1. いねの ない たんぼに、だれが くるの?
1. 稲のない田んぼに水を張ると、だれが助かるのか
1. 稲のない田に水を張る理由:農業ではなく鳥の事情だった
ふゆの たんぼは、ふつう かわいて、しずかです。いきものの けはいも、すくなく なります。ふゆみずたんぼを すすめている いわぶちさんは、そう はなして います。
そこへ みずを はると、かわります。ガンや カモが ねる ばしょに なるのです。ガンは、ひるは たんぼで おちた もみや くさを たべ、よるは みずの ある ところで やすみます[2]。
つまり ふゆみずたんぼは、ガンの 「ねどこ」を ふやす ための たんぼでも あるのです。
2. ガンの ねる ばしょは、なぜ たりなく なったの?
2. ガンの寝場所が、少数の沼に集まりすぎていた
2. 寝場所の集中という危機:開発で湿地が減ると、ガンはどこへ集まるのか
むかしは、ガンの ねる しめった ばしょ(しつち)が もっと たくさん ありました。ところが 町や たんぼを つくる ために、へって いきました。
のこった ばしょは すこしだけ。マガンという ガンは、いずぬま などの すくない ぬまに あつまりました[2]。
ひとつの ところに みんなが あつまりすぎると、ねる ばしょが きゅうくつに なって、ゆっくり やすめなく なります。なにか あったとき、たくさんの なかまが いっぺんに こまって しまうかも しれません。だから ねる ばしょを ふやす ことが たいせつだったのです。
かぶくりぬま の まわりには、マガンが 10まんわ いじょう やって くる ことが あります。くに ぜんたいでも、とても たくさん あつまる ところの ひとつです[1]。
開発で湿地が失われるにつれて、マガンのねぐらは伊豆沼や内沼など、少数の沼に集中するようになりました。ひとつの場所に集まりすぎると、休む場所がせまくなり、そこで何か起きたときに、多くの鳥が同時に影響を受けかねません。セブン-イレブン記念財団の記事では、個体群の衰退につながりかねないと心配されたと紹介されています[2]。
そこで目を向けられたのが、湿地に近い環境を作れる冬の田んぼです。蕪栗沼と周辺の水田は、2005年11月8日にラムサール条約の湿地に登録されました。登録面積は423ヘクタールで、沼そのものは約150ヘクタールです。つまり広い部分を、田んぼが占めています[1]。
このあたりには、マガンが10万羽以上飛来することがあり、伊豆沼・化女沼とともに国内最大級の渡来地とされます。10万羽は飛来の規模を表す数字で、毎日それだけいるわけではありません[1]。
鳥の事情で始まった田んぼの水ですが、農家の目には意外な古さも映ります。
開発によって湿地が失われると、マガンのねぐらは伊豆沼や内沼など少数の沼に集中した。ねぐらが過密になれば、休む場所が窮屈になり、そこで何かが起きたときに多くの個体が同時に影響を受ける。セブン-イレブン記念財団の記事は、これが個体群の衰退につながりかねないと懸念されたと伝えている[2]。ところが湿地そのものを短期間で増やすのは難しい。そこで、冬に水を張った田が湿地の代わりに使えるという発想が生まれた。
この発想の規模は小さくない。蕪栗沼と周辺水田は2005年11月8日にラムサール条約湿地に登録され、登録面積423ヘクタールのうち、沼自体は約150ヘクタールにすぎない。沼の面積は資料により約100ヘクタールとする記述もあり、数字に幅はあるが、登録範囲の大部分に田んぼが含まれることに変わりはない[1]。
この周辺には、マガンが10万羽以上飛来し、伊豆沼・化女沼とともに国内最大級の集団渡来地とされる。ただし10万羽は飛来数の規模を示す数字であり、常にそれだけいるという意味ではない[1]。では、田に水を張るという発想は、いつ、どこから出てきたのか。
3. むかしの ひとも、ふゆに みずを はって いたの?
