、文と貫)
- 日本銀行金融研究所 貨幣博物館「江戸時代の1両は今のいくら?」 https://www.imes.boj.or.jp/cm/history/edojidaino1ryowa/index.html (公定相場、そば換算)
- 日本銀行金融研究所 貨幣博物館 FAQ https://www.imes.boj.or.jp/cm/history/historyfaq/ (一両の現在価値の幅)
- 世界大百科事典「ソバ」(コトバンク) https://kotobank.jp/word/%E3%82%BD%E3%83%90-794698 (二八そばの由来の二説、十六文の続いた期間)
- nippon.com「守貞漫稿」解説 https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g00940/ (そば・うどんを二八と呼んだ記述)
- HugKum「時そば」解説 https://hugkum.sho.jp/514207 (鐘の数による時刻、真似をした男の場面、時うどん)
- All About 古典落語「時そば」 https://allabout.co.jp/gm/gc/207081/ (勘定のごまかしの場面)
- 江戸川区 平井圓蔵亭 企画展ページ https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e026/sports/bunka/hirai_enzotei/kikakuten/20200801/13_zakobaato.html (芝浜の四十二両)
- Into the JAPAN WARAKU「三方一両損」 https://intojapanwaraku.com/culture/167710/ (三方一両損の筋と原典)
- デジタル大辞泉「両」(コトバンク) https://kotobank.jp/word/両 (慶長小判の重さと分・朱)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
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