3. 江戸時代の本にも書かれていた「冬の水」を、鳥の味方に
3. 新しい発想ではなかった:江戸時代の記述と、1990年代終わりの再発見
じつは、ふゆに たんぼへ みずを はる やりかたは、えどじだいの のうぎょうの 本にも のって いるそうです[2]。ほんの なまえは わかりません。
むかしからの やりかたを、いきものを まもる ために みなおした のは、さいきんの ことです。
1990ねんだいの おわりごろ、かぶくりぬま に となりあう たんぼが 50ヘクタールほど、しめった ばしょに もどされました。そのまわりの たんぼで、ふゆみずたんぼが ためされ はじめます。2003ねんには 20ヘクタールいじょうに ひろがりました[2]。
実は、冬に田へ水を張る方法そのものは新しくありません。江戸時代の農業書にも記載があるといわれます。書名までは分かりません。それが生きものを増やす手段として見直されたのは、近年のことです[2]。
見直しのきっかけは、蕪栗沼周辺での試みでした。1990年代の終わりごろ、蕪栗沼に隣接する遊水池の水田約50ヘクタールが湿地に戻され、周辺の田んぼでふゆみずたんぼが試験的に始まります。2003年には20ヘクタール以上へ広がりました。開始の年は資料によって1997年とも1998年とも書かれるので、ここでは「1990年代の終わり」としています[2]。
岩渕さんはその後、2005年にNPO法人田んぼを立ち上げたとされます[2]。古い方法が、鳥の事情に出会って新しい意味を持ったのです。
そして、水を張った田んぼの中では、鳥のためだけではない変化が見つかってきました。
冬に田へ水を張る方法は、江戸時代の農業書にも記載があるとされる[2]。つまり技術としては古い。ただし書名は、今回確かめた資料では挙げられていないので、ここでは触れない。新しかったのは、これを生物多様性を高める手段として見直した点である。
この見直しが具体的に動いたのが、蕪栗沼周辺だった。1990年代の終わりに、蕪栗沼に隣接する遊水池の水田約50ヘクタールが湿地に戻され、周辺の水田でふゆみずたんぼが試験的に始まった。2003年には、実施面積が20ヘクタール以上になっている[2]。
開始年は、財団の資料では1998年、別の百科事典では1997年と食いちがう。そのため年を断定せず、1990年代の終わりと書く。ふゆみずたんぼの普及に関わった岩渕さんは、2005年にNPO法人田んぼを設立したと紹介されている[2]。
古い農法が、鳥のねぐら不足という新しい課題と出会ったわけだ。では、水を張られた田の土の中では、何が起きているのか。
4. みずの なかの つちで、イトミミズは なにを して いるの?
4. 水の下の土で、イトミミズが「トロトロ層」を作る
4. トロトロ層はどうできるか:イトミミズの排泄物が表層に積もる
みずを はった たんぼの つちの なかには、イトミミズという ほそい むしが すんで います。つちや くさった はっぱを たべて、ふんを します。
その ふんが、つちの うえに すこしずつ つもります。さわると なめらかで やわらかい そうが でき、「トロトロそう」と よばれます[3]。
たとえば、おそうじで ほこりが ゆかに ふりつもる ところを おもいうかべて ください。ほこりは、わざと つくらなくても、すこしずつ つもって いきます。ただし イトミミズの ふんは、ほこりと ちがい、いきものが つくる 土のそうです。
この そうが できると、ざっそうの たねは どうなるのでしょう。
水を張って水をためた田んぼでは、イトミミズが土や有機物を食べ、排泄します。その排泄物が土の表面に積もってできるのが「トロトロ層」で、手ざわりがなめらかで、有機物が豊富な、ふんわりした層です[3]。
この層のおもしろいところは、雑草の種との関係です。大きめの雑草の種は、イトミミズに食べ残されて、層の下に埋まります。種は、ある深さより下に埋まると、芽を出せなかったり、休眠に入ったりします[3]。
つまり、イトミミズは雑草を狙って退治するわけではありません。ふんを出すという日常の営みが、結果として種を深いところに閉じこめるのです。
では、これは実際の田んぼでどれくらい効くのでしょうか。
トロトロ層は、水を張った田でイトミミズが土や有機物を食べ、そのふんが土の表面に積もってできる層だ。手ざわりがなめらかで、有機物を多く含む[3]。水を張ることが、イトミミズの活動できる環境を作る条件になっている。
雑草との関係は、種の深さで説明される。イトミミズは大きな雑草の種を食べ残すため、種は層の下に埋没する。ある深さより下に埋まった種は、出芽できないか、休眠に入る[3]。つまり、雑草を直接減らすのではなく、種が芽を出せる位置から外れることで発生が抑えられると考えられる。
しかも出芽できる深さには、草の種類ごとに限りがある。島根県の資料では、ノビエの出芽深さは0〜3cm、コナギは0〜0.7cmとされ、それより深く埋まった種は出てこられない[3]。では、実際の田での結果はどうか。
5. ざっそうは、ほんとうに へるの?
5. 雑草は本当に減るのか:島根県の田んぼで分かったことと、その限界
5. 雑草の発生はどこまで減るか:島根県の事例と、一般化できない点
大きな ざっそうの たねは、イトミミズに 食べのこされて、この そうの 下に うまります。ふかく うまった たねは、めを 出しにくく なります[3]。
しまね県の ゆうきさいばい(くすりを つかわない さいばい)の たんぼで、しらべた ことが あります。2012ねん、4月から11月まで、すこしの きかんを のぞいて、みずを はりつづけました。すると トロトロそうが できました[3]。
つぎの 2013ねんは、ざっそうが とても すくなく なったと ほうこく されて います[3]。
ただし、これは ふゆだけでなく、はるから あきまでも みずを はった たんぼの れいです。どの たんぼでも おなじに なる とは かぎりません。
ふゆみずたんぼが、いつも ざっそうを おさえる わけでは ないのです。
島根県農業技術センターの報告では、有機栽培の田で、2012年の4月から11月まで(8月上中旬を除く)ずっと水を張りました。すると秋までにトロトロ層ができ、翌2013年は、前の年に比べて雑草の発生が極めて少なくなりました[3]。
ここで気をつけたいのは、この田が冬だけでなく、春から秋にかけても水を張り続けた一例だということです。冬だけ水を張った田でも同じ結果になるとは、この資料からは言えません。また、ほかの県や別の土壌で同じように減るかも、この報告だけでは分かりません。
それでも、水を張る、トロトロ層ができる、雑草が出にくくなる、という流れの一例が、実際の田で報告されたことになります。
冬の水は、ほかの生きものにとっても意味を持つようです。
島根県農業技術センターの報告では、有機栽培の田で、2012年に4月から11月まで(8月上中旬を除く)湛水を続けた結果、トロトロ層の形成が認められた。翌2013年には、前年と比べて雑草の発生が極めて少なくなっている[3]。
ここから分かるのは、水を張ることと、土の中の生きものの働きと、雑草の発生の少なさが、一本の筋でつながりうるということだ。ただし、この田は冬だけでなく春から秋まで湛水した一例にすぎない。冬期湛水「だけ」の効果を、この数字から読み取ることはできないし、どの田でも同じ結果が出るとも言えない[3]。
限界はほかにもある。出芽できる深さは草の種類ごとに異なるので、深い位置から出てくる種類には、種を埋める仕組みが効きにくい可能性がある。冬期湛水は雑草対策の万能の手段ではなく、条件が合ったときに力を発揮する方法と受け止めるのが妥当だろう。
それでも、鳥のための水が、農業の面でも意味を持ちうる点は注目に値する。次に、水の中の生きものにも目を向ける。
6. ふゆの みずたまりに、かえるが くるの?
6. 早春の水たまりに、アカガエルの産卵場所ができる
6. 冬の水がもたらす別の場所:アカガエルの産卵場所としての田
しまね県の べつの ほうこくでも、ふゆに みずを はった たんぼが しらべられました。くすりを つかわず、たがやさない たんぼです。
その たんぼは、アカガエルが たまごを うむ ばしょに むいている、と されました。アカガエルが たまごを うむのは、はるの はじめ、1月から3月ごろです[4]。
ふゆの みずたまりが、はるに うまれる いのちの ゆりかごに なる かもしれません。ただし これも ひとつの ばしょで しらべた はなしです。
7. ちかくの たんぼで、ふゆに なにを みる?
7. 近所の冬の田んぼを、あぜ道から見てみる
7. 近所の冬の水田を観察する:乾いた田と水を張った田の見分け方
ふゆに、ちかくの たんぼを みて あるいて みましょう。みずが はって あるか、かわいて いるか。それだけでも、ひとつの はっけんです。
みるときは、あぜ道や 道ろから みます。たんぼの なかや みぞには はいらないで ください。おとなと いっしょに いきましょう。
ガンが わたってくる ちいきなら、ゆうがたに とりが とんでいくのを みられる かもしれません。
みずが はって いる たんぼを みつけたら、「どうして はって いるのかな」と、おうちの 人や、まちの 人に きいて みても いいですね。
冬の田んぼを見かけたら、水が張ってあるか、乾いているかを見てみてください。あぜ道や道路から眺めるだけで十分で、田んぼの中や水路には入らないようにしましょう。子どもだけで出かけず、大人と一緒に行ってください。
ふゆみずたんぼは、蕪栗沼周辺だけの話ではありません。冬に水を張る取り組みは、ほかの地域でも「冬期湛水」として行われています。住んでいる地域の市や県の資料にも、似た取り組みが載っているかもしれません。
もうひとつの調べ方は、ラムサール条約の湿地を調べることです。蕪栗沼は、田んぼを含む形で登録された湿地です[1]。登録の資料を読むと、なぜ田んぼが入ったのかを考える手がかりになります。
ガンの渡来する地域の人は、夕方に空を見上げてみるのもよいでしょう。鳥の寝場所と田んぼのつながりが、実感できるかもしれません。
近所の冬の水田を見たら、水が張られているか、乾いているかを確かめてみるとよい。田や水路には入らず、あぜ道や道路から眺める。一人で行かず、大人と一緒に出かけること。
水が張られていれば、その理由を考える手がかりになる。鳥のためか、雑草や土づくりのためか、あるいは別の目的か。農家の人や自治体の資料に、冬期湛水という言葉で説明があるかもしれない。
今回の記事では、冬期湛水だけで雑草がどれだけ減るのかを示す、公的な定量の資料は見つからなかった。島根県の例は春から秋の湛水を含み、冬の水の効果だけを切り出せていない。ここに、読者が調べる余地がある。
蕪栗沼は、田んぼを含む形でラムサール条約湿地に登録された[1]。登録の資料と、地元の自治体の取り組みを読みくらべると、田んぼと湿地の関係が、より具体的に見えてくるだろう。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の事実は、次の資料にもとづきます。
- ラムサール条約湿地 蕪栗沼・周辺水田(ramsarsite.jp) https://ramsarsite.jp/wetland-info/888/ (登録日・面積・マガンの飛来・ふゆみずたんぼの目的)
- セブン-イレブン記念財団「雁の里から発信『ふゆみずたんぼ』」 https://www.7midori.org/katsudo/kouhou/kaze_archive/meister/21/index.html (ねぐらの集中・江戸時代の記載・始まりの経緯・岩渕さんの話)
- 島根県農業技術センター 研究成果(トロトロ層) https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/norin/gijutsu/nougyo_tech/kenyui/kenkyu_seika/tokimeki/419.html (トロトロ層のでき方・雑草の出芽深さ・2012〜2013年の例)
- 島根県 松江農業普及情報(2019年6月号) https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/norin/kikan/toubu_norin/matu_no_fukyu/matsuenougyoufukyujoho/2019/6/ (アカガエルの産卵場所・トロトロ層の厚さ)
なおした ところ
